安田顕

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やすだ けん
安田 顕
本名 同じ
生年月日 1973年12月8日(40歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道室蘭市
血液型 A型
職業 俳優タレント
ジャンル 映画テレビドラマバラエティ番組・舞台
活動期間 1993年~
配偶者 既婚
家族 安田史生(兄)
公式サイト CREATIVE OFFICE CUE
主な作品
ハナタレナックス
連続テレビ小説
SPEC
アリアドネの弾丸

安田 顕(やすだ けん、1973年12月8日 - )は、日本俳優タレント。愛称は、ヤスケン

北海道室蘭市出身。CREATIVE OFFICE CUE(業務提携先はアミューズ)所属。演劇ユニットTEAM NACS所属(サブリーダー)。北海道室蘭栄高等学校北海学園大学経営学部卒業。2002年からは室蘭ふるさと親善大使。兄は作曲家でラジオディレクターの安田史生

経歴[編集]

室蘭栄高校卒業後に北海学園大学に入学。当初はジャズ研究会に入ったが、雰囲気が自分には合わずグリークラブESSと転々とした後、学園祭の模擬店で楽しそうにしていた演劇研究会に入る。その時に2学年先輩の森崎博之と出会う。演劇研究会の活動と並行して森崎の紹介[1]鈴井貴之主宰の劇団OOPARTSに加わり、1998年の消滅まで所属する。1993年には、鈴井の経営する芸能プロダクションCREATIVE OFFICE CUEに加入し、タレント活動を始める。TEAM-NACSメンバーの中では、OFFICE CUE最古参である。

1996年、森崎と自身の卒業公演のために演劇研究会の後輩である大泉洋佐藤重幸音尾琢真と共に演劇ユニットTEAM-NACSを結成。1回限りの公演で解散し就職する(ただし芸能活動は並行して行っていた)。しかし、会社になじめず芸能活動に専念するという理由で入社8か月で退職する。当初から仕事に専念しておらず、当時の上司からの年賀状で意識を変えることになる。

1997年、森崎が東京から北海道に戻ったことをきっかけにTEAM-NACSを再結成する。OOPARTSの消滅後の1998年に劇団upspeakに参加し、主宰(長谷川首司との2頭体制)として2003年の休止(実質解散)まで活動する。

1998年、大泉がレギュラーで出演していた北海道テレビ(HTB)の深夜バラエティ番組水曜どうでしょう』に、同局のマスコットキャラクターonちゃん」のスーツアクター[2]として準レギュラー出演するようになってからは、同番組の人気の広まりと共にTEAM-NACS共々全国に名が知られ、NHKの「大河ドラマ」「連続テレビ小説」や、東京キー局の連続ドラマにも出演するなど、東京での仕事もこなすようになる。

人物[編集]

顔は二枚目だが気立ては三枚目。番組の企画で泥酔、包茎手術を受ける、牛乳の早飲み[3](そしてリバース)など数々の伝説を残す。また、とにかく脱ぐことが好きなことから「ヌーディスト安田」または「変態」の異名も持つ。さらに先述以外にもバラエティ番組でのハプニングとして、ポケバイレース体験で派手に転倒しながら無傷で生還する、四輪駆動車で横転してもケガひとつしない[4]など神がかり的であり、「平成の怪物」「奇跡を呼ぶ男」「ミラクル安田」「やってはいけないことをやってしまう男」と呼ばれ、さまざまな逸話を持つ。

『水曜どうでしょう』では「無類の不器用」と言われ、他のメンバー(大泉洋と鈴井貴之)ができていた陶芸が1人だけ全くうまくいかず、作業工程ではろくろが回っているのに自分が回る、など不器用ぶりを発揮した。番組内で大泉からは「やってることはジミーちゃんと同じ」「観察眼がない」と言われた。

TEAM NACSチームとして出演した『ネプリーグ』では、ファイブリーグ最後の問題で安田のみが間違える(問題は「整数を素数の積の形で表すことを何と言う」であり、正解は素因数分解。しかし安田は連立方程式の「式」と回答)という「やってはいけないこと」をしでかし、他のメンバー全員から怒られていた。

兄の影響で音楽にも精通しており、ザ・ビートルズローリング・ストーンズなど、洋楽の豊富な知識を生かしてテレビ・ラジオで音楽番組を担当している。

鈴井貴之第一回監督作品『man-hole』は、安田にとって映画初主演の作品である。

ボディビルダーのケン安田の本名と同姓同名である。これが縁となり、安田顕自身が企画立案・監督・脚本・主演を務め『ドラバラ鈴井の巣』(HTB)内で製作・放送したドラマ『マッスルボディは傷つかない』にて共演した。

大の酒好きであり、『水曜どうでしょう』では酒乱又は泥酔の場面が見受けられるが、実際は非常にお酒が強くハナタレナックスの宮古島ツアーでの泡盛利き酒対決では顔色一つ変えず4人のメンバーより早く5回正解して1抜けしている(2010年1月7日放送)。また、では特にホタルイカ沖漬けを好んでおり、インタビューでは「パワーフード」「これがあればいくらでも酒が進む」と語っている。

プロレスファンでも知られており、好きなプロレスラーはアントニオ猪木。『水曜どうでしょう』の原付東日本横断の前枠・後枠ではザ・デストロイヤーミル・マスカラスタイガーマスクに扮して登場している[5]

2002年に学生時代から付き合っていた一般女性と交際8年の末に結婚。2004年に長女が誕生。

舞台[編集]

TEAM NACSOOPARTSとして出演したものは、それぞれの項目を参照。

  • upspeak旗揚げ公演「Lives」(1999年)
  • upspeak第2回公演「コンドルは飛んで行く」(1999年)脚本・演出
  • upspeak第3回公演「a:」(2000年)
  • upspeak第4回公演「女もつらいよ」(2000年)脚本・演出
  • upspeak第5回公演「umi」(2001年)
  • upspeak第6回公演「時間ですか?」(2001年)脚本・演出
  • upspeak第7回公演「なつまつり」(2002年)
  • upspeak第8回公演「月灯かりに隠せっ!」(2003年)
  • 「Physical Theatre "ØEN I ØST"(ウーエン・イ・ウースト)〜THE ISLAND IN THE EAST〜」(2005年)
  • 「獏のゆりかご」(2006年)
  • 「歌の翼にキミを乗せ - ロクサーヌに捧げるハイネの詩 - 」(2007年)
  • LOVE LETTERS」(2008年7月、PARCO劇場
  • 「宮城野」(2009年)
  • 「相対的浮世絵」(2010年)
  • 「ナンシー」(2010年)
  • 「スマートモテリーマン講座」(2010年)
  • 琉球ロマネスク テンペスト」(2011年)
  • 「スマートモテリーマン講座」(2011年)
  • 「港町十三番勝負 安田顕ひとり語り〜おもだって、僕の父親の話です〜(2011年)
  • 「スマートモテリーマン講座」(2012年)
  • ブラザーブラザー」(2013年)

レギュラー番組[編集]

現在のテレビレギュラー番組[編集]

過去のテレビレギュラー番組[編集]

レギュラー以外のテレビ番組出演[編集]

現在のレギュラーラジオ番組[編集]

  • 現在は無し

過去のレギュラーラジオ番組[編集]

俳優活動[編集]

テレビドラマ[編集]

実写映画[編集]

劇場アニメ[編集]

ドキュメンタリー[編集]

ゲーム[編集]

CM[編集]

PV[編集]

CD[編集]

  • おやG」「ソフトフォーカス」 - ケンタカユッキー☆フライド事件(2001年・歌)インディーズ
    • 鈴井貴之(ビューティーたか・Vo)と安田顕(アフターけん・G)によるデュオ。

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  • ヤスケンと呼ばれて―TEAM NACS安田顕の5年9か月(『北海道ウォーカー』に連載されていた「ヤスケンのマグナムトーク」を本にまとめたもの)2007年4月 絶版
  • 北海道室蘭市本町一丁目四十六番地」2008年より雑誌『papyrus』で連載されていた同タイトルを本にまとめたもの)2011年10月8日、幻冬舎 
    • 発売後、これを引っ下げて全国で公演が行われた(詳しくは上記の「舞台」を参照)。

脚注[編集]

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  1. ^ 当時、鈴井貴之主宰の劇団OOPARTS劇団イナダ組を掛け持ちしていた森崎がイナダ組に専念するため、その後釜として安田を紹介しOOPARTSに入団。
  2. ^ 登場の際、テロップには「安田さん」の表記を「×」で訂正し、その隣に「onちゃん」と記してあった。特に「簡易onちゃん」状態の時は顔出し同然であった。詳細は「onちゃん」及び「水曜どうでしょう#onちゃんの活躍」の項目を参照)
  3. ^ HTB公式サイトの出演者プロフィールページにも「特技」として記されている。
  4. ^ しかし車は相当なダメージを受けており走行不能。安田が第一ドライバーだったため企画自体が成立しなくなってしまった。
  5. ^ どれも個人技(マスカラスのボディアタックやタイガーマスクの空中殺法など)の再現性が極めて高く藤村Dによれば番組を見ていたプロレスファンからは絶賛されたが女性ファンには評判が悪かったとの事

関連項目[編集]

外部リンク[編集]