猿払村

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さるふつむら
猿払村
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 宗谷総合振興局
宗谷郡
団体コード 01511-3
面積 590.00 km²
総人口 2,830
住民基本台帳人口、2014年6月30日)
人口密度 4.8人/km²
隣接自治体 宗谷総合振興局
稚内市
天塩郡豊富町幌延町
枝幸郡浜頓別町
村の木 ナナカマド
村の花 コケモモ
村の魚 イトウ
猿払村役場
村長 巽昭
所在地 098-6292
北海道宗谷郡猿払村鬼志別西町172番地
猿払村役場
外部リンク 猿払村

日本地域区画地図補助 01510.svg

猿払村位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
猿払村中心部周辺の空中写真。画像左側下部に村役場のある鬼志別地区。画像右側のオホーツク海に面した港は浜鬼志別港。1977年撮影の6枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
カムイト沼
道の駅さるふつ公園

猿払村(さるふつむら)は、北海道宗谷地方北部に位置する村である。 北海道を代表するホタテの水揚げ地として有名。

村名の由来は、アイヌ語の「サラ・プツ(葦原の河口)」から。

地理[編集]

宗谷管内のオホーツク海側に位置する。 東部はオホーツク海に接する海岸が続き、国道238号が南北に縦貫する。 西部は丘陵・山岳地帯。村総面積の8割が森林。

日本一北にある村。離島を除けば、北海道一面積の大きい村でもある。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

  • 江戸時代中期頃より、松前藩管理の場所請負制による漁場が開設される。1878年(明治11年)、北見国宗谷郡に6か村が設定される。1882年(明治15年)、廃使置県にともない札幌県に移管。
  • 1919年大正8年)11月浜頓別~浅茅野に鉄道敷設。1920年大正9年)11月、浅茅野~鬼志別、1922年大正11年)11月、鬼志別~稚内が開通し、宗谷本線(後の天北線)となる。
  • 1924年大正13年)10月 宗谷村(現稚内市の一部)から分村し、猿払村として二級町村制を施行。
  • 1934年昭和9年)12月樺太との間に海底ケーブルの敷設及び中継所が設置され、電話本州と開通した。
  • 1939年昭和14年)12月12日ソ連船「インディギルカ号」が浜鬼志別沖合いで座礁。多数の死傷者を出すものの、村民により多くの人命が救助される。
  • 1942年昭和17年)6月大日本帝国陸軍航空本部浅茅野飛行場建設工事開始。第一、第二飛行場共に1944年末完成。勤労奉仕の村民が多数動員される。
  • 1947年(昭和22年)、終戦後の引揚者の入植などにより、内陸地の戦後開拓がすすむ。産業では炭鉱、林業(王子製紙)、酪農が中心。
  • 1954年(昭和29年)、この頃よりニシン水揚が激減。沖合のホタテ漁も乱獲により衰退し、漁民の多くが経済的困窮により離村を余儀なくされる。
  • 1963年(昭和38年)、及び1967年(昭和42年)にかけて相次いで炭鉱閉山。林業も衰退し、僅かに酪農を除いた村内の産業経済が完全に停滞。当時は「貧乏見たけりゃ猿払へ行きな」と言われるほどの有り様であり、住民の生活は困窮を極める。
  • 1971年(昭和46年)、猿払村漁業協同組合10年計画による初のホタテ稚貝放流事業を実施。以降、巨額を投じてホタテ放流事業に村の復興を賭ける。
  • 1974年(昭和49年)11月9日猿払事件の最高裁判決が下される。
  • 1981年(昭和56年)、ホタテ漁業造成事業を終了。以後、計画的な稚貝放流と徹底した資源管理により驚異的なホタテ水揚を維持することとなる。これにより、道内で最も貧しいといわれた村は、支庁内高所得者の6割、全国でも上位に位置する高所得自治体となっている。
  • 1983年(昭和58年)、大韓航空機撃墜事件により、村内海岸に遺体や漂流物など多数漂着。
  • 1989年平成元年)5月1日天北線廃止。同日バスに転換。
  • 1994年平成6年)7月10日、開村70周年記念式典挙行。

行政[編集]

村長[編集]

村議会[編集]

  • 定数は9人

経済[編集]

産業[編集]

漁業酪農が盛ん。 特にホタテの水揚げ地として知られ、漁獲量は日本一である。古くからホタテの好漁場であり、明治時代にも香港に輸出されるなどしたが濫獲により資源が消滅。戦後まもなくは天北炭田の採炭と林業によって栄えたが、後に衰退すると村は疲弊、一部の権力者による密漁が横行し、道内管区から目を付けられる事態であった。そこで村の興亡を賭けて、元来の産業であったホタテ漁の再興に取り組むことになるが、これが軌道に乗り、加工業も盛んになった。現在も稚貝を育て放流、害敵の駆除など、徹底した資源管理を行っている。

農協・漁協[編集]

  • 東宗谷農業協同組合(JAひがし宗谷)猿払支所
  • 猿払村漁業協同組合

金融機関[編集]

郵便局[編集]

  • 鬼志別郵便局(集配局)
  • 浅茅野郵便局(集配局)
  • 浜鬼志別郵便局
  • 知来別郵便局
  • 猿払簡易郵便局
  • 小石簡易郵便局

公共機関[編集]

警察[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

海外[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography01511.svg
猿払村と全国の年齢別人口分布(2005年) 猿払村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 猿払村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
猿払村(に該当する地域)の人口の推移
1970年 4,818人
1975年 3,552人
1980年 3,358人
1985年 3,374人
1990年 3,206人
1995年 3,121人
2000年 2,980人
2005年 2,940人
2010年 2,825人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

  • 中学校
    • 拓心中学校
  • 小学校
    • 浅茅野
    • 芦野小学校
    • 鬼志別小学校
    • 知来別小学校
    • 浜鬼志別小学校
    • 浜猿払小学校

すべて公立(猿払村立)の小学校および中学校である。

交通[編集]

空港[編集]

鉄道路線[編集]

かつては天北線が通っていたが、現在は廃止されている。

バス[編集]

  • 宗谷バス
    • 天北宗谷岬線 - JR天北線廃止代替
      • 苗太路 - 知来別学校前 - 鬼志別ターミナル - 浜鬼志別 - 芦野 - 猿払 - 浜猿払 - 浅茅野 - 飛行場前 - 安別
    • 特急天北号 - 名寄・旭川方面
  • 猿払村乗合タクシー:鬼志別~小石地区

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

祭事[編集]

  • インディギルカ号遭難者慰霊祭
  • さるふつ観光祭り(7月)

観光[編集]

その他[編集]

  • 憲法学上の重要事件である猿払事件が起こったことでも知られる。
  • 自衛隊日本最北端の演習場である鬼志別演習場が設置されている。規模は上富良野演習場の約半分程度の広さ。
  • かつて、村内浅茅野地区に日本陸軍浅茅野飛行場が設置された。現在はバス停車場に「飛行場前」の名をとどめている。
  • 横浜崎陽軒のシウマイは猿払産の干貝柱を使っている。
  • 樺太と北海道の間の海底ケーブルの中継所が戦前に当地にあった。このため真岡郵便電信局事件の一文が跡地記念碑に刻まれている。
  • 猿払村沖で、ラズエズノイ号事件が起こった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]