マイキー・ニコルス

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マイキー・ニコルス
マイキー・ニコルスの画像
プロフィール
リングネーム マイキー・ニコルス
マイキー・ケリガン
ニックネーム TMDKの司令塔
荒ぶる司令塔
身長 185cm
体重 103kg
誕生日 1985年8月20日(28歳)
出身地 オーストラリアの旗オーストラリア
所属 プロレスリング・ノア
スポーツ歴 オーストラリアンフットボール
クリケット
トレーナー 丸藤正道など
デビュー 2001年11月
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マイキー・ニコルス(Mikey Nicholls、男性、1985年8月20日 - )は、オーストラリア出身のプロレスラーである。身長185センチメートル、体重103キログラム。2001年11月デビュー。現在は日本のプロレス団体であるプロレスリング・ノアに所属する。

日本ではプロレスリング・ノア、オーストラリアではEPWMCWを主戦場とする。同郷のシェイン・ヘイストとのタッグチームThe Mighty Don't Kneel(TMDK)として活動。

略歴[編集]

学生時代はオーストラリアンフットボールクリケットなどを経験。2001年11月、オーストラリアのプロレス団体・EPWパース大会でのファーガソン・ブロック戦でプロ・デビュー。高校在学中の16歳でのデビューであった。同団体のシェイン・ヘイストタッグチーム「TMDK」を結成[1]

2006年に初来日。新日本プロレスの7月2日の後楽園ホールで行われたワールドカップリベンジ 日本vsオーストラリア でハートリー・ジャクソンと組み、後藤洋央紀と対戦するも、稔のテラマエ485をカウント2で返したところ、すぐさま腕ひしぎ逆十字固めを極められてギブアップ負けをしてしまう。

2008年頃はアメリカのインディー団体であるPWGでも活動。

2010年秋、WLWとノア共催のレスリング・キャンプのトライアウトにパートナーのヘイストとともに合格。翌2011年2月21日に留学生として初来日し、合宿所に入寮。同年2月23日のSEM興行で、パートナーのシェイン・ヘイストと対戦。高難易度の技を繰り出し、シューティングスター・プレスで勝利、華々しくノア・デビューを飾った。その後、ツアーに帯同し、試合を行いながら、セコンドや雑用もこなし、ノア流のプロレスを学習[1]

ノア留学終了後も引き続きヘイストとともにノアへ参戦を続け、セコンド・雑用を行いながら堅実に試合をこなしていき、ここ数年ではエディ・エドワーズボビー・フィッシュと並ぶノアへの参戦数が多い常連外国人レスラーとなった。また、アメリカのROHOVWにも参戦した。

2011年12月15日の後楽園ホール大会ではヘイストとのタッグTMDKで、鈴木鼓太郎&青木篤志が保持するGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦し、シェインが鼓太郎のマスドライバーでフォールを奪われ敗北。しかし、王者組を圧倒するほどの連携の数々で好評を博し、王者組からその成長ぶりの早さと、立派なノアの一員であるとの評価を受けた。

その後、体重の増加に伴い、ヘビー級へ転向。

2012年、ノアに入団した大型新人のエリック兄弟の日本デビュー戦の相手を務め、勝利。自身の得意技であるシューティング・スター・プレスマーシャル・フォン・エリックを下した。

その後、ザック・セイバー・ジュニア平柳玄藩に勝利するようになり、順調に試合を重ねる。同年11月にはグローバル・リーグ戦にも出場、GHCタッグ王者潮崎豪に勝利し、同王座への挑戦を表明した。

EPWでは、TMDKにマルキウス・ピット(Marcius Pitt)を加えたユニット「チームWA」も結成している[2]

他にもアメリカのROHOVWTNAなどにも参戦経験がある[3]

2013年4月、ニコルス&ニコルスのタッグがグローバル・タッグ・リーグ戦へ初出場。優勝進出はならなかったが、GHCタッグ王者の新日本プロレス飯塚高史&矢野通から完璧な3カウント勝利を挙げた[4]

同年5月12日付でシェイン・ヘイストとともにプロレスリング・ノア所属となった[5]。同日、ノア後楽園ホール興行「方舟新章」のセミファイナルで、GHCタッグ王者の新日本プロレス・飯塚高史&矢野通にヘイスト&ニコルスが挑戦。攻勢なるも反則ファイトに翻弄され逆転敗退となった[6]

7月7日、有明コロシアムで行われた「GREAT VOYAGE 2013 in Tokyo 七夕決戦 ~みんなの願い~」で飯塚&矢野と再戦し、勝利。GHCタッグ王座を奪取した[7]

また、9月16日の博多スターレーン大会では、GHCヘビー級王座へ初挑戦した[8]

タイトル歴[編集]

得意技[編集]

  • マイキー・ボム - バックドロップの体勢から、開脚ジャンプしながらパワーボムのように落とす。秋山準のブルー・サンダーと同じで、同選手の影響で使用し始めた。当初はブルー・サンダーの名で使用していたが、後に自分の名前を冠した名称へ変更した
  • スライディング・ラリアット
  • サザンクロス・ストレッチ - 変型の足4の字固めグローバル・リーグ戦2013年大会での秘策として編み出した
  • デスバレー・ボム
  • シューティング・スター・プレス - ジュニアヘビー級時代の主要フィニッシュ技。ノア参戦第1戦目となった相棒ヘイストとのシングル戦は、この技でヘイストを沈めている
  • ダブル・タップ - シェイン・ヘイストとの合体
  • サンダー・バレー - 同上。ニコルスの得意技ブルー・サンダー(マイキー・ボム)とヘイストの得意技ボム・バレー・デスの合成技で、名称も合成

入場テーマ曲[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]