棚橋弘至
| 棚橋 弘至 | |
|---|---|
2012年6月16日、IWGPヘビー級選手権試合後
|
|
| プロフィール | |
| リングネーム | 棚橋 弘至 マスクド・デビロック |
| 本名 | 棚橋 弘至 |
| ニックネーム | 100年に1人の逸材 太陽の天才児 太陽の王者 愛の戦士 ハイフライングスター ミスターナルシスト 飛龍伝承 和製HBK |
| 身長 | 181cm |
| 体重 | 103kg |
| 誕生日 | 1976年11月13日(36歳) |
| 出身地 | 岐阜県大垣市 |
| 所属 | 新日本プロレス |
| スポーツ歴 | 野球 学生プロレス |
| トレーナー | 藤波辰爾 武藤敬司 佐々木健介 |
| デビュー | 1999年10月10日 |
棚橋 弘至(たなはし ひろし、男性、1976年11月13日 - )は、日本のプロレスラー。岐阜県大垣市出身。新日本プロレス所属。現在マセキ芸能社と業務提携。
目次 |
来歴 [編集]
入門以前 [編集]
岐阜県立大垣西高等学校では野球を経験。1995年に卒業後、一般入試で立命館大学法学部に入学。弁護士の角田龍平とは同級生であった。大学時代は学生プロレスサークルであるプロレス同好会に在籍する一方、部員不足に悩むレスリング部にも参加。当時の現場監督の長州力が学生プロレス嫌いを公言していたことから、棚橋自身は従来学生プロレス出身であることを認めてこなかったが、2006年4月に東京スポーツ紙上でレイザーラモンHGと対談した際、自らが学生プロレス出身であることを認めた(サークルの先輩にユリオカ超特Q・レイザーラモンRGがいる)。学生プロレス時代のリングネームは、メイ牛山、ハメ浩を経て、ターナー・ザ・インサート[1]。
新日本プロレス入門 [編集]
3度目の入門テストでようやく合格し、1999年、大学卒業後すぐに新日本プロレスに入門。入門後しばらく武藤敬司の付き人を務めた。同年10月10日、真壁伸也(現:真壁刀義)戦でデビュー。 2001年5月18日、怪我から復帰した同期入門の鈴木健三(後に鈴木健想に改名)と、タッグチーム「キング・オブ・ザ・ヒルズ」[2]を結成。棚橋(タナハシ)と健三(ケンゾウ)で「タナケン」コンビという愛称で親しまれ、ヘビー級のタッグ戦線を盛り上げる。
2002年3月14日、鈴木が病気によって再び欠場に入ると、佐々木健介とタッグを結成。5月2日には、東京ドームでスタイナー・ブラザーズと対戦。6月20日、自らに健介、復帰した鈴木とブルー・ウルフを加えた4人で新チーム「SWING-LOWS」を結成。健介がリーダーではあるが、KOTHの発展形と主張し、本隊と一線を画して新日本のトップ獲りを目指す。しかし、10月に健介に新日本退団問題が発生したため、11月3日、SWING-LOWSを解散して新生KOTHを結成。棚橋&鈴木のKOTHにウルフを迎える形での3人組ユニットとなった。このトリオで大会「トライアスロン・サバイバー」にエントリーしたが、大会前の公開練習で鈴木が高山善廣とタッグを組みたい意向を示し年内での解散を宣言した。
大会公式戦消化中の11月28日、別れ話のもつれから交際相手であった当時テレビ番組ADの女に刃物で背後から背中を刺されて重傷を負う。棚橋は負傷したまま原動機付二輪車に乗り、最寄りの病院に駆け込み緊急治療を受けて一命を取り留めたものの傷は深く、人体の総血液量(体重のおよそ 1/13(約8%))の約3分の1にあたる1.7リットルの血液を失い、一時は意識不明に陥ったほどであった(なお、その女とは示談が成立して棚橋が女を宥恕していることなどが認められ、女は執行猶予付きの判決となった[3])。刺傷事件からの復帰後の2003年4月23日に自ら提唱したU-30王座(後にU-30無差別級王座に改称)を、6月13日に吉江豊とIWGPタッグ王座を、11月30日に永田裕志とGHCタッグ王座を続けざまに獲得し、12月14日にIWGPタッグ王座から転落するまでの約半月間、三冠王として君臨した。
U-30無差別級王座長期防衛の最中の2004年初め頃から、中邑真輔、柴田勝頼と共に「新・闘魂三銃士」の一人とされ、G1 CLIMAXでは、その全員が決勝トーナメント(ベスト6)へ進出する中、3人中最高の準優勝という成績を残す。12月11日、中邑とのコンビで再びIWGPタッグ王座を獲得。再改称されたIWGP・U-30無差別級王座と合わせて、IWGPの2冠王として君臨する。
2005年1月4日、中邑とのU-30タイトル戦に敗戦。2年近く保持していた王座から転落する。しかし、後に中邑がU-30無差別級王座を封印するもののフロントの意向により返上と改められ空位に。この後、柴田の退団により新闘魂三銃士は消滅した。4月、新設されたトーナメント戦「春のG1」ことNEW JAPAN CUP(NJC)で優勝。さらに6月に行なわれた「U-30無差別級王座決定リーグ戦」を全勝優勝で突破し第3代U-30無差別級王者に返り咲く。7月18日にはNOAH東京ドーム大会に参戦し、力皇猛の持つGHCヘビー級王座に初挑戦した。
2006年5月13日に行われた第1回WRESTLE LANDでは、黒のショートタイツで天性のナルシストぶりとチャラ男ぶりを発揮。いつしかリングの中心で決め台詞である「愛してま〜す」と叫ぶようになり、特異なキャラを確立し今に至っている。7月17日、札幌でIWGPヘビー級王者ブロック・レスナーとのタイトルマッチを行う予定だったが、契約上のトラブルにより来日不可能となった。それに伴いレスナーから剥奪された王座を競うトーナメントでジャイアント・バーナードに勝利し、優勝。第45代IWGPヘビー級王者となり悲願の初戴冠(学生プロレス出身者としては初)を果たした。
2007年1月4日、新日本プロレス、全日本プロレスの両団体の誕生35周年を記念した共同開催のレッスルキングダム IN 東京ドームではダブルメインイベントに出場し、太陽ケアと対戦。4月13日に永田裕志に敗れ、IWGP王座を手放し、試合後、右膝内側靭帯損傷と診断され欠場する。8月のG1 CLIMAXでは2勝1敗2分という成績でリーグ戦を2位で通過。準決勝の真壁刀義、決勝の永田を打ち破り悲願のG1初制覇を遂げる。10月8日、永田とのタイトルマッチを制して、第47代王者に返り咲く。さらに後日の記者会見で結婚していたことを告白した。
2008年 - 2009年 [編集]
2008年1月4日、レッスルキングダムIIで中邑真輔と一騎打ちに敗れ、王座陥落。
3月1日、全日本プロレスに参戦し元付き人だった武藤敬司とタッグを結成。川田利明、太陽ケア組に勝利。メインイベントの三冠ヘビー級選手権試合終了後チャンピオン・カーニバルに参戦を表明。新日本では2度目のNJCを制覇し、中邑の保持するIWGP王座に挑戦するも、奪還には至らなかった。
4月、チャンピオン・カーニバルに初出場。7日の後楽園大会で武藤との師弟対決が実現しフルタイムドロー(この日のGAORA中継の解説ゲストは後にプロレス入りする愛川ゆず季だった)。8日の後楽園大会の川田戦で、ハイフライフローを放った際、左ひざをマットに強打。その後は痛み止めの注射を打ちながら出場を続けていた。痛みに耐えながら優勝決定戦までコマを進めるも、諏訪魔にラストライドからピンフォールを奪われ優勝を逃す。さらに怪我が悪化し、「左膝前十字靭帯断裂」および「外側半月板断裂」と診断され長期欠場。8月のG1で復帰するが、精彩を欠き予選落ちに終わる。10月に無期限TNA遠征に出発したが、社長の菅林直樹の要請を受けて12月に帰国する。
2009年1月4日、レッスルキングダムIIIのメインイベントで武藤を下し、長らく流出していたIWGP王座を奪還。第50代王者となり武藤越えを果たした。その後、中邑、カート・アングル、後藤洋央紀と対戦し3度の防衛に成功。4度目の防衛戦で対峙した中西学に敗れ一時は王座から陥落するも、6月20日のリターンマッチを制して再び返り咲く。7月にはプロレスリング・ノアの杉浦貴を相手に防衛成功するが、試合を観戦していたTAJIRIが試合後に乱入。グリーンミストを浴びられたことから遺恨が生まれる。8月13日、G1公式戦でTAJIRIと対戦するも最後はグリーンミストからのバズソーキックで轟沈。それでも、決勝トーナメント進出に食らいつき準決勝で中邑と対戦するも敗北を喫する。さらに試合中に中邑が放ったハイキックが原因で欠場。IWGPヘビー級王座も返上した。
その後はTAJIRIと抗争を繰り広げ、11月23日に後藤洋央紀と組み、TAJIRI、田中将斗組と対戦。G1参戦以降ピンフォール負けを許さなかったTAJIRIから勝利を収めた。その後のシリーズでは立て続けにTAJIRIにフォール負けを喫するも12月5日、シングルマッチで再び激突し実況席にいた山崎一夫や社長の菅林を巻き込む形でハイフライフローで勝利し抗争に終止符を打つ。12月のプロレス大賞では最優秀選手賞を受賞した。
2010年 - 2011年 [編集]
2010年2月14日の試合後、矢野通からハサミで髪を切られる被害を受けたことから遺恨が勃発。6月19日、ルーザー・ボールド・ルールで完全決着を果たすべく矢野と対戦。最後は回転十字架固めで矢野からピンフォールを奪い取り勝利を飾った。試合後、抵抗する矢野にTAJIRIが救援に駆けつけ、TAJIRIが矢野を羽交い絞めにする中、ようやく髪の毛を刈ることに成功。さらにTAJIRIと握手を交わしタッグを結成した。
8月のG1 CLIMAXでは、決勝戦まで勝ちあがるも小島聡に破れ準優勝。G1 TAG LEAGUEではTAJIRIとタッグを組み出場するが、予選落ちに終わる。その後、G1を制しIWGP王座に就いた小島に対して挑戦をアピール。12月11日に同じく挑戦を表明してきた後藤洋央紀とシングルマッチで激突。ハイフライフローで後藤を制し、熱望していたIWGP戦線へ一歩近づき、翌日行われた興行の全試合終了後、改めて小島に挑戦を表明した。
2011年1月4日、小島の保持するIWGPヘビー級王座に挑戦。これに勝利し王座奪回に成功。自身5度目の戴冠となった。2月20日に挑戦者決定戦を制した小島と再戦。試合終盤で掟破りのラリアットで小島をなぎ倒し、最後はハイフライフローで初防衛を果たす。試合後のコメントでは「俺は、仙台のこの日を、生涯忘れません!」と涙ぐみながらファンのエールに答えた。以降は永田裕志、中邑真輔、チャーリー・ハース、後藤洋央紀、ジャイアント・バーナードを相手に防衛に成功。
8月に行われたG1では、初戦こそ永田のバックドロップホールドで敗れるも、その後は勝ち星を積み重ねていく。しかし、9日目の矢野通戦ではヒールであるはずの矢野が歓声を浴び、棚橋にブーイングが起こる「逆転現象」が発生。初戦以来の敗北を喫し、最終日では内藤哲也のポルボ・デ・エストレージャに捕まり敗北、予選落ちとなった[4]。その後、G1を制した中邑、内藤、矢野の挑戦を退け、12月4日にIWGPヘビー級王座連続防衛記録を持つ永田と再戦。これに勝利を収めて10度目の防衛に成功。12月14日にはその功績が讃えられて、2009年以来2度目となるプロレス大賞最優秀選手賞を受賞。試合内容のみならず、営業姿勢やファンサービスなど多方面から評価を受けた。
2012年 - 現在 [編集]
2012年1月4日、レッスルキングダムVIの舞台で鈴木みのるを打ち破り、IWGPヘビー級王座の11度目の防衛に成功。永田裕志の連続防衛記録を塗り替える快挙を成し遂げた。
2月12日、凱旋帰国して間もないオカダ・カズチカと対戦するも、オカダのレインメーカーで沈み防衛に失敗。長らく保持していたIWGP王座を手放したが、6月16日にリマッチ権を行使し再びオカダと対峙。最後はハイフライフローで勝利し第58代王者に就いた。尚、同王座6回目の戴冠は藤波辰爾と並ぶタイ記録となる。7月1日、全日本プロレスとの創立40周年記念大会「サマーナイトフィーバー in 両国 WE ARE PRO-WRESTLING LOVE!」のトリプルメインイベントで大トリを飾り真壁刀義とタイトルマッチで対戦。これに勝利を収め初防衛に成功。そしてこの結果により棚橋の同王座の通算防衛記録が21回を更新。橋本真也の同記録20回を越したことで最多通算防衛記録者となった。7月22日には田中将斗の挑戦を退けたのを皮切りに丸藤正道、鈴木みのる、高橋裕二郎と立て続けに防衛に成功する。
2013年1月4日、レッスルキングダム7のダブルメインイベントに登場。IWGPヘビー級王座を賭けて、オカダと三度対戦。互いのフィニッシュ・ホールドを巡る攻防の末、ハイフライフローで勝利、6度目の防衛に成功した。
4月7日両国国技館大会、NEW JAPAN CUP覇者のオカダ・カズチカを相手に迎えたIWGPヘビー級王座8度目の防衛戦。最後は2発目のレインメーカーを被弾し同王座から陥落した。
得意技 [編集]
師である藤波辰爾のドラゴン殺法や武藤敬司から影響を受けた技が多いが、これら以外にもクイック技を好んで使う。ナルシストキャラの確立後は要所で手を広げながらファンに歓声を求めるといった行動や自身も大ファンである仮面ライダーから影響を受けたアピールなどが目立ち始めている。また、新日本の創設者であるアントニオ猪木が提唱したストロングスタイルについては否定しており「オールドスタイルのアメリカンスタイルが好き」とインタビューで告白している。
フィニッシュ・ホールド [編集]
- ハイフライフロー
- 現在のフィニッシュ・ムーブ。いわゆるフロッグスプラッシュ。2006年のG1から使用。この技に移行する際はスリング・ブレイドで倒してから移行する場合が多い。また、トップロープへ走り上るスピードがとても速い。最近ではうつ伏せになった相手の背中に放つバージョンや、あお向けの相手の膝めがけて放つバージョン(この後にテキサスクローバーホールドでギブアップを狙う)も使用する。タイトルマッチなどでは確実にピンフォールを奪えるよう2連発で繰り出すこともある。IWGPの防衛戦で立っている状態のカート・アングルにも使用した。TNAでこの技を使ったときには、「エディ・ゲレロ以来の名手だ。」と、関係者から高い評価を得たこともある。2011年2月10日放送のタモリ倶楽部に出演した際は、どんな技か聞かれると「トップロープからのボディプレスに、かっこいい名前を付けただけです。」と答え、共演者を笑わせた。
- 派生技
-
- 旋回式ハイフライフロー
- 相手の頭上コーナーから90度旋回しながら落ちるハイフライフロー。諏訪魔戦で初公開された際はそのままフォールしていたが、以降は旋回式の後、対角コーナーに走り通常のハイフライフローからフォールに入るなど、2連続式になるパターンが多い。
- 高高度ハイフライフロー(名称未決定)
- 2011年後半以降大一番で使用するようになった、トップロープからリング外にいる相手目掛けて敢行する高高度式。正調よりも落差が激しい為、自身へのダメージも大きい。
- ハイフライフロール
- うつ伏せの状態の相手目掛けてハイフライ・フローを放ち、そこから変形エビ固めに移行しフォールを奪う技。2011年9月、中邑真輔とのIWGPヘビー級選手権試合で初披露。
- ドラゴン・スープレックス・ホールド
- ハイフライフローと並ぶフィニッシュムーブ。ナルシストキャラ確立後は、ハイフライフローを習得したこともあり使用頻度は減ったが、いまだに説得力のある必殺技として大事な場面で用いられている。
打撃技 [編集]
- 太陽ブロー
- 左のボディブロー。名城信男との合同トレーニングを経て使用。主に相手の打撃攻撃に合わせてカウンターで放つ。
- ドラゴン式張り手
- 藤波式のモーションが小さい張り手。
- フライング・フォーアーム
- 助走をつけて、体を横に流しつつジャンピングエルボーを繰り出す。技の後で雄たけびを上げる事が多い。
- エルボー・スマッシュ
- 鍵型に曲げた腕の先端部もしくは少し前側の腕の部分を、斜め下方から上方へ向けてかち上げるように振り上げ、相手に叩きつけるエルボー。
- ローリング・エルボー
- 左右のエルボーからローリングしてエルボーを放つ。主にノアの選手との対抗戦の場合に使用する。故三沢光晴と同じムーブであり、棚橋の普段のエルボーとは気質が違ってかなりの再現度をほこっていたことから、解説の山崎一夫が舌を巻いた。
- ドロップキック
- 元々、若手のころから正面飛び式のを使っていたが、ここ最近はそれ以外に、足殺しの一貫として、低空式も使用している。
- 青天井エルボー・ドロップ
- 尊敬する武藤敬司のフラッシングエルボーに影響を受けた技。その場で高くジャンプし、両足をジタバタさせながら放つ。現在の武藤のものよりも、若手時代のフォームに近い。
投げ技 [編集]
- スリング・ブレイド
- 以前のフィニッシュムーブ。旋回式のフライング・ネックブリーカー・ドロップ。ロープへ走り込んでからの反動を使って相手の前方から飛びつき、スリーパーホールドの様に相手の頭を抱えてリングに叩き付ける。フィニッシュにしていた時期は、説得力を与える事が出来ず観客からブーイングを受けていたが、タイトルマッチ等で相手の肩の上に担ぎ上げられた状態で繰り出したり、スリーパーホールドやレインメーカー等の相手の必殺技に対してその場飛びでの使用、背後から仕掛けフェース・クラッシャーに持ち込むリバース・スイング・ブレイドなど、さまざまな切り返し方で使用するようになりファンからの評価も高まりつつある。完全なオリジナルではなく、棚橋が開発する前からDRAGON GATEの吉野正人が繋ぎ技として使っていた。2011年2月10日放送のタモリ倶楽部に出演し、タモリや玉袋筋太郎等の前でこの技を披露。この時は「相手の首に左腕を引っ掛けて、空中で一回転しながら(した後)、右腕でラリアットをぶち込む。」と説明していた。また、同じく出演していた森本レオから「(この技を)誰が考えたの?」と質問された際、棚橋本人は「夢で見ました。」と発言しているため、吉野正人が先に使用していたのを知らなかった可能性がある。
- フライング・スリング・ブレイド
- トップロープから相手に飛びついてのスリング・ブレイド。一度リングに足から着地した後に、再度その場で小さく飛び跳ねてから叩きつけることが特徴。2006年6月頃から使用していたが同じ年のG1でいずれもこの技を切り返されて2敗を喫している。それ以来ほとんど使用していない。
- ドラゴンスイング
- ドラゴン・スリーパーの体勢から相手の体を持ち上げ、ジャイアントスイングのような形で振り回した後にバスターやファイナルカットでリングに叩き付ける。
- ドラゴンスクリュー
- 元々若手のころから使用していたが、2009年1月4日の武藤戦以降から、足攻めのために多用するようになった技。棚橋には相手がグラウンド状態で放つグラウンドドラゴンスクリューと張り手を見舞ったあとにする新型ドラゴンスクリューが存在する。鈴木みのるには通用しない事も多かったが、2012年10月8日のIWGPヘビー級選手権ではこの技で鈴木の足を痛める事に成功した。
- グラウンドドラゴンスクリュー
- 棚橋のオリジナル技。その名の通りグラウンドで行うドラゴンスクリュー。2007年4月13日の永田裕志戦で初公開。他にも相手の足をロープに挟んでからのドラゴンスクリュー、腕へのドラゴンスクリューなどバリエーションは多い。
- ジャーマン・スープレックス
- 若手時代にはよく使っていたが、現在は稀に使用している技である。棚橋の出身地・岐阜県に引っ掛けて「金華山ジャーマン」とも呼ばれていた。
- ダルマ式ジャーマン・スープレックス
- 通常のジャーマン・スープレックスとは異なり、クラッチ時に相手の両腕を取り、後方に投げる。両腕がロックされているため受身が取れなく、頭から突き刺さるしか無い危険な技。棚橋は基本的にフルネルソンの状態から相手が強引に解除した時に即座に両腕をとってから仕掛ける。また、この技はドラゴンスープレックスよりも使用頻度が多く、フィニッシュ技になった事もある。
- オールアウト
- 相手をブロックバスターの要領で抱えあげたあと上半身を右方向に軽く捻り、上半身を左方向へと振ると同時に股を抱えていた右腕を離す。そのあと抱えた首を支点にして相手の体を振り子のように左方向へと旋回させ、ロック・ボトムの形で相手をマットに叩きつける。
- 裏投げ
- 側面から相手の脇下へ頭を潜り込ませるようにして組み付き、片腕で首の付け根あたりを、もう片方の腕で腰を抱え、後方に体を捻りながら投げる技である。元々は柔道の投げ技の一つである。
- ハーフハッチスープレックス
- フロントヘッドロックの体勢で相手を捕らえ、空いた方の腕を相手の脇下を通した状態で、後方に反り投げる。若手時代によく用いられていたが、最近ではほとんど見られない。
- 12/6(トゥエルブ・シックス)
- ブレーンバスターではなくキャプチュードの体勢で相手を抱え、ファルコンアロー(もしくはみちのくドライバーII)のように首から背中に掛けて相手を落とす。ハイフライフローへの繋ぎとしてよく使用される。2011年12月テレビ番組の企画にて命名(重盛さと美の案を採用。「12時から6時の方向へ急激に落とす」の意)。命名以前は垂直落下式ファルコンアローと呼ばれていた。
関節技 [編集]
- テキサスクローバーホールド
- 2007年のIWGPヘビー級選手権試合後藤洋央紀戦でフィニッシュ・ホールドとして使用、その後AJスタイルズ戦でも使用し、頻度が増えている関節技。決して派手ではない部類の技ながら、説得力のある角度でフィニッシュムーブのひとつに昇華しつつあり、2011年における矢野通とのIWGP戦でもタップを奪っている。
- ドラゴン・スリーパー
- この体勢からの移行する技や、ドラゴン・スリーパー自体の変形バージョンも色々開発している。
- 足4の字固め
- この技も武藤敬司とのIWGP戦以降、足殺しの一貫として、時折使用している。
飛び技 [編集]
- ダイビングサンセットフリップ
- 相手にボディスラム等を繰り出してマットへ寝かせた後、セカンドロープに乗り、前方宙返りをしてセントーンを繰り出す。その後すぐにカバーに入るが、大抵カウント2以内に返される。実況では「ローリングセントーン」と言われる事もある。セカンドロープへ上がる際に両腕を上げて胸を張る仕草をして、観客からの歓声を煽る。
- ドラゴン・ロケット
- リング上からリング場外にいる相手に向かって助走し、頭部や肩口などの正面から突っ込んで体当たりする技。藤波がこの技を使用する際にドラゴン殺法の一環として「ドラゴン・ロケット」と呼ばれていた。棚橋も藤波への尊敬からその名称で使用している。下記の捨て身式トペコンヒーロを使うようになってからは使用しなくなった。
- 捨て身式トペ・コン・ヒーロ
- ロープを挟んでのドラゴン・スクリューでリング外に落下した相手に向かってエプロン上で助走し、ジャンプした直後に前宙して体当たりする技。試合序盤に戦況を変える技として使用するが、助走をつける間に相手が復帰して回避することがあり、背中を打って自爆する事もある。
- スカイツイスタープレス
- デビューしてから2、3年の間だけ使用していた非常に難易度の高い空中技。その後は封印していたが、2004年マスクド・デビロックに変身する際には、この技を解禁すると示唆したが実際は使用していない。
丸め込み技 [編集]
- 電光石火
- ランニングしての首固め。現在はなかなか使用することがないが、時折、相手の打撃攻撃に合わせて、仕掛けることがある。
- フォールインラブ
- いわゆる高角度前方回転エビ固め。主に大型選手へのフィニッシュとなりやすい技である。この名称がつく前には高山善廣からフォールを奪っている(2004年2月のIWGP暫定王座決定トーナメント)。その他のビッグマッチでは、2008年のNJC決勝戦、対ジャイアント・バーナード戦でフィニッシュ技になっている。
- スリングブレイドル
- スリング・ブレイドからすばやく回転十字固めを決める技。
タイトル履歴 [編集]
- 新日本プロレス
- IWGPヘビー級王座 (第45代、47代、50代、52代、56代、58代)
- 通算最多防衛記録、連続防衛記録保持者。
- IWGP U-30無差別級王座 (初代、3代)
- IWGPタッグ王座 (第44代, w / 吉江豊、第47代, w / 中邑真輔)
- G1 CLIMAX優勝 (2007年) 準優勝 (2004年、2010年)
- NEW JAPAN CUP優勝 (2005年、2008年)準優勝 (2012年)
- 全日本プロレス
- チャンピオン・カーニバル準優勝 (2008年)
- プロレスリング・ノア
- GHCタッグ王座 (第7代, w / 永田裕志)
- CMLL
- CMLL世界トリオ王座 (w / タイチ&OKUMURA )[5]
- カンペオン・ウニベルサル準優勝 (2012年)
- プロレス大賞
- 2003年度プロレス大賞 敢闘賞
- 2006年度プロレス大賞 敢闘賞
- 2007年度プロレス大賞 殊勲賞
- 2009年度プロレス大賞 最優秀選手賞
- 2011年度プロレス大賞 最優秀選手賞
- 2012年度プロレス大賞 年間最高試合賞(6月16日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、オカダ・カズチカ vs.棚橋弘至)
入場テーマ曲 [編集]
- HIGH ENERGY - 現在の入場テーマ曲。
- DO IT MYSELF / SUPER STUPID(旧入場曲、現在はWRESTLE LANDで使用)
- STRANGE(旧入場曲)
決め台詞 [編集]
- 「○○の、皆さん、愛してま〜す」
- 自分がピンフォール勝ちやギブアップなどを奪い勝利した際に言う台詞。当初はメインイベントやタイトルマッチのみ発言したが徐々に発言の機会を増やしていった。
- ○○には、地名が入る。
- 近年ではマイク無しでポーズのみ決めるサイレントバージョンが存在する。
- インディー界では大日本・アブドーラ小林がオマージュでこの台詞を使っており、後のサムライTVでの対談にて公認している。
- 角田龍平のオールナイトニッポン(ニッポン放送)にてジングルのドナリに上記の肉声使用。
- 「俺の進化が止まんねぇ〜」
- 「100年に1人の逸材、棚橋弘至です!」
- 自己紹介の際。
- 「まぁ俺のカッコ良さは反則だけど」
- 反則攻撃を喰らった後、文句を言ってからの捨て台詞。
- 「俺はチャラいけど○○(自分への誉め言葉、果たす公約など)」
- 「お前の罪を数えろ!」
- など仮面ライダーWのセリフ。特に矢野通との抗争時に多用し、煽りPVでは棚橋のこの台詞に矢野が「テメェで数えろ!」と言い返すという編集が行われている。
- 「○○にキター!!」
- 仮面ライダーフォーゼのセリフ。○には地名などが入る。
- 「俺、生まれてから一回も疲れた事無いから」
- 主にハードな試合後に言う。
- 「IWGPは、遠いぞ」
また、セリフではないが入場時、試合終了後にエアギター(音は仮面ライダー響鬼・轟鬼の雷電激震)をすることがある。
出演 [編集]
ミュージックビデオ [編集]
- 「KAMEN RIDER V3」(2011年)[6]
- 鬼龍院翔 from ゴールデンボンバー「Life is SHOW TIME」(2012年)
映画 [編集]
- 「FLY!〜平凡なキセキ〜」(2011年)
著書 [編集]
- 『オレはプロレスラー―みなさん!愛してま~す!!』 (カンゼン刊、2007年8月1日発売) ISBN 978-4-8625-5003-3
- 『棚橋弘至の100年に1人の逸材BODYのつくりかた』 (ベースボール・マガジン社、2012年3月発売) ISBN 978-4-5831-0425-6
脚注 [編集]
- ^ ただし前述の東京スポーツの対談においては、学生時代のリングネームとされている「ターナー・ザ・インサート」と棚橋が同一人物かどうかについては明言を避けている。
- ^ King Of The Hillsは日本語に意訳すれば「お山の大将」である。
- ^ 東京地方裁判所平成14年(合わ)第620号
- ^ 棚橋、内藤ともに勝ち点が並んだが、『G1 CLIMAX』予選リーグの規定で「勝ち点が並んだ場合は直接対決の勝者が上位となる」というルールが定められている為。
- ^ 日本人で獲得したのは史上初。
- ^ “仮面ライダーV3とIWGP王者・棚橋弘至が強力タッグ! 仮面ライダーGIRLS新曲”. マイナビ. 2012年4月30日閲覧。
関連項目 [編集]
- プロレスラー一覧
- レスリー・キー - 写真集「SUPER TOKYO」(2010年)に参加
- メタルマックス3 - 実写広告にて、作中の職業「レスラー」役で参加
外部リンク [編集]
- 新日本プロレス 公式プロフィール
- 棚橋弘至オフィシャルブログ 棚橋弘至のHIGH-FLY - 公式ブログ
- 棚橋弘至 (tanahashi1_100) - Twitter
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||