Kzy

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Kzy
Kzyの画像
プロフィール
リングネーム Kzy
m.c.KZ.
本名 不明
ニックネーム B-BOY 4LIFE
身長 172cm
体重 75kg
誕生日 1986年6月26日(28歳)
出身地 北海道江別市
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 バスケットボール[1]
デビュー 2006年
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Kzy(ケイズィー、ケージー、男性、1986年6月26日 - )は、日本プロレスラーDRAGON GATE所属。北海道江別市出身。身長172cm、体重75kg。血液型O型[1]

経歴[編集]

2006年12月9日に若手選手育成のため作られたDRAGON GATE NEXの旗揚げとともにラッパーギミックのm.c.KZ.としてデビューし、いきなりのメインでの出場。元ドリームゲート王者の斎藤了と共にタッグ戦に出場した。対戦相手は小野寺大和(現・YAMATO)トザワ(現・戸澤陽)[1]。DRAGON GATE本戦デビューは同年12月26日のSITE-KOBE大会。

2007年8月のタッグリーグで同じくNEXからデビューしたルパン松谷と組み出場。本来はB×BハルクYAMATOが出場予定だったが、YAMATOが左肩を、ハルクが顎を骨折し出場は不可能となったため、NEXの2人が代わりに出場。リーグ戦ではGamma堀口元気組とシーサーズから勝利を挙げた。

2008年、NEX-1トーナメントに優勝し、メキシコ遠征に出ていたが、土井成樹REAL HAZARDへ対抗するため、わざわざメキシコにいるKZ本人の携帯へ電話をかけ、観客のコールとともに土井吉の新ユニットへ勧誘された。これを受諾しWORLD-1入りを果たした。5月31日に凱旋試合が組まれた。6月29日の大阪大会で空位となったオープン・ザ・ブレイブゲート王座に名乗りを上げ、7月27日に堀口元気と同王座決定戦で対戦するも敗北[2]。その後も連戦連敗が続き、10月の九州シリーズを全戦欠場した。11月に復帰するも連敗を重ねていたが12月に入り、地元札幌で連勝し、年末の福岡国際センターでの敗戦ユニット解散サバイバル6人タッグ3WAYマッチにて横須賀享から3カウントを奪い一抜けするなど兆しが見えてきた。

2009年1月18日の大阪府立体育会館第二競技場にてトライアングルゲートに初挑戦したが敗北。4月30日、愛知県体育館大会(5月5日)出場権をかけて超神龍と激突するも敗北、以降試合数が減る。ユニットに所属しているにもかかわらず無所属の選手とタッグを組まされる、WORLD-1タッグの一員となっても試合後に口論などもあった。

6月26日の関西テレビ・なんでもアリーナ大会のメインのオープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座の防衛戦にDr.マッスルとして登場。王者組をアシストしREAL HAZARDへ加入。その翌日からリングネームをKzyに変更。

2010年2月にREAL HAZARDが分裂し、ディープ・ドランカーズへ合流。5月には神田裕之菅原拓也と組んで、初タイトルとなるオープン・ザ・トライアングル・ゲート王座を獲得した。しかし僅か8日後に防衛0で王座陥落[3][4]

その後も土井軍(仮)-Blood WARRIORS-MAD BLANKEYとユニット名が変わるも、派手なつなぎと長髪・整えた右眉と剃り落した左眉・左右で異なるカラーコンタクトレンズというスタイルでヒールを貫く。Blood WARRIORS時代の2011年9月には土井・谷嵜なおきとのタッグで再びトライアングルゲートを獲得した。5度の防衛を達成したが2012年1月に反則負けで王座を剥奪された[1][4]。またオープン・ザ・ブレイブゲート王座にもたびたび参戦し、2012年3月にはリコシェ、2013年4月にはドラゴン・キッドに挑戦した。同年9月には王座決定トーナメントを勝ち上がり堀口元気H. A. Gee. Mee!!との王座決定戦まで進出した。いずれも反則技を絡め相手を追い詰めるものの、ベルトを掴むには至らなかった[2]

2014年、ジミーズの神田・谷嵜、MAD BLANKEYの土井・ハルクの抗争が勃発。土井とハルクの口論をKzyが宥める場面もあった。5月5日の「敗者代理人髪切りマッチ」で土井成樹が負け残り、土井の代理人だったKzyは自慢の長髪を丸坊主にされてしまった。以後は丸坊主を決定づけたうえにMAD BLANKEYを脱退したB×Bハルクに敵意を燃やし、抗争を続けている。

得意技[編集]

ヒールだが繰り出す技は基本に忠実。合間にトリッキーな技や反則技で攪乱する。受身もうまい。

韻波句徒(インパクト)
シットダウン式のチキンウィングパイルドライバー。REAL HAZARD加入後に公開した現在のフィニッシュホールド。
KZ.time
フロッグ・スプラッシュ。コーナーに登って叫んで予告するため、外れることが多い。会場を特に盛り上げる技の一つである。
BOX攻撃
セコンドやタッグマッチでの妨害技で、ロープに走ってくる相手の背中に「イエローボックス」を叩きつける。逆にボックスを奪われて利用されることもあり、たとえばジミー神田には琉’Sでリング上に据えたボックスに叩きつけられた。
CDJ
カナディアン・デストロイヤーと同型の技。この技からKZ.timeにつなぐことが多い。
ボディーアタック
ダイヤモンド・カッター
ランディ・オートンのように、主に飛びつき式で行う。
B-BOY
"brother"YASSHIバッド・ボーイと同型の技。コーナートップあるいは走り込んでから仕掛ける前転式ネックブリーカー。
独特なロープワークから放つそれは、予測が付きにくく、チェンジオブペースとしても使われるが、動きを読まれてかわされることもある。
BEAT-BOM
ファイヤーマンズキャリーに抱えあげてから、相手の足が向いているほうに向き直りつつ、相手の体を足から地面に下ろすような体勢になり、そのまま勢いをつけてシットダウンボムで叩きつける。
スカイデ・スクールボーイ
スクールボーイの要領で相手を倒し、そのままの勢いで、相手の体の上で垂直に重なるようにブリッジしながら足をとりつつ固める、変形のスクールボーイ。スカイデことホルヘ・リベラに伝授された。
アディオス・マザー・フ×ッカー
谷嵜なおきとの合体技。インプラント+韻波句徒。
KZムーブ
独特のアームロック等で相手を固め、自らのポーズと同じような格好を取らせてしまう動きの総称。相手に屈辱感と精神的なダメージを与える。

その他[編集]

  • リング上ではチャラチャラしたやんちゃキャラクターを演じる。観客を煽り、盛り上げるのが上手いので、意外と人気がある。
  • タッグマッチで相手の大技を立て続けに喰うなどジョバー(やられ役)に回りがちだが、格上の選手相手に善戦、時には勝利をあげることもある。サイバー曰く「決めるとこで決めれるやつ」。
  • 2014年5月に丸坊主にされる以前はツーブロックで、長髪の部分はリーゼントモヒカンツインテールなどセットを変えていた[1][2][4]
  • NEXデビューの選手がユニット入り、ヒールターンしたのは本人が初めてである。
  • 入団当初のギミック決めで、「ラッパースタイル」と本人が提案したが誰もスタイルを理解できず、岩佐は「乱破?忍者スタイル?」だったという。また入門当初は岩佐がフロリダ・ブラザーズ時代に愛用していたナイキのシューズを着用していたこともある。岩佐曰く「無いと思ったら…でも大事に使ってね」。
  • 2007年7月の神戸ワールド記念ホール大会出場権争奪バトルロイヤルにてルパン松谷、APEキマタのNEX勢が出場している中KZは出場しなかったがDr.マッスルは出場していたため、この時のDr.マッスルの正体はKZではないかとの噂があった。
  • 神田裕之がジミーズ入り(ベビーターン)後、神田の「ブルーボックス」(多目的ケースのようなもの)同様、「イエローボックス」を凶器として使用している
  • 歴代の髪切り被害者と違い現在も坊主を貫いている。
  • 姉がいる[5]
  • 自身の入場曲「TIME TO GO CRAZY」、およびMAD BLANKEY時代のB×Bハルクの入場曲「B×B STORY~DEATH DANCE POISON~」ではMCとして参加している[6]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 「2014プロレスラー カラー写真名鑑」p.12、週刊プロレスNo.1714、2013年12月5日増刊、ベースボール・マガジン社
  2. ^ a b c DRAGONGATE公式サイト>データベース>オープン・ザ・ブレイブゲート. 2014.6.9閲覧
  3. ^ 週刊プロレスEXTRA vol.9「ドラゴンゲート大百科」2013年11月5日、ベースボール・マガジン社
  4. ^ a b c DRAGON GATE データベース> オープン・ザ・トライアングルゲート. 2014.6.9閲覧
  5. ^ 週刊プロレス2013年11月17日号p80
  6. ^ DRAGON GATE RECORDS, OPEN THE MUSIC GATE 2013. 2014.6.9閲覧

外部リンク[編集]