ストーカー市川

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ストーカー市川
プロフィール
リングネーム ストーカー市川
ストーカー市川Z
ストロング市川
ハリウッド・ストーカー市川
ICHIKAWA
本名 市川 寛二
ニックネーム 闘龍門最弱
世界最弱プロレスラー
400戦全敗
身長 165cm
体重 42kgぐらい
誕生日 1974年10月12日(34歳)
出身地 東京フジテレビ
岐阜県各務原市
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 レスリング
トレーナー ウルティモ・ドラゴン
デビュー 1998年12月12日
  

ストーカー市川(ストーカーいちかわ、男性、1974年10月12日 - )は、日本DRAGON GATE所属のプロレスラーで、営業の仕事もしている。本名は市川 寛二(いちかわ かんじ)。身長165cm、体重42kgぐらいとレスラーとしては極めて小柄な部類に属する。岐阜県各務原市出身であるが、前述のストーカー市川のギミックではフジテレビ出身としている。近畿大学卒業。通称「いっちゃん」「スト市」。血液型A型。

目次

[編集] 経歴

闘龍門の第2期生としてメキシコに渡り、1998年12月12日、現地にて神田裕之戦でデビュー。

日本に凱旋帰国後、「オレたちひょうきん族」のブラックデビルの格好がギミックの特徴であるストーカー市川となる。入場テーマは同番組のオープニングテーマでもあった「ウィリアム・テル序曲」。

闘龍門時代からお笑い部門担当として闘い続ける。闘龍門の弱さの象徴と言われるほどであるが、人気はあり、地方ではフロリダブラザーズよりあると言われていた。また、弱さの象徴ゆえに年に1勝すれば良い方である。

闘龍門時代に初代M2KとC-MAXの抗争時に抽選で選ばれたTARUと組んでマスカラ・コントラ・マスカラで奇跡的な1勝を直接挙げている(この時はC-MAX所属だったが後にC-MAXを解雇されている。また、これが唯一ユニットに所属していた期間である)。 エルヌメロウノが行われている間、最弱王決定戦のトーナメントにもエントリーされ(他は三島来夢・しゃちほこマシーンズ・TARUシート)1回戦で見事に負け決勝に進出したが、当時エゴイストキャラになったばっかりのマグナムTOKYOの乱入にあい、決勝は無効試合となってしまった。

フロリダブラザーズが現れてからはその座が危ぶまれていたが、負けたらキャラ返上の1VS2のコントラ・マッチでイナバウアー・ジャーマン・スープレックス・ホールドで奇跡とも呼べる勝利でキャラクターを守った(この後の大田区大会で吉江豊とのシングルが組まれたため結局勝っても負けても地獄であった)。同じく弱さを売りにしているKAIENTAI-DOJODJニラと仲が良く、タッグを組んだこともあるが二人まとめてフォールを奪われた。

普段は、試合で相手を追い込んだり、ラ・マヒストラルを決めると歓声だけでなく野次が飛ぶことがある。反面、リング上で倒れ、手足をヒクヒクさせるなどすると笑いが飛ぶ。

高山善廣川田利明天龍源一郎秋山準永田裕志、果ては女子プロレスラーのアジャ・コングなど、彼ほどいろんな大物選手と闘ったことがある選手も珍しい(大体の場合、相手がフィニッシュ・ホールドを決めようとするとセコンドからタオルが投入されてTKO負けというオチがつく)。この時、相手はいつも「X」とされる。高山と闘ったときはスポーツ新聞の裏面を飾ったほどである(「高山、宇宙人退治」という見出し)。

2006年に行われた天龍とのシングルでは、市川の急所攻撃→ジャーマン・スープレックス・ホールドで3カウントを取ったが、実は反則裁定を取られるという幻の1勝もある。アジャにはカンチョーをきめ、さらに前へのカンチョー(マンチョー?)を狙ったが、怒ったアジャに一気にやられた。

近年は登場機会がめっきり減っている。普段は営業の仕事もしており、ビッグマッチ前にはあのコスチュームのまま宣伝カーで周っていることが多い。

2006年11月12日、『スト市ボンバイエ』で戸澤アキラと引退を賭けた3本勝負に敗れ、引退が決定したが、新たに「ストーカー市川Z」と改名(改名といえるかどうかは微妙なところではあるが)し、現在も以前と変わらずお笑い部門担当兼営業として活躍している。

2007年5月にアメリカ遠征をしてドン・フジイと対決。現地でオープン・ザ・お笑い・ゲートベルト(略称O2G)を授与されたのを期に再び改名。“ハリウッド”ストーカー市川となる。

2007年11月9日、『スト市ボンバイエ2』が開催され、佐野直との3本勝負に敗れる。試合後、総合格闘技DEEPへの参戦を発表。

2007年12月12日、DEEP 33 IMPACTで滑川康仁と対戦。テイクダウンを奪ったり、ダウンから立ち上がるなど奮闘を見せたが、立ち上がり直後のフロントチョークで敗れた。試合後の会見で渡辺久江との対戦を熱望した。

2008年7月12日にフジイに羽交い絞めに、望月成晃に結婚式場のパンフレットで殴打されて失神する。その後7月20日にフジイと望月を襲撃、今までの市川ではなく、悪に目覚め、コスチュームが青くなったICHIKAWAに変貌した。(元ネタはザ・グレート・サスケの別ギミック・SASUKE)

その後はICHIKAWAのキャラの方向性に迷った結果、元に戻った。

[編集] 得意技

相手の尻に両の人差し指を突き刺す技。繰り出す前には「カンチョー!」と叫ぶ。どんな大物にも必ず決めているが、吉江豊には尻の脂肪が厚かったために効果はなかった。
年に1・2回この技で勝利している。
  • 735(ナミコ)
レイ・ミステリオの619と同じ技。結婚後、妻の名前をとってこのネーミングになった。
フロリダブラザーズとの敗者キャラ剥奪マッチで見せた大技。90kgあるマイケルを完璧に投げ切り、マイケルはしばらく首を痛めていた程の威力を見せた。
  • トペ・コンヒーロ
トップロープ越しではなく、トップロープとセカンドロープの間をくぐるという離れ業を見せる。
  • オールドスクール
独特の見得を切りながらロープを渡るが、真ん中まで来ると踏み外して股間を強打することがお約束になっている。

[編集] タイトル

DRAGON GATE
  • OPEN THE お笑い GATE選手権 初代王者

[編集] 対戦したX(大物レスラー)

またX表記ではないものの、風香菊タロー北斗晶中嶋勝彦天龍源一郎などとも対戦している。

[編集] エピソード

  • 闘龍門出身者の中では数少ないレスリング経験者(他には"brother"YASSHIジャンピングキッド沖本、闘龍門練習生ではないが望月成晃ぐらいである)。
  • 元々本人は闘龍門入団当初、ウルティモ・ドラゴンに「黒のショートタイツで、ストロングスタイル」と訴えていたが、ドラゴンから「何をバカなことを言っているんだ」と一喝され、「こういうコスチュームを作って来い」とその場でイラストを描かれた。しかし市川がいつまで経ってもコスチュームを作って来ないため、ドラゴンは「作って来ないとデビューさせないぞ」と怒鳴ったという。そのコスチュームこそ、ブラックデビルのコスチュームであった(週刊プロレスでのドラゴンのインタビューより)。
  • 2002年に恋人と同棲していた事を岡村隆志社長に暴露され、「一勝すれば結婚」との条件を背負って戦い続ける。のちに結婚し役所に書類を提出しに行く姿がテレビ番組で放映された。この時を飼っていることも判明した。闘龍門出身者の中で最初の既婚者となったが、2007年9月に離婚。
  • 2003年夏に入籍し、2005年1月に正式にチャペルで挙式をするが、実際には2003年の入籍直後に岐阜の神社で式は挙げていた。
  • 闘龍門時代、正規軍にもC-MAXにも所属したことのある唯一の選手。
  • メキシコ修業時代に堀口元気、神田裕之、新井健一郎が続々デビューし、もう一人別の2期生がデビューする予定だったが、病気で急遽日本に帰ることになり、穴埋めという形でストーカー市川がデビューした。

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