東京愚連隊

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東京愚連隊(とうきょう ぐれんたい)は、日本のプロレスラーNOSAWAを中心に結成されたチームユニットである。海外で結成し活動するなか、帰郷とともに日本で再始動。2008年1月に法人・プロダクション化を発表。

目次

[編集] 歴史

  • 2000年7月、海外で修行をしていたNOSAWAとKIKUZAWAでユニット東京愚連隊を結成。後にMAZADAが加入。
  • 2001年1月、KIKUZAWAが行方不明になる。
  • 2001年3月、メキシコにてFUJITAが加入するも、翌月に渡米以降音信が途絶える。
  • 2001年7月、NOSAWAが試合をドタキャンし亀裂が生じたため解散。
  • 2002年4月、NOSAWAがMAZADAに謝り、東京愚連隊が再始動。
  • 2002年5月、海外遠征にきていた新日本プロレスTAKEMURAが加入する。
  • 2003年10月、TAKEMURAが帰郷。
  • 2004年2月、NOSAWAとMAZADAは全日本プロレスにフリー参戦。
  • 2004年5月、NOSAWAとMAZADAが新日本に参戦するも、TAKEMURAと仲間割れ。
  • 2004年6月、全日本マットにて3人再合体。
  • 2004年10月、NOSAWAがNOSAWA論外に改名(日本での活動のみ)。
  • 2005年2月、NOSAWAとMAZADAが喧嘩し、NOSAWAはカズ・ハヤシとタッグチーム「論カズ」を結成し、東京愚連隊は活動停止。
  • 2005年4月、アメリカにてNOSAWAとKIKUZAWAタッグが一夜限りの復活を遂げる。
  • 2005年6月、NOSAWA自主興行にて東京愚連隊が再結成する。
  • 2005年7月、再び仲間割れし、敗者追放マッチがにて敗れたNOSAWAが全日本プロレスを離脱。
  • 2005年11月、大人の事情で再復活。
  • 2006年1月、全日本マットで復活。TAKEMURAが新日本を退団。
  • 2006年2月、TAKEMURAが合流。
  • 2006年8月、TAKEMURAが無我ワールドプロレスリングに入団。
  • 2007年5月、ディファカップにて、NOSAWA、MAZADA、竹村、藤田ミノル、菊タローが一夜限りの東京愚連隊を再結成。
  • 2007年12月、TAKEMURAが無我を退団。
  • 2008年1月、無我を退団した西村修を追ってTAKEMURAが全日本マット参戦。東京愚連隊に復帰。
  • 1月10日、法人化を発表。フリーから晴れて東京愚連隊所属となる。
  • 7月10日、DRAGON GATEのヒールユニットREAL HAZARDと合体。

[編集] 所属選手

[編集] 元メンバー

共にユニット時(法人化前)のメンバー。

[編集] 外部リンク