高橋裕二郎
| 高橋 裕二郎 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | 高橋 裕二郎 裕次郎 高橋 裕次郎 |
| 本名 | 高橋 裕二郎 |
| ニックネーム | ミスターR指定 愚直なパワーチューン コンプリート・ブラザー 東京PIMPS スープレックスマシーン NOLIMITタフガイ |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 105kg |
| 誕生日 | 1981年1月13日(32歳) |
| 出身地 | 新潟県新潟市 |
| 所属 | 新日本プロレス |
| スポーツ歴 | レスリング |
| デビュー | 2004年7月26日 |
高橋 裕二郎(たかはし ゆうじろう、男性、1981年1月13日 - )は、日本のプロレスラー。日本体育大学卒業。新潟県新潟市出身。新日本プロレス所属。
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経歴 [編集]
東京学館新潟高校時代にレスリングを始め、日本体育大学へ進学。グレコローマン84kg級の全日本学生選手権王者となる。卒業後生活するため、飯を食っていくためにとプロレスラーになる道を選び、1年間高校で保健体育の教師をしたのちに2003年末に行なわれた新日本プロレス入団テストに合格した。
半年の練習生期間を経て2004年7月26日、後楽園ホール興行での対山本尚史戦でデビュー。ちなみにデビュー時のコスチュームは近年では異例のアマレスパンツ。黒、赤、青とカラーバリエーションを変えていたが、2005年秋より黒いショートタイツに変更。2007年3月、田口隆祐に次ぐ門下生第2号としてサムライジムに入門した。
2007年5月22日にサムライジムの看板を奪われた稔を倒すべくIWGPジュニアヘビー級王座に初挑戦。6月にはベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに初出場。今大会優勝者だったミラノコレクションA.T.を見事下し大金星を上げる。2008年3月に内藤哲也とタッグチーム「NO LIMIT」を結成し、コスチュームもオレンジを基調としたタイツに変更。4月13日に獣神サンダー・ライガー、AKIRA組が持つIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。敗れはしたもののレジェンドに恐れぬファイトを見せつけ注目を浴びた。5月にはZeppツアーにてNO LIMIT 5番勝負が組まれたが、全敗。6月には2年連続でベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに出場。しかしスタートダッシュでは失敗に終わり開幕4連敗を喫するも、公式戦最終日にて稔をムーンサルトプレスで勝利を飾り約1年越しのリベンジを果たした。
10月13日に稔、プリンス・デヴィット組からIWGPジュニアタッグ王座を奪取。2度目の挑戦にして悲願の初タイトルを獲得した。その後邪道、外道組と対戦し防衛を果たすも翌年2009年1月4日、アレックス・シェリー、クリス・セイビンの世界有数のタッグチーム“モーターシティマシンガンズ”相手に2度目の防衛に失敗。海外流出を許した。
同年2月、両国大会の4wayタッグマッチに勝利し、内藤と共にアメリカに渡米。TNAに参戦し2009年3月31日(現地時間)、TNAオーランド大会でモーターシティ・マシンガンズに再戦も勝利ならず。さらに自分鍛えあげるためにそのままTNAに継続参戦。同年4月19日、シックスサイドスチール3way形式のタイトルマッチに挑戦。しかし、内藤が直前の試合で左膝を負傷するアクシデントが発生し本領発揮ならず。ここでも敗北を喫した。
5月からメキシコに舞台を移す。同月29日に内藤、ドス・カラス・ジュニアと組みCMLLに初登場。以降継続的に参戦し活躍したが、12月4日に行われた髪切りマッチに敗れ、髪を刈られ丸坊主となった。また、階級をジュニアヘビー級からヘビー級へと転向。
2010年1月4日、内藤と共に新日本へ一時帰国しブラザー・レイ、ブラザー・ディーボンの持つIWGPタッグ王座で凱旋試合を行う(この試合は3wayマッチとして行われもう1組の挑戦者はジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン組だった)。この試合に勝利し第55代IWGPタッグ王者に輝いた。2月14日にはメキシコで行われた髪切りマッチで敗れ丸坊主にされた怨敵であるエル・テリブレ、テハノ・ジュニア組とタイトルマッチ。これにリベンジを果たし、王座初防衛。同年3月5日よりリングネームを本名である「高橋裕二郎」に変更[1]、4月4日よりCHAOS加入。
同年5月3日の「レスリングどんたく」にて青義軍(永田裕志、井上亘組)とBAD INTENTIONS(ジャイアント・バーナード、カール・アンダーソン組)を相手にIWGPタッグ戦3WAYマッチを行うも、井上がアンダーソンから3カウントを奪った為、IWGP王座から陥落。試合終了直後に「ベルトを持っていた自分たちは負けていない」と内藤と共に再戦を直訴。翌6月19日にイリミネーションマッチとして同じ3組で対戦するも、他の2組から執拗に攻撃された為に敗退(この試合結果はアンダーソンが井上からフォールを奪ったことで、バッドインテンションズが新しいIWGPタッグ王者となった)。しかし、「双方から攻撃を受けることがおかしすぎる」と言い、巴戦ルールで再戦をまたも直訴。7月19日、巴戦ルールで3度同じ3組で対戦するも、先にバッドインテンションズが2連勝した為、ベルト奪還に失敗。 同年のG1クライマックスに出場。また、G1タッグリーグにも内藤哲也と組んでNOLIMITとして出場、トーナメント準決勝で日墨マッスルオーケストラ(中西学、ストロングマン組)に勝利するも、決勝戦で青義軍(永田裕志、井上亘組)に敗れ準優勝となる。
2011年、3月のNJCに出場するも、1回戦の中西学戦で敗退。その後、シングルで目覚ましく成長し始めた内藤とは正反対に全く結果を残せない状態になってしまい、パートナーの内藤との間に亀裂が発生。1度亀裂は無くなるが、同年の5月3日の「レスリングどんたく」IWGPタッグ戦で王者バッドインテンションズ(バーナード、アンダーソン組)と対戦するも敗北。内藤を一人置き去りにして早々と退場してしまう。
同月26日、田中将斗を加えて6人タッグマッチを行った際、「レスリングどんたく」での対戦をきっかけに内藤を見限り、内藤からのタッチを拒否したり内藤を背後から攻撃したりする。試合終了直後、内藤を東京ピンプスで攻撃した後、コンプリート・プレイヤーズ(田中将斗・邪道・外道)と結託し、内藤に「お前はもういらない!NO LIMITは終わりだ!」とNO LIMIT解散を宣言、同時に内藤をCHAOSから追放した。6月18日の大阪で内藤とのシングルマッチで対戦。東京ピンプスで勝利を収める。
12月、後藤洋央紀とのシングル戦の試合前にマイクでセクシャル口撃を浴びせ、この日を境に行動、言動と共にR指定キャラとして前面に押し出している。2012年に入ってからは入場時にサングラスを掛けてリングサイドに女性ファンがいると抱擁またはキスをせがんで来る、試合前には対戦相手を罵るまたは会場内の女性を口説くなどといったマイクアピールで観衆からブーイングやドン引きを買っている。
3月11日浜松大会、後藤洋央紀が保持するIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦。これがIWGPシングル王座初挑戦となったが敗北。
5月9日からメキシコCMLLに遠征。現地でルーシュの保持するCMLL世界ライトヘビー級王座、エル・テリブレの保持するCMLL世界ヘビー級王座に挑戦するも敗北を喫する。
8月、3年連続G1 CLIMAX出場。初開催となる新潟市体育館で棚橋弘至と対戦。地元出身ということもあり「裕二郎」コールを湧き上がらせる健闘を見せた。結果的に敗北を喫し3勝5敗と予選落ちとなるも、今大会でいくつもの好勝負を繰り広げ、その才能を開花させた。
その後はG1の公式リーグ戦中に膝を負傷した内藤哲也を再び付け狙い、10月8日の両国国技館大会で内藤と対決。負傷している膝を集中攻撃しレフェリーストップ勝ちを収め、試合後も椅子攻撃で内藤の膝を殴打、長期欠場に追い込んだ。そしてメインイベント終了後IWGPヘビー級王座の防衛に成功した棚橋の前に姿を現し、10年前に棚橋の身に起こった刺傷事件[2]を引っ張り出したマイクアピールで同王座に挑戦を表明した[3]。
11月11日、棚橋の保持するIWGPヘビー級王座に初挑戦。ハイフライフローでピンフォール負けを喫する。
得意技 [編集]
持ち前の馬力や瞬発力を活かしたパワーファイトを得意とし、かつてのタッグパートナーである内藤とは対をなすように関節技や丸め込み技の類はほとんど使用することはない。
- 東京ピンプス
- ヘビー級に転身してから使用し始めた現在の主なフィニッシュ・ムーブ。カナディアン・バックブリーカーの体勢で持ち上げた相手を開脚ジャンプした自身の股の間にうつ伏せ状態で叩きつけるシットダウン式のフェイスバスター。変形のカナディアン・ハンマーと言える。
- 技名の由来は「AND SUNS」のブランド名「TOKYO PIMPS」。また、ピンプは英語のスラングで「女たらし」という意も込められている。
- ジャーマン・スープレックス・ホールド
- 背筋力を見せつけるため強引にぶっこ抜く形を主に使用。特にうつ伏せにダウンしている相手に対して放つのは東京ピンプスと並ぶフィニッシュとして用いられ、この技で棚橋弘至からピンフォールを奪いシングル王座初挑戦に至っている。
- インターカレッジ・スラム
- 裕二郎が使用するオリンピック・スラムの名称で初期のフィニッシュ・ホールド。ヘビー級転向後は使用を控えていたが、NO LIMIT解散後は東京ピンプスへの布石として再び使用するようになった。
- 一般的には略称であるインカレ・スラムとして表記されている。
- ムーンサルトプレス
- インカレ・スラムに並ぶジュニア時代のフィニッシュ・ホールド。ヘビー級転向後は大一番の試合の際に使用している。
- トペ・スイシーダ
- ジュニア時代から使用し続けるエアリアル・ムーブで滞空時間を十分に保ったまま、相手に向けて突っ込んで行く。
- ギロチンドロップ
- その場で高く跳び上がるものを多用するが、セカンドロープないしはトップロープから繰り出すダイビング式は時折フィニッシュにもなっている。
- ユウジロウズ・リフト
- レスリングでいう俵返しの体勢でうつぶせに倒れている相手を無理矢理引き起こして持ち上げジャンピング・パワーボムの形で落とすものが基本形であるが、時にアバランシュ・ホールドに移行することもある。
- ラリアット
- 相手に当てる前から力こぶを作るような形で鍵型に構えて、自分の身体を相手に圧し掛かるように打ち込むのが特徴。かつてはここから内藤がジャックナイフ式エビ固めへ捉える連携を使用していた。
- 張り手
- 試合を展開する上で稀に使用。
- R.C.T
- 急所攻撃からのジャックナイフ式エビ固め。
- スピアー
- アマレス出身者らしく力強いタックルを見せる。近年では使用しない。
- ダイビング・ヘッドバット
- 若手時代から得意としている技の一つ。ヘビー級転向後は全く見られなくなった。
合体技 [編集]
- 内藤哲也
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- リミットレス・エボリューション
- 相手の体をリフトアップさせ、そのまま相手の両足を下へ引っ張りながら2人は背中からマットに倒れこみ、落下させた相手の背中を叩きつける。
- リミットレス・ドリーム
- 内藤がブレーンバスターの要領で裕次郎の肩に乗せ、そのまま首を抱えた内藤がネックブリーカー・ドロップ、裕次郎がパワーボムのような格好で後頭部をマットに叩きつける。
- リミットレス・エクスプロージョン
- 内藤がリバース・パワーボムの形で相手を持ち上げるのを見計らって裕次郎がロープへ走り、相手の首に飛びついてスタナーを叩き込む。この技で長年海外への流出を許していたIWGPタッグ王座を奪取するなど、同タッグとしてはフィニッシュ・ホールドとして用いられていた。
タイトル歴 [編集]
- 新日本プロレス
- IWGPジュニアタッグ王座(第22代, w / 内藤哲也)
- IWGPタッグ王座(第55代, w / 内藤哲也)
- G1 TAG LEAGUE 準優勝(2010年, w / 内藤哲也)
- CMLL
- CMLLトルネオ・グラン・アルタナティバ 優勝(2009年, w / OKUMURA)
入場テーマ曲 [編集]
- Caboose / Sugar Ray
- コンプリート・プレイヤーズ加入時の入場曲。2011年6月 - 現在まで使用。
- Du Hast / Rammstein
- NO LIMIT凱旋後の入場曲。
- No limit / 2 Unlimited
- NO LIMIT結成時の入場曲。凱旋後は勝利用テーマ曲として使用。
- Huge Gliding
- NO LIMIT結成以前の入場曲。
- S.W.A.T.911
- 新人時代のテーマ曲。
その他 [編集]
- 顎の骨折による入院中、看護師の目を盗んで脱走。ジムでトレーニングに励み、主治医に怒られた。棚橋曰く「退院したら、入院前より体がビルドアップされていた」。
- レスリング日本選抜選手権代表・岩崎裕樹は同級生であり友人。
- 本名は“裕二郎”であるものの、多くの書類で“裕次郎”と誤植され、それなら「石原裕次郎にあやかりましょう」と、“高橋裕次郎”のリングネームでデビュー。3戦目より“裕次郎”に再改名した。
- 料亭料理長の父親を持ち、道場でその腕を振るう。現在は地元新潟で居酒屋定食たかはしを開業している。
- 現在、試合前にマイクパフォーマンスを行うことが多くなり、決まって話の最後に「これマジ!」という決め台詞を付け加えるようになった。
脚注 [編集]
- ^ 裕次郎から『高橋裕二郎』へ!! リングネーム変更のお知らせ 新日本プロレスオフィシャルWEBサイト 2010年2月15日
- ^ 東京地方裁判所平成14年(合わ)第620号
- ^ 11.11大阪でR指定男・裕二郎がIWGP挑戦 真壁組は桜庭組と再激突=新日本 スポーツナビ 2012年10月9日
外部リンク [編集]
- 新日本プロレス 公式プロフィール
- 高橋裕二郎 (YujiroTakahashi) - Twitter
- 高橋裕二郎 - International Wrestling Database (英語)
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