タイチ (プロレスラー)

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タイチ
タイチの画像
2011年撮影
プロフィール
リングネーム タイチ
石狩太一
本名 牧太一郎
ニックネーム 世界一小ズルイ男
ミスター太鼓持ち
世界一の小悪党
ロスト・アイデンティティ
北海の星
身長 177cm
体重 85kg
誕生日 1980年3月19日(33歳)
出身地 北海道石狩市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 レスリング
トレーナー 川田利明
馳浩
デビュー 2002年12月2日
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タイチ(男性、1980年3月19日 - )は、日本プロレスラー。本名は牧 太一郎(まき たいちろう)。北海道石狩市出身。新日本プロレス所属。

目次

来歴 [編集]

高校時代はレスリング部に所属し、97年、国体の北海道大会予選で二位、全国大会の出場経験もある。2001年全日本プロレスが夏に開催した第1回BATTキャンプに参加し合格、大学を中退し入門する。2002年12月2日、全日本プロレスの新潟・長岡市厚生会館大会にて土方隆司戦でデビュー。全日本プロレスのジュニア戦線主要レスラーとして、2004年2月には大阪プロレス主催の『スーパーJカップ』に全日本プロレス代表で出場するも1回戦で大阪プロレス村浜武洋に敗れた。

川田利明の付き人を務めながら試合を行っていた。2005年2月に川田が退団する際には、自分は川田の付き人であるという理由から石狩も全日本を退団し行動を共にしている。以降フリーランスとして活動し、多くの団体に登場している。主戦場の一つであるハッスルでは、不遜かつ非常識な言動で控え室で先輩選手に怒られまくるキャラクターで注目を集め、控え室のスーパースターと呼ばれる。しかし川田が高田モンスター軍に寝返ってしまい、川田の心を取り戻そうと愛憎師弟対決を4度行うも、全て返り討ちにあってしまった。また、女子レスラー風の衣装と化粧を施し「石狩太子(たいこ)」のリングネームを使ったこともある。

ハッスルとは契約を自ら打ち切り離脱。新日本プロレスの単発興行「WRESTLE LAND」に、邪道外道とトリオを組み、「北海道」のリングネームを名乗った。

7月8日にディファ有明で開催された総合格闘技イベント「MOVE ON! Kings!」で、総合格闘技に初挑戦する予定であったが腰のヘルニア悪化および右肩腱鎖関節損傷のため欠場となった[1]

その後、フリーとして旧友宮本和志のいるキングスロードへ登場。しかし団体解散後はしばらくZERO-ONE MAXに参戦。 最近は新日本プロレスに参戦し正規軍の一員として戦うことが多くなり2008年にはTNAへミラノコレクションA.T.とともに遠征することが決まった。しかしTNAでは一試合も試合をすることなく予定を早めて帰国をしたことを公式サイトで明らかになった。

帰国後、ミラノの技ロープパラダイスやギミックである透明犬(後に「ミケコ」と命名)を真似するようになり、ミラノとの抗争に発展し、シングルマッチが2度組まれるが、いずれも敗北。同年11月、犬猿の仲といわれたミラノと和解しタッグチーム「ユニオーネ」を結成。G1 TAG LEAGUEに初出場するも1勝のみにとどまった。

2009年1月には東京ドーム第0試合に初参戦。同年より新日本プロレスの所属となった。4月にはリングネームを「石狩太一」から「タイチ」へと改名し6月のBEST OF THE SUPER Jrでは2年ぶりに出場。初めの4試合は全て敗北しいち早く予選落ちになったが、優勝候補とされていた田口隆祐、DRAGON GATEのYAMATOを破り2勝4敗という結果となった。

6月20日、IWGPジュニアタッグ王座次期挑戦者決定戦を賭け田口隆祐、プリンス・デヴィットの「Apollo 55」と対戦。奮闘を起こし、「タイチ」コールも沸き起こったのだが、最後は田口のどどんで敗北。それから1か月が経った7月20日、Apollo 55が見事王座奪還に成功。再びIWGPジュニアタッグ王座を懸けて激突するがここでも敗れた。

その後、パートナーであるミラノが目の負傷で長期欠場(後に引退)となり、11月下旬からは金本浩二とタッグを組んでいる。

海外遠征 [編集]

2010年1月19日、CMLLへの長期遠征が発表。2月15日に同団体へ参戦するため、メキシコへ出発。同月19日(現地時間)にアレナメヒコ大会のセミファイナルに初登場。内藤哲也レイ・メンドーサ・ジュニアと組んでストロングマンミステル・ニエブラマキシモ組と3本勝負で激突。これにストレート勝ちを収めた。

3月21日のアレナコリセオ大会で対戦相手のラ・マスカラのマスクを剥いだことから因縁が勃発。5月7日に棚橋弘至OKUMURAと組んで、ラ・マスカラ、イホ・デル・ファンタズマエクトール・ガルサ組とCMLL世界トリオ王座を賭けて対決。これに勝利し同王座に載冠。自身初のベルト奪取となったが、21日の初防衛戦にて同王座に陥落し短命政権で終わる。

同月23日にマキシモのキス攻撃を受けてしまったことから因縁勃発。6月6日、CMLLのビッグイベントの一つとされているシン・サリダ興行のメインイベントでカベジェラ・コントラ・カベジェラマッチとしてマキシモと対戦。パワーボムで潰されピンフォール負けを味わい丸坊主に。

小島軍(仮)から鈴木軍へ [編集]

12月よりTAKAみちのくNOSAWA論外と共に新日本に戻った小島聡の下に集い、ユニット「小島軍(仮)」を結成する。セコンドとして度々試合に介入したり、インタビューで小島を絶賛する等、太鼓持ちとして活躍する。しかし、NEW JAPAN CUP以降、小島は真壁刀義とのシングルマッチの抗争を展開し始めたと同時に1対1の真剣勝負に執着するようになり、試合開始直前に小島にリングから追い出されるようなった事をきっかけに不審感を抱くようになった。

2011年1月30日、田口隆祐&プリンス・デヴィットApollo55」が保持するIWGPジュニアタッグ王座に本来ならTAKAみちのく&NOSAWA論外組での挑戦予定だったが、TAKAの肩の負傷により代理出場。田口に外道クラッチIIで丸め込まれ敗北。3月20日にApollo55のIWGPジュニアタッグ王座にTAKAみちのくと共に再挑戦をするも、デヴィットのブラディサンデーを喰らい自身がピンフォール負けを喫した。

4月29日、広島大会で田口隆祐が保持するCMLL世界ウェルター級王座に挑戦するも田口の新技ラ・ミスティカ式どどんで敗れる。5月3日に組まれた真壁と小島の試合後、TAKAと共に小島を襲撃。乱入した鈴木みのると共闘を宣言し新たに鈴木軍を結成。この頃から鈴木の異名に因んで「世界一性格の小ズルい男」と称される。

9月11日にTAKAとのタッグでApollo55の所持するIWGPジュニアタッグ王座に三度挑戦。前日より田口の膝を負傷寸前まで追い込み、有利に試合を進めたものの、最後は田口からラ・マヒストラルでピンフォール負けを喫し王座奪取は失敗に終わる。

2012年6月のBEST OF THE SUPER Jr.最終戦の6人タッグマッチにて、獣神サンダー・ライガーのマスクの角と髪の毛をむしり取る暴挙を敢行。最後はタイチ式外道クラッチでライガーから3カウントを奪取。16日よりTAKAと組んで、空位となったIWGPジュニアタッグ王座を巡ってライガー、タイガーマスク組と対決。前回と同じようにマスクを破るが、その下から露わとなった鬼神ライガーに毒霧を浴びせられ、テーブルへのパワーボムを喰らう。最後はTAKAがタイガーからピンフォールを奪われ敗戦した。

得意技 [編集]

ジュニアヘビー級らしい躍動感のある技と、師である川田を受け継ぐかの様なハードヒットな蹴り技を駆使した闘い方を見せる。現在は姑息なファイトスタイル[2]を織り交ぜ、観衆からブーイングを浴びている。

ブラック・メフィスト
CIMAの得意技であるシュバインのように相手を逆さまにかつぎ、相手の足を交差させてマットに垂直落下気味に落とす脳天から後頭部にかけてダメージを与える。シュバインは胴タックルから抱えあげるのに対して、こちらは相手の股に頭を突っ込んで持ち上げる。名前の由来は師匠・川田の海外遠征時代の時のリングネーム。
スライディングキック(仮)
ロープへ跳んで助走をつけ尻餅を着かせた相手の左即頭部を足の甲で捕らえる。時折、フィニッシュ技としても用いられる。
ジャンピング・パワーボム
タイチの数少ない力技のひとつ。相手を叩きつける際に自らは尻餅をつくシットダウン式を主に使用。対角コーナーから走り叩きつけるサンダー・ライガーボムの形になることもしばしば。
ダークメタモルフォーゼ(とも~み推し)
トップロープの反動を利用した2段階式パワーボム。名前の由来はAKB48河西智美のファンであり同人物の愛称。
フロントハイキック
師である川田が得意とするコーナーへの串刺し式も使用。
トラース・キック
ヒールターンしてからも愛用し続ける蹴り技のひとつ。コスチュームのロングタイツを剥ぎ取ってショートタイツに変身する際に放つが、剥ぎ取るまでに時間が掛かりその結果、相手に余裕を与え返り討ちにあってしまうこともある。
スイングDDT
試合中盤で放つことが多い技。回転途中に右手でサードロープを掴んで自身の身体を振り上げ落差を増す。
フランケンシュタイナー
相手に側方から飛び付いて旋回しつつ身体を捻って投げ捨てる。コルバタに近い。
ドロップキック
打点が高くフォームも美しい。
ステップキック
これも師である川田が得意とする蹴り技の一つ。相手の頭を抑えつけ、顔面を小刻みに蹴り上げる。
マトリックス
相手をコーナーへスルーし助走をつけながらセカンドロープに足を乗せる。そしてロープを踏み台にして軽くジャンプした後、振り上げた足の甲で相手の側頭部を捕らえる。
マトリックス2
マトリックスの改良版。上記の通りに跳躍しドロップキック気味に相手の胸へ蹴り上げる。
鬼葬
飛びつき式に腕と足を決める複合サブミッション
牧クラッチ
外道クラッチと同型のフォール技尾崎リングアナが外道クラッチとアナウンスしたところ、TAKAみちのくが「牧クラッチだよ!」と抗議したためこの名前となった。なお「牧」はタイチの本名。最近では「タイチクラッチ」という表記が主流。

合体技 [編集]

ミラノコレクションA.T.
スーパースクラップキック
サンドイッチ式のトラースキック。膝をつきグロッキーになった相手の両脇を陣取り、同時にトラースキックを発射し相手の頭部を挟み打つ。
ユニオーネの竜巻
タイチが羽交い絞め、その隙にミラノがドラゴンスクリューを放つ。羽交い絞めし身動きが取れなくなったことで、ドラゴンスクリューの適切な受身を取れなくする為、靭帯へのダメージは相当なものと言える。
TAKAみちのく
みちのくメフィスト
ブラックメフィストとみちのくドライバーIIの複合技。ブラックメフィストの要領で担ぎ上げたタイチの正面に回ったTAKAがみちのくドライバーIIの形で相手を抱え込み、相手を頭から落下させる。
鈴木みのる
ローフライフロー
タッグマッチ時、タイチに試合権利がありかつダウンした状態の際、鈴木が介入して相手をゴッチ式パイルドライバー等でダウンさせた後、ダウンしているタイチを相手の上に投げ飛ばしそのままフォールさせる。名称は棚橋弘至のハイフライフローから。

タイトル歴 [編集]

入場テーマ曲 [編集]

  • 「pageant」(Moi dix Mois) - 現在のテーマ曲。
  • 「forbidden」(Moi dix Mois
  • 「季節の中で」(松山千春) - デビュー当初に使用
  • 「OBSCURE」 (Dir en grey)

その他 [編集]

  • ジュニアヘビー級の選手ながら、全日本時代に天龍源一郎とシングルマッチで対戦したことがある。
  • 自身のブログ「新・石狩生活」でミラノにブログジャックされたことがある。その後、後藤や岡田などにもジャックされた。
  • 趣味は競馬でブログでは度々このことが書き記されてはいるが、つくづく外れてしまっている。
  • AKB48河西智美のファンであることを公言しており、コンサートにも行ったと話している。尚、2012年1月25日の白河大会よりペンライトを持っての入場を行っている。

脚注 [編集]

  1. ^ 【TEAM Kings】7・8第一弾大会の全対戦カード決定、メインは加藤誠VS吉田幸治 GBR 2006年7月6日
  2. ^ 積極的に戦おうとしない、頻繁にリングアウトする、「正々堂々とやる」と言って相手が油断したところでサミングを行う、など

外部リンク [編集]