杉浦貴

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杉浦 貴
プロフィール
リングネーム 杉浦 貴
本名 杉浦 貴
ニックネーム 方舟最凶の男
タフネス・ハート
壊し屋
方舟のヒットマン
ミスターキャバクラ
ミスターススキノ
グローバル・オナード・キャバクラ王
身長 178cm
体重 104kg
誕生日 1970年5月31日(41歳)
出身地 愛知県名古屋市天白区
所属 プロレスリング・ノア
スポーツ歴 アマチュアレスリング
柔道
トレーナー 田上明
高山善廣
本田多聞
デビュー 2000年12月23日
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杉浦 貴(すぎうら たかし、1970年5月31日 - )は、日本の男性プロレスラーである。愛知県名古屋市出身。プロレスリング・ノア所属。元自衛官。血液型B型。

ノアのタイトルであるグローバル・オナード・クラウン4王座すべてを奪取した経験を持つ[1]。また、ノアのデビュー第1号レスラーである。

目次

[編集] 来歴

[編集] デビュー以前

高校では柔道を経験、柔道二段。自衛隊に入りアマチュアレスリングを始める。アマチュアレスリングの全日本選手権グレコローマン82kg級優勝および国体で3度優勝の実績を持つ。その後、オリンピック出場を逃し、一般自衛隊員への異動を命ぜられるが、それを断り本田多聞を慕って全日本プロレスに入団、田上明の付き人となる。入団直後、デビュー前に同団体が分裂。練習生のままノアに移籍した。2000年12月23日、東京・有明コロシアムにおける志賀賢太郎金丸義信森嶋猛戦で、ノア最初の新人レスラーとしてデビュー(パートナーは井上雅央力皇猛)した。

[編集] ジュニアヘビー級時代

2002年6月23日、総合格闘技PRIDE.21に初参戦し、ダニエル・グレイシーに判定負け。

2003年9月12日、マイケル・モデストを破りGHCジュニアヘビー級王座に、2005年6月5日、金丸義信と組んで丸藤正道&KENTA組を破りGHCジュニアヘビー級タッグ王座を奪取。

2004年7月に齋藤彰俊井上雅央ダーク・エージェント(D.A.)を結成。一方、ジュニア戦線では金丸義信ともタッグを結成。しばしば金丸にD.A.参入を誘うが、丁重に断られた。また、団体外の活動として、同年7月19日、PRIDE 武士道 -其の四-に参戦し、ジャイアント・シルバサッカーボールキックでKO勝ちした。

2005年9月に斎藤とのD.A.先輩後輩コンビで、GHCタッグ王座に初挑戦(王者は鈴木みのる・丸藤正道組)し、惜敗する。

2006年4月のパンクラスの「ヘビー級王座決定トーナメント」に出場。約3か月間練習期間を設けたものの、初戦で野地竜太にKO負けを喫した。同年6月に、GHCジュニアヘビー級王座に再度君臨、さらに8月に金丸と組んでGHCジュニアヘビー級タッグ王座を獲得し、ジュニア2冠を達成する。しかし12月から翌年1月に、GHCジュニア2冠を相次いで手放し、以降はヘビー級へと転向。

[編集] 2007年(ヘビー級転向)~2009年

2007年からは、高山善廣や丸藤正道とタッグを組むようになり、10月27日には丸藤正道と組んでGHCタッグ王座を獲得した。

2008年9月28日の戦極 〜第五陣〜シャンジ・ヒベイロと対戦し、スタンドの膝蹴りでTKO負けを喫した。

2009年1月4日、三沢光晴とのタッグで新日本プロレスの東京ドーム大会に出場し、中邑真輔後藤洋央紀組と対戦。中邑の腕ひしぎ逆十字固めに敗れる。

それ以後定期的に新日本のリングに上がるようになり、7月には棚橋弘至の保持するIWGPヘビー級王座にNOAH勢で初めて挑戦するも敗退。8月にはG1 CLIMAXにも出場した。

12月6日、日本武道館にて潮﨑豪の保持するGHCヘビー級王座に挑戦し、これを奪取。丸藤正道以来となるGHC王座グランドスラム(白GHCを除く)を達成。これが認められ、12月10日、2009年プロレス大賞殊勲賞を受賞。

[編集] 2010年

2010年は、1月4日のレッスルキングダムで新日本プロレス後藤洋央紀を相手にGHCベルト初防衛に成功し、2月28日にプロレスリング・ノア「The Second Navig. '10」最終戦で後藤と同じ新日本プロレスの真壁刀義相手に勝利を収めたほか、高山善廣・秋山準・潮崎豪・森嶋猛[2]など強敵を相手に防衛を続け、1年間ベルトを守り通した。この功績が認められてこの年のプロレス大賞最優秀選手賞を受賞した。

[編集] 2011年

2011年1月1日付けで森嶋猛の後任として選手会長に就任。

同年1月15日大阪府立体育会館においてバイソン・スミスを相手に8度目の防衛に成功。防衛回数は単独2位となった。その後3月5日には有明ジャイアント・バーナード[3]を、そして3月21日福岡国際センターではトレバー・マードックを退けて防衛回数を遂に2桁の10回に乗せた(GHCヘビーを10回以上防衛したのは、絶対王者でもある第6代王者・小橋建太が13回防衛して以来となる)。

トレバー戦終了後のインタビューで鈴木みのるを挑戦者に指名する。しかしそのインタビューで杉浦が東日本大震災の被災者への「落ち着いてから応援してくれれば…」と解釈出来るコメントに対し鈴木はまったく異なる意見を持っていたため、3月27日の6人タッグマッチ戦で鈴木に敗北した直後、鈴木から「俺は、お前に言いたい事がある」と前置きの上マイクを通して4分近くに渡り「プロレス感の相違」についての怒りをぶつけられ、バックステージインタビューでも「お前が俺と闘いたい?百年早いんだよ!」と鈴木がコメントし、GHC選手権の挑戦者指名を拒否されてしまう。しかし、4月16日の後楽園ホール大会に鈴木が来場。杉浦の試合後にマイクを取り、鈴木が「自ら挑戦」を表明する事により一転してカードが成立。そして5月8日の有明コロシアム大会にて鈴木とベルトを賭けて対戦。オリンピック予選スラムで防衛に成功し、防衛記録は11回となった。

続いて、同月の欧州ツアーにて自ら連続防衛戦を希望。1度防衛するごとに次大会で防衛戦開催を決定するというスタイルで、見事に3連続防衛(デイブ・マスティフクラウディオ・カスタニョーリ鈴木鼓太郎)に成功し、小橋建太の13回の記録を一気に突破し、GHC連続防衛新記録を達成した[4][5]

また、グローバルタッグリーグで同じくパートナー不在であったディスオベイモハメド・ヨネとタッグを組み、出場。即席タッグとの下馬評を覆し、3チームタイの第3位の好成績を残す。これ以降、ヨネとのタッグを継続する。

7月10日、有明コロシアムでベルトを奪取した時の相手であった潮崎豪とGHCヘビー級選手権15度目の防衛戦へ。潮崎の奥の手「変形ノーザンライトボム(変形ゴー・フラッシャー)」で敗れ、1年7ヶ月(防衛記録14回)という長期政権から陥落した。

同月23日、大阪府立体育館での佐々木健介戦は、試合開始直後から両者とも感情的かつ豪快にやり合い、最後はパンチでの殴り合いから両者ともダウン。そのまま両者KOによる引き分けになり、決着がつかなかった。

8月17・18日ディファ有明大会で開催された2デイズ・タッグ・トーナメントでは、ANMUの青木篤志と組んで出場。1回戦で秋山準・小川良成組対戦し勝利。決勝戦で、高山善廣とKENTAのNO MERCYと対戦し、敗北。準優勝となった[6][7]

9月29日に行われたプロレスリング・ノアの株主総会にて、同社の取締役に就任した。

10月、潮崎の保持するGHCに挑戦するため、KENTAとの挑戦者決定戦を行い、KENTAのgo 2 sleepで轟沈する。

11月、グローバル・リーグに出場。序盤から連敗を重ねるも、KENTAをフロントネックロックで絞め落とし128秒殺勝利を収め、快調に試合を消化させていた佐々木との再戦ではオリンピック予選スラムで撃沈させ佐々木のビクトリーロードを阻むなど、後半戦で盛り返し大健闘の3位となった。

12月、新日本プロレス後藤洋央紀の指名で青木をタッグパートナーに従え、後藤・KUSHIDA組と対戦。KUSHIDAをオリンピック予選スラムでフォールを奪い、難無く勝利を収める。試合後、後藤が東京ドームでシングルでの再戦を要求しこれを承諾、東京ドームでの後藤との対戦はタッグ戦を含めて今回で4度目となる[8]

[編集] 2012年

1月4日、東京ドーム大会「レッスルキングダム」にて後藤洋央紀とシングルマッチで4度目の対戦。後藤の裏昇天からの昇天・改でフォールを奪われ、シングル初黒星となった。

同月中旬、丸藤正道と手を組み、新ユニット「丸藤軍」を結成。ディスオベイ解散に伴い、丸藤軍加入を申し込んできたモハメド・ヨネを、「適正試験」という名目でシングルマッチを行い、これに勝利。試合後、ヨネのユニット加入に対し「保留」とコメントした。

[編集] エピソード

[編集] タイトル歴

[編集] プロレスリング・ノア

ノア2人目のGHCジュニア2冠王者で(本人はキャバクラベルト含め3冠だと言い張っている)、ノア2人目のGHC4王座獲得経験者である。

GHCヘビー級王座
  • 第16代 - 防衛14回
GHCタッグ王座
  • 第16代 - 防衛2回(パートナーは丸藤正道)
GHCジュニアヘビー級王座
  • 第7代 - 防衛2回
  • 第11代 - 防衛1回
GHCジュニアヘビー級タッグ王座
  • 第2代 - 防衛2回(パートナーは金丸義信)
  • 第4代 - 防衛1回(パートナーは金丸義信)
グローバル・タッグ・リーグ戦
  • 2008年大会 - 3チームタイ準優勝(パートナーは丸藤正道)
  • 2009年大会 - 4チームタイ準優勝(パートナーは高山善廣)
  • 2010年大会 - 準優勝(パートナーは谷口周平
2デイズ・タッグ・トーナメント
  • 2011年8月開催大会 - 準優勝(パートナーは青木篤志)

[編集] プロレス大賞

  • 2009年 殊勲賞
  • 2010年 最優秀選手賞(MVP)

[編集] 得意技

鍛えられた肉体を駆使した寝技、投げ、力技が多い。小細工なしのパワーファイトを展開し、技に移行する際の気合いが他のレスラーを圧倒するのも特徴で、新日本プロレスの実況ではそのパワーファイトスタイルから「重戦車」と例えられることが多い。同じくアマチュアレスリング出身であるカート・アングルの得意技を取り入れている。

オリンピック予選スラム
主要フィニッシュ・ホールド。アルゼンチン・バックブリーカーのような形に抱え上げ、勢いをつけてマット叩きつける技。この技の元祖であるカート・アングルは背中・肩口から落とす形で使っているが、杉浦の場合は頭部から垂直気味に落とすことが多い。アングルは自身がオリンピック出場経験者であることから、かつて「オリンピック・スラム」の名称でこの技を使用していた事があるが、これに対し杉浦はオリンピック予選敗退であったため、このような名前を付けた。大一番ではコーナー最上段から放つ雪崩式を使用することがある。
アンクルホールド
もう一つのフィニッシュ・ホールド。うつぶせの相手の足首をひねり上げる関節技。杉浦の場合は、仰向けになっている相手の足首を取り、自らが横に前回りし、その勢いで回転し、うつ伏せ状態になったところを仕掛けるというパターンを持つ。この技でKENTAからギブアップを奪いGHCジュニアヘビーのベルトを獲得し、後藤洋央紀からはGHCヘビー級ベルトの防衛に成功している。このままヒールホールドに移行して踵を極める場合もある。
中年'sリフト(杉浦'sリフト[11]、俵返し)
アマチュアレスリングで使われる「俵返し」と同型の技。相手の背中越しに腰に手を回して力任せに裏返してしまう。杉浦はここからカナディアン・バックブリーカーに発展させることもある。名前はアレクサンドル・カレリンのカレリンズ・リフトに引っ掛けたもの。過去に断崖式で放ったことがある。
フルネルソン・スープレックス
フルネルソン(羽交い締め)から後方へ投げる技。ホールド式も使う。ビッグマッチ等ではジャーマンからのロコモーション式で使用することが多い。
フロント・スープレックス
相手を前方から抱えて後方へ放り投げる技。
ハイクラッチ式ジャーマン・スープレックス
通常と違い、鳩尾から胸の辺りをクラッチするジャーマン・スープレックス。投げっぱなし式の場合、投げられた相手は顔面あたりからマットに叩きつけられることになる。
ターンバックル・ジャーマン・スープレックス
リングの対角線上に設置されているターンバックル目掛けて相手を投げつける、投げっぱなしジャーマン・スープレックス。あまりにも危険すぎるため、基本的には、大一番しか使用しない。
水車落とし
主に串刺し式のスピアーからの連携で放つ。最近はほとんど使っていない。
張り手
平手を横に振って相手の顔の側面を叩く技。打撃合戦になるとよく使用し、その際に気合いの声をあげる。
スピアー
コーナーに寄りかかっている相手に放ち、避けられて鉄柱やターンバックルに突っ込むのもお約束ムーブの1つである。
フロントハイキック
基本的に助走をつけて放つことが多いが、相手が走って向かってきたところにカウンター技として用いることもある。
ランニング・ニーバット
座っている相手、しゃがんでいる相手に助走をつけておもいっきり胴体、顔面をけり上げる技。時にはコーナーに座り込んだ相手の、逆さ刷り状態になった相手にも放つ。
フロント・ヘッドロック
座り込んで締め上げる事が多く、2011年のグローバル・リーグ戦ではKENTAを失神KOさせており、佐野巧真との対戦でもタップを奪う等、フィニッシュ技としても十分な威力を持つ。
雪崩式フランケンシュタイナー
主に大一番で使用することが多いが、相手との体格の関係で敢行中に足のクラッチがはずれたり体勢が崩れることがある。2010年12月の森嶋猛戦の際、上記の理由で足のクラッチがはずれ、脳天から真っ逆さまにリングに落下して自爆する形となっている。
ローリング・ソバット
主にタッグ戦で使用。

[編集] 入場テーマ曲

ロック音楽に造詣が深く、ほとんどがロック歌手・グループの楽曲を使用している。

[編集] 総合格闘技戦績

総合格闘技 戦績
4 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
1 1 0 0 0 0 0
3 2 0 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× シャンジ・ヒベイロ 3R 0:51 KO(右フック) 戦極 〜第五陣〜 2008年9月28日
× 野地竜太 1R 3:25 KO(踏みつけ) パンクラス PANCRASE 2006 BLOW TOUR 2006年4月9日
ジャイアント・シルバ 1R 2:35 TKO(サッカーボールキック) PRIDE 武士道 -其の四- 2004年7月19日
× ダニエル・グレイシー 3R(10分/5分/5分)終了 判定1-2 PRIDE.21 2002年6月23日

[編集] 脚注

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  1. ^ 丸藤正道に続き2人目。2011年現在、ノアのもう一つのタイトルであるグローバル・ハードコア・クラウンは未奪取。
  2. ^ 前哨戦のタッグマッチでは森嶋が杉浦を99秒でピンフォール勝ちしていた。
  3. ^ この試合での調印式でバーナードから突然、パワーボムで調印席に叩き落とされ腰を負傷する。
  4. ^ 5月9日(月)杉浦選手記者会見の模様|PRO-WRESTLING NOAH OFFICIAL SITE
  5. ^ 選手紹介|PRO-WRESTLING NOAH OFFICIAL SITE
  6. ^ 8月17日試合結果|プロレスリング・ノア公式サイト
  7. ^ 8月18日試合結果|プロレスリング・ノア公式サイト
  8. ^ これに関して杉浦は『正月の恒例』と受け止めており、自身の娘からも『そろそろ後藤戦だね』と言われたことを東京ドーム大会対戦カード発表会見後のインタビューで語っている。[1]
  9. ^ 杉浦、大巨人に快勝もキャバクラで轟沈 - スポーツナビ・2004年7月21日
  10. ^ 新日本プロレス「DEVILOCK NIGHT PRO-WRESTLING」第6試合 スポーツナビ 2004年9月15日
  11. ^ 2010年、新日本の東京ドーム大会での試合をテレビ朝日『ワールドプロレスリング』で放送した際に、テレビ朝日のアナウンサー古澤琢がこの名称を使用

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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