オカダ・カズチカ

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オカダ・カズチカ
OKADA rainmaker.JPG
プロフィール
リングネーム オカダ・カズチカ
岡田 かずちか
オカダ
オケイト
本名 岡田 和睦
ニックネーム レインメーカー
金の雨を降らせる男
New age star
超新星
身長 191cm
体重 107kg
誕生日 1987年11月8日(25歳)
出身地 愛知県安城市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 野球
陸上競技
トレーナー ウルティモ・ドラゴン
獣神サンダー・ライガー
デビュー 2004年8月29日
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オカダ・カズチカ1987年11月8日 - )は、日本の男性プロレスラー愛知県安城市出身、本名は岡田 和睦(読みは同じ)。新日本プロレス所属。レインメーカー(Rain Maker)の異名で知られる。

目次

来歴 [編集]

プロ入り前〜闘龍門時代 [編集]

学生時代は野球陸上競技に打ち込み、陸上では短距離100メートル走で愛知県大会1位を記録する。憧れていたプロレスラーになるために、16歳でウルティモ・ドラゴン経営のプロレス学校、闘龍門に13期生として入学。

2004年8月29日、メキシコ・アレナ・コリセオにおけるネグロ・ナバーロ戦でデビュー。同年12月のヤングドラゴン杯で1回戦で松崎俊也、2回戦でフジタ"Jr"ハヤト、決勝戦で大原はじめを下し、歴代史上最年少優勝を飾った。

2007年7月22日、『ウルティモ・ドラゴン20周年記念興行』に参戦し、獣神サンダー・ライガーミラノコレクションA.T.と組みTAJIRI折原昌夫大原はじめ組と対戦。試合に敗れた後、「今日をもって闘龍門を卒業し、新日本プロレスに入団します」と挨拶。卒業証書が手渡された。

新日本プロレスへ移籍・再デビュー [編集]

2007年8月に新日本へ移籍、8月26日の新日本の「LAST OF C.T.U」興行、内藤哲也戦でプレ再デビュー。

2008年4月12日、新日本プロレス蓮田市総合市民体育館大会での石狩太一(現:タイチ)戦で正式に再デビュー。

同年5月の 『NEW JAPAN × Zepp "SMASH!"』では、試練の5番勝負に挑戦(第1戦:後藤洋央紀、第2戦:中邑真輔、第3戦:田口隆祐、第4戦:獣神サンダー・ライガー、第5戦:金本浩二)。全敗で終わったが、トップレスラー相手に物怖じしないファイトを見せ、翌年の2009年1月4日、東京ドームに第0試合で初参戦した。

同年5月5日、プロレスリング・ノアとの対抗戦に大抜擢され、後藤洋央紀と組み杉浦貴青木篤志と対戦するも惨敗。さらに翌日5月6日、新日本プロレスでの試合を終えた後天山広吉と共にプロレスリング・ノアへ初参戦。1日2試合というハードスケジュールをこなし小橋建太伊藤旭彦組と対戦。しかしこの試合も敗れてしまった。6月20日、ノアとの対抗戦で初のシングルマッチ。相手はGHCヘビー級王者潮崎豪。追い込む場面もいくつか見られたが、最後はゴーフラッシャーで敗北。対ノア戦を3連敗という結果に終わった。

8月15日、G1 CLIMAXにおいて、グリーンミストで反則負けを繰り返すTAJIRIに対し「G1をなめている」と対戦を要求。翌8月16日に対戦カードが組まれたが、グリーンミストを使われること無く惨敗。

10月12日、“蝶野正洋25周年特別興行 ARISTRIST IN 両国国技館 ”では小林邦昭グレート小鹿グラン浜田藤原喜明らベテラン選手も参戦した時間差バトルロイヤルに混じって参戦。最後に残ったスーパー・ストロング・マシンと一騎打ちとなり、見事優勝を果たした。しかし同月行われたG1 TAG LEAGUEでは後藤洋央紀とのタッグチーム“GTIII”として初参戦するも全敗という不本意な結果で終わった。

2010年1月19日、TNAへの無期限武者修行を発表。31日に棚橋弘至を相手に壮行試合を最後にTNAに渡米。12月より密かに帰国し、23日に試合を終えたばかりの高山善廣を襲撃。翌年の東京ドーム大会に向けて宣戦布告を行った。

2011年1月4日、レッスルキングダム後藤洋央紀とタッグを組み、杉浦貴、高山組と対戦。リングに入るや否や高山にドロップキックを浴びせ先制攻撃を行うも、最後は高山のエベレストジャーマンで敗北。

2月にはTNAにてグリーン・ホーネットの登場人物であるカトーを真似たギミックであるオケイトへと変身。サモア・ジョーの助手として、ディアンジェロ・ディネロと抗争するがジョーの存在感を引き立てるための、やられ役となってしまった。

5月に新日本プロレスのアメリカツアーのIWGPインターコンチネンタル初代王者決定戦トーナメントに参加、MVPと対戦するも敗北を喫し、予選落ちに終わった。

レインメーカーとして [編集]

同年12月、TNAでの武者修行を経て新日本に凱旋帰国。髪を金髪に染め上げ、ファイトスタイルも従来と比較するとヒール寄りのスタイルに変化。凱旋帰国後のインタビューでは「バケモノを越えた存在」「新日本に金の雨を降らせる」(入場の際に彼の顔の偽札を大量にばらまく)と豪語し自らを「レインメーカー」と称した[1]

2012年1月4日、メキシコのプロレス団体CMLLから凱旋帰国したYOSHI-HASHIとダブル凱旋帰国試合を行い、レインメーカーで完勝。そして、この日のメインイベントで鈴木みのるから勝利し、IWGPヘビー級王座防衛回数を更新するV11を達成した棚橋弘至に挑戦表明を行うが、観客からブーイングと「帰れ」コールを浴び、次期尚早というスタンスを取った棚橋から「IWGPは遠いぞ。挑戦したいならな、力で上がって来い!!」と一蹴される。しかしオカダは納得がいかず、翌日の会見で外道を伴い王座挑戦を強硬にアピール。結果的に正式な選手権試合が組まれることになった。

1月21日のCMLL FANTASTICA MANIAにおいてCHAOSサポートメンバーのボラドール・ジュニアとのタッグで棚橋、ラ・ソンブラ組と対戦。執拗に棚橋の首に標的を絞り込み、試合後もツームストーンパイルドライバーで棚橋をKOさせ、踏みつける暴挙を仕出かす。29日にはタッグマッチながらも棚橋からピンフォールを奪うなど波乱を巻き起こした。

2月12日、棚橋弘至の持つIWGPヘビー級王座に初挑戦。大方の予想を覆し、24歳3ヶ月と4日という中邑真輔に次ぐ史上2番目の若さでIWGPヘビー級王座に戴冠。3月4日後楽園大会の「新日本プロレス創立40周年記念興行」で内藤哲也を相手に初防衛に成功。5月3日にはNEW JAPAN CUP覇者の後藤洋央紀を退けて2度目の防衛に成功した。

6月16日大阪大会で棚橋を相手に3度目の防衛戦に臨んだが、ハイフライフローでピンフォール負けを喫し王座陥落。凱旋帰国後から続いた連勝記録がこの試合で途絶えた。

8月1日より開催されたG1 CLIMAXに初出場。同ブロックでエントリーされた中邑真輔との対決は「注目度No.1カード」と称され大会の目玉というべき存在となった。その期待に裏切らず、公式戦を消化していき1位で通過。決勝戦でカール・アンダーソンとの対決を制し、初出場・初優勝並びに史上最年少優勝記録を樹立した。そして試合後のインタビューでマネージャー外道が「翌年1月4日東京ドーム大会のメインイベントでのIWGPヘビー級王座挑戦」を要求。後日、菅林直樹社長から東京ドームIWGPヘビー級王座挑戦権利書を与えられたが、「王者と同じリスクをしょってもらう」と条件を加え、権利証を賭けた防衛戦を命じられた。

10月8日両国大会でアンダーソン、11月11日大阪大会で後藤洋央紀と挑戦権利証を賭けた試合でいずれも勝利を収めると、正式な挑戦者として受理。その日に王座を防衛した棚橋弘至に対して「これからは逸材に代わって、レインメーカーが新日本プロレスを引っ張っていきますんで、お疲れ様でした」と今年の1月4日東京ドーム大会で同王座の挑戦表明をした際に発した台詞で挑発した[2]

12月10日、東京スポーツ主催のプロレス大賞で最優秀選手賞(MVP)、ベストバウト賞を受賞した[3]。また、最優秀選手賞は1983年に受賞した初代タイガーマスク以来となる最年少タイ記録を更新した。また、日刊バトル大賞プロレス部門でも最優秀選手賞、殊勲賞、最高試合賞を受賞[4]し、前述のプロレス大賞と併せると五冠王に輝いた。

得意技 [編集]

レインメーカーポーズを決めるオカダ・カズチカ

フィニッシュ・ホールド [編集]

レインメーカー
凱旋帰国後のオカダのオリジナルにして代名詞的なフィニッシュ・ホールドで、所謂変形のショートレンジ式アックスボンバー
ジャーマン・スープレックスの要領で相手の腰に手を回し、左手で掴み取った相手の右腕を引っ張った勢いで体を向き合わせ、自身の右腕を相手の喉元に目掛けて叩き付ける。日本に凱旋してからの最初の試合では、フライング・ネックブリーカー・ドロップの様な形で披露されたが、以降フォームの修正が成されて現在の型となる。
天を仰ぐように両腕を広げた通称「レインメーカーポーズ」で観衆を煽ってから、相手の背後に忍び寄り、放っていくのが定番のムーブであったがかわされる事が多くなり、対戦相手との技の読み合い(かわし合い)からの流れで繰り出されるケースが増えている。

打撃技 [編集]

ドロップキック
新人時代から愛用し続ける主体攻撃及びチェンジ・オブ・ペースの一つとして使用。
恵まれた体格ながらその空中姿勢やフォーム、打点の高さから観客などからの評価が高い。
また、トップロープ上に座らせた相手に向けて放ち場外へと転落させる型も存在しており、あまりの跳躍の高さに客席からどよめきが起こるほど。

投げ技 [編集]

ツームストーン・パイルドライバー
相手を逆さまにして持ち上げて抱え込み、そのまま相手を頭頂部からマットへ激突させる。ヒールターン後に棚橋に対する首殺しの一貫として使用し始めた技。タイトルマッチの際は場外で繰り出す荒技を敢行することもある。また2013年5月、対鈴木みのるのIWGP戦では股をクラッチするように持ち替えて落とすゴッチ式を披露した。
リバースネックブリーカー
変型のリバースゴリースペシャルボム。こうもり吊りの要領で相手を抱え上げ相手の後頭部を右腿に密着させ、自らの左膝から勢いよくマットにつくように腰を下ろし、首にダメージを蓄積させる。1月4日のYOSHI-HASHI戦では抱え上げた状態から尻餅をつき、相手の後頭部を自らの右腿に叩きつける変形のシュバインという形で披露されている。
ヘビーレイン
ファイヤーマンズキャリーの要領で担ぎあげた後、相手の足を跳ね上げてからエメラルド・フロウジョンのような形で後頭部から背中にかけてマットに落とす。
全日本プロレス太陽ケアのフィニッシュ・ホールドであるTKO34thと同形。主に大一番の試合の際に見かけられる技。
DDT
前述のリバースネックブリーカーやDIDに並ぶ首殺しの一貫に使用される技。
フラップジャック
チェンジ・オブ・ペースとして使用。相手がロープへ走るのを見計らいながら放つ型を好んで使っている。
変形大外刈り
柔道の大外刈りの応用で、カウンターで使用することもある。
ジャーマン・スープレックス・ホールド
新人時代のフィニッシュ・ホールド。レインメーカー習得後は一切使わなくなった。

締め技・関節技 [編集]

DID (DEEP IN DEBT)
「借金で首が回らない」の意。相手の両腕を膝で絡めて封じこみ、自らはマットに背中をつき、四つん這いになるように引き起こされた相手の首を締め上げるサブミッション。
レッドインク
「鈴木軍を壊滅させる為につくった」という、相手の両足をクロスさせてから決める変形のSTFリバース・インディアン・デスロックの機能を備えた、変形のキャメルクラッチといってもいい。旗揚げ記念日の鈴木軍対CHAOSイリミネーションマッチでTAKAみちのく相手に初披露、タップを奪っている。オカダは「何ならもうレインメーカー使わないかもしれないです。そのくらい自信のある技なんで」と語っている。ちなみに、レッドインクは赤字の意で、「これで終わり」という意味が込められているという。

飛び技 [編集]

ダイビング・エルボードロップ
ミサイルキック同様、滞空時間と高さがある。この技からフィニッシュ・ホールドであるレインメーカーを繰り出すなど主に布石として使用している。
ミサイルキック
コーナーポスト上から飛んで、相手を両足裏で蹴り飛ばす。長身のため、非常に高さがある。
凱旋試合ではさらに滞空時間が増していたが、この試合を機に使用を控えている。
トペ・コン・ヒーロ
トップロープの上を越えるようにして飛ぶタイプをまれに使用する。

入場テーマ曲 [編集]

  • RAIN MAKER
自身の必殺技、ニックネームと同名の凱旋帰国後のテーマ曲。2012年1月 - 現在まで使用。
  • Kick it, that makes funk me
新日本入団 - 2010年1月まで使用。

獲得タイトル [編集]

闘龍門
  • ヤングドラゴン杯 優勝 (第9回)
新日本プロレス
プロレス大賞
  • 2012年度プロレス大賞 最優秀選手賞
  • 2012年度プロレス大賞 年間最高試合賞(6月16日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、オカダ・カズチカ vs.棚橋弘至)
日刊バトル大賞 プロレス部門
  • 2012年度 最優秀選手賞
  • 2012年度 殊勲賞
  • 2012年度 最高試合賞(2月12日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、棚橋弘至 vs.オカダ・カズチカ)

関連項目 [編集]

脚注 [編集]

外部リンク [編集]