週刊ゴング

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週刊ゴング(しゅうかんゴング)は、日本スポーツ出版社が発行していた週刊のプロレス専門雑誌。一般的に「ゴング」「週ゴン」と呼ばれる。毎週水曜日に発行されていたが、2007年3月14日発売の1168号(3月28日号)を最後に「一時休刊」となった。

目次

[編集] 概要

ベースボール・マガジン社で『プロレス&ボクシング』の編集長をしていた竹内宏介を日本スポーツ出版社がヘッドハンティングし、竹内を編集長・総責任者として1968年に月刊誌『月刊ゴング』として創刊。当初はプロレスだけでなくボクシングも扱った格闘技専門誌だった。1982年にボクシング部門を『月刊ワールドボクシング』(現『ボクシング・ワールド』)として分割、プロレス専門誌化される。1984年5月24日に週刊化され『週刊ゴング』となる。

[編集] 特定のレスラーへの傾倒

創刊当時は「ゴングのマスカラスか、マスカラスのゴングか」と謳ったほどミル・マスカラスをプッシュしていた。 主力ライターの菊地孝がジャイアント馬場のブレーンであったことから、ターザン山本ら週刊プロレス系のライターが全日本プロレスのブレーンと化す90年代までは全日本プロレスへ傾倒した誌面構成であった。 週刊プロレスがSWSの取材拒否を受けてからは、SWS及び派生団体のWARに偏った誌面構成となる。 1999年に「GK」こと金沢克彦が編集長に就任し、長州力贔屓が顕著に現れる。基本的に新日本プロレス、他社の取材を受けない長州関連の記事がメインで扱われ、他の団体で大興行が行われた時も新日本関連のスクープ記事が表紙で扱われるなどした。新日本プロレス中心の誌面構成が多かった事から「新日広報誌」と揶揄される事もあったが、それによって週刊プロレスとの実売数を初めて逆転し、金沢編集長時代には1万部以上の差をつけたことは高く評価されている。

[編集] 週刊プロレスとの関係

ライバル誌であった『週刊プロレス』がターザン山本編集長の下で売り上げ上の全盛期を迎えた時期を耐え抜き、新日本プロレス取材拒否事件を期に売り上げを逆転したが、取材解禁とともに元の数字へ。1999年1月、GKこと金沢克彦が編集長に就任してから、実売で約1万部上回り逆転したといわれる。

[編集] 穏健な編集方針

上記の様に新日本に傾倒した記事を取り上げていたものの、他団体へのあからさまなバッシングは行わなかった為、取材拒否等を受ける事はなかった。

クラッシュギャルズブームの最中、『月刊ゴング』(当時)は女子プロレスは取り扱わないという編集方針を貫いていた。その後、紙面刷新とともに取り上げるようになった。2006年になって女子プロレス興行「レディゴン祭り」、インディー団体を集めた「インディーサミット」を開催している。

[編集] 「一時休刊」

経営者の交代と前後するように、出会い系サイトなどのエロ系広告やヤミ金融の広告が増えた。

2007年に発行元社長である前田大作民事再生法違反容疑で逮捕された際には「出版の継続を断念、3月7日発売の1167号を持って廃刊となる」と一部マスコミが報じたため、ネット上で大きな話題となった。日本スポーツ出版社は3月2日にホームページ上でこの事実を否定したが、3月13日付のスポーツ報知で「週刊ゴング、3月14日発売の1167号を持って休刊」すると改めて報じられたが、実際には3月14日に発売された1168号誌上をもって正式に「一時休刊」が発表された。

[編集] 後継誌創刊

2007年7月に入って、週刊ゴング2代目編集長であったドクトル・ルチャこと清水勉を編集長として、『Gスピリッツ』が辰巳出版より刊行開始されるというアナウンスがあった。元ゴング編集者の一部がライターとして参加し、誌名のGは「ゴング」のGであると、清水本人が語っている。創刊号は9月中旬発売を予定されていたが、後述の『Gリング』創刊に合わせて9月5日に繰り上げとなった。週刊ゴング主任の佐々木賢之が副編集長を担当し、ライターとして週刊ゴング3代目編集長の小佐野景浩、週刊ゴング6代目編集長の木幡一樹などが名前を連ねた。誌面内容は、それまでの週刊ペースでの速報記事中心からインタビューや対談記事など中心に移行し、試合映像を収録したDVD付録を毎号つけることとされているほか、ゴングの目玉コーナーであった評論家座談会「三者三様」が復活した。

その一方で、同年9月5日に大都社より『Gリング』が創刊されることが、8月10日から12日にかけて新日本プロレス「G1 CLIMAX」の試合会場で撒かれたビラにより、告知された。週刊ゴング4代目編集長の金沢克彦が統括プロデューサーを担当し、ライターとして週刊ゴング5代目編集長の吉川義治、元『週刊プロレス』編集長のターザン山本!、元『週刊ファイト』編集長の井上譲二が名前を連ね、最高顧問にはゴング初代編集長の竹内宏介が就任した。こちらにも『Gスピリッツ』同様、ゴングの最長連載企画であった評論家座談会「三者三様」が掲載された。また、イメージガールとして元カリスマav女優の夏目ナナを起用している。なお8月15日の段階では、大都社のウェブサイト上での誌名は『メンズ・リング』とされていた。

また、同じく休刊となった姉妹誌の『ゴング格闘技』が、2007年4月23日にイースト・プレスから『GONKAKU』の名前で復刊し(その後2008年5月23日発売号で『ゴング格闘技』に戻る)、増刊の『レディース・ゴング』も『レディース・リング』と名を変え2007年8月15日に大都社から発売された。

なお、07年12月から08年5月ごろ「週刊ゴング」復刊の動きはあったが、金が集まらないのか、スタッフに人脈がないのか、いつしか話は立ち消えとなっている。

[編集] 関連項目

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