崔領二
| 崔 領二 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | 崔 領二 |
| 本名 | 崔 領二 |
| ニックネーム | 喧嘩貴族 喧嘩サイボーグ 浪速の喧嘩貴族 レスラー |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 105kg |
| 誕生日 | 1980年6月3日(31歳) |
| 出身地 | |
| 所属 | ZERO1 |
| スポーツ歴 | 空手 |
| トレーナー | ジェラルド・ゴルドー |
| デビュー | 2001年9月1日 |
崔 領二(さい りょうじ、チェ・ヨンイ、최영이、1980年6月3日 - )は、日本の男性プロレスラー。大阪府大阪市出身(三重県伊勢市出身と紹介されることもあるが間違いではない)。在日韓国人3世。ZERO1所属。
長身で、身長と体重のバランスが良く、さらにZERO1きっての色男で人気が高い。その人気に加え実力が急成長し、元週刊ゴング誌所属で現フリーの金澤克彦は「日本のプロレスラーで最も成長しているレスラーである」と評価している。
ファイトスタイルが自分(もしくは自分のチーム・団体)に敵対するものに即座に向かっていく一触即発型で、短気であるが故に頭に血がのぼりやすい性格で俗に言う“トンパチ”である。団体対抗戦の場合に先陣を切って登場するタイプである。(以前は団体対抗戦の時に崔は自軍の旗を持参しリング上で振っていた)とにかく喧嘩っ速さはプロレス界一である。
これらの体型や人格を踏まえ、喧嘩サイボーグまたは浪速の喧嘩貴族、スーパーデンジャラスヒーローと呼ばれている。
目次 |
[編集] 来歴
15歳でイギリスのハイスクールに留学。卒業後、オランダでジェラルド・ゴルドーの下で格闘技を習得した。日本に帰国後ZERO-ONEに所属し、2001年9月1日のイゴール・メインダート戦でプロレスデビューを果たした。
しかし2002年から2004年にかけて内臓疾患により長期欠場を余儀なくされ、遠征には帯同するものの練習生という扱いになり辛酸を舐める。そんな試合が出来ない間も出来る範囲でのトレーニングを欠かさず行うが、本来自分のパートナーである佐藤耕平が横井宏考とROWDYを結成するなど、欠場中の崔とこの二人との実力の差は開いてしまう。
2004年に復帰してからは佐藤耕平とのコンビも復活し、大谷晋二郎と田中将斗の炎武連夢をも倒しNWAインターコンチネンタルタッグ まで戴冠する活躍で復活する。復帰までの道のりは、精神的にかなり過酷なものだったが、大谷をはじめ、多くの人に支えられ乗り越えることができた。
また、ハッスルへも常連レスラーとして出場しており、ハッスル軍の一員として「ハッスル崔ボーグ」のニックネームを持っていた。しかし、2005年12月24日後楽園ホール開催のハッスル・ハウス・クリスマススペシャルで坂田亘率いる坂田軍団に入団、その後ハッスル軍残党と合流して新生ハッスル軍のNo.3となった。そのハッスルに於いて、他のレスラーが技(打撃系)を掛ける度にニックネーム(イニシャルに近い)で「C」とか「K」などと場内観客コールの飛び交う中で、ある日のタッグパートナーの石狩太一(現・タイチ)が試合前に「崔さんの場合”崔”って読めないから”ジャン”でいいんじゃないすか」と言われ、暫く「ジャン」という歓声が飛び交った。
その後も若手の旗頭として大活躍をし、新日本プロレスとの抗争においては山本尚史という新しいライバルを見つけるが、シングルマッチでは今のところ無敗である。また2005年と2006年には火祭りにも出場しており、2006年の方は兄貴分の佐藤耕平に勝利をする殊勲も収めた。そしてA・B両グループを通じて崔は唯一トップの勝ち点6で予選リーグを通過(崔はBグループ。Aグループは勝ち点5で4人(大谷晋二郎・田中将斗・村上和成・吉江豊)が横一線で並び、4WAYマッチで田中が勝利し決勝へ進出)。決勝に進み惜しくも準優勝。田中将斗に敗れたものの成長ぶりを証明する試合となった。
2008年12月22日の『あいのり』放送分より、ニックネーム「レスラー」として新メンバーに加わり、2009年3月23日放送の最終回まで出演した(2008年12月17日のZERO1興行後に「俺がこのままじゃ今のZERO1は救えない。だから新たな地で一から自分に足りないものを見つけてきます」と発言し、その後欠場となったが、2009年1月29日にZERO1興行に復帰した)。
2009年3月29日、ZERO1靖国神社大会で世界ヘビー級王座を獲得した。7月1日にベルトは田中に明け渡すものの、同年の火祭りでは決勝でライバルの耕平を下し初優勝を果たした。
[編集] ケンドー新木場
ケンドー新木場(ケンドー しんきば)は、ZERO1-MAXの新木場大会(CS放送「FIGHTING TV サムライ」の企画「S-ARENA」若手主催興行)に現れる、剣道の胴衣を身にまとった覆面レスラー。正体は学生時代剣道をやっていた崔領二である。竹刀を持っており、異種格闘技戦などでその腕をふるう。
[編集] 得意技
- シドマス
- リストクラッチ垂直落下式バックドロップ。
- メインのフィニッシュムーブ。IからIVまでバリエーションが存在する。イギリスで留学した地名(en:Sidmouth)から名づけた。
- 那智の滝
- 直下式ダイビング・フットスタンプ。
- スカイ・キック
- 柴田勝頼のPKとほぼ同じ技。
- サイロック
- レッグ・ラリアット
- 赤川鉄橋
- 崔虎
- 佐藤耕平との合体技。片方が相手を肩車し、もう片方がスワンダイブ式ミサイルキックを決める。
- 垂直落下式パイルドライバー
- 自身が『あいのり』出演時に得意技として公表したリバース・ツームストーン・パイルドライバー風の技。しかし、実際に試合では未だ使われていない。
[編集] タイトル履歴
- NWAインターコンチネンタルタッグ
- NWA UNヘビー級王座
- ZERO1 世界ヘビー級王座
- 火祭り優勝(2009年)
[編集] 入場テーマ曲
The Kids Aren't Alright(オフスプリング)
[編集] その他
イギリス留学時代の1998年10月に『探偵!ナイトスクープ』に依頼者として登場したことがある。依頼内容は「カルタの達人に挑戦したい」。そのためにわざわざ帰国しての挑戦だったが、結果は初戦・再戦(ドラえもんかるた使用)とも敗れた。また、2000年9月に同番組の「超人3番勝負」に挑戦し、電車より速く走る、100人との腕相撲に勝つ、淀川横断を成功させた。
2002年のCS放送FIGHTING TV サムライの週刊ZERO-ONEの番組に於いて、浜松町にある同団体事務所から新宿までを、靖国通りなど(つまり都心を真っ直ぐ)をジョギングで走る崔と、山手線を外回りで半周(山手線には大谷晋二郎が乗車)とどっちが早く到着するかという企画があったが、ジョギングの崔の勝利であった。
ファンサービスがいいことで有名である。
2007年2月、和歌山県那智勝浦町の観光大使になる。得意技の那智の滝(直下式ダイビング・フットスタンプ)に関連している。同7月には、「世界遺産プロレス 熊野・那智伝説 格闘ロマンチック街道の旅」と題し青岸渡寺三重塔前特設リングでプロレス興行を開催した。
2007年3月14日のホワイトデーに、ウェスティンホテル東京に於いて、スカイパーフェクTV!主催の「ひなバトル」が催された(女性客限定の、新日本プロレス、プロレスリング・ノア、DRAGON GATE、ZERO1-MAXの4団体による提供大会)。この大会で特別ゲストであったIKKO(美容家)と、司会進行役である平川健太郎(日本テレビ)と三田佐代子(フリーアナ・古舘プロジェクト所属)の二人がプロレスをリングサイドで観戦しながらトークをする(勿論、その模様を場内に流す)という企画であるが、IKKOはどの選手にも、試合中によく「すごい」「格好いい」「素敵」といった批評をしていたが、数多くのイケメン、チョイ悪オヤジ選手の中においても、IKKOは崔に対し最も「素敵」「私のタイプ」という言葉を発していて一番人気であった。
イギリス留学で培った英語の経験を活かし、外国人レスラーの通訳をすることがある。また、「あいのり」では、その英語を駆使し、メンバーと現地人との意思疎通に大いに貢献していた。
ZERO-ONEと全日本プロレスの抗争中に全日本から発売されたビデオのスーパーで「雀領二」と表記されたことがある。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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