中嶋勝彦

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中嶋勝彦
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プロフィール
リングネーム 中嶋勝彦
本名 同じ
ニックネーム 蹴撃王子
ヤング・ボルケーノ
早熟の天才
DRの若大将
身長 175cm
体重 95kg
誕生日 1988年3月11日(26歳)
出身地 福岡県福岡市
所属 DIAMOND RING
スポーツ歴 空手
トレーナー 佐々木健介
マサ斎藤
長州力
デビュー 2003年9月6日
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中嶋 勝彦(なかじま かつひこ、男性、1988年3月11日 - )は、日本プロレスラーDIAMOND RING所属。福岡県福岡市出身、愛知県江南市育ち。妻は元新体操選手・元タレントの飯作あゆり

佐々木家の子供たちからはかつにいと呼ばれ慕われる。リング上では負けん気が強く、喜怒哀楽を表すファイトぶりを見せる。

健介officeのエースであり、団体内の若手を引っ張っている。

来歴[編集]

5歳から母子家庭で育った。小学校3年生より璞名館空手を始め、中学1年生の時に全国空手道大会(極真会館松井派主催)で優勝。この頃前田日明の目に留まり、卒業後のリングス入団を約束されるが、それを待たずにリングスは解散となった。

2002年12月、長州力率いるWJプロレスにスカウトされ入団。親孝行したいというのが入団の動機であった。2003年9月、WJ主催の総合格闘技興行X-1でプロデビューを飾り、金網バーリトゥード戦でジェイソン・"ゴールデンボーイ"・レイに勝利する。2004年1月、後楽園ホール石井智宏戦でプロレスデビュー。このとき15歳9か月であり、男子では史上最年少デビューのプロレスラーとなった。

2004年3月、WJ崩壊に伴い、退団。母子家庭の中嶋にとって、WJに「保険制度(保険会社の保険を指すのかプロレス興行会社としての負傷欠場中の保険=生活補償金を指すのかは不明)」が無いことが退団原因の1つであった。一旦は実家に帰ったが、元WJの佐々木健介に弟子入りした。

2004年4月より健介officeに所属。以後は健介ファミリーの「息子」というギミックを得て、佐々木の付き人をこなしつつ、各団体へも参戦した。試合を重ねるにつれ個人の評価も上がり、単独参戦も増加。なお、当時中嶋が上がるリングは「必ず保険を団体もしくは主催興行会社が掛けてくれること」を最低条件として北斗晶が交渉した。

2004年6月19日、みちのくプロレス札幌大会に参戦、プロレスのキャリア半年でザ・グレート・サスケを破り、シングルマッチ初勝利を飾る。

2005年3月、DRAGON GATEに佐々木と共に参戦。同年12月、健介officeの法人化に伴い正式に健介officeに入団し、道場長に就任。健介ファミリーを名乗り始めた頃は、3か月の期間限定の所属で、自分の所属団体を見つけてファミリーから巣立つ構想であったが、結局は健介ファミリーが自分の居場所であるという考えに至って、佐々木・北斗らと活動することとなった。

その間に初代タイガーマスクとシングル、テリー・ファンクミル・マスカラスアブドーラ・ザ・ブッチャーともタッグで対戦。2006年2月11日、健介officeの自主興行・佐々木健介デビュー20周年記念興行で天龍源一郎と組み、佐々木・小橋建太組とタッグマッチで対戦した。2004年度のプロレス大賞・新人賞、2005年度は敢闘賞を受賞した。

2006年に定時制高校に入学した[1]

2007年2月11日、健介オフィス旗揚げ興行で佐々木とシングル初対決。2007年2月17日、近藤修司を破り、世界ジュニアヘビー級王座を奪取。18歳11か月での獲得は同王座最年少記録となった。2008年3月1日、シルバー・キングに敗北し世界ジュニアヘビー級王者から陥落した。

2008年8月、第2回日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦飯伏幸太とタッグを組んで出場。

2009年2月11日、GHCジュニアヘビー級選手権でKENTAを下し、第17代GHCジュニアヘビー級王者となった。3月1日、初防衛戦でKENTAと再戦し、KENTAにリベンジを達成され王座から陥落した。7月には、日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に宮原健斗とタッグを組んで出場。

2010年10月、日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に梶原慧とタッグを組んで出場。

2011年9月23日、再びGHCジュニアヘビー級王者になった(対戦相手は鈴木鼓太郎)。しかし急性虫垂炎を患い、自らの申し出でベルトを返上した。

11月27日、リッキー・マルビンとのGHCジュニアヘビー級王座決定戦を行い、ジャーマンスープレックスホールドで勝利し、第23代GHCジュニアヘビー級王者となった。

2012年6月11日、タレントの飯作あゆりと婚約したことを発表し[2]、8月11日に結婚披露宴を行う。

11月、ノアのグローバル・リーグ戦に初出場。

2013年2月、タッグマッチで、怪我で欠場していた健介の復帰戦の相手を務める(健介のパートナーは杉浦貴、勝彦のパートナーは大谷晋二郎)。

8月4日、ノアの旗揚げ記念大会で、第五試合終了後、丸藤正道率いるBRAVEに加入したいという意思を伝える。その場では加入は認められなかったが、この大会後から、BRAVE加入のために試合でアピールを続ける。その後、8月24日にモハメド・ヨネとのシングルマッチを行い、試合後に晴れてBRAVEに正式加入した。

10月5日、横浜文化体育館において、KENTAの保持するGHCヘビー級王座に初挑戦。壮絶な打撃戦を展開したが、最後はgo2sleepに敗れた。

2014年2月11日、師匠・佐々木健介にシングルで初勝利する。その後健介が引退表明したため、結果的に引導を渡す形になった。健介の引退と同時に団体も活動休止になり唯一の所属選手となっている。

得意技[編集]

空手の腕前を生かした各種キックが得意技である。

打撃技[編集]

ハイキック
片足を振り上げ、すね辺りで相手の頭部などの上半身を蹴りつけるキック。フィニッシュ・ホールドとしての使用頻度も高い。
R-15(アール・ジュウゴ)
頭部へのジャンピング・ニールキック。技名は「ローリング・フィフティーン」の略。コーナーポストに乗っている相手にも仕掛けることがある。この技でザ・グレート・サスケは首を負傷してしまい、しばらく欠場することになった。
デスロール
相手の後頭部へのR-15。
雷(いかずち)
下段蹴りのフェイントから一気に足を跳ね上げ、上から下へ蹴りを叩き込む。主にかがんでいる相手の背中から延髄の辺りに打ち込む。
蜃気楼
左ハイキックのフェイントから転じての、右ハイキック。
三角蹴り
健介Office旗揚げ戦から使用。コーナーポストへ瞬時に駆け上がって、相手の胸板に飛び蹴りをする。
サッカーボールキック
尻餅をついている相手の背中を蹴り上げる。場外にいる相手にエプロンを走りこんでの一撃も使用している。
トラース・キック
若手時代から使用しているが、現在は自身が劣勢の時に流れを変える時や、カウンターでの使用が多い。

投げ技[編集]

高角度ジャーマン・スープレックス・ホールド
クラッチ位置を2段階に変え、非常に滞空時間が長い急角度ジャーマン。
クロスアーム・スープレックス・ホールド
相手の腕を、相手の腹部の前で交差させた状態で胴を両腕でクラッチして投げるジャーマン・スープレックス。
トルネード・ジャーマン・スープレックス・ホールド
相手の片足を曲げさせて、その腿辺りを抱える胴と一緒に両腕で抱え込んで投げるジャーマン・スープレックス。片足を抱えていることにより、更に高角度に投げることが出来る。"brother"YASSHIとの世界ジュニアヘビー級選手権試合で使用し、勝利を奪った。佐々木の「トルネードボム」にヒントを得たと言う。
ノーザンライト・ボム
佐々木健介北斗晶の得意技。佐々木健介デビュー20周年記念興行と近藤とのジュニアヘビー級王座戦で使用。
ツイスター
旋回式垂直落下ブレーンバスター。2009年の望月成晃との抗争中に望月に触発される形で使用していたが、後に正式に伝授された。
ダイヤモンドボム
デスバレーボムの体勢から垂直落下式ブレーンバスターを決める荒技で丸藤とのGHCヘビー級王者戦で対決する前哨戦にて開発。

関節技[編集]

アンクルホールド
スタンディング式で極めて膝十字に移行する。ジャーマン、デスロールに次ぐフィニッシュ・ホールド。
足四の字固め

飛び技[編集]

ミサイル・キック
放つ前に、「いくぞ○○!」と、試合をしている地名の名前を叫んでから放つ。
ムーンサルト・プレス
2008年の試合中に初公開。主に大一番限定で使用する。また、かわされた際には着地することもできる。

合体技[編集]

鬼嫁殺しシリーズ
佐々木との合体技。打撃や投げなど数種類ある。
鬼嫁殺し1…走りこんだ中嶋を風車式バックブリーカーの要領で健介が持ち上げ、その勢いのまま中嶋が浴びせ蹴りを脳天に叩き込む。
鬼嫁殺し2…佐々木がトルネードボムで相手を担ぎ上げたところへ中嶋がR-15を打ち込み、同時に佐々木も相手をマットへ叩き付ける。
鬼嫁殺し3…中嶋がジャーマン・スープレックスで相手を持ち上げようとするところを、健介が更に中嶋を持ち上げ、相手を2人分の高さから投げ捨てる。

タイトル歴[編集]

プロレスリング・ノア
全日本プロレス
ZERO1-MAX
  • WWA世界Jrライトヘビー級王座:3回
みちのくプロレス
  • 東北タッグ王座:1回(パートナー:佐々木健介)
天龍プロジェクト
プロレス大賞
  • 2004年度プロレス大賞 新人賞
  • 2005年度プロレス大賞 敢闘賞

入場テーマ曲[編集]

テレビ出演[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]