チェ・ホンマン

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チェ・ホンマン
ChoiHongMan.JPG
基本情報
本名 崔洪万
通称 韓流大巨人
KOREANモンスター
テクノ・ゴリアテ
階級 スーパーヘビー級K-1
国籍 韓国の旗 韓国
誕生日 1980年10月30日(33歳)
出身地 韓国の旗 韓国済州市
身長 218cm
体重 160kg
スタイル シルム
プロキックボクシング戦績
総試合数 18
勝ち 12
KO勝ち 7
敗け 6
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チェ・ホンマン
各種表記
ハングル 최홍만
漢字 崔洪萬
発音: チェ・ホンマン
ローマ字 Choi Hong Man
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チェ・ホンマン崔 洪万Choi Hong Man、男性、1980年10月30日 - )は、韓国キックボクサー総合格闘家俳優済州島済州市)出身。ニックネームは「テクノ・ゴリアテ」。

来歴(格闘技など)[編集]

高校卒業時に身長190cm以上あったほどの巨漢。その恵まれた体格を活かし大学中退後、シルムの選手となり、日本の相撲横綱に相当する「天下壮士」の大会で優勝し、天下壮士となる。シルム時代にはテレビ番組で韓国巡業中の朝青龍とも対面、日韓横綱対決と称してリンゴを握り潰すなど才覚を競っていた。だが、2004年12月6日に所属チームが解散し、その後参戦を考えていたK-1に参戦。

2005年3月19日、デビュー戦になったK-1 WORLD GP 2005 IN SEOULのASIA GPで若翔洋ガオグライ・ゲーンノラシンを破り優勝。GPへの出場権を手に入れた。

2005年9月23日、K-1 WORLD GP 2005 IN OSAKA 開幕戦で行われたGP1回戦でボブ・サップと対戦し勝利を収め、GP決勝ラウンドへの出場権を手に入れた。

2005年11月19日、K-1 WORLD GP 2005 IN TOKYO 決勝戦で行われたGP準々決勝でレミー・ボンヤスキーと対戦するも判定負け。

2006年6月3日、K-1 WORLD GP 2006 IN SEOULでセーム・シュルトと対戦し、2-1の判定勝ち。しかし、手数・有効打共に圧倒されながらも勝利したことから、雑誌等に「疑惑の判定」と取り上げられることになった。

2006年9月30日、K-1 WORLD GP 2006 IN OSAKA 開幕戦で行われたGP1回戦で、彼がデビュー前から見ていた憧れの人というジェロム・レ・バンナと対戦。延長ラウンドまでもつれ込んだが、判定負け。

2006年11月末にK-1との2年契約が満了することになっていたホンマンは契約更改の協議がまとまらなかったことで同年12月2日に予定されていた K-1 WORLD GP 2006 決勝戦 を試合10日前の11月22日に及んで欠場に追い込まれた。K-1側はレイ・セフォー、ジェロム・レ・バンナの年俸(当時)に匹敵する30億ウォン(約3億5000万円)をホンマン側に提示していたが「30億ウォンなら、試合数を3回に制限しなければならない。40億ウォン(約4億8000万円)で契約するなら年間5試合に出場できる」とホンマン側が食い下がったため交渉が決裂した。[1][2]


2006年12月31日、K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!ボビー・オロゴンHERO'Sルールで対戦。開始16秒パウンドでTKO勝ち。

2007年3月4日、K-1 WORLD GP 2007 IN YOKOHAMAでマイティ・モーと対戦。モーの右フックによりK-1キャリアで初となるダウンを喫し、KO負け。

2007年6月2日、Dynamite!! USAブロック・レスナー総合格闘技ルールで対戦予定であったが、カリフォルニア州アスレチック・コミッションのメディカルチェックにより直前で出場できなくなった。原因は、病院でMRI撮影を受けた結果、脳に腫瘍が見つかったことによるが、それはホンマンの巨人症の原因と推定されるものであり、試合には影響しないとの医師の診断もある。当日、開会セレモニーで行われた聖火リレーに参加した。

2007年9月29日、韓国ソウルで開催されたK-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16に開催国推薦選手として出場。GP1回戦でマイティ・モーと再戦。2Rにローキックでダウンを奪い、2-0で判定勝ち。10月4日にK-1競技委員会より発表があり、2Rのダウンは金的付近に当たった不可抗力のアクシデントだったとしてダウンを取り消したが、判定による勝敗には影響がないとされている。このことについてホンマンは、「ローブローはまったく当たっていません。」と笑いながらコメントしたが、スロー映像ではハッキリと金的に直撃している様子が映っており、審判からの注意もない為何度も繰り返し前蹴りを放っていた。

2007年12月31日、やれんのか! 大晦日! 2007エメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負け。

2008年4月20日、兵役のため韓国軍に入隊するも、「身長196cm、体重130kg以上の場合は、兵役が免除される」という規定により3日後の4月23日に除隊となった[3]。なお、これについて韓国のネット上でバッシングを浴びた。

2008年6月10日、脳腫瘍(脳下垂体腺腫)の除去手術を受け成功。アクロメガリー(先端肥大症)という珍しい病気であった[4]

2008年9月27日、K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16バダ・ハリと対戦し、2Rにダウンを奪うも攻めきれず判定でドローとなり、肋骨の負傷により延長戦開始前にセコンドからタオルが投入されTKO負け。

2008年12月6日、K-1 WORLD GP 2008 FINALのリザーブファイトでレイ・セフォーと対戦し、判定負け。試合後には谷川貞治に「前より悪くなっています。K-1のスピードがせっかく凄くなっているので、彼みたいなタイプは生態系を破壊してしまう。総合格闘技なら持ち味を発揮できそうなので、やってもらいたい。」と評価された[5]

2008年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜ミルコ・クロコップDREAMルールで対戦。両者にイエローカードが提示されるほど両者とも手が出ない試合となったが、左ローキックでKO負けを喫した。

2009年5月26日、DREAM.9のスーパーハルクトーナメント1回戦でホセ・カンセコと対戦し、パウンドでKO勝ち。

2009年10月6日、DREAM.11のスーパーハルクトーナメント準決勝でミノワマンと対戦し、踵固めで一本負け。

来歴(格闘技以外)[編集]

2005年11月12日、フジテレビ系『めちゃ×2イケてるッ!』のゲームコーナー「STAMP8」に安田大サーカスとともにゲスト出演。 肩車された位置にいた団長をハリセンで撃退するなど巨体・豪腕ぶりを見せた。

2006年9月20日、テレビ朝日系『くりぃむナントカ』において、韓国の市場でチヂミを売っているという設定でのゲスト出演。

2007年10月、JRA京都競馬場の新オーロラビジョン完成ポスターの広告モデルに起用。チェ・ホンマンの身長を「1チェ・ホンマン」という架空単位として定め、オーロラビジョンがチェ・ホンマンの身長の何倍かを表す斬新さを表現した。(オーロラビジョン「タテ5チェ・ホンマン、ヨコ29チェ・ホンマン」)

2008年12月6日公開の劇場映画「特命係長 只野仁 最後の劇場版」にて謎の用心棒・チョウ役としてスクリーンデビュー。

2009年5月1日公開の劇場映画「GOEMON」に秀吉の側近・我王役で出演。得意の腕力で怪力男を演じた。

2009年10月3日、TBS系「オールスター感謝祭'09秋」のコーナー「ローション相撲」に出演。オードリー春日俊彰次長課長河本準一と対戦し2連勝したが、山田親太朗(総合優勝者)に敗れた。

2010年4月3日、TBS系「オールスター感謝祭'10春」にて再び河本と対戦し、勝利した。

2010年4月17日から同6月12日まで放送された日本テレビ系ドラマ「怪物くん」にフランケン役で初のレギュラー出演を果たした[6][7]

2011年10月9日午前3時頃、ソウル市で自身が経営する飲食店において客である女子大生に暴力を加えたとして10月13日に書類送検されている[8]。ただし、口論となって手を頭に当てた程度と説明しており、女子大学生側も酔っていて非があったことを認めており和解が成立している。2012年11月15日、12月投票の韓国大統領選挙における与党・セヌリ党の候補である朴槿恵支持を表明して同日入党し、組織特補に任命された[9]

K-1、総合格闘技でのファイトスタイル[編集]

格闘技術が際立っているわけではないが、身長218cm、体重160kgの体格がなによりの武器となっている。打撃は巨体を活かしたパワフルさがあり、左足から繰り出される膝蹴りは打点が高く顔面に届くため脅威である。また、長身ファイターがパンチを繰り出しても、長身ゆえに顔面には届かない場面も見られる(TBSはホンマンの長身を分かりやすく伝えるために、取材映像の一部を紹介VTRとして用いることが多い)。

総合格闘技ではシルム出身の経歴が生きており、ヒョードルからもテイクダウンを奪う腰の強さを発揮している。

戦績[編集]

キックボクシング[編集]

キックボクシング 戦績
18試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
12 7 5 0 0 0
6 2 4 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× レイ・セフォー 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2008 FINAL
【WORLD GP リザーブファイト】
2008年12月6日
× バダ・ハリ 延長R 0:00 TKO(タオル投入) K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16
【WORLD GP 1回戦】
2008年9月27日
× ジェロム・レ・バンナ 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2007 FINAL
【WORLD GP 準々決勝】
2007年12月8日
マイティ・モー 3R終了 判定2-0 K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16
【WORLD GP 1回戦】
2007年9月29日
ゲーリー・グッドリッジ 1R 1:34 TKO(パンチ連打) K-1 WORLD GP 2007 IN HONG KONG
【スーパーファイト】
2007年8月5日
マイク・マローン 2R 2:48 KO(左フック) K-1 WORLD GP 2007 IN HAWAII
【スーパーファイト】
2007年4月28日
× マイティ・モー 2R 0:50 KO(右フック) K-1 WORLD GP 2007 IN YOKOHAMA 2007年3月4日
× ジェロム・レ・バンナ 3R+延長R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2006 IN OSAKA 開幕戦
【WORLD GP 1回戦】
2006年9月30日
2R 0:57 KO(右ストレート) K-1 REVENGE 2006 〜アンディ・フグ七回忌追悼イベント〜 K-1 WORLD GP 2006 in SAPPORO 2006年7月30日
セーム・シュルト 3R終了 判定2-1 K-1 WORLD GP 2006 IN SEOUL
【スーパーファイト】
2006年6月3日
ザ・プレデター 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGAS
【スーパーファイト】
2006年4月29日
× レミー・ボンヤスキー 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2005 IN TOKYO 決勝戦
【WORLD GP 準々決勝】
2005年11月19日
ボブ・サップ 3R終了 判定2-0 K-1 WORLD GP 2005 IN OSAKA 開幕戦
【WORLD GP 1回戦】
2005年9月23日
1R 2:52 KO(膝蹴り) K-1 WORLD GP 2005 IN HAWAII
【スーパーファイト】
2005年7月29日
トム・ハワード 1R 2:11 KO(左膝蹴り) K-1 WORLD GP 2005 IN HIROSHIMA
【スーパーファイト】
2005年6月14日
ガオグライ・ゲーンノラシン 3R+延長R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2005 IN SEOUL
【ASIA GP 決勝】
2005年3月19日
1R 0:42 TKO(タオル投入) K-1 WORLD GP 2005 IN SEOUL
【ASIA GP 準決勝】
2005年3月19日
若翔洋 1R 1:40 KO(2ノックダウン:右フック) K-1 WORLD GP 2005 IN SEOUL
【ASIA GP 1回戦】
2005年3月19日

総合格闘技[編集]

総合格闘技 戦績
5 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
2 2 0 0 0 0 0
3 1 2 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ミノワマン 2R 1:27 踵固め DREAM.11 フェザー級グランプリ2009 決勝戦
【スーパーハルクトーナメント 準決勝】
2009年10月6日
ホセ・カンセコ 1R 1:17 KO(パウンド) DREAM.9 フェザー級グランプリ2009 2nd ROUND
【スーパーハルクトーナメント 1回戦】
2009年5月26日
× ミルコ・クロコップ 1R 6:32 KO(左ローキック) Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜 2008年12月31日
× エメリヤーエンコ・ヒョードル 1R 1:54 腕ひしぎ十字固め やれんのか! 大晦日! 2007 2007年12月31日
ボビー・オロゴン 1R 0:16 TKO(レフェリーストップ:パウンド) K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!! 2006年12月31日

獲得タイトル[編集]

  • ジンアン大会 優勝(2003年)
  • 天下壮士大会 優勝(2003年)
  • 正月壮士大会 優勝(2004年)
  • ハムヤン大会 優勝(2004年)
  • K-1 WORLD GP 2005 IN SEOUL ASIA GP 優勝

人物[編集]

  • 日本語を流暢に話す。
  • 両親は巨体ではなく、普通の体格である。
  • スタイルはオーソドックス。だが、本来は左利きである。これはジャブを利き手で打てるため、ある意味で有利になる。
  • 派手な色の髪が特徴で、金・青など、頭髪色をいろいろと変えている。
  • 格闘技参戦前にダンサーを目指していた時期があり、ダンスが得意である。そのため、試合後は勝利のテクノダンスを踊ることでも知られている(テクノ・ゴリアテの由来にもなっている)。
  • 自称「水のいらない魚」[10]インタビューでそう語っているだけあり、水泳が得意である。
  • AKB48の推しメンは、小森美果である。

出演[編集]

注釈[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]