パパパパパフィー

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パパパパPUFFY
PA PA PA PA PUFFY
ジャンル バラエティ番組
トーク番組音楽番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビ朝日
演出 伊東寛晃
監修 伊東寛晃
プロデューサー 山本たかお
出演者 PUFFY
大貫亜美吉村由美
)ほか
ナレーター 宮村優子
草地章江
園部啓一
音声 ステレオ放送
2000年3月まで
放送時間 水曜 23:25 - 23:55(30分)
放送期間 1997年10月1日 - 2000年3月
2001年9月まで
放送時間 水曜 23:09 - 23:54(45分)
放送期間 2000年4月 - 2001年9月
2002年3月まで
放送時間 水曜 23:15 - 24:00(45分)
放送期間 2001年10月 - 2002年3月27日
最終回スペシャル
放送時間 日曜 19:00 - 20:54(114分)
放送期間 2002年3月31日

特記事項:
レギュラー放送の終了後にも特別番組を2回放送。
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パパパパパフィー』は、テレビ朝日系列局で放送されていたテレビ朝日製作のバラエティ番組である。製作局のテレビ朝日では1997年10月1日から2002年3月31日まで放送。番組表上でのタイトル表記は「パパパパPUFFY」で、実際のタイトルロゴは「PA PA PA PA PUFFY」だった。

概要[編集]

PUFFY大貫亜美吉村由美が司会を務めていた深夜番組。当初は2人がゲストを迎えてもてなすという趣旨で、2人の「ユルさ」をもって自由なスタイルで行うスタジオトーク番組であったが、後期にはロケ企画が大半を占めていた。

フジテレビの音楽番組『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』にゲスト出演した際に、2人が極度の人見知りのためにあまりに喋らないことを心配したダウンタウン松本人志が、もし将来番組を持ったらというシミュレーションを行った。その際に思いつきで発したタイトルが「パパパパPUFFY」だった。それが1年と経たずに現実化し、思いつきのタイトルがそのまま番組タイトルに使われた。1997年10月8日放送分ではタイトルを使用するにあたってダウンタウンの下へ挨拶をしに行く模様が放送され、その際に2人は『ダウンタウンのごっつええ感じ』のコーナーに出演したが、本番組でのスタジオ共演は無かった(ロケ企画への出演はあり)。

基本的には、スタジオに歌手や俳優、芸人など多様のゲストが登場し、オープニングでPUFFYとともに一曲歌い、ロケのVTRを見てトークをし、ゲストを喜ばせる企画を行うという流れで行われていた。バラエティ番組にはあまり出演しないアーティストが、PUFFYの自由な言動に困惑しつつ、コントや様々な企画を行うのが見所である。また、2人が行ったVTR企画は、過酷な海外ロケ、海外有名人へのインタビューのほか、料理・スポーツ・探検(後述の「ミステリーツアー」や「クエストシリーズ」)・仕事体験など、多岐に及ぶ。

スタジオセット[編集]

PUFFYの部屋という設定で、PUFFYのCDジャケットのデザインを数多く手掛けていたアメリカのイラストレーター、ロドニー・アラン・グリーンブラットによるデザイン。冷蔵庫も設置され、番組中も好きな飲み物を取りに行くことがあった。また、ゲストが持ち込んだお土産がセット内に配置された。

主なキャラクター[編集]

  • 吉田正子 - 吉村由美が扮する占い師として登場。黒衣装と顔を覆う三角頭巾を被り、額に正の字が書かれている。八王子在住であったが王子に引っ越したという設定。
  • 御手洗凪子 - 大貫亜美が扮する占い師。巫女の格好ながら金髪で、英語訛りの日本語を話す。

放送時間[編集]

ネオバラエティ』枠で一貫して水曜日に放送されていた。後述のスペシャル回については曜日不定で、ゴールデンタイムに放送されることもあった。

  • 水曜 23時25分 - 23時55分(1997年10月1日 - 2000年3月) - 『大相撲ダイジェスト』の放送期間中には放送を休止。
  • 水曜 23時09分 - 23時54分(2000年4月 - 2001年9月) - 『大相撲ダイジェスト』の放送期間中には30分枠で放送。
  • 水曜 23時15分 - 24時00分(2001年10月 - 2002年3月27日)

スペシャル放送[編集]

  • 97年総集編1時間スペシャル(1998年1月1日)
  • 激レア限定盤 2時間スペシャル(1998年3月21日 19時00分 - 20時54分)
  • パパパパパフィー1周年!秋の激レア限定盤 2時間スペシャル(1998年10月9日 19時00分 - 20時54分)
  • 年末拡大盤 パパパパパフィーカルトクイズ1時間スペシャル(1998年12月29日 19時00分 - 20時54分)
  • 由美ちゃんおめでとう秋の激レア限定盤 2時間生放送スペシャル(1999年4月11日 18時56分 - 20時56分)
  • 祝2周年!激レア限定盤 90分スペシャル(1999年10月11日 20時54分 - 22時24分)
  • 年末拡大盤 55分スペシャル(1999年12月29日 16時00分 - 17時15分)
  • 女だらけの音楽祭!2時間半スペシャル(2000年9月30日 18時28分 - 20時54分)
  • 女だらけの湯けむり忘年会 85分スペシャル(2000年12月29日 22時55分 - 24時20分)
  • 女だらけの音楽祭2001・春 90分スペシャル(2001年3月22日 20時54分 - 22時24分)
  • 真夏の拡大版 90分スペシャル(2001年8月22日 20時54分 - 22時24分) - この回のみレギュラー回にカウントされていた。
  • さよならパパパパパフィー!超豪華保存版 97年10月から4年半…204回全部見せます!(2002年3月31日 19時00分 - 20時54分)
  • 激レア!パパパパパフィー限定復刻盤(2003年12月16日 23時15分 - 24時40分)
  • ドスペ2〜祝・パフィー10周年!パパパパパフィー復刻盤!(2006年6月24日 24時30分 - 25時25分)

出演者[編集]

司会[編集]

不定期出演[編集]

この番組には、当時PUFFYの2人がハマっていたが世間的には無名であった芸能人がしばしば出演していた。大泉洋ユースケ・サンタマリア及川光博などは、この番組でキャラクターを発揮して全国的な知名度を得た。また、まだ人気の出ていなかった鉄拳はなわなども出演した。番組後期には、ガレッジセールはしのえみらが「居候」という設定で企画に参加したり、進行役を務めたりしていた。

男性[編集]

女性[編集]

ナレーター[編集]

いずれもスタジオセット内の住人という設定で、声のみで企画説明や進行を行っていた。また、パペットがいくつか存在していた。主にマフィーがロケVTRの説明を行っていたため、他の2人が説明を省略して「マフィーちゃんよろしく」と振ったり、声真似をすることがしばしばあった。

放送リスト[編集]

1997年[編集]

1998年[編集]

1999年[編集]

2000年[編集]

2001年[編集]

2002年[編集]

主なロケ企画[編集]

○○クエスト、○○ミステリーツアー(○○には毎回開催地名やテーマが入る)
ゲストを交えて、亜美チームと由美チームに分かれて対決。出題された暗号を解いたりクイズに答えながらエリア内を廻って、相手チームより先にゴールに到達したチームの勝利。
ボウリング対決
数チームに分かれて対決。基本的にはスコアを争うが、途中で賞品獲得ピンや、相手の獲得した賞品を横取りできるピンが登場する等、『100万円クイズハンター』の要素も。
グルメオークションツアー
PUFFYにゲストを交えた数名が参加。グルメの名店を廻りながら、各店の料理に入札をして、料理獲得を目指す。最初に予め1万円が各自に手渡された状態で、登場した料理に対して手持ちのお金の範囲内で入札を行う。各料理には落札出来る人数が設定されており、入札金額の多かった人から順番に設定人数分だけ料理を食べられるが、料理を獲得出来た・出来なかったに関わらず、入札したお金は没収される。各店、何品登場するのかは伏せられている。
ビジュアル系だらけの大運動会
特番時の恒例企画。有名無名問わずあらゆるビジュアル系バンドのメンバーを従えて、亜美チーム対由美チームで競技を行う。

書籍[編集]

  • パパパパPUFFY - 角川書店 (1998/06)
  • パパパパPUFFY〈2〉まさかの2冊目できました - 角川書店 (1998/12)
  • パパパパPUFFY〈3〉 - 角川書店 (1999/09)

スタッフ[編集]

  • 構成:そーたに、うどん熊奴(「小山薫堂」を逆さから読んだアナグラム)、町山広美、島津秀泰
  • TD:小林俊明、大島秀一
  • CAM:説田比登志、浅川英俊
  • VE:小野真介、小山恭司
  • 音声:井上哲、桂川英樹
  • 照明:高橋孝男、阿部勝則(共立
  • PA:田村智宏・横張史靖(ロッコウ・プロモーション)
  • ロケCAM:中島浩司スウィッシュ・ジャパン
  • ロケ音声:後藤龍幸(スウィッシュ・ジャパン)
  • 美術:石上久
  • セットデザイン:市川亜矢子、出口智浩
  • 美術進行:原澤太郎・遠藤ゆか(テレビ朝日クリエイト
  • 大道具:鈴木敦、小塚信人
  • 小道具:白鳥恭司、塚谷将朗
  • 電飾:大桃昇、松村真一
  • 人形装飾:光子館
  • CG:横井勝、山崎一正(テレビ朝日クリエイト)
  • タイトル:宍戸淳一(リトルベア)
  • ヘアメイク:坪井清人(現在フォトグラファー・フォトテキスタイルデザイナー)、板倉タクマ、村端ジン
  • VTR編集:明官充・荻野朗・鼻岡規夫・吉田和佳子(VPN
  • MA:萩原佳和(VPN)
  • 音効:波多野精二(CUBIC
  • TK:船木玉緒
  • 制作:粟井淳、辻仁史、船引貴史、三木敬文、長嶋妙子
  • アシスタントプロデューサー:ジョン河口(「河口勇治」の変名)、中貞人
  • ディレクター:西村裕明、金丸貴文、本部純、木山亨、菅間和彦、中島太一
  • 演出(レギュラー時代末期には監修):伊東寛晃
  • プロデューサー:山本たかお
  • 制作著作:テレビ朝日

脚注[編集]

  1. ^ トータス松本がPUFFYに『ヒゲのOL薮内笹子』を紹介した放送後、問い合わせが殺到し、しりあがり寿が大ブレイクした。
  2. ^ 同時期に放送開始したテレビ朝日の深夜番組『ぷらちなロンドンブーツ』とコラボレーションし、VTRの前後半を各番組で放送した。
  3. ^ 大貫が『鬼平犯科帳』の大ファンである。
  4. ^ 来日中のエアロスミス横浜アリーナでのコンサートにて、大貫がタイラーに衣装を届けるために舞台に上がった。
  5. ^ 森高が平気で激辛カレーを平らげたのがきっかけで番組内で激辛ブームが起こった。
  6. ^ 大貫は小学生の頃に2年間ソウルに住んでいた。
  7. ^ 当初はロケの予定であったが、現地であまりにPUFFYが人気のため、急遽ホテル内で企画を行うことになった。
  8. ^ 敗者の罰ゲームとして、広島のコンサートで大貫が「モミジマンジュウ」のギャグをやらされた(ライブビデオに収録)。
  9. ^ 富士急ハイランドのコニファーフォレストにて行われた野外ライブ。13000人を集めた。翌年にも開催。
  10. ^ この時の「PUFFYの映画を撮る」という約束がいまだ果たされていないことが2005年の『僕らの音楽』での対談で明かされた。
  11. ^ 大運動会の罰ゲーム。
  12. ^ 前回クエストの罰ゲーム。
  13. ^ 大泉は「北海道の大スター」としていつもジャージ姿で登場していた。ジャージは大泉が出演する『水曜どうでしょう』内では「正装」だが、当時同番組は全国的に知られていないためにPUFFYに理解されず、毎回進行にテンパる大泉を2人が罵倒するのが恒例だった。
  14. ^ 正月放送のボウリング対決の罰ゲーム。
  15. ^ 番組プロデューサーの自宅。
  16. ^ アメリカのテキサス州で開催された「SXSW」に出演した模様が放送され、後のPUFFYの全米進出に影響を与えることとなった。
  17. ^ ほか、ボウリング対決の罰ゲームでKiroroが一日ADを務めた。
  18. ^ 前回出演時の対決に敗れた罰ゲーム。
  19. ^ 大貫が左足靭帯断裂により3週間松葉杖で出演。
  20. ^ 新曲「ハリケーン」のバックダンサーを募ってオーディションを行った。ダンサーらはPVにも出演した。
テレビ朝日 水曜23:25枠 → 水曜23:09枠 → 水曜23:15枠
(『ネオバラエティ』水曜)
前番組 番組名 次番組
龍ノ福耳
(1997年4月2日 - 1997年9月24日)
パパパパPUFFY
(1997年10月1日 - 2002年3月27日)
Matthew's Best Hit TV
(2002年4月17日 - 2005年3月23日)
※火曜25:01枠から移動・改題