田口隆祐

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田口 隆祐
田口 隆祐の画像
プロフィール
リングネーム 田口 隆祐
本名 田口 隆祐
ニックネーム 不滅のファンキー・ウェポン
ライジングSUN
ドロップキック・マスター
身長 180cm
体重 91kg
誕生日 1979年4月15日(35歳)
出身地 宮城県岩沼市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 サッカー
レスリング
トレーナー 小林邦昭
デビュー 2002年11月22日
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田口 隆祐(たぐち りゅうすけ、男性、1979年4月15日 - )は、日本プロレスラーである。新日本プロレス所属。宮城県岩沼市出身。宮城県仙台第一高等学校卒業。

経歴[編集]

宮城県仙台第一高等学校サッカー部、東海大学レスリング部出身[1]2002年3月に新日本プロレスのスカウト部長になる前の木村健悟にスカウトを受け、9月の入門テストに合格し、新日本プロレスに入団。同年11月22日後楽園ホール興行での対矢野通戦でプロレスデビュー[1]。その後、前座戦線で活躍し、かなり早い段階で頭角を現す。また、ドロップキックの空中姿勢に定評があったことから、ドロップキック・マスターという異名を付与される。

ジュニアヘビー級戦線で活動し、2003年にはBEST OF THE SUPER Jr.に初出場。2004年にはヤングライオン杯、ヤングライオン闘魂トーナメントを制覇[1]2005年2月、メキシコCMLLへ海外遠征に出発。同団体で元全日本プロレス奥村茂雄ツナミ・デル・オリエンテTsunami del Oriente)を結成。10月、緑のオーバーマスクをかぶり、凱旋帰国[1]

長期メキシコ遠征帰国後から、勝利後、リング上で自身のテーマ曲「MASTER OF DROPKICK」に乗りながら、「タグダンス」と呼ばれる踊りを披露するようになった。初公開となったのは、2006年1月28日後楽園ホールにて、ファンキー仕様の髪型を初披露した田口がタイガーマスクと組み、後藤洋央紀組と戦った試合で田口が後藤からピンフォール勝ちを収めた試合後に、多少中途半端ながら披露された(その直後に小バカにした態度で稔に真似されていた)。

2月19日、エル・サムライとのタッグで稔 & 後藤組の保持するIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。この試合に勝利を収め、同王座の第16代王者組に輝く[1]2007年3月にサムライジムに入門[1]し、7月6日、稔が保持するIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦。どどんで稔からピンフォール勝ちを収め、第52代王者に君臨。同時に稔に奪われたサムライジムの看板を奪還することに成功した[1]

2008年3月には、NEW JAPAN CUPに初出場。ZERO1-MAX(現:ZERO1)との対抗戦も経験した[1]

2009年[編集]

2009年1月、プリンス・デヴィットとのタッグチーム「Apollo 55」を結成。4月5日、Resolution'09にて、モーターシティ・マシンガンズアレックス・シェリー & クリス・セイビン組)の保持するIWGPジュニアタッグ王座に初挑戦するも、デヴィットがピンフォール負けを喫し、王座奪取はならなかった。その後、ユニオーネミラノコレクションA.T. & タイチ組)と抗争を繰り広げ、6月20日のDOMINION6.20にて、IWGPジュニアタッグ王座次期挑戦者決定戦を行う。試合は田口がタイチからピンフォール勝ちを収め、再び同王座への挑戦権を獲得。7月5日、再びモーターシティ・マシンガンズと対戦。デヴィットがシェリーからピンフォール勝ちを収め、第24代王者組に輝く[1]

11月、G1 TAG LEAGUEでは、Apollo 55としてエントリーし、Bブロックを2位で通過。準決勝でCHAOS中邑真輔矢野通組を撃破し、決勝進出した。決勝では惜しくもBAD INTENTIONSジャイアント・バーナード & カール・アンダーソン組)に敗れたが、準優勝という好成績を残した。

2010年 - 2012年[編集]

2010年10月11日、ゴールデンラヴァーズ(飯伏幸太 & ケニー・オメガ組)とジュニアタッグを賭けて対戦。デヴィットが飯伏からピンフォールを奪われ、同王座から陥落。12月、東京スポーツ主催のプロレス大賞で同試合が年間最高試合賞を受賞した[1]

2011年1月22日、CMLLマスカラ・ドラダの持つCMLL世界ウェルター級王座に挑戦。これに勝利を収めて、同王座に戴冠[1]。翌23日にはデヴィットとのIWGPジュニアタッグ王座に返り咲き、二冠王に輝く。

3月11日、東日本大震災が発生し、自身の生まれ故郷である宮城県岩沼市が被災、津波による二次災害に見舞われた。これに対して、4月3日後楽園大会の試合後のインタビューで「プロレスで元気づける。それが今自分のできる精一杯の事」とコメントを残した。

6月、BEST OF THE SUPER Jr.に出場し、決勝トーナメントに進出。準決勝でデヴィットとの同門対決を制し、決勝で飯伏と対峙するも、敗北を喫し準優勝。18日のDOMINION6.18ではドラダに敗れ、CMLL世界ウェルター級王座を手放した。

10月10日、DESTRUCTION'11では、デイビー・リチャーズ & ロッキー・ロメロ組に敗れ、長期に渡って保有していたIWGPジュニアタッグ王座の防衛に失敗。2012年1月4日、レッスルキングダムVIの舞台で、同王座を賭けた試合で再奪取するも、2月12日、THE NEW BEGINNINGで、自身がリチャーズから3カウントを奪われ、陥落した。

6月、BEST OF THE SUPER Jr.に出場し、5勝3敗でトーナメントに進出。準決勝でDRAGON GATEPACを打ち破り、決勝戦でロウ・キーと対戦。試合中にロウ・キーが放ったバックブローで左目を負傷しながらも、最後はミラノ作・どどんスズスロウンでロウ・キーからピンフォール勝ちを収めて、初優勝を遂げた[1]

2013年 - 現在[編集]

2013年4月7日、TIME SPLITTERS(KUSHIDA & アレックス・シェリー組)が保持するIWGPジュニアタッグ王座に挑戦するも、敗戦。この試合後にパートナーのプリンス・デヴィットからラリアットを喰らい、仲間割れを起こしたことで、Apollo 55が解散する。後にデヴィットはバッドラック・ファレを自身のバウンサーに付け、BULLET CLUBを結成した。5月3日、レスリングどんたくで、キャプテン・ニュージャパンと組んで、デヴィット & ファレ組と対戦するも、敗北。

6月、BEST OF THE SUPER Jr.に出場。リーグ戦は1位で通過したものの、公式最終戦でタイガーマスクが放った雪崩式バックドロップを受けた際に、腰を強打。検査の結果、「第三腰椎神経根引き抜き損傷」の疑いと診断され、長期欠場となる。

2014年1月5日、リングに上がり、復帰を発表。当面の標的をデヴィットに見据える事を宣言した。

9月21日、約7年ぶりにIWGPジュニアヘビー王座(2度目)に返り咲いた。

得意技[編集]

師であるサムライと同じく日本のジュニアヘビー級の中では比較的長身のため、その身長や長い手足を利した攻撃が多い。メキシコ遠征時に身に着けた技が多いためか、独特の技名がつけられているのも特徴。また、技ではないがかつて馳浩も得意としていた両手を首の後ろで組んで腰をグラインドするパフォーマンスが代名詞となりつつある。

どどん
現在のフィニッシュ・ホールド。相手の背後に回りタイガー・スープレックスの要領で固め、仰け反る様に上に持ち上げて一旦静止してから相手を前のめりにマットに叩きつける。相手を持ち上げた後は、そのまま背後から相手の腰を抱え両足をフックする形になるため、持ち上げられた相手は自然と柔道で言うところの前受身の態勢で落下する。メキシコでは比較的ポピュラーな技でこちらは類似技もまとめて単純にフェイス・バスターと呼ばれることが多い。最近は自身より軽量の相手が前方回転エビ固めに切り返そうとしたところをジャーマン・スープレックスで投げる事もしばしば。名前の由来は田口が通っている「どんぶり どどん」という店名であることを週刊プロレスで明かしている。
ミラノ作・どどんスズスロウン
変型のストマック・ブロック。上述のどどんと同様のムーブで抱え上げた相手を自らの折り曲げた両膝に腹部からめり込ませる。発案者はかつてライバル関係にあったミラノコレクションA.T.で、ミラノがApollo 55との抗争中に挑発の意を込めて開発。その後ミラノが引退し、田口自身がこの技を初披露したのは2011年5月26日の飯伏幸太[2]。同技で勝利を収めており、以降、ミラノの名を冠して、最上級のフィニッシュ・ホールドとして継続して使用している。
どどん the end

アルゼンチンバックブリーカーに担いでフェイスバスターで落とすタイプのどどん。4月6日対プリンス・デヴィット戦の為に開発した新技。

スーパーどどん
いわゆる雪崩式で放つどどんだが、中途半端な態勢から繰り出されることが多く使用頻度は控えめ。
くるくるどどん
人工衛星ヘッドシザーズの要領で相手に飛びつきそのまま投げ飛ばさず相手の後方に着地し、どどんを放っていく。フィニッシュとして用いられているが、どどんシリーズの中では使用頻度は一番少ない。
タイガー・スープレックス・ホールド
どどんを相手が粘った際などに使用している。SUPER Jr.公式戦における対タイガーマスク戦ではフィニッシュにもなった。試合後、対戦相手にしてこの技の第一人者ともいうべきタイガーから「田口、素晴らしいタイガースープレックスだった」と評価を受けた[3]。入り方がどどんと同じなので、相手からするとどちらが来るかの2択となる。
ドロップキック
デビュー以来使い続けているこだわりの技。フォームの美しさと打点の高さからドロップキック・マスターの異名を取るに至った。
ミサイルキック
ドロップキックの派生技でコーナーポスト最上段から放つオーソドックスなものの他に、エプロンからトップロープに飛び乗り放つスワンダイブ式、コーナーに振られた際に一度コーナー脇のセカンドロープに足を掛け、振り向きざまに素早く放つ三角飛び式などレパートリーは多い。
プランチャ・スイシーダ
田口の場合は対角コーナーから放っていく三角飛び式を使用。タッグマッチの際には、デヴィットが肩車で相手を担ぎ上げてから放っていく型も存在している。
スリー・アミーゴス
ロコモーション式ブレーンバスター。エディ・ゲレロが得意とした技で三発目で返されることもしばしば。
前落とし
アメリカでゴートバスターと呼ばれる技と同型。かつてはオデレータバスターの名称として使用していた。ブレーンバスターの態勢で持ち上げた相手を開脚ジャンプした自身の股の間に前面から叩きつけるフェイス・バスターでヒロ斉藤が得意とした顔面砕きブレーンバスターのシットダウン式とも言える。どどんへの布石として用いられることが多い。
鹿殺し
メキシコ無期限遠征後から名前は知られていたがしばらく未公開のままに終わっていた技。形はリバース・ゴリー・スペシャルボムと同型。2006年のスーパージュニアでサングレ・アステカ相手に初公開される。
カラ・パリダ
コブラクラッチ式クロスフェイス大谷晋二郎のキングコブラホールドやアメリカン・ドラゴンのコブラクラッチ・クロスフェイスの類似技。
スタラマンチ
田口が使うブレーンバスタースラムの名称。
2010年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアの際に見せたスタラマンチは相手の両足を交差させるように腿で固めて、さらに両腕を相手の首に回して締め上げる。
フィッシャーマンズ・スープレックス
4代目タイガーマスクのベルトに挑戦する際、この技の元祖である小林邦昭に伝授された技。元祖である小林同様ソバットから繋げる連携も見せており、投げてから後方回転して腕ひしぎ逆十字固めに移行することもある。
バカプリャハ
フィッシャーマンズ・バスターの体勢に持ち上げてからスパイン・バスターの様にマットに叩き付ける。斎藤了が使うシュリンプと同型。
円盤中毒
180度旋回式のダイビング・ボディ・プレス、2008年3月14日でNJC一回戦(獣神サンダー・ライガー戦)で初公開。屈伸式サザンクロス・スプラッシュとも言える。
外道クラッチガエシーノ
外道外道クラッチを反してフォールを奪う。
外道クラッチII
相手の腕をラ・マヒストラルの要領で極めておいての外道クラッチ。
ラ・アタタタ
ラ・マヒストラルの形で丸め込んで変形の腕固めに移行し、ギブアップを奪う技。尚、名前の由来はTwitterでの公募から。
マジックミラーGO!
背後から両手で相手の両目を塞ぎこみ、戸惑いを見せた相手を目隠しにした状態で首投げの要領で投げ込んだ後、右脚を取って丸め込むフォール技。

連携技[編集]

人間トーテムポール
中西学との合体技。中西がチョークスラムで相手を抱え上げ、田口がトップロープからネックブリーカー・ドロップを放ち同時に中西が相手の体を投げ捨てる。ZERO1-MAX(現:ZERO1)対抗戦に向けて開発した。
ブラックホールバケーション
プリンス・デヴィットとの合体技。田口がどどんの体勢で担いだ相手にデヴィットがプリンスズ・スロウンを放つ。
ブラックサンデー
ブラックホールバケーションの形で相手を持ち上げ、デヴィットが相手の頭部を脇に挟み、田口はどどん、デヴィットはブラディサンデーの要領で落とす。
ブラックサンデーV2
田口が鹿殺しの要領で相手を高々と持ち上げ、デヴィットが急角度のブラディサンデーを見舞う技。
ムーンランディング
プリンス・デヴィットとの合体技。田口がパワーボム、デヴィットのバッククラッカーをミックスした荒技。しかし、たまにしか使わない。

タイトル歴[編集]

新日本プロレス
CMLL
プロレス大賞
  • 2010年度プロレス大賞 年間最高試合賞(10月11日両国国技館、IWGPジュニアタッグ選手権試合、プリンス・デヴィット&田口隆祐 vs.飯伏幸太&ケニー・オメガ)

入場テーマ曲[編集]

ドラマ出演[編集]

人物[編集]

  • 趣味は将棋2012年には「将棋世界」誌上の段位認定問題をクリアしアマ六段の認定を受けたほどの腕前[4]。全国中学生選抜将棋選手権大会の宮城県代表になったこともある[5]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年12月7日閲覧。
  2. ^ BEST OF THE SUPER Jr.XVIII ~Bring it on!~ 第8試合”. 新日本プロレス公式サイト. 2011年5月26日閲覧。
  3. ^ BEST OF THE SUPER Jr. XX 第6試合”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年6月6日閲覧。
  4. ^ 郷田棋王か澤田四段か 将棋界でプロレス世代闘争はじまる!? - 多重ロマンチック・2012年5月12日
  5. ^ 将棋世界」2014年4月号「スペシャル対談 田口隆祐 × 郷田真隆」

外部リンク[編集]