オープン・ザ・ブレイブゲート王座

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オープン・ザ・ブレイブゲート王座
詳細
現王者 フラミータ
獲得日 2013年3月16日
管理団体 DRAGON GATE
創立 2005年3月13日

オープン・ザ・ブレイブゲート王座(オープン・ザ・ブレイブゲートおうざ)は、日本プロレス団体DRAGON GATEが管理する王座。

特徴[編集]

挑戦資格は体重82kg以下。2005年3月K-ness.とYOSSINO(現:吉野正人)の発案で創設。

ベルト中央にある龍のエムブレムは8つにばらせるようになっており、この仕掛けを利用して初代、9代、15代、20代王者決定トーナメントでは参加者8人に配られ、勝者が回収していった。

歴代王者[編集]

レスラー 防衛回 獲得日付 獲得した場所(対戦相手・その他)
初代 土井成樹 5 2005年3月13日 名古屋国際会議場YOSSINO
第2代 ドラゴン・キッド 1 2005年11月13日 名古屋国際会議場、コミッショナー預かり
第3代 吉野正人 4 2006年3月19日 本川越ペペホール・アトラス谷嵜&キッドの3WAY戦
第4代 マット・サイダル 2 2007年2月12日 SITE-KOBE
第5代 堀口元気 2 2007年3月25日 津市体育館
第6代 神田裕之 2 2007年7月1日 神戸ワールド記念ホール
第7代 吉野正人 6 2007年9月22日 大田区体育館
第8代 アンソニー・W・森 0 2008年4月13日 名古屋テレピアホール、王座返上
第9代 Gamma 6 2008年4月27日 博多スターレーン、アンソニー・W・森
第10代 Dr.マッスル 0 2008年6月29日 大阪府立体育会館第2競技場
Dr.マッスルの正体は吉野正人。
ブレイブゲートに戻され王座返上。
第11代 堀口元気 2 2008年7月27日 神戸ワールド記念ホール、m.c.KZ.
第12代 吉野正人 2 2008年10月12日 名古屋テレピアホール
第13代 CIMA 3 2009年3月22日 両国国技館
第14代 土井成樹 0 2009年7月19日 神戸ワールド記念ホール、王座返上
オープン・ザ・ドリームゲート王座とのダブルタイトルマッチ。
第15代 谷嵜なおき 6 2009年8月30日 博多スターレーン、KAGETORA
第16代 K-ness. 1 2010年1月11日 名古屋テレピアホール
第17代 スペル・シーサー 1 2010年2月27日 京都KBSホール
第18代 タイガースマスク 4 2010年4月18日 アプラ高石
第19代 吉野正人 0 2010年8月14日 神戸サンボーホール、王座返上
第20代 PAC 11 2010年8月29日 博多スターレーン、横須賀享
第21代 リコシェ 3 2011年11月19日 大阪府立体育会館第2競技場
第22代 ドラゴン・キッド 9 2012年5月6日 愛知県体育館
第23代 吉野正人 4 2013年5月5日 愛知県体育館、王座返上
第24代 堀口元気H.A.Gee.Mee!! 4 2013年9月29日 神戸サンボーホール、Kzy
第25代 フラミータ 4 2014年3月16日 和歌山県立体育館

主な記録[編集]

  • 最多戴冠回数:5回 - 吉野正人(第3,7,12,19,23代)
  • 最多連続防衛回数:11回 - PAC(第20代王者時代)
  • 最多通算防衛回数:16回 - 吉野正人
  • 最年少戴冠記録:18歳3ヶ月 - フラミータ(第25代王者時代)
  • 最年長戴冠記録:39歳 - スペル・シーサー(第17代王者時代)

オープン・ザ・Gammaゲート[編集]

第9代王者決定戦にて優勝したGammaが「DRAGON GATEで一番勇気のない俺がこのベルトを持っても価値がない」と言い、8枚のプレートを剥がして、独自のプレートを貼り付けて強引に誕生した王座。

ベルトコミッショナーは菅本嘉人、立会人は正装の堀口元気。

なお、挑戦者はGamma本人が一方的に決め、何かと言いがかりをつけたり、後付したルールで防衛することがある。また、当然ながら、立会人も試合に介入する。

7度目の防衛戦で、Gammaが敗北し、元に戻された。なお、プレートは超神龍にプレゼントされた。

BloodWARRIORS認定 ブレイブゲート[編集]

第20代王者であったPACが2011年の神戸ワールド大会後にイギリスに帰国することを理由に谷嵜なおきがPACから強奪し、メタルウォリアーをコミッショナーとした王座。

谷嵜が強奪後、7月24日京都大会でリッチ・スワンが挑むも敗北。 続いてGammaが8月25日後楽園大会で挑戦するも事前に谷嵜から突き付けられた「王者(谷嵜)のみ2カウントで勝ちになる特別ルール」の影響で敗北。

その後、谷嵜は真の王者であるPACともGamma戦と同じく王者のみ2カウント勝利となる特別ルールで戦うと宣言し9月16日後楽園でタイトルマッチが組まれた。 しかし、王者のPACは2カウントルールに負けず谷嵜を破りブレイブ王座を自分の手に戻した。

その他[編集]

挑戦資格は体重82kg以下であるが、2009年2月12日の第12代王者・吉野正人の2度目の防衛戦の相手のKAGETORAは、85kgで規定体重をオーバーしていた。この防衛戦は先月25日に行われた「BATTLE OF TOKYO 2009」の優勝者と行うことになっていた。しかし、吉野が全参加選手の体重を確認しておらず、KAGETORAの言い分を呑む形となった。そのためこの試合のみ体重制限が撤廃された。これまで規定体重をオーバーしてブレイブゲートに挑戦した選手はいなかった(挑戦が決まった段階で82kg以上あった選手もいたが、体重を落として82kg以下にして挑戦した)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]