シルバー・キング
| シルバー・キング | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | エル・インバソール シルバーキング ドクトル・ワグナー・ジュニア ブラック・タイガー(三代目) ブロンコ エル・エルマーノ・デ・ドクトル・ワグナー ラムセス シルバー・カイン |
| 本名 | セサール・ゴンザレス |
| 身長 | 176cm |
| 体重 | 98kg |
| 誕生日 | 1968年1月9日(45歳) |
| 出身地 | コアウイラ州トレオン |
| 所属 | CMLL |
| トレーナー | ドクトル・ワグナー グラン・マルカス |
| デビュー | 1985年11月 |
シルバー・キング(Silver King、男性、1968年1月9日 - )は、メキシコ・コアウイラ州トレオン出身のプロレスラー。本名はセサール・ゴンザエレス(Cesar Gonzalez)。身長176cm、体重98kg。
実父のドクトル・ワグナーは、「殺人医師」の異名を持つルチャリブレの伝説的な覆面レスラー(ルード)で、実兄のドクトル・ワグナー・ジュニアも著名なプロレスラー、元妻もソチ浜田(グラン浜田の娘)で女子プロレスラー。
目次 |
来歴 [編集]
1985年11月にメキシコのコアウイラ州マタモロスのUWAでデビュー。1987年10月にアンヘル・ブランコ・ジュニアと共にドクトル・ワグナー・ジュニアの名で全日本プロレスに初来日。エル・テハノとロス・カウボーイズ(The Cowboys)を結成し、1991年7月にはWWA世界タッグ王者となる。コンビ解消。1993年10月UWA世界ライトヘビー王者奪取。1994年1月にEMLLに移籍。CMLL世界ヘビー級王座を獲得。同年ロス・カウボーイズ復活しCMLL世界タッグチーム王座獲得。1997年2月、兄のドクトル・ワグナー・ジュニアと組んでドス・カラス、ウルティモ・ドラゴン組を破って同タッグタイトル奪取。同年10月からWCWに参加しラティーノ・ワールド・オーダーのメンバー入り。その後CMLLに復帰。
2001年1月に新日本プロレスにブラック・タイガー(三代目)として来日しケンドー・カシンのパートナーを努める。2003年3月に兄ワグナー、ウニベルソ・ドスミルと組んでCMLL世界トリオ王座を奪取。その後インディー団体のIWRGを主戦場にする。2005年、新日にてロッキー・ロメロがブラック・タイガーの名でデビューしたため、ブロンコの名でロス・ゲレロス・デル・インフェルノのメンバーで活動する。その後脱退。負傷で長い欠場を経てシルバー・キングの名で復帰。
2007年9月には全日本プロレスに参戦し、ジュニア離れした圧倒的な破壊力と機動力で全日本マットに旋風を巻き起こす。10月18日の代々木大会で世界ジュニア王者中嶋勝彦とのタイトルマッチが行われたが、結果は無効試合となり、その後VOODOO-MURDERSに加入した。
2008年3月1日、両国国技館大会で再挑戦し、中嶋を破って世界ジュニアヘビー級王座を奪取した。その後のジュニアタッグリーグでは近藤修司とのタッグで出場が決まった。6月13日よりAAAと契約。
2010年6月24日にIWRGにてマスカラ・アニョ・ドスミル・ジュニアを破りIWRGインターコンチネンタルヘビー級王座を奪取。10月1日には兄のワグナーの持つAAA世界ヘビー級王座に挑戦も敗退。
特徴 [編集]
幼少の頃から、兄のドクトル・ワグナー・ジュニアと共に父のドクトル・ワグナーによってルチャの英才教育を施される。このためプロレスに限らず、スポーツ全般を得意としている。
初来日時は兄のコスチュームを着用し、ドクトル・ワグナー・ジュニアの名でデビューしている。
獲得タイトル [編集]
- 全日本プロレス
- EMLL
- CMLL世界タッグチーム王座
- CMLL世界ヘビー級王座
- CMLL世界トリオ王座
- ウニベルソ2000 優勝
- UWA
- UWA世界ライトヘビー級王座
- UWA世界タッグチーム王座
- IWAJAPAN世界タッグチーム王座
- IWRG
- IWRGインターコンチネンタルトリオ王座
- IWRGインターコンチネンタルヘビー級王座
- コパ・ハイ・パワー2010 優勝
- WWA
- WWA世界タッグチーム王者
得意技 [編集]
- シルバーキングダイブ
- ムーンサルトプレス
- スーパーキック
- BTボム(2代目のブラック・タイガーを意識して使用している)
- トリプルムーンサルトプレス
- デスバレーボム
外部リンク [編集]
|
||||||||||||||