鈴木軍

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鈴木軍
 
左からアーチャー、タイチ、鈴木、高山善廣、TAKA
ステーブル
メンバー 鈴木みのる
TAKAみちのく
タイチ
ランス・アーチャー
デイビーボーイ・スミスJr.
シェルトン・X・ベンジャミン
飯塚高史
エル・デスペラード
過去メンバー 下記参照
デビュー 2011年05月03日 (2011-05-03) (レスリングどんたく)
団体

鈴木軍(すずきぐん)は、新日本プロレスにて活動するプロレスのユニットである。鈴木みのるを総大将とする。

前身は小島聡がリーダーを務めたユニット「小島軍(仮)」。なお同軍についても本項にて記載する。

略歴[編集]

前身ユニット「小島軍(仮)」[編集]

概要[編集]

元々は2010年の7月に全日本プロレスを退団しフリーとなって新日本プロレスにUターン参戦してきた小島聡が、同年8月のG1クライマックス優勝と真壁刀義からIWGPヘビー級王座を奪取した後、新日本プロレスのタイチが小島をリーダーに担ぎ上げ、更にKAIENTAI DOJOTAKAみちのく東京愚連隊NOSAWA論外を勧誘し、ユニット「小島軍(仮)」を結成する。

主に対戦相手としてヘビーでは棚橋弘至真壁刀義など、ジュニアではプリンス・デヴィット田口隆祐の「Apollo 55」を相手に抗争を展開。また、同じヒール軍団の「CHAOS」からもヒールレスラーのお株の取り合いともいえる形で抗争範囲を拡大させた。 また小島以外のメンバーがヒールということもあり、結成後の小島はタイチをセコンドに従え、タイチを場外乱闘時に介入を行わせるようになり、同ユニットではヒールレスラーとしてのファイトスタイルを突き通した。

略歴(小島のG1初優勝 - 小島追放)[編集]

  • 2010年8月、小島聡がG1クライマックス初優勝。
  • 10月12日、小島が真壁刀義からIWGPヘビー級王座を奪取。直後に中邑真輔を挑戦者として直接指名。タイチが小島に加担し始める。
  • 10月22日、小島が内藤哲也と対戦し勝利。試合終了直後に小島が指名した中邑真輔、再戦を申し込んできた真壁、新日本プロレス社長菅林直樹からの指名で挑戦者表明に来た後藤洋央紀、G1のリベンジを申し込んできた棚橋弘至の4名がリングに現れ中邑以外の3人がそれぞれ挑戦者表明するも、小島は中邑を直接指名し続け態度を硬化させる。
  • 12月5日、小島が矢野通と対戦し勝利。同日中邑が小島の指名を承諾(事前に会社が小島の指名を承諾したため)。
  • 12月11日、小島が中邑を倒し初防衛。同日行われたIWGPヘビー級次期挑戦者決定戦で後藤に勝利した棚橋が挑戦者表明。小島はこれを承諾する。
  • 2011年1月4日、小島が棚橋に敗れ王座から陥落。IWGPジュニア王座に挑戦表明したTAKAみちのくNOSAWA論外を加え、ユニット「小島軍(仮)」結成を正式表明。
  • 2月20日、小島は棚橋のIWGPヘビー級王座に、TAKAがプリンス・デヴィットIWGPジュニア王座に挑戦。両名共敗退する。元WWEMVPが合流。また同日未明にNOSAWA論外が宮城県仙台市内で不祥事を起こした事で(詳しくはNOSAWA論外)新日本プロレス無期限出場停止処分を受け、その後予定していた論外のプロレスでの活動全ても中止となった。
  • 3月、ニュージャパン・カップに小島とMVPが出場。両名とも真壁に敗れる。
  • 4月19日、小島が真壁と再戦。タイチのアシストが入るも、真壁がタイチから椅子を奪い取り小島を殴打、キングコンニードロップで真壁に敗北する。
  • 5月3日、小島が真壁と再び対戦[1]。キングコングニードロップで敗れる。試合後、タイチとTAKAが現れ小島を襲撃し、小島がこれを迎撃するも突如現れた鈴木みのるの奇襲を受け、同ユニットを追放される。

鈴木軍[編集]

概要[編集]

前述略歴の通り、2011年5月3日の福岡大会で同ユニットのメンバーTAKAみちのく鈴木みのるが事前に密かに結託し、試合終了直後の小島にクーデターを起こす形で小島を追放する。その後、バックステージで同ユニットを「鈴木軍(仮)」と改名、新日本侵略を開始する事を宣言した。

その後、新日本プロレス初のアメリカ大会で小島を襲撃した元WWEのランス・アーチャーを加えてメンバーを4人へと増やし、本格的な新日侵略を開始する。

その後、7月9日に同ユニット名から「(仮)」を取り払い「鈴木軍」に正式改名した[2]

略歴(小島追放直後 - 現在)[編集]

  • 5月3日、小島聡襲撃後のバックステージで鈴木みのるタイチTAKAみちのくの3人で「小島軍(仮)」を「鈴木軍(仮)」に改名。新日本プロレス侵略を宣言する。
  • 5月13日、新日本初のアメリカツアーでランス・アーチャーが試合を終えた小島を襲撃、その後ランスは同ユニットに加入する。
  • 6月10日、タイチとTAKA2名が2011年度のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに出場するも両者とも予選リーグ敗退。
  • 6月18日、全日本プロレスのスケジュールの都合上この日ようやく鈴木が合流。アーチャーと組み、小島、真壁組と対戦。鈴木がゴッチ式パイルドライバーで小島を沈める。
  • 6月25日、鈴木が自主興行イベントを開催。同ユニット内からはTAKAとタイチも参加した。
  • 7月3日、鈴木、タイチ、TAKAのトリオ初の揃い踏み試合で、小島、真壁、四代目タイガーマスク組と対戦。タイチが鈴木のゴッチ式パイルドライバーでダウンしたタイガーマスクからフォールを奪い勝利する。
  • 7月9日、鈴木、TAKA、タイチで出陣した、小島、本間朋晃、四代目タイガーマスク組との試合後、バックステージに入った直後に鈴木が、「鈴木軍(仮)」から(仮)を取り「鈴木軍」にユニット名を改名すると宣言。
  • 7月18日、鈴木軍になって初の鈴木対小島のシングルマッチが組まれ、ゴッチ式パイルドライバーで小島を沈める。
  • 8月、鈴木とアーチャーがG1に出場。両者とも予選リーグ敗退。
  • 10月10日、高山善廣が観客席で見届ける中、鈴木と真壁のシングルマッチが行われ、鈴木がパイルドライバーで勝利。試合後、高山がエベレストジャーマンで真壁を襲撃し、同軍団と共闘する。
  • 11月、鈴木、アーチャー組でG1 TAG LEAGUEに出場。決勝戦でBAD INTENTIONSに勝利し同リーグ優勝。
  • 同月12日、G1タッグ優勝特典のIWGPタッグ挑戦権を使ってBAD INTENTIONSと対戦するも、アーチャーが新技「ジャイアント・ガンスタン」でフォール負けし、ベルト奪取に失敗。
  • 2012年1月4日、鈴木が棚橋のIWGPヘビー級王座に挑戦するも、ベルト奪取に失敗。
  • 2月12日、大阪大会で鈴木軍(鈴木、アーチャー、高山、TAKA、タイチ)vs正規軍(真壁刀義永田裕志井上亘タイガーマスクKUSHIDA)のイリミネーションマッチが行われ、残存選手3人(鈴木・アーチャー・高山)で完勝。
  • 3月18日、高山とアーチャーが天コジ天山広吉小島聡組)のIWGPタッグベルトに挑戦するも、奪取に失敗。
  • 4月上旬、鈴木とアーチャーがNJCに出場するも、両者共に真壁刀義に敗れ、トーナメント敗退[3]
  • 8月、前年度に引き続き鈴木とアーチャーがG1 CLIMAXに出場。両者共に勝ち点8点と健闘したものの、予選敗退。
  • 7月中のTwitter上でのやり取りが原因でTAKAとタイチの間に確執が発生。翌8月22日に、どちらかが負けたら鈴木軍強制追放というルールでKAIENTAI DOJOのリングでTAKAとタイチがシングルマッチで対戦。しかし、試合中にリーダーの鈴木が乱入したために無効試合となった。
  • 9月7日、ハーリー・スミスが加入。同大会中に真霜拳號が突如乱入。試合中の真壁刀義を襲撃し、鈴木軍入りを果たす。
  • 10月8日両国大会、ランス・アーチャーデイビーボーイ・スミスJr.のタッグチーム"KES"が天山広吉小島聡天コジが保持するIWGPタッグ王座に挑戦し奪取。この結果により鈴木軍としては初となるIWGPと名の付くタイトル獲得となった。
  • 2013年2月10日広島大会、新日本プロレス内の同じヒールユニットCHAOSとの軍団対抗戦としてシングルマッチが2試合組まれ、真霜拳號中邑真輔に敗れ鈴木みのるオカダ・カズチカに勝利した。
  • 4月20日、シェルトン・ベンジャミンXとして鈴木みのると組み、シェルトン・X・ベンジャミンに改名し鈴木軍に加入した。
  • 2013年11月9日大阪大会、鈴木みのるが中邑真輔の持つIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦。鈴木が勝った場合中邑が鈴木軍入りという条件だったものの敗れた。
  • 2014年5月25日、BACK TO THE YOKOHAMA ARENAにて、飯塚・矢野 vs 鈴木・ベンジャミンの試合開始早々、飯塚が矢野にアイアンフィンガーフロムヘルを食らわせ鈴木軍Tシャツを着て、CHAOSを裏切り、鈴木軍入りを表明した。
  • 7月4日、エル・デスペラードが当時遺恨を作っていたアレックス・シェリーとのシングルマッチで敗れた際、TAKAに迎え入れられる形で鈴木軍入りする。

メンバー[編集]

鈴木軍のロゴバスタオルを掲げるTAKA

サポートメンバー[編集]

小島軍(仮)時代のメンバー[編集]

  • 小島聡(小島軍(仮)結成 - 2011年5月3日 追放) ※小島軍(仮)のリーダー
  • NOSAWA論外(小島軍(仮)結成 - 2011年2月20日、2012年4月15日 - 5月24日 離脱) ※不祥事を起こし無期限出場停止処分を受けたため。その後はブラック・タイガーとして再度鈴木軍入りしたが、今度は大麻取締法違反容疑の疑いで逮捕され、出場予定だった「ベスト・オブ・スーパージュニア」の欠場を発表。再び離脱した。
  • MVP(2011年2月20日 - 2011年5月3日 自然離脱) ※2011年度のNJC終了後の小島軍(仮)との関わりが自然となくなったためと小島個人に追随していたので、離脱日は暫定的な日時とする。

獲得タイトル[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 試合直前に小島がタイチをセコンドから除外、両者の亀裂が浮き彫りになる
  2. ^ 改名時の詳細な状況 外部リンク:http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20110709-802067.html
  3. ^ 前身ユニットの『小島軍(仮)』時代のNJCでも、出場したメンバー(小島とMVP)が真壁に敗れている。

関連項目[編集]