幌延町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ほろのべちょう
幌延町
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 宗谷総合振興局
天塩郡
団体コード 01520-2
面積 574.27 km²
総人口 2,533
住民基本台帳人口、2013年12月31日)
人口密度 4.41人/km²
隣接自治体 宗谷総合振興局
枝幸郡中頓別町浜頓別町
宗谷郡猿払村
天塩郡:豊富町
留萌振興局
天塩郡:天塩町
上川総合振興局
中川郡中川町
町の木 アカエゾマツ
町の花 テシオコザクラ
他のシンボル -
幌延町役場
町長 宮本明
所在地 098-3207
北海道天塩郡幌延町宮園町1番地1
Horonobe town-office.jpg
外部リンク 幌延町

日本地域区画地図補助 01510.svg

幌延町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

北緯45度1分4秒東経141度50分57秒
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

幌延町(ほろのべちょう)は、北海道北部、宗谷管内中部の西海岸に位置する

かつては留萌支庁の管轄区域だったが、稚内市豊富町を始めとする旧宗谷支庁管内の自治体との結びつきが強いことから、2010年平成22年)4月施行された北海道総合振興局及び振興局設置条例にて、宗谷総合振興局に管轄が移動した。

概要[編集]

北緯45度線の通る町である。冷涼な気候を生かして、トナカイの飼育の他、ヒマラヤの青いケシメコノプシス)などの、高山植物の栽培も行われている。最近は、海岸近くにある風力発電の大風車群の光景が、新しいビューポイントとなっている。

かつては、原子力関連施設の誘致で揺れた、いわゆる幌延問題の起こった町である。

町名の由来[編集]

アイヌ語の「ポロ・ヌプ」(大きい・野原=大平原)が「ほろのぶ」と転訛しこれに「幌延」の漢字が当てられ、さらに「ほろのべ」と転訛したもの。現在の天塩大橋からサロベツ川河口にかけての場所がかつて、遮るものの無い泥炭湿地原野であったことに由来していると推定されている。なお、現在役場が所在する中心市街付近はかつてはウブシ(産士)または大曲(おおまがり)と呼ばれていた。ウブシとは「とど松が群生する」のアイヌ語に由来し、大曲は現在の中心市街南方付近でかつて天塩川が大きく蛇行していたことに由来している。

地理[編集]

宗谷管内の中部日本海岸の北海道第2の長大河川である天塩川の河口部に位置し、南西隣の天塩町とは同川が町境となっている。同川の周囲には河川改修により人工的に作り出された三日月湖が見られる。西部は日本海に接する細長く発達した海岸砂丘(かつての砂嘴)の海岸が続く。その内陸にはかつては海だった潟湖が長きに渡る堆積作用によって湿地帯となった広大なサロベツ原野(下サロベツ原野)や、湿地帯を土壌改良により農地・牧草地化した平野が広がっている。東部は問寒別川沿い以外の大半は山岳・丘陵地の森林帯で、その多くは北海道大学の天塩研究林となっている。研究林の総面積はおよそ22,000haである。

町域内を東西に北緯45度線が横断している。同様に北緯45度線が通る自治体は、中頓別町枝幸町である。なお、東経142度線も町内を縦貫していて、この両線が町内東部の山岳・丘陵地帯で交差している。

  • 山: 知駒岳
  • 河川: 天塩川、サロベツ川、雄信内川、問寒別川
  • 湖沼: パンケ沼、ペンケ沼、長沼

気候[編集]

夏は冷涼で、冬は西よりの季節風が強い乾燥寒冷である。積雪期間は11月から4月までで、積雪量は平野部で1m程度。年平均気温はおよそ摂氏6度である。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

大きく分けると、以下のような歴史を辿っている。

  • 明治期以前 アイヌ等の先住民族の狩猟文化
  • 明治期 和人の入植と開拓
  • 大正期 鉄道等の交通網・産業の発達と人口の増加
  • 昭和前期 栽培農業から酪農への転換
  • 昭和後期 過疎化の進行と幌延問題
  • 昭和末期~平成期 新たなる産業の模索と実践

沿革[編集]

  • 1899年明治32年) - 下サロベツ原野に福井県団体15戸が入植する。本願寺、天塩、法華宗の各農場が設置される。この年を幌延町の開基とする。
  • 1904年(明治37年)3月25日 - 幌延郵便局、上幌延に開局。
  • 1909年(明治42年)4月1日 - 幌延村外一ヶ村(沙流村)戸長役場が大曲に設置される。初代戸長、兵藤新吉。292戸、人口1,297人。
  • 1912年大正元年)8月21日 - トイカンベツ演習林(北海道大学天塩研究林の前身)設置。
  • 1919年(大正8年)4月1日 - 二級町村制を施行。幌延、沙流(さる)を併せて、天塩郡幌延村となる。初代村長、森野菊次郎。
  • 1921年(大正10年)- 天塩-幌延間に電話架設。
  • 1923年(大正12年)11月20日 - 天塩線(現、宗谷本線)誉平-問寒別間開業。
  • 1925年(大正14年)7月20日 - 天塩南線(現、宗谷本線)問寒別-幌延間開業。
  • 1926年(大正15年)9月25日 - 天塩線(現、宗谷本線)幌延-兜沼間開業
  • 1930年昭和5年)9月10日 - 問寒別-上問寒間で殖民軌道開業(後の幌延町営軌道)。
  • 1935年(昭和10年)6月30日 - 天塩線(後の羽幌線)幌延-天塩間開業。
  • 1938年(昭和13年)12月11日 - 酪連幌延工場(雪印乳業(現・雪印メグミルク)幌延工場の前身)操業開始。
  • 1940年(昭和15年)8月2日 - 積丹半島沖地震によって発生した2mの津波により、オトンルイ地区(天塩市街の対岸)の番屋が流され11人死亡。
  • 1940年(昭和15年)9月1日 - 大字沙流村地区以北を分村。天塩郡豊富村(現:豊富町)が発足。
  • 1948年(昭和23年)3月12日 - 問寒別農業協同組合設立。幌延農協の設立は同月23日
  • 1952年(昭和27年)9月1日 - 簡易軌道問寒別線を村が買収。村営化。
  • 1953年(昭和28年)10月1日 - 1944年(昭和19年)に開院した北海道厚生連幌延病院を買収し、幌延村立国民健康保険病院を開院。
  • 1957年(昭和32年)9月3日 - 天塩大橋竣功。
  • 1960年(昭和35年)9月1日 - 町制施行、天塩郡幌延町となる。初代町長、赤松満太郎。
  • 1964年(昭和39年)5月31日 - 雪印乳業幌延新工場落成。
  • 1967年(昭和42年)5月1日 - 天塩町との間で境界変更。
  • 1967年(昭和42年)11月26日 - 幌延町立病院(幌延町立国民健康保険病院を改称)新築落成。
  • 1970年(昭和45年)8月31日 - サロベツ展望台(名山台)完成。
  • 1971年(昭和46年)7月3日 - 幌延町営軌道問寒別線廃線式。(最終運行日は5月31日
  • 1974年(昭和49年)9月1日 - 精神薄弱者更生施設「北星園」(現・幌延町立北星園)開園。
  • 1974年(昭和49年)9月20日 - サロベツ原野が利尻礼文サロベツ国立公園に指定される。
  • 1979年(昭和54年)7月1日 - 総合体育館開館。
  • 1980年(昭和55年)11月3日 - 町長、助役、議員団一行が原子力施設を視察。いわゆる「幌延問題」の幕開けとなった。
  • 1982年(昭和57年)10月29日 - 天塩河口大橋・道道106号稚内天塩線開通。
  • 1985年(昭和60年)12月18日 - ふるさとの森森林公園完成。
  • 1987年(昭和62年)3月30日 - 羽幌線廃止。沿岸バスにバス転換。
  • 1989年平成元年)2月3日 - トナカイをフィンランドより導入し市街東町にて飼育開始。トナカイファーム開場(民営)。
  • 1989年(平成元年)5月1日 - 幌延ビジターセンター開設。
  • 1990年(平成2年)5月20日 - 金田心象書道美術館開館。
  • 1991年(平成3年)9月27日 - 役場現庁舎落成。
  • 1994年(平成6年)4月1日 - 特別養護老人ホーム「こざくら荘」開荘。
  • 1995年(平成7年)5月15日 - トナカイ観光牧場が市街東町に開場。町営施設で、3月20日に上問寒へ移転したトナカイファーム施設跡を流用した。
  • 1997年(平成9年)7月31日 - 総合スポーツ公園完成。
  • 1997年(平成9年)12月24日 - マスコット「ホロベー」誕生。
  • 1999年(平成11年)12月24日 - トナカイ観光牧場が現在地である北進に移転。
  • 2001年(平成13年)4月 - 幌延深地層研究センター開所。
  • 2003年(平成15年)2月 - オトンルイ風力発電所稼動開始。
  • 2003年(平成15年)6月1日 - 幌延地圏環境研究所開設。
  • 2005年(平成17年)11月8日 - サロベツ原野がラムサール条約に指定される。
  • 2007年(平成19年)6月30日 - 幌延深地層研究センターのPR施設「ゆめ地創館」が、北進のセンターの敷地内に開館。
  • 2009年(平成21年)4月1日 - トナカイ観光牧場の入場料無料化。
  • 2010年(平成22年)3月14日 - 幌富バイパス開通。
  • 2010年(平成22年)4月1日 - 旧留萌支庁(現:留萌振興局)管轄から宗谷総合振興局へ管轄が変更。
  • 2010年(平成22年)11月18日 - マスコット「ブルピー」誕生。
  • 2011年(平成23年)10月1日 - 幌延町立病院を閉鎖し、幌延町立診療所を移転開所。

幌延問題[編集]

1980年(昭和55年)ころ、町議会などの誘致を受け動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は、高レベル放射性廃棄物中間貯蔵施設の建設を計画。いわゆる「幌延問題」として、地元や周辺市町村はもとより、全道で長きにわたり議論を呼んだ。2000年(平成12年)11月16日に北海道・幌延町及び核燃料サイクル開発機構の三者で「幌延町における深地層の研究に関する協定書」を締結し、2001年(平成13年)に幌延深地層研究センターが核抜きの地層処分研究施設として設置されたことにより、幌延問題は一応の終止符を打った。

以降、町ではこれをきっかけに、町ぐるみで町の気候、資源、既存産業を応用、活用した様々なエネルギー創出の研究、実践に取り組んでいる。2000年(平成12年)10月に風力発電関連会社を設立し、風力発電施設を設置した。また、町立施設への太陽光発電施設の設置やバイオマスエネルギーや雪氷エネルギーの活用なども行われている。

幌延深地層研究センター#沿革も参照。

経済[編集]

産業[編集]

基幹産業は酪農であり、およそ11,000頭の乳牛トナカイ等が町内で飼育されている。それまでの冷害等の気候変動により収穫が不安定だった馬鈴薯の栽培を中心とした畑作農業より戦後次第に牧草地、酪農業へと転換が図られた。町内には道北各地で生産された生乳を原材料とするバター脱脂粉乳などを加工・製造する雪印メグミルク(旧雪印乳業)株式会社幌延工場があり、同工場に勤める従業員や、同工場へ生乳を納入する酪農業に従事する者が多い。同社にとって同工場はバター製造の基幹工場の一つである。

これ以外には建設業、運送業、小売業、飲食業、サービス業に従事する者が多い。

かつては林業に従事する者も多かったが、コストの安い輸入材の増加等による需要減により、この従事人口は減少している。また、幌延駅宗谷本線羽幌線との分岐点であり、国鉄にとって拠点駅としていたことから、各鉄道施設に従事する職員の官舎が幌延駅周辺に設置され、職員とその家族が多数居住していた。

トナカイ産業関連
フィンランドで飼育法を学んだ岐阜県出身の青年が、北海道各地で飼育適地を探索し、町にトナカイ飼育を提案したことがその始まりである。これに応じた町の有志により市街郊外東町の乳牛の牧草地だった場所が提供、会社「トナカイファーム」が設立され、1989年(平成元年)2月3日にフィンランドより輸入した10頭のトナカイにより飼育が開始された。その後、幾多の困難を乗り越えて飼育頭数が増やされた。
国内でトナカイが飼育されていることが非常に珍しいこともあって、各マスコミに取り上げられ話題となり、見学者が増加するようになった。牧場は家畜とするための飼育施設として運営していたことから、観光客の見学対応がなされていなかったため、町は観光客向け施設と家畜用飼育施設を分割することとした。会社から50頭のトナカイを購入したうえで、家畜用飼育施設は1995年(平成7年)3月20日に町内上問寒に移転し、観光客向け施設である「トナカイ観光牧場」がこの跡地に同年5月15日にオープンした。
依然として観光牧場は観光客向け施設としては手狭・不備であることから、町北部の北進にレストランや土産物売り場が併設された本格的な観光施設を造成する運びとなり、1999年(平成13年)12月24日に移転オープンした。移転後は入場料を徴収していたが、2009年(平成21年)4月1日以降入場無料となっている。なお、このトナカイ観光牧場内のレストランで、幌延産のトナカイ肉等の各種商品を食事・購入することができる。

金融機関[編集]

農協[編集]

  • 幌延町農業協同組合(JA幌延町)

郵便局[編集]

公共機関[編集]

警察[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography01488.svg
幌延町と全国の年齢別人口分布(2005年) 幌延町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 幌延町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
幌延町(に該当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

  • 中学校
    • 幌延
  • 小学校
    • 幌延
  • 小中学校
    • 問寒別

交通[編集]

道道106号
幌延駅(2005年5月)

空港[編集]

道路[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

タクシー[編集]

  • 天塩ハイヤー:幌延支店

名所・観光スポット・催事・特産品[編集]

下サロベツ原野パンケ沼より望む利尻富士
オトンルイ風力発電所
道道106号線沿いの北緯45度モニュメント。赤い印が45度線を示す

名所・観光スポット[編集]

国内最北の国立公園で、町内には以下のような観光施設がある。
  • 幌延ビジターセンター
下サロベツ原野の長沼に隣接。道道972号線沿いに位置。入場無料。サロベツ原野の自然を解説するパネルや標本、写真を展示する。また、近くの湿原を巡る木道散策路と、原野と利尻富士を一望する展望塔も設置されている。冬季及び夜間は休館。
サロベツ原野最大の沼であるパンケ沼に隣接。アカエリカイツブリや渡り鳥のバードウォッチングポイント。散策路と野鳥観察舎、休憩施設が設置されている。
  • 名山台展望公園
国道40号沿いに位置。宗谷本線下沼駅からも近い。利尻富士日本海サロベツ原野の広大な風景を一望する景勝地。名山台の名称は作詞家の時雨音羽によって名づけられたもので、彼の作詞による「天塩川」の歌碑が展望台頂上に設置されている。なお、2013年現在、展望台周辺の木々の成長により、眺望は以前ほど良くない。
日本海オロロンラインより続く日本海沿岸を通る道路。
  • オトンルイ風力発電所
海岸線沿いに28基の風車が一直線に並ぶ風力発電所。隣接するサロベツ原野駐車公園(トイレ設置あり)はこれを一望できるビューポイントとなっている。
  • 北緯45度モニュメント
道道106号線沿いなどの北緯45度線上の町内数ヵ所に設置されていて、記念撮影スポットとなっている。
  • トナカイ観光牧場
幌延市街北方、北進地区の道道121号線沿いに位置する入場無料の観光客向け町営施設。間近にトナカイ等を見ることが出来、有料で餌付けも可。また、6月に咲くヒマラヤの青いケシメコノプシス)等の花園も設置されている。レストラン、みやげ物売り場も充実している。
  • 金田心象書道美術館(心象館)
幌延市街に位置。幌延町出身の書道家金田心象の功績を後世に伝える為に、ふるさと創生事業により交付された資金を元手に建設した日本初の書道美術館。書作品約1,200点を収蔵する。
  • 名林公園
市街中心にある樹木園主体の公園で、町民の憩いの場となっている。
  • ふるさとの森森林公園
市街北方の丘に位置する森林浴主体の公園で、キャンプ場などの野外活動施設が設置されている。
  • 長応寺
法華宗の寺院。幌延における寺院の草分けとして、町とともにその歴史を歩む。
  • 北海道大学天塩研究林
町内北東部の広大な研究林にはパンケルペシュペ川上流の中の峰平湿原や、ヌポロマポロ川上流のアカエゾマツの原生保存林、テシオコザクラなどの希少植物群落がある。自然環境保護及び事故防止のため、研究林内へ立ち入る際には、問寒別にある事務所へ入林許可を得る必要がある。

催事[編集]

  • ほろのべ名林公園まつり(8月中旬)
  • おもしろ科学館(9月第一土日曜日)
  • トナカイホワイトフェスタ(12月下旬)

特産品[編集]

  • バター、脱脂粉乳 - 雪印メグミルク製品。
  • 山菜 - セイヨウワサビ(植村さんちのネーワサビ)、マイタケゼンマイフキアイヌネギなど。
  • サロベツ合鴨 - ハム、くん製肉など。
  • トナカイ - ソーセージ、ハンバーガー、ステーキなど各種肉製品、角加工製品。
  • ダチョウ - 各種肉・卵加工製品、オイル、羽毛など。
  • しじみ各種製品 - ヤマトシジミ。天塩町の特産品だが、幌延町内のパンケ沼でその多くを漁獲している。
  • ブルーポピー - 鉢植えなど

出身およびゆかりのある有名人[編集]

その他[編集]

幌延の歌
研究施設

関連項目[編集]

外部リンク[編集]