水曜どうでしょうの企画 (日本国内)
水曜どうでしょうの企画(すいようどうでしょうのきかく)では、北海道テレビ放送制作のバラエティ深夜番組『水曜どうでしょう』(以下「どうでしょう」)で放送された企画の中から、「レギュラー放送」時(1996年10月から2002年9月)に日本国内で収録した企画について述べる。企画名については番組内で多数の呼び方がある企画があるが、本記事においては正式タイトルはDVD版のものとし、未DVD化企画については暫定的に放送時のタイトルを用いるものとする。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
[編集] サイコロの旅
鈴井貴之(以下「鈴井」)が考えた企画のひとつ。『どうでしょう』を象徴する企画であり、多くの番組で類似企画が放送されている。番組開始からほぼ半年に1度のペースで放送されていたが、1999年12月に放送された「サイコロ6 〜ゴールデン・スペシャル〜」を最後に実施されていない。
6つのサイコロの目それぞれに移動手段と行き先を割り当て、大泉洋(以下「大泉」)と鈴井が明治製菓のサイコロキャラメルのサイコロを振って出た目によって次の行き先を決定する。東京(第4弾は出雲大社)から北海道へ帰ってこられたらゴール。「宿泊」などの目が出ない限りはゴールするまでひたすら移動を続けなければならず、夜行バス(番組内では深夜バスと呼称)やフェリーでの長時間移動を余儀なくされる過酷な企画である。サイコロを振る際は、TV番組『ごきげんよう』の「何が出るかな? 何が出るかな?…」を掛け声にして踊る(主に大泉が振る際)のが通例。
原則は「週末にロケを行い、月曜日の午前中がタイムリミット」となっていた。理由として、鈴井がパーソナリティを務めていたラジオ番組『GO・I・S』(AIR-G')の生放送本番までに、必ず北海道に帰れるようにしなければならなかったためであるが、「2」「3(前編)」「4」「6」では「最後のサイコロで北海道にゴールできなかったので、時間切れで終了」という形を取っている。なお、「2」以降においては、タイムリミットの直前のサイコロの目が高確率(3〜4項目)で"札幌"となったチャンスタイムが行われる。チャンスタイムで札幌が出たのは、6回のうち「3(後編)」「5」の2回のみ(「3」は前編・後編を分けてカウント。また、「1」はチャンスタイム以前に札幌に戻れる目が出たため、「サイコロ韓国」は企画趣旨が異なるために除く)。
1度だけ外国で行った「サイコロ韓国」がある(詳細は韓国食い道楽 サイコロの旅を参照)。
[編集] サイコロ1
『どうでしょう』レギュラー放送最初の旅企画。当初の企画名は「アンルイスの取材で東京までせっかく来たんだから何かやってから帰りましょう企画」。2000年発売の『水曜どうでしょうビデオ』第1巻にも収録されている(数量限定発売。後の「Classic」での放送も『水曜どうでしょうビデオ』の構成が基になっている)。レギュラー放送版では冒頭でアン・ルイスとのインタビューが放送されたため、「リターンズ」では第2夜を「粗大ゴミで家を作ろう」第1夜と同時に放送し、「Classic」では全1回に再編集された。
- 六本木プリンスホテルでアン・ルイスのインタビュー→
- 東京・新宿高速バスターミナルから深夜バス(オレンジライナー)で松山・道後温泉→松山駅から特急宇和海と八幡浜駅乗り換え宇和島運輸フェリーで臼杵港→臼杵駅から特急にちりんで小倉駅→山陽新幹線で新大阪駅→寝台急行きたぐにで新潟駅→新潟港からフェリーで小樽港(GOAL)
- 9月15日(1996年)は、鈴井は前述の「AIR-G'での仕事がある」ため、大泉は「親戚の人が来る」ため、藤村忠寿ディレクター(以下「藤村D」)は「子供の運動会がある」ため、どうしても15日までに札幌へ帰る必要があった。
- 寝台急行きたぐに新潟行では、三連休の前日ということで新大阪駅で寝台券が3枚しか取れずに、「何らかの方法によって」大泉が自由席に座ることになった。しかし、後日談では大泉がギブアップして藤村Dと同じ寝台で寝たという話がある(ちなみに、この件で大泉が「痔」であることを告白したことが『激走24時間! 大泉洋くん闘痔の旅』に繋がる。ただ、583系の寝台が広いとはいえ一つの寝台に大人二人の利用はJRの旅客運輸規定に違反し、最悪追徴金を課せられる可能性があるので薦められない。)。
- この回は初めてということもあり、藤村Dはほとんど介入しなかったが(喋りも少なめ)、逆にめったに出ない嬉野雅道ディレクター(以下「嬉野D」)がフェリーに酔ってしまい横たわって映る珍しいシーンがある。おまけに新幹線車内でディレクター(のどちらか)が鼻血を出すなど、ディレクター陣(以下「D陣」)には散々な旅であったと思われる。
- 史上唯一のシーンとして、臼杵でサイコロを振った際にいい目ではなかった(「特急にちりんで小倉」)ため、大泉がサイコロを蹴り飛ばしている(番組内では「大泉さん謀反」と表現)。当然ながら、出演者が自分でルールを破ることはご法度であるので、その後の特急の中で鈴井に「オレたちはサイコロの目に従うしかないんだ」と怒られている。ただ、DVDの副音声の解説によると、「鈴井自身も松山で『臼杵』を出した際に大泉に文句を言われ、同様の行動を取った」という。
- なお、松山から臼杵への移動の際、予讃線の松山駅から特急宇和海に八幡浜駅まで乗車しているが、字幕スーパーでは松山市駅(伊予鉄道)となっていた。
[編集] サイコロ2 〜西日本完全制覇〜
「1」と同じく「歌手とのインタビュー(西城秀樹との対談)」という名目を立て、大泉を六本木プリンスホテルへと向かわせたが、到着した先に待ち構えた鈴井から「サイコロの旅」であることが知らされる。『どうでしょう』においては導入部が初の「大泉だまし」となった。大泉が東京に行く経緯まではDVD第2弾に収録。
- 六本木プリンスホテル→
- 東京駅から新幹線グリーン車で新神戸駅→三ノ宮駅から深夜バス(レッツ号※)で熊本交通センター下車熊本駅→特急あそ号(時間の都合上急遽三重町駅下車でタクシー)と佐伯港からフェリー経由で宿毛港→土佐中村からレンタカーで高知駅→深夜バス(はりまや号)で博多駅→新幹線福山駅乗り換えJR笠岡駅から高速船で白石島→笠岡駅に戻りJRで岡山駅と高松駅乗り換え特急うずしお号で徳島駅→(1泊)→フェリーで和歌山港(時間切れ)
- 大泉は「西城とのインタビュー」という名目で来たことから、西城をイメージした衣装を着用していた。しかし、冬場のロケにもかかわらず上着は地肌の上へ直接着用していたため、ロケ中は常に寒さを訴えていた。
- 「はりまや号」の休憩地点であった壇之浦PAにおいて、移動し続けている上に2夜連続で深夜バスに乗車し、疲労が遂に極限状態に達した大泉・鈴井が「バス(の車中)でもう寝れない」などとレポート(状況報告)を行った。このレポートはカメラを通じて臨場感、緊迫感、疲労感が生々しくも十分に伝わる内容として『どうでしょう』の歴史に残り、「(伝説の)壇ノ浦レポート」と呼ばれている。
- 白石島及び徳島に行く羽目になった際、その理不尽さに鈴井の怒りを買ってしまった。しかし、番組上それでは良くないということで、鈴井は本来甘いものが苦手であるにもかかわらず「鈴井は甘いものが大好き」という設定にして、「藤村Dが移動中に買ったきび団子を大泉とともに鈴井に差し出し、鈴井がそれを喜んで食べて機嫌を直す」と言うシーンを入れた。
- その後の企画で藤村Dはこの出来事を逆手に取り、幾度となく鈴井に甘いものを差し出すようになり、鈴井も「甘い物好き」と言う設定の下、苦しみながら甘いものを食べるという「お約束」が出来た。これを番組内で「ミスター生き地獄」と称するようになった(「北海道212市町村カントリーサインの旅」以前は「鈴井先生生き地獄」と称している)。
- 白石島から徳島への選択は藤村Dがサイコロを振っている。後にも先にもD陣がサイコロを振ったのはこの1回である。
[編集] サイコロ3 〜自律神経完全破壊〜
- DVD第4弾『サイコロ3 〜自律神経完全破壊〜 前編/後編 完全版』に収録。
嬉野Dがテレビドラマ『なまらキッズ』監督のため不在となり、代理として藤村Dと同期入社の杉山順一D(「モザイクな夜」チーフD・のちの『鈴井の巣』チーフD)が同行。撮影は藤村Dが行った。「サイコロ3」はサイコロシリーズで最も長い旅となり、放送期間も一番長い。
- 前編
- 歌手・樋口了一の自宅訪問という建前で、川崎市高津区梶ヶ谷から東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)品川スタジオ→
- 東京・品川バスターミナルから深夜バス(キャメル号)で鳥取駅→特急はくと号で京都駅→特急サンダーバード号で敦賀駅→特急しらさぎで金沢駅→深夜バス(加賀号)で博多駅→特急ハウステンボスでハウステンボス駅→特急ハウステンボスと鳥栖駅乗り換え特急つばめで西鹿児島駅→寝台特急なはで岡山駅→新幹線西明石駅乗り換えJR明石駅から高速船で淡路島・岩屋港(時間切れ)
- 後編
前編が終了した4日後に淡路島へ。初の大泉拉致騒動。
- 淡路島・津名港→高速バスで徳島駅→特急うずしお号で高松駅のち岡山駅乗り換えJRで倉敷駅→深夜バス(マスカット号)で東京・新宿高速バスターミナル→東京駅から新幹線で新神戸駅→神戸ヘリポートからカワサキヘリコプタシステム定期便ヘリコプターで但馬空港経由湯村温泉ヘリポート→浜坂駅から特急はまかぜ号と城崎駅乗り換え特急きのさき号で京都駅→深夜バス(ギャラクシー号)で福島駅→山形新幹線つばさと山形駅乗り換え特急こまくさ号で大曲駅→秋田新幹線改め田沢湖線代行バスで盛岡駅→八戸港からフェリーで苫小牧港(GOAL)
- 因美線→智頭急行→山陽本線という流れで鳥取から京都へ向かっているが、「智頭急行(ちずきゅうこう)」を鈴井が「すがきゅうこう」と誤って発言している(テロップ表記も「すが」の誤表示になっていた)。
- 秋田新幹線が選択肢にあったのは、開業直前なのにD陣が開業後の時刻表を持っていて勘違いしたため。この時は代行バスというルートを取っている。
- 後編の特急うずしお車内から倉敷駅でのサイコロを振るシーンまでは藤村Dがマイクのスイッチを入れ忘れたため、藤村Dのナレーションで状況説明を行った。これについて大泉は「プロの仕事とは思えません」とコメント。
- 大泉により旅の途中に杉山Dから「逃げちゃお」と逃亡をけしかけられたこと、また『鈴井の巣』(第15回放送)にて「個室のようにカーテンで仕切られていた深夜バス(加賀号)の中で杉山Dが自慰行為をした」ことが暴露される。その事を聞いた鈴井は「それは気がつかなかった」と悔しがったという。
- 酒豪の杉山Dによって泥酔してしまった大泉は、バスの中で友人・安田顕(以下「安田」)の名前を呼び、鈴井につっこまれるシーンがある。
- 後編第2夜で起きた「ヘリ嘔吐事件」は本編でそのまま放送された。
- 湯村温泉の字幕に「舞鶴(福井県)」と書かれていたが、これは明らかな間違いである(正しくは「京都府」)。
[編集] サイコロ4 〜日本列島完全制覇〜
冒頭は「カントリーサインの旅の続き」という大泉へのドッキリで始まる。大泉の乗った車が「北海道212市町村カントリーサインの旅II」で最後に引いた生田原町ではなく、新千歳空港へと向かっていることにいつ気付くのかを追ったが、空港に着く直前に鈴井がネタバレとして「疲れてんじゃない? 甘いもの食べなよ」とサイコロキャラメルを差し出す瞬間まで、「サイコロ」の収録と気付くことはなかった。
この回は通例の東京スタートではなく、この当時「どうでしょう班が中国地方で唯一行っていない」のが島根県のみであったため、出雲市の出雲大社からスタートした[1]。
- 出雲大社→出雲市駅から特急スーパーやくも号と岡山駅乗り換え新幹線で広島駅→(1泊)→新幹線ひかり号と新大阪駅乗り換え特急サンダーバード宇奈月号で富山駅→富山地方鉄道と立山黒部アルペンルートで信濃大町駅→レンタカー(長野自動車道 - 中央自動車道 - 東名高速道路 - 東名阪自動車道 - 伊勢自動車道)で伊勢神宮→伊勢市駅からJR快速みえ号と名古屋駅のち東京駅乗り換え新幹線で仙台駅→新幹線やまびこ号で宇都宮駅→深夜バス(とちの木号)で京都駅→新幹線で博多駅(時間切れ)
- この企画で飛び出した「"トローリー!"(大泉)→"オー!"(その他)」の掛け声は、その後の企画でも長距離を歩くときに度々飛び出している。
- なおレンタカーで中央自動車道を通るときに深夜バスはかた号と遭遇しており、「バスに乗ってる人達は博多までがんばるんですねぇ」「何の目を出して連れて行かれるのやら」「あれは人間の乗るものじゃない」と散々にからかっていた。もちろん彼ら自身はこの時、次回作で祟られたかのようにはかた号に2回も乗る羽目(しかもいずれも東京発)になろうとは知る由もなかった。
- この移動シーンで、以降番組のテーマソングとなった「1/6の夢旅人」が初披露される。
- 一度は仙台まで北上し、仙台での抽選において1から4の出目が全て「北海道行き」だったにも関わらず、大泉が宇都宮行きの目を出してしまう。さらに鈴井が宇都宮での抽選で京都を引き当て、一気に南下。D陣がお情けで1の出目を「新幹線で東京(羽田から新千歳へ向かうため、実質ゴールと同じ)」に、2の出目を「博多」、それ以外の出目を全て「関空発千歳行き」と設定したが、大泉が2を引き当て、博多に到着したところで時間切れとなった。
- 広島での選択において、「アシアナ航空でソウル」という目があった。大泉のパスポートは当時「局預かり」扱いだったが、鈴井のパスポートは事務所の副社長でもある妻を通して入手されていた。なお、海外へ向かう目はこの時以外にはない。
- 広島で一泊し、翌朝ひかりにて新大阪へ行くことになるが、朝食は大泉が広島名物の駅弁しゃもじかきめしなのに対し、鈴井は同じく広島名物のもみじ饅頭であった(ちなみに鈴井はかきが大好物)。また、伊勢神宮では朝から名物の赤福を9個食べ、仙台ではずんだ餅を大量に食べている。
- 新大阪からサンダーバードに乗車し富山へ向かうが、連休のせいで指定券が3枚しか確保できず大泉は自由席となり、しかも満員だったため新大阪から富山までデッキで過ごし、富山到着後は不満を漏らしていた。
- 仙台でサイコロを振る時に藤村Dが「これが最後のサイコロになるんだから」と述べ、これに対し大泉は「3月でお役目ゴメン」・「4月から別のやつが振ってる」と番組の終了あるいは大泉の降板を匂わす発言をしているが「深い意味はございません」というテロップが出ていた。
[編集] サイコロ5 〜キングオブ深夜バス〜
- 東京・羽田空港→新宿高速バスターミナルから深夜バス(キング・オブ・深夜バス はかた号・京王帝都電鉄担当便)で博多駅→特急「つばめ」号で西鹿児島駅→JR快速「なのはな」号で指宿温泉→鹿児島に戻りマリックスラインで奄美大島→飛行機で鹿児島空港経由大阪国際空港→新大阪駅から新幹線で東京駅→また新宿高速バスターミナルから深夜バス(はかた号・西鉄担当便)で博多駅→福岡空港から飛行機で新千歳空港より札幌(GOAL)
- 鹿児島からの「快速なのはな」車中で、藤村Dと鈴井が白熊の早食い対決を行った。これが後に行われる様々な甘い物対決、ひいては「対決列島」の発祥となった。
- 1回目の「はかた号」乗車中、大泉と藤村、嬉野両ディレクターは車内で釣りバカ日誌6を鑑賞していた。奇しくも2006年、『釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ!』に大泉は村井徹役(作品のキーパーソン)で出演を果たすこととなる。
- 大阪行き飛行機内や大阪国際空港での選択、東京行き新幹線車内シーンは藤村Dのナレーション対応で簡略化されている(副音声によると「時間を確保するため」)。
- 2回目の「はかた号」乗車中、鈴井は休憩ポイントの下松SAで「ケツの肉が取れる夢を見た」と告白する。
- 群馬テレビでは最後の予告部分でチラッと流れた「鈴井貴之拉致計画に見せかけた大泉洋拉致計画」を理由にリターンズでの放送が見送られたが、「大泉洋拉致事件」があった十勝二十番勝負は放送された為、当時設置されていた群馬テレビのホームページ上の掲示板に多くの苦情が寄せられた。
[編集] サイコロ6 〜ゴールデン・スペシャル〜
この企画の前に放送された「ヨーロッパ・リベンジ」の最終夜で高視聴率(18.6%、ビデオリサーチ調べ。この番組の歴代最高視聴率でもある)を獲得し、番組の人気が出てきた事からゴールデンタイムでの放送を敢行。ゴールデンタイムの1時間枠で前編を放送し、通常放送の時間帯で後編を放送した。「リターンズ」では2週、「Classic」では3週に再編集されて放送された。
なお、放送前日の夕方から30時間にわたって生CMを行った(その時の詳細な様子が『30時間テレビの裏側全部見せます!』にて後日放送された)。
- 東京・羽田空港→(東京モノレールとJR山手線のち中央線乗り継ぎ武蔵境駅下車タクシー)調布飛行場から飛行機(新中央航空)で伊豆大島→高速船と熱海駅乗り換え新幹線こだま号で東京駅→羽田空港から飛行機で高知空港→高知駅から深夜バス(よさこい号)で大阪・梅田阪急三番街→大阪駅からJR大和路快速で法隆寺→JRで新大阪駅に戻り新幹線と新尾道駅乗り換えレンタカー(しまなみ海道経由)で松山市内→松山空港から飛行機で東京・羽田空港→品川バスターミナルから深夜バス(ノクターン号)で 弘前駅→青森空港から飛行機で博多・福岡空港→博多駅から新幹線のぞみ号で新大阪駅→(大阪で1泊)→飛行機で高知空港(時間切れ)
- 編成の都合上実質3週分で抑えないといけなかったために、今までのサイコロの旅よりもテンポの速い内容になっている。
- 前述のように番組人気の盛り上がりからゴールデンで放送しようということになった、と前枠で話しているものの、「30時間テレビの裏側全部見せます!」の翌週に放送された「onちゃんカレンダー」の前枠では、「結果は惨敗だった」と大泉・鈴井が袴姿で懺悔をしている。ちなみに、平均視聴率は12%(ビデオリサーチ調べ)。
- 深夜バスの座席は通常1人掛け×3列となっているが、「よさこい号」では出演陣の予約した20番以降が2人掛け×2列となってしまっており、狭い座席に出演陣はそれまで以上に苦しめられていた。
- 福岡空港での選択の際、ボードでは「1.飛行機で東京」だったが、テロップには「1.飛行機で博多」となっている(もちろんもう博多にいるから間違いである)。
- 大阪駅から法隆寺へ行く際、大和路快速は環状線内回りを通って大和路線に直通するのだが、地図の説明では環状線外回りを通って天王寺駅で再び大和路快速に乗り換えるルートになっている(天王寺駅で乗り換えたという説明はされていないため、間違いである可能性が高い)。
[編集] 粗大ゴミで家を作ろう
粗大ごみを拾い、札幌の一等地・宮の森に家(部屋)を建てる企画。粗大ごみは中央区内や西区琴似で集められた。企画の背景には、収録された1996年当時、札幌市が粗大ごみの収集日を月一回設定しステーション収集を行っていたことがあった。[2]中期以降は旅中心のスタイルとなった『どうでしょう』としては、極めて異端とも言える企画である。
レギュラー放送における放送分については、前編が堂島孝平のインタビューと抱き合わせになっているため、1.5週程度の内容である[3](「リターンズ」では「サイコロ1」後編+本企画前編・本企画後編の2回に分けて、「Classic」ではともに1回に再編集された)。なお、嬉野Dはドラマ撮影のためにこの企画の撮影・編集ともに関与していない。
なお、宮の森の地主の許可を得ずに撮影したために、後日北海道テレビの社員(「いばらのもり」竹本D)がたまたま土地を見学した際、不動産屋から「そういえば、勝手にここ使いましたよね?」と聞かれたという後日談がある(DVD副音声より)。また、集めてきたゴミはスタッフが南区の駒岡清掃工場までトラックで運搬し、HTB側が費用を負担して処分した。
DVD収録バージョンでは2003年(7年後)の宮の森の映像が流れた。
[編集] 闘痔の旅
放送当時の企画名は「激走!24時間 大泉洋くん闘痔の旅」。鈴井が考えた企画のひとつで、「『サイコロ1』で発覚した大泉の“痔”を治すため、24時間でいろいろな温泉を回る“湯治(闘痔)”」を目的としているが、企画そのものは藤村Dが「温泉に入りたい」という安易な発想から始まった。「この企画から大泉が(テレビタレントとして)自我を持った」と嬉野Dが語ったり、大泉が運転をし鈴井が後ろに座り車内で会話をするというスタイルが確立されたり、藤村Dがリアクションで“出演”し始めたりと、後の『どうでしょう』にとって大きなターニングポイントとなった企画となった。
- HTB通用口(札幌市豊平区)→薬師温泉(ニセコ町)→二股ラジウム温泉(長万部町)→平田内温泉(熊石町・現八雲町)→水無海浜温泉(椴法華村・現函館市)→函館港より青函フェリーで青森港→酸ヶ湯温泉(青森市 有名な「千人風呂」ではなく八甲田ホテル近くにある「まんじゅうふかし」)→恐山温泉(むつ市 収録日の1996年11月9日・10日は、恐山菩提寺の開山期間を過ぎており入浴出来ず)
[編集] 宮崎リゾート満喫の旅
宮崎シーガイアから誘われ、すべての施設やイベントを体験してシーガイアの魅力を引き出すという趣旨の、いわゆるパブリシティ企画。放送時は「宮崎シーガイア」という企画名で放送された。現在は当時と経営母体が変わったため「Classic」では放送されないが(「2周年記念総集編」における一場面は除く。「リターンズ」では放送された)、「記録」として残すため、DVDには現在のタイトルで再編集・収録された。
本放送において用いられたシーガイア側が準備した全景の空撮映像や、各種施設の広報用映像はすべてカットされており、どうでしょう班が撮影した映像のみで構成されている。
スケジュール
- 1日目
- そば打ち体験 (パラダイスガーデン/パンターナル)
- カクテルマジック (トップバー「ステラ」)
- ディナー (ルームサービス)
- 就寝
- 2日目
- 海岸散歩 (一ツ葉海岸)
- 朝食
- オーシャンドーム (オーシャンドーム)
- 各種アトラクション体験 (オーシャンドーム)
- ボディーボード体験 (オーシャンドーム)
- 各種施設見学 (コーナースイート・キングスオーシャンスイート)
- 各種施設見学 (展望台 ※プリクラ・似顔絵を体験)
- 各種施設見学 (会議室、数十人が参加できる規模)
- 藤村D、鈴井、大泉の3人による「擬似企画会議」が開催され、大泉が「今後の番組に必要なものは『セクシー』」と発言。
- ディナー
- ナイトショー オーシャンドームイリュージョン
- 本日の反省
- 3日目
- フェニックス動物公園
- 日向夏プログラム
[編集] 北海道212市町村カントリーサインの旅
鈴井が考案した、初期を代表する企画のひとつ。鈴井・大泉が「北海道の各市町村にあるカントリーサインが印刷されたカードを引く」→「実際にその市町村に向かう」→「境界のカントリーサインの前で再び抽選を行う」を繰り返し、道内を回る企画。「北海道の番組であるのに、あまり北海道での企画がない」ことから地元・北海道に注目し、北海道212全市町村(当時)を巡る企画となったが、“道北から道南”など、効率の悪い移動が多いことから、内容としてはどうでしょう班による車内でのやりとりが主になる。道内を全て回るという膨大さを反省し、後に十勝地方限定で行なった「十勝二十番勝負」が生まれた。
[編集] 北海道212市町村カントリーサインの旅
前作「サイコロ韓国」から中5日でのロケ。
- 国道36号の札幌市(豊平区、撮影地点は現清田区)・北広島市境界→
- 夕張市→幌加内町→雨竜町→名寄市→豊頃町:鈴井が名寄市から約400km離れた豊頃町を引き当てて車を運転することになる。が、途中でギブアップして後部座席で仮眠。途中で立ち寄った新得そばも食べず。→鹿部町:鹿部町に向かうまで寄り道をして、旅を満喫する。登別温泉で1泊(ここで大泉が「トラ退治」を行う)、洞爺湖でボート遊び、豊浦町でイチゴ食べ放題、大沼公園で大沼だんごを満喫。→猿払村(鹿部町で「猿払村」を引いた所で終了し、猿払村はカントリーサインの旅IIのスタート地点となる)
- この企画の途中から番組の象徴としての敬意を表す意味で鈴井が「ミスターどうでしょう」(略して「ミスター」)と呼ばれるようになった(それ以前は「鈴井先生」と呼ばれていた)。開始当初は大泉がカードを引いていたが、雨竜町からの次の市町村の選択において、それまでサイコロの旅で度重なる運の無さを遺憾なく発揮していた鈴井の「ダメ人間ぶりを確認するため」に彼にカードを引かせた。このカードを引かせたシーンでの大泉の呼びかけが初出である。この時は雨竜町から名寄市へと無難なものであったが、次の名寄市では道内をほぼ縦断する移動となる豊頃町という選択をしてしまい、「ミスターどうでしょう」の地位を決定づけることとなった(ただし後に大泉も豊頃町と鹿部町での選択でこの移動を超えるカードを引いている)。
- この番組で自動車を使う際にはハイエース等のワンボックスカーが使用される事が多いが、この回はスバル・レガシィツーリングワゴン2.0TXが使用されている。(スポンサーとしてスバルが入っていたためと思われる)
- 雨竜町から名寄市へ向かう途中、幌加内町の中心街を通る際に「幌加内駅」と書かれた標識を見ながら大泉が「皆さん先ほどお出迎えに来てくれたから帰って寝ちゃっ・・・たかなぁ」と言っているが、幌加内駅を通っていたJR深名線は1995年9月4日に廃止されている(本放送当時は駅舎がバス待合室として使われていたが、その後火災により焼失)。
[編集] 北海道212市町村カントリーサインの旅II
- 猿払村(事前に告知していた為、猿払村にはファンが待機していた。)村に着くまでの間、車を運転している大泉を稲川淳二の怪談テープをバックに鈴井が色々な仕掛けで驚かし、大泉の怒りを買う。下川から上ノ国に向かう時も同じ。
- 追分町(現安平町)→丸瀬布町(現遠軽町)→興部町→下川町(下川に向かう途中、大泉が牛を仲裁)→上ノ国町→大成町(現せたな町)→生田原町(現遠軽町)を引いて終了。サイコロ4の冒頭に引き継がれる。
- 丸瀬布町に向かう途中で能取湖畔の宿に一泊した。この時、「車の音をバックに、風呂や布団に入る大泉・鈴井」が映像に映っているが、興部への到着後には「泊まってない」と言い張った。
- 下川町での抽選時、偶然会った「どうでしょう」のファンに上ノ国町のカードを渡し、ファンが代理で引いたカード(13枚目)に行くこととした。結局上ノ国町のそばにある大成町が出て、両方とも行く羽目になった。この移動の間、寄り道は一切無しのいわゆる『合宿』がスタートする。
なお、鈴井はこの企画の最後に「雪が解けたらまたいつか会いましょう」と発言しているが、「2周年記念! 秘蔵VTR一挙公開!!」では「このままのペースで行くとあと30回ロケをしなければならない」という理由から完結宣言をし、「今後もやらない」と公言している。
ただし、同じHTBで放送している『おにぎりあたためますか』(大泉が出演、鈴井が企画構成を担当)にて、オクラホマの二人が北海道の全市町村を回り、番組を宣伝するという趣旨の「番組宣伝活動・北海道完全制覇の旅!!」が2005年3月から開始。現在も(2011年9月)進行中である。
[編集] 第1回水曜どうでしょうカルトクイズ世界大会
番組内で募集しHTBに集まった『どうでしょう』ファン約600人が、『どうでしょう』のマニアックな問題を解いていく企画。タイトルには「第1回」と銘打たれているが、この1回が開催されたのみで終わっている。
問題は「カルトクイズ」の名に相応しくどれも高レベルで、出演者として自ら立ち会っていたはずの大泉・鈴井でも分からないほどの難問が出題された。○×クイズ、筆記クイズを勝ち抜いた3人に大泉を加えた4人で、決勝となる早押しクイズを実施。正解した回答者の前には、得点の指標となる明治サイコロキャラメルの箱(白が1点、赤が5点)が置かれた。決勝では、『笑点』をイメージさせるセットと衣装が用いられた。ちなみに、優勝者への特典は「大泉が運転する車で家まで送ってもらえる」というもの。
この企画で、前年からHTBのキャラクターとして使用されているonちゃん(着ぐるみ)が番組に初めて出演する[4]。また、本企画は「Classic」で全国放送が行われたが、現在までDVDへの収録が見送られている[5]
[編集] 東京2泊3日70km
全行程が「徒歩移動」と知らない大泉が、第1夜冒頭で「行きたい」として挙げた東京都の各名所を「歩いて行く」という企画。テレビ放送時は「東京ウォーカー」という企画名で放送されたが、これは首都圏において発売されている[6]雑誌「東京ウォーカー」(角川マーケティング)を大泉が愛読している、ということからこの企画が生み出されたという伏線と、企画内容がそのままタイトルにされた。
初日は北海道新聞の取材班、2日目は「TV Bros.」の取材班が同行取材。但し、前者は「最後までついていく」と言っておきながら3kmでリタイアし離脱し、後者も六本木まで来た所で同行取材を終了した。
雨中を寝不足・革靴で歩いた大泉は「番組を降りる」と発言。後述の「バス移動」宣言に繋がっている。
| 主な目的地*1 | 場所 | 備考 |
|---|---|---|
| ― | 羽田空港をスタート | 空港を徒歩で脱出できず、当時の国際ターミナル付近まで羽田東急ホテル(当時)の無料送迎バスを利用(実際は撮影当時でも羽田空港から徒歩で出ることは可能だったが、どうでしょう班がルート選択を誤ったため「徒歩で出ることは不可能」となった)。 |
| ― | 多摩川緑地広場硬式野球場 (旧・巨人軍多摩川グラウンド) |
|
| 1 | 田園調布の高級住宅街と田園調布駅 | |
| ― | (高輪プリンスホテルで1泊) | 当初泊まる予定だった品川プリンスホテルが満室だったため、予定を変更。 |
| 2 | お台場 | 徒歩でレインボーブリッジを経由。 |
| 3 | 六本木 | 水上バスで日の出桟橋(浜松町)に移動し、東京タワーを経由。 |
| 4 | 武道館 | 国会議事堂と最高裁を経由。「サイコロ4」で誕生した大泉の「登山家」キャラが再登場。 |
| 5 | 国技館*2 | 神田神保町と秋葉原を経由。 |
| ― | (浅草で1泊) | 翌日行く予定であった目的地・大泉学園について、大泉が「バスで行く」と発言。DVDの追加映像には浅草→池袋をバスで移動する姿が収録された。 |
| 6 | 練馬区大泉学園駅南口*3 *4 |
- *1 数字は大泉が目的地を巡るための順番であり、それ以外の場所は経由地として「(―)」とした。
- *2 国技館で満足した後「両国橋を戻る」と字幕が出るが、実際に渡っているのは緑色アーチの厩橋である。
- *3 現在の大泉学園駅は再開発が行われた為、映像の光景はない。
- *4 最終地点に選んだ大泉学園はあまりにも距離があったものの、放送では謎の編集が施され、前日のホテルから大泉学園到着までの行程は「翌日」というテロップだけで省略された。そのため本編では放送されていないが、エンディングのスタッフロールバックで流された映像にはバスに乗車した模様があり、字幕にも「
70km43km」と表示されるなど、番組の企画と矛盾したインチキが行われたことが分かるようになっている。
[編集] 桜前線捕獲大作戦
放送当時のサブタイトルは『桜前線を捕獲する!』。名前のとおり、「桜前線の最前線」を見に行くという企画で、どんどん北上していく桜前線を追うため、仙台・岩手県内各地・秋田乳頭温泉へと向かう。だが、「桜前線の捕獲」は建前で、最終的には温泉に入り名産を食べるのがメインとなった。道中では「爆弾処理班」として、鈴井が苦手な甘いものを沢山食べさせられることになった。
- ここで桜前線が岩手県に入っていることが分かり、岩手県へ新幹線で移動する。
- 東北新幹線の車内で仙台の食料班より支給があり、大泉・鈴井に牛タン弁当の箱が渡された。しかし、鈴井の弁当箱のみ中身が「ずんだ餅」にすり替えられていた。
- 午後1時 - →岩手県一関市(満開)
- レンタカーを借り、岩手県を北上。
- 午後2時 - →厳美渓(満開)
- 厳美渓では、空飛ぶだんご「郭公だんご」15個(15発)のうち、鈴井は14発食べ、残りの1発は大泉が食べた(大泉は「流れ弾に当たった」とのこと)。また、平泉へ移動する車中で「ゴマ擂り団子」が出されたが、結局は食べなかった。
- 前沢ガーデンで、前沢牛のサーロインステーキ(6,500円)を大泉だけが食べ、完食。
- 午後5時20分 - →北上市展勝地公園(満開)
- 公園の到着前に鬼の茶屋に行き、直径10センチの団子を「爆弾処理班」鈴井が食べた。盛岡市内で
- 午後8時30分 - →盛岡市石割桜(満開)
- わんこそばを食べる。嬉野Dは38杯、鈴井は50杯、藤村Dは79杯。大泉は105杯を食べ手形をもらうが、食べ過ぎによって「吐きそう」とコメントを残す。
- ここに来る前に桜前線を追い越してしまうミス。
- 午前10時27分 - 乳頭温泉から10キロ地点(蕾なし)
- 午前10時40分 - 乳頭温泉から11キロ地点(開花寸前)
- 午前10時50分 - →田沢湖町の千葉さんのお宅の前(桜前線発見)
「リターンズ」ではこの企画の第2夜後半で「十勝二十番勝負」に繋がる「大泉洋拉致事件」が放送されるが、「桜前線捕獲大作戦」自体が放送されなかったり、この企画のみ枠拡大で編集放送される場合がある。「Classic」では「十勝二十番勝負」と合わせて未放送。
郭公だんごにて、番組内の企画が一部説明されている。
[編集] 十勝二十番勝負
鈴井が考えた企画のひとつ。北海道十勝支庁の20市町村のカントリーサインが印刷されたカードを引き、その市町村に移動し最初に出会った人にその市町村の名物を聞き、実際にその場所へ行くという企画。基本的なルールは「212市町村カントリーサインの旅」と変わらないため、いわゆるマイナーチェンジ版と言える。また、鈴井・大泉共に「この企画は今後やらない」「ほかの市町村でもやらない」と公言している(『2周年記念! 秘蔵VTR一挙公開!!』より)。 この企画において車両は「車内で泊まれるように」と言う事でオートフリートップ(天井のテント)装備のマツダ・ボンゴフレンディを使用。実際に日勝峠にて大泉が使用して仮眠している。また、池田町のワイン城の後、車内でワインを飲んでいるシーンでもオートフリートップが上げられている。
- 大泉洋拉致事件
「桜前線」の最後に放送。大泉・安田がパーソナリティを務めていたラジオ番組『GOLGO』(AIR-G')の生放送中に大泉と安田を連れ去った後、日勝峠へと向かい、夜が明けるまで峠で仮眠を取った。「リターンズ」では放送を見合わせた局や、一部再編集を施した放送局があった。「Classic」では「桜前線捕獲大作戦」と共に放送されていない。
安田顕onちゃん
大泉と共に安田も連れてきたが、日勝峠からは安田ではなくHTBのマスコットキャラクター・onちゃんが親善大使として出演する。ここで初めて「安田が中に入った着ぐるみonちゃん」が登場。この時の愛くるしい動きや見た目から人気者となり、その後たびたび『どうでしょう』に登場することとなる。
本別町→帯広市→上士幌町→芽室町→広尾町中札内村→音更町→池田町→足寄町浦幌町
- 番組内に登場した十勝支庁の地図が書かれたフリップで、本別町と池田町の位置が逆になっていたため、マジックで訂正されている。ちなみに浦幌町はこの当時、カントリーサインがなかった(国道274号経由)。また、豊頃町はカントリーサインの旅で、すでに1997年に到達している(実質11市町村制覇の形となる)。また、これ以降カントリーサインを使ったロケは行なわれていない。
- 現在の十勝支庁は2006年2月6日に忠類村が幕別町に編入合併されたため、市町村の数は20から19に減っている。
[編集] 釣りバカ対決シリーズ
鈴井が考えた企画のひとつ。名前の通り「釣りをするだけ」の企画である。第1回目では北海道・門別沖での沖釣り、第2・3回は氷上でのわかさぎ釣り、そして第4回目は屋久島を舞台に24時間耐久の「魚取り」として対決が実施された。発展企画として、2005年の新作「激闘!西表島」がある。
このシリーズ(特にわかさぎ釣り)は基本的に予算がかからないため「海外企画などの予算調整のため」行われる、と言われている[7]。実際放送された4回とも、(一部は総集編をはさみ)企画の後に海外企画が放送されている。
[編集] 門別沖釣りバカ対決
| 参加者 | 大泉、鈴井、 |
|---|---|
| 優勝 | |
| 優勝特典 | HTB本社屋上のonちゃんオブジェの横でライトアップ |
| 点数 | 釣った魚の値段の合計。 判定は「日本漁業連盟公式審査員」の北さん |
- 門別沖の船上で行われたため、大泉・藤村Dが撮影中にも関わらず嘔吐するという失態を行った(大泉は徹夜状態でのロケだったことも影響している)。
- また、安田はonちゃんとして登場するが、着ぐるみを未着用の際(釣りの最中)には安田にモザイク処理が施され、上からonちゃんのイラストが被せられている[8]。
- 競技開始の号令を北さんにお願いしたところ、北さんが「プレイボール」と言ったため、以降の釣りバカ対決や旅行先での釣りシーンでは藤村D(もしくは旅行の同行者)の「プレイボール」でスタートすることが恒例になった。
[編集] 釣りバカ対決 氷上わかさぎ釣り対決
| 参加者 | 大泉、鈴井、 |
|---|---|
| 優勝 | 鈴井 |
| 優勝特典 | さっぽろ地下街ポールタウンのHTBコーナーに優勝者の等身大パネル展示 |
| 点数 | わかさぎ1匹=1点 |
- このロケにはプロデューサー、釣り会場となった新篠津村の役場の方、マタギの方(本当は釣堀場の管理人)などの沢山の人間が参加している。
- 現地に移動中の様子が映し出されているが、カメラが回っていることに気づいたonちゃん(安田)は、両手で顔を覆い「オレはなんだ、マスクマンか」と述べている。
- 前述の役場の方から差し入れられた新篠津の地酒「大法螺」「夢紫苑」でonちゃん(安田)が泥酔する。直後、安田が大泉のわかさぎが入った容器に激突し釣り穴の中へ落下させ、強制的にリリースされるという「珍事」もあった。余談となるが、この事件が無ければ本来の優勝者は大泉であった。
- この企画から「わかさぎをダブルで釣ると行進ができる」というルールが策定される(発端は鈴井。これは第3弾・第4弾に受け継がれた)。
- 等身大パネルがさっぽろ地下街ポールタウンのHTBコーナーに展示されたが,番組の最後に大泉洋によって落書きされているのが放送された。
[編集] 釣りバカ第3弾! わかさぎ釣り対決II
- 2001年3月7日・28日放送、全2夜。
- noちゃんの中身は大泉、安田が所属する演劇ユニット・TEAM NACSの音尾琢真である。「
安田さんonちゃん」と同様に名前、それに加えて「チームナックス」の部分にテロップでは×印が加えられている。
| 参加者 | 大泉・ |
|---|---|
| 優勝 | 大泉・ |
| 優勝特典 | ポールタウンのHTBコーナーの床に巨大写真が貼られる |
| 点数 |
|
- 今回から「わかさぎをトリプルで釣ると1曲歌える」というルールが策定。音尾が達成し、「青い珊瑚礁」を熱唱した。
- 前回と同じく新篠津村で開催したため、役場の方から地酒の差し入れが行われた(「大法螺」「氣まぐれ」)。上記のように酒を飲み干すと5点が追加されることから、終盤には釣りそっちのけで「酒の飲み合い」に終始することになる。勝負は大接戦だったが、大泉が終了間際に釣り上げたわかさぎを「揚げてる時間が惜しい」と生で食べ、土壇場で逆転に成功した。
[編集] 釣りバカグランドチャンピオン大会・屋久島24時間耐久魚取り
- 2002年6月19日 - 7月24日放送、全4夜(最終夜の後半は「重大発表」)。
- 最終夜の後半の「重大発表」はDVD第1弾『原付ベトナム縦断1800キロ』に収録。
音尾さんnoちゃんは、ラジオ収録のため第一ラウンドの途中から合流。- 屋久島の海岸、川の河口、橋の上、船上にて開催。『どうでしょう』レギュラー放送最後の企画が海外企画(「原付ベトナム縦断1800キロ」)となっていたため、結果的にレギュラー放送最後の国内企画となった。
| 参加者 | 大泉・ |
|---|---|
| 優勝 | 鈴井・ |
| 優勝特典 | ポールタウンのHTBコーナーに釣り神様として奉られる |
| ROUND |
|
- 企画名は「釣りバカ」となっているが、魚介類は大抵OKであり、捕獲方法も自由(釣り竿以外に手掴み・網などの使用も可)。
- 音尾はラジオ出演の為、ROUND1の途中から参加。1人で栗生の浜に移動する彼のため、嬉野Dより手紙が渡されたらしい(札幌駅からの切符の買い方や、飛行機の座席などの細かい説明だった)。そのため大泉以上に企画の全容を把握していなかった。
- 藤村Dが後に語ったところでは、元々の企画意図は「番組終了にあたり過去の出演者を引き連れて南の島に行こうという『半分慰安旅行みたいな企画』だった」という[9]。
[編集] 日本全国絵ハガキの旅
「北海道212市町村カントリーサインの旅」と「サイコロの旅」を合わせたような企画で、「旅番組に欠かせない綺麗な風景(絵葉書の写真)を探し、同じ風景を撮影する」というものである。なお、偶然ではあるがこの企画はサッカー・FIFAワールドカップの開催年(4年に1度のペース)に行われていた。このことから公式HPの「D陣のウラ話」では2006年に行うと掲載されたが、実際には行われていない。
[編集] 日本全国絵ハガキの旅
2回目の抽選において鈴井が霊山寺を抽選したことが「四国八十八ヵ所巡拝」のきっかけとなる。4回目抽選でふたたび四国へ向かうことになった一行は、2番札所・極楽寺から八十八箇所巡りを始め、4番札所・大日寺まで巡ったところで(番組内では約3時間で全て巡ったことにして)、大日寺から距離が近い88番札所・大窪寺を巡った後に内子町に向かった。
ちなみに四国上陸時に高松西ICの字幕スーパーで「瀬戸中央道 高松西IC」とあるが、瀬戸中央自動車道は坂出ICまでであり、高松西ICは高松自動車道となるため、正確には間違いである。
[編集] 日本全国絵ハガキの旅2
- 番組冒頭で札幌時計台の絵ハガキが入っていることが判明したため、一同は「これを引いたらその地点で旅を終了させる」と宣言。しかし、実際には散々「時計台は引いちゃダメだ」と言われていたにもかかわらず、鈴井が2回目の抽選で引き当てて北海道へ戻ることになり、鈴井・大泉の両名は自宅へ一時帰宅。翌朝大泉は父親に"半日ほどで帰宅した"理由を説明したところ、「なんとかインチキできんのか」と言われた事を報告する。
- 3回目は宮崎県高千穂を引き当て、宮崎空港から高千穂へ向かった。レンタカーを借りる際に高千穂には4時間以上かかると言われたと大泉が話す。これは高千穂への最寄りの空港は熊本空港であり、熊本空港からであれば所要時間は半分程度で行けるため、あまり調べずに宮崎に向かっていると思われる。
4回目だけは、
の3枚の中から引いた。4回目の抽選により現地宿(綾町)への1泊が叶った。この宿は原付西日本制覇、対決列島の時にも泊まっており3度目の宿泊であり、出演陣がかなり気に入ってる為である。4枚目撮影までの時間は以下に挙げる地元の風景が写った絵ハガキを無抽選で照らし合わせて撮影している。
なお「リターンズ」においては一部の局で未放送。
- 「大泉さんモアイ発見」
- サンメッセ日南に到着後大泉と鈴井があっさりモアイ像を見つけてしまったため、藤村Dが大泉に見つけたときのインパクトがないと半強制的にやらせたもの。
- 大泉と鈴井が坂を登る。
- 大泉がモアイを見つけ道路わきのガードレールを越える。
- 崖を走って下りるうちに足を踏み外し、モアイの方へ転がり落ちていく。
- このシーンは大泉が段取りを間違えたり、撮影中に本当に転んだりしたため3回撮りなおされ、大泉は胸部に擦り傷を負った。
[編集] シェフ大泉シリーズ
「アラスカの旅」で作った大泉の料理があまりにも印象的だったために企画された。「車内でクリスマス・パーティー」と「夏野菜スペシャル」が放送されている。大泉本人の料理の腕(あくまでも包丁さばきなどの技術面)自体は悪くない[10]が、やたらと時間がかかるうえに、調理器具の不備や限られた食材での調理、大泉の独創性あふれる調理方法からとんでもない料理が振舞われる。
「シェフ大泉-」とは冠されないが、その他の企画でも大泉が料理を作る時がある。この時、料理の味や調理時間にしつこく文句を言われると大泉は逆ギレし、怒りの矛先があらぬ方向へ向かうのがパターン。大泉が料理を作る、そしてそれを食べる行為は「おみまいするぞ!(怒)」と呼ばれ、一種の罰ゲーム同然となっている。また、「ピストル大泉」という異名も付いている(元々は「ビストロ」を言い間違えただけであったが、出来た料理が拳銃で撃たれたような衝撃の味になり「やられる」ため)。
この企画を通して大泉の作る料理の全てが酷いと思われている事もあるが、「ヨーロッパ・リベンジ」での調理(「大満足の出来」だった)や、うまく出来た料理の部分をカットしているケース(わかさぎの天ぷら等)もあるので、一概にそうとは言えない(そもそも大泉がネタとしてわざと下手に作っているとも言われている)。
ちなみに「釣りバカ対決 氷上わかさぎ釣り対決」の対決後もワカサギを使用した料理を作ったが、本当に食べられないほど酷かったため本放送で放映されず、総集編で放送された。
[編集] シェフ大泉 車内でクリスマス・パーティー
放送当時の企画名は「新提案! 車内でクリスマス・パーティー」。同日には本来「絵ハガキの旅」の最終夜が放送される予定だったが、クリスマス特番の影響で放送時間が繰り下がることを理由に、急遽「絵ハガキの旅」最終夜の放送を次回(2週間後、1999年1月6日)にキャリーオーバーした上で、お手軽な場繋ぎ企画として放送された。
「今から間に合うクリスマスの準備を紹介する」という触れ込みで、HTBの駐車場において深夜から未明にかけて出演者(+安田onちゃん)・スタッフが車内クリスマスパーティーを行い、その模様を放送したものという単純な企画であるが、「第1回どうでミー賞」名企画部門では4位にランクインし、1夜あたりの平均得票数は1位になった(2位は「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」)。ただし藤村Dとしてはかなりやっつけであった本作が上位なのが不満らしい。
「シェフ大泉風エビチリ(鈴井の「こんなもの食えるか!ランキング」2位)」や、「食べかけおにぎりの鶏包み」を出演者はもちろん、番組プロデューサーの土井巧やスタイリストの小松江里子[11]、当時放送されていた早朝の情報番組『発信!生スタ 早起きクマさん』の出演者である金子のりとし・吉田みどり両アナウンサー(当時)や、番組のスタッフ[12]などに「おみまい」した。その後、泥酔状態の出演者陣が『早起きクマさん』が放送されているスタジオに行き、番組に飛び入り出演。その際、大泉・鈴井がonちゃん(安田)に対して殴る蹴るの暴行を加える、大泉が金子アナウンサーの頭に噛み付く(風のモーションを取る)などの行為を見せた。
- 番組を収録した12月8日は安田の誕生日だったが、安田は未明のロケに付き合わされたため、着ぐるみの姿ではなく頭にonちゃんの形をした頭巾を被ったスタイルの「簡易onちゃん」の姿で現れ、酒を飲む・タバコを吸ってそれを咎めた藤村Dに逆ギレする・「この社長のとこじゃ食えない」と、事務所社長である鈴井の前で鈴井への愚痴や不満を吐くなど、見事な「荒れっぷり」を見せた。なお、安田はこの企画で食べた海老が原因で「洒落にならない病気」に罹患した[13]。
- 『早起きクマさん』への飛び入り出演は同番組スタッフの好意によるもので、どうでしょう班は「(『早起きクマさん』を放送しているスタジオへ)行くだけ行ってみましょうか」という程度の気持ちだった。DVD第13弾の特典映像によれば土井Pは事情を全く知らず、大泉と藤村Dから説明されてもなお半信半疑だった。
[編集] シェフ大泉 夏野菜スペシャル
「夏野菜を使った料理を振舞ってほしい」と大泉を呼び出し、一度目は夏野菜を栽培するため荒地を開墾、二度目は料理を盛り付けるための皿を制作、三度目でようやく調理を行った。開墾から調理・試食までロケ日数が通算69日という「日本一長い料理番組」(企画放映時のタイトルに使われた一文)。
「第1回どうでミー賞」名企画部門のシリーズ別集計において、放送回数は4回と少ないにもかかわらず、堂々の第1位に輝いている(第2位の「対決列島」は全10回である)。
- 第1週・第2週 - 開墾編
- 「農園開墾アドバイザー」は土井均(土井初代Pの父)。農地も提供。
- 企画終了後も農園自体はそのまま残っており、2005年10月に行われた『どうでしょう祭』にてどうでしょう農園で栽培された野菜が販売された。
- 第3週 - 陶芸編
- 「半角斎一門」 - 半角斎(大泉)・胡散く斎(鈴井)・心気く斎(ミヤビ工芸の阿部大二)・白菜(簡易onちゃん、安田)・く斎(藤村D)
- ここで使われる半角斎(「はんかくさい」、漢字は当て字)は、北海道方言では「愚かな、ばかな(ただし「非常識である」という意味合いを強く含む)」という意味で使われる。
- 第4週 - 試食編(収穫・料理)
- 調理・試食は札幌市内にある光塩学園調理製菓専門学校で行われた。全部で四品を作ったが、料理の当たり外れが激しく、「調理していないものが一番おいしい」という評価を下された上に、時間を大幅に押した事で大泉以外の4人から不満が噴出し、大泉が逆ギレする「お決まり」の展開で終了した。
[編集] パイ事件
3回に渡るロケのいずれにも、大泉は知り合いであるイタリア料理店(後に閉店)の店長に作ってもらったパイ生地を持参。開墾編と陶芸編では調理が行われず、パイ生地が台無しになった。第2週において、2度に渡って騙し討ちに遭ったことを知った大泉は怒り狂ってonちゃん(安田)を殴り倒し、どうでしょう農園から陶芸工房へと向かう車中では散々文句を言った後に藤村Dの家族をターゲットに脅迫。その時に言い放った「おい、パイ食わねぇか」の一言が、「第1回どうでミー賞」名ゼリフ部門で第1位を獲得した。
[編集] 東北2泊3日生き地獄ツアー
『どうでしょう』ファンが「桜前線捕獲作戦」でどうでしょう班が訪れた土地を巡るというバスツアー「東北2泊3日 生き地獄体験ツアー」に、鈴井・大泉がばれないように扮装をして付いていくという企画。扮装用の衣装は全てスタイリスト・小松が担当しており、企画にも同行している(DVD13弾では厳美渓から前沢ガーデンへ移動する途中、見切れの形で姿を確認できる)。
企画中に登場していないものの、繋温泉ホテルでの一件にて安田が同行している[14]事が言及され、一瞬ではあるが大泉の部屋へ藤村Dが乱入する際に安田の姿を確認することが出来る(安田はこの他、onちゃんとして出発時に見送るシーンも放送されている)。
DVD収録時、当時ツアーに参加したファン全てに連絡を取るのはかなり難しく、ホームページ上にてモザイクをかけない旨が告知された。
仙台港→厳美渓→前沢ガーデン→鬼の茶屋(鬼の館)付近→繋温泉ホテル
- この企画はマイクの設定ミスから音声が割れており、第1夜の前枠で鈴井が断りを入れている。ちなみに、この「設定ミス事件」以降、事故の再発を防ぐためにカメラのマイクのスイッチをガムテープで固定している。
[編集] 「一生どうでしょうします」
大泉はツアー2日目にも繁温泉ホテルの朝食会場で扮装をする予定があったため、午前5時に起床する予定だったが、ホテルでのトークショー開催とそれに伴う打ち上げが行われたことで、就寝時間が深夜12時まで押してしまう。そこへ泥酔状態の藤村Dが乱入し、「腹を割って話そう」と長時間部屋に居座って大泉を寝かせないという事件が発生した。「話すことはない」という大泉に対し、藤村Dは「(大泉は)番組に対し不満がある」と主張、番組のブレーンである鈴井や同行した土井プロデューサー[14]も藤村Dに起こされ、鈴井に至ってはババ抜きへの参加を強制された。最終的には大泉が「何の不満もありません」「迷いが消えました」と訴え、午前3時にようやく藤村Dを退室させた。
この時大泉は「番組に不満がない」ことを示すため「僕は一生どうでしょうします」と発言。これは最終回直前の「重大発表」にて、「一生どうでしょう」する証拠として放送された。
[編集] ミスターのどっきりエレベーター
収録終了後、鈴井が繋温泉ホテル内のエレベーター前の踊り場で花瓶に扮装して、エレベーター内の客を驚かせるというどっきりを敢行した。しかしほとんどの客は反応が薄く、逆に「ミスター頑張って」と慰められるなど予想を反する展開だったため、藤村Dが止めようとしたが、鈴井が「いや! まだやりますッ」と自ら進んで続行の意志を伝えたため、その後も5〜6回ほど続けられた。
この場面は本編で放送されていないが、2002年6月5日放送の「未公開VTR&NG集」で公開され、DVD13弾の特典映像でも公開された。ただし、藤村Dが乱入したと思われるシーン以降は放送されることはなかった。
[編集] 試験に出るどうでしょうシリーズ
地理歴史の入試問題を実際に現地で実習し、大泉が語呂合わせや寸劇を作って覚える「アカデミックな企画」。『どうでしょう』的な企画に見えるが、教科書や資料などでは見られない実際の風景やしくみなどがよくわかるように構成されている。第1回目は「クイズ! 試験にでるどうでしょう」として、司会に安田・鈴井、回答者に大泉というクイズ番組形式で行われ、第2.3回は予備校「どうでしょうゼミナール」の直前集中講義という設定で行われた。なお、すべての罰ゲームは「四国八十八ヶ所の完全巡拝」となる。
[編集] クイズ!試験に出るどうでしょう
- 「中学入試」「高校入試」「大学入試」の3カテゴリから出題。問題に正解すると、難易度に応じ10点から300点まで獲得できる。問題は地理科目だが、大泉へのチャンスタイムとして歴史問題も入っている。大泉が答えを間違えた場合は、フィールドワークと称して大泉を「拉致」して現地で学習。大泉とミスターが現地でフィールドワークを行っている間、安田は大泉がクイズで200点取るまで帰れず、スタジオの中に「監禁」されながら問題を出題する。大泉が48時間以内に200点を達成できなければ、四国八十八ヵ所巡礼の罰ゲームとなる。なお「Classic」において現在は放送されていないが、製作側から放送できなくなった理由は説明されていない。もっとも、DVDではカルスト地形においてウバーレ・ドリーネに関する部分はカットされている。
- HTB→滋賀県マキノ町〜今津町(共に現高島市)→(岐阜県関ヶ原町)→(静岡県焼津市)→静岡県榛原町(現牧之原市)→山口県秋芳町(現美祢市)→鹿児島県隼人町(現霧島市)→福岡市東区(時間切れ)
[編集] 試験に出る石川県・富山県
- 大泉が校長・鈴井が講師となり、生徒の安田が試験を受ける。石川と富山になった理由は「“ヤマ”を張ったから」である。
- 3日間の「集中攻撃」[15]の後、月曜日早朝に実力テスト。実力テストで10問中安田が1問でも間違えた時点で即大泉が全責任を負って四国へ行くことになった。
- 石川県内灘町〜羽咋市→(七尾市)→輪島市→富山県魚津市→砺波市→平村(現南砺市)→
- 石川県片山津温泉(加賀市)で試験を行う。
[編集] 試験に出る日本史
- 今回は安田だけでなく、鈴井も何も知らされない状態で生徒として加わった。ディレクター陣は大泉に対し事前に大量の参考書、マンガを手渡し、3人で企画を進めていった。また、前回までは大泉・藤村D・嬉野Dだけが罰ゲームとして四国巡礼を行っていたが、今回は不合格となった生徒(鈴井・安田)も四国へ行くことになった。
- 今回は大泉が「高校地理歴史」の教員免許を取得していること、また本人が「歴史が得意」という意見を採用し、日本史がテーマ。題材は「織田信長」。
- 愛知県清洲町(現清須市)→名古屋市熱田区→愛知県名古屋市緑区→(滋賀県湖北町、現長浜市)→滋賀県浅井町(現長浜市)→愛知県鳳来町(現新城市)→京都市中京区→
- 兵庫県有馬温泉(神戸市北区)で試験を行う。
[編集] 四国八十八ヶ所シリーズ
前述の企画「試験にでるどうでしょうシリーズ」で合格点に達しなかった罰ゲームとして、大泉とD陣が通常10日以上かかる四国八十八ヶ所巡礼を4,5日という短期間で強行する企画。計3回行われているが、交通機関の都合等により、一度で八十八箇所全てを回りきった事はない(3回を通算すれば全ての寺を回っている)。
「番組を見ている受験生の合格を祈願して八十八箇所を回る」としているが、受験前に放送されたことは一度も無い(再放送版の「リターンズ」や「Classic」では稀に受験前に放送される事がある)。また、他の企画の罰ゲームとしてこの企画の名前が何度か挙がっている。
[編集] 四国八十八ヵ所
放送時のタイトルは「四国八十八ヵ所完全巡拝」。わずか3泊4日(74時間)という短時間での完全巡拝を敢行し、ロープウェーに乗れなかった21番・太龍寺と66番・雲辺寺、冬季通行止めの60番・横峰寺と20番・鶴林寺などを除きほぼ全部を巡拝した。移動の際使用したレンタカーはトヨタ・イプサム。
- 『試験に出るどうでしょう』のロケが終了した直後からロケ開始。12番焼山寺の巡拝後、大泉の最愛の祖父が亡くなったという電話があった。大泉の母親から「仕事はそのまま続けなさい」という連絡があったが、両ディレクターの判断でロケを一時中断し、札幌に帰させた。この1週間後に、ロケを一時中断した時間帯からロケを再開している。
- 後に藤村Dは北海道新聞に連載されたコラムの中で「ロケを一度中断し、1週間後に同じ衣装・同じような部屋を作り何事もなかったようにロケを再開し、視聴者に嘘をついた」と語っている。ただしコラムでは具体的な企画名は明かされず「この事は(何の企画であるかは)一生言わない」と書かれていたが、当の大泉が「どうでしょう本第2号」の自身の連載小説の中で事実を明かし、その後DVD版の副音声で事の詳細が明かされた。ロケの中断を裏付けるかのように、この企画には「○年○月○日」などの撮影日に関するテロップが出ない(ほかの企画ではたいてい出てくる)。ただし、第一番札所霊山寺は大泉の発言で1月18日撮影であること、藤村Dの発言により最終日が木曜日(以上の文章に基づいた場合1月28日)であることは明らかになっている。
[編集] 四国八十八ヵ所II
前回よりも1日増やした4泊5日となった。またしてもロープウェイに乗れなかった66番・雲辺寺、うどん屋に立ち寄った影響で飛行機の時間が迫ったため、参拝が出来なかった88番・大窪寺を除きほぼ巡拝を行った。使用したレンタカーはトヨタ・プリウス。途中、ショートカットで通った悪路で左後輪がパンクするアクシデントも見舞われた。
- ロケ中のアクシデントが1つの特徴となっているこの番組で、インパクトのあるアクシデントが多発した作品である。それを象徴するものとして、79番・天皇寺高照院でビデオカメラが異常な音を発して停止し、撮影したはずの映像が記録されなかったという現象が起きた。車内でのカメラテスト後に再び撮影を開始したが、帰札後のチェックで映像が大きく乱れ、音声もほとんど録音されていないことが判明。さらに、カメラのバッテリーライトが消え(これは単なるバッテリー切れによるもの)、車のエアコンが壊れるというアクシデントが立て続けに発生し、その事件を元にドラマ『水曜どうでしょうプロジェクト2000 四国R-14』が制作、同年の秋に放送された。
- 原付西日本制覇ロケ中の湯布院温泉の宿で、その寺院で起こったことの真実が嬉野Dから藤村Dに伝えられた。それは、最初にカメラが異常停止した時、「撮影したはずの映像が記録されていなかった」としていたがそれは嬉野の嘘であり、実際には映像が記録されていたということだった。しかし嬉野は、一度車内に戻って確認をした際にその映像を見て、「誰にも見せちゃいけない」と感じてすぐに消去してしまったのだった(詳細は「番組スタッフからのメッセージ」を参照)。
- そしてその映像の内容は当初大泉や視聴者には伝えられていなかったが、代わりに安田が対決列島のロケの途中に聞いており、後にトークショーで彼から大泉に伝えられた。それによると、問題の映像の中では、大泉の足から先が消えていたのだという。
- ちなみにこの企画で大泉達が怯えている間、ミスターはハワイで家族サービスをしていた。(第1夜前枠より)
[編集] 四国八十八ヵ所III
88番・大窪寺から回る『逆打ち』で巡礼を行い、大泉に加え、「試験に出る日本史」で不合格となった鈴井・安田も参加。しかし、鈴井はラジオの生放送(『GO・I・S』)、安田は『情報ワイド 夕方Don!Don!』の1コーナー「サビカラ選手権」に出演するため、松山の宿で離脱し帰札。出演者の中で「最もヒマ」な大泉のみが巡礼を続けることに。その直後に訪れた50番・繁多寺から森崎博之が旅に参加した。森崎が「晴れ男」であることも呼ばれた理由の一つらしい。冬季通行止めの60番・横峰寺、ロープウェイに乗れなかった21番・太龍寺を除きほぼ巡拝。また、66番・雲辺寺は前2回ともロープウェイの時間が合わなかったために巡拝していなかったが、今回の旅で初めて訪れている。
38番・金剛福寺は「うどん屋に行きたい」一行が金剛福寺へ行くのを断念し、「八十八ヵ所完全巡拝」で訪れた際の映像に森崎の映像を合成させ、うどん屋へ行くのを優先したが、定休日であったために食べることが出来なかった。さらに12番・焼山寺についても、D陣は同寺院に行くまでの道が非常に狭く険しい山道である上に夜中だったことから危険であると判断し行かないことを提案したが、大泉の意向によりこの案は却下された。これらの一件で一同は「寺一つ回らないと、うどんも食べられやしない」と不満を漏らした。4日目に上記の寺を除いた全ての巡礼を終了、残った5日目を用いて香川のうどん屋巡りを敢行した。
なお、この旅ではレギュラー後も含むこの後の企画で「お約束」となった「気合」(番組内では呼び方が統一されていない)が初登場している。
[編集] 原付(カブ)シリーズ
ホンダの原動機付自転車(バイク)スーパーカブを使用し、長距離を走る企画。鈴井、大泉がカブを運転し、D陣は車で追走する。元々は鈴井の「スーパーカブにガソリンを1リッターいれ、札幌からどこまで走れるか」という話を大きくしたところから始まった。「原付東日本完全制覇」後は水曜どうでしょうの節目に登場する企画として「原付西日本制覇(2000年一時休止前の企画)」、「原付ベトナム制覇(水曜どうでしょうレギュラー放送休止前の企画)」が放送された。出演陣の後姿しか放送できないため、積荷が定番となっている[16]。
鈴井や藤村Dは趣味でオートバイの運転をし、嬉野Dは自らもスクーターに乗り、奥さんのハーレーでタンデムということからそれぞれバイクに関係しているが、大泉はまったくもって初めての運転だった。なお、オートバイは「(企画開始の1ヶ月前に発注をかけて)買ってもらって乗って帰ってきた」ことになっていたが、その後はHTBの社用車になり、鈴井の監督作品「man-hole」の冒頭に出てくるバイクのシーンでも活用されている。
[編集] 72時間!原付東日本縦断ラリー
放送時のタイトルは「原付東日本縦断ラリー」。東京〜札幌間を1日目の午前9時から4日目の午前9時までの72時間以内に走破する。走破できなかった場合の罰ゲームは、四国八十八箇所巡礼。
導入は鈴井が大泉とD陣を東京銀座に連れて行き、「銀座でお買物をしよう」という「大泉だまし」。番組からのご褒美を鈴井にだけ買うと話していたところに、大泉が自分の分もと食いついた。その後バイク店でスーパーカブ2台を購入中、持って帰る心配を始めた大泉に鈴井が「欲しいなら乗って帰りなさいよ」とけしかけ、半強制的に当企画に移行させた。
- タイムリミットが4日目の午前9時なのは、鈴井のラジオ生放送出演(4日目の午後5時)に間に合わせるため。なお、藤村Dの「勘違い」などによって76時間、さらには80時間(『GO・I・S』の番組開始時間)にまでタイムリミットが延長されたが、鈴井が自らの責任で72時間に戻した。
- 「Classic」においては一部の局では放送されていない。
- 1日目 - 東京都中央区スタート、新潟県南魚沼郡湯沢町で宿泊
- 経由ルート:国道17号
- 2日目 - 山形県酒田市で宿泊
- 経由ルート:国道17号・国道352号・国道402号・国道345号・国道7号・国道112号・日本海沿いの道路
- 3日目 - 青森県八戸市到着後、フェリーに乗船
- 経由ルート:国道7号、国道285号、国道103号、国道104号(一部国道4号と重複)、八戸からフェリー
- 4日目 - 札幌市豊平区ゴール(完走)
- 経由ルート:北海道苫小牧市で下船、国道36号
[編集] だるま屋ウィリー事件
ロケ2日目、大泉らが国道345号を新潟県山北町(現村上市)の勝木(がつぎ、国道7号との交点)まであと少しという地点を走行中に起きた珍事件。だるま屋ウィリー事件を放送した原付東日本第四夜が、第一回どうでミー賞名企画部門で第一位を獲得した。
走行中に大泉らは工事による片側交互通行信号に出くわす。2分強の待ち合わせをし、信号機が切り替わる5秒前から大泉がカウントダウン。信号が「●GO」の表示に切り替わると同時に鈴井は問題なくスタートしたものの、大泉はギアをニュートラルにあわせていたため、スロットルを回すものの進まず。大泉は焦ってスロットルを回したままギアをニュートラルから1速にしたところ、突如ウィリーしながら暴走し、目の前にあった「安全+第一」のバリケード(実際位置は「→」(赤地に白文字)の案内板)に激突した。この間に再び信号は2分強の待ち時間表示に切り替わってしまった。この事件以来、いつハプニングが起きるのかがわからないのでカメラを止められなくなったという。なお「だるま屋」とは大泉が高崎市に寄った際に購入して後ろに積んだだるまに由来する。
- 事故直後、大泉はこのことに対し、最初は「何がですか?」白を切っていたが、藤村が「『安全第一』って書いてある所に突っ込みましたが、大丈夫でしたか?」と聞くと、「大丈夫じゃねぇよ! なまら(北海道弁で「とても」という意味)恐かったよ!!」「死ぬかと思ったよぉ」と、当の本人もかなり驚いていた。
- 北海道でこの日の模様が放送された『原付東日本 第4夜』は、放送日当日の高校野球が雨天のため中止、その煽りで番組の前に放送されていたハイライト番組「熱闘甲子園」(朝日放送など製作)も中止となったため放送時間が繰り上がった。そのため見られなかったという視聴者からの声と、面白いこの企画を多くの人に見てもらいたいという事で一ヵ月後にこの回が「だるま屋ウィリー事件」として再放送された。
- インプレスTVのインターネット配信(現在は終了)における番組紹介VTRで、「実際に放送したVTR」としてこのシーンが紹介されていた。
[編集] 原付西日本制覇
「春を満喫グルメと出湯 ぶら〜り京都の旅」を決行。京都を初めて旅する旅人・鈴井を「京都の達人」大泉が案内をするという設定で、嵐山から京都旅行を満喫する。しかし金閣寺駐車場にて「『カブの旅』で佐多岬まで」という本当の企画発表が行われる。
鈴井の映画撮影に伴う番組休止前の最後の大型企画のために、予告編では「Last Run」と銘打たれた。また、鈴井は1997年の「ヨーロッパ21ヶ国完全制覇」前後から番組における自分の立ち位置に悩んでおり、カブで走りながら「もうこの番組に戻ることはないだろう」と考えていた。しかし、「大泉くんや藤村くんをトップに立たせて、ロベカルのように『たまにボカン!と(ゴールを)決めよう』と思ったとき、またこの番組が好きになった」と後に語っている(2004年秋「ミスター大壮行会」にて)。
途中立ち寄った山陰海岸国立公園内の鳥取砂丘で、砂丘に隣接するレストハウス周辺に吹きだまった飛砂を採取し(採取するシーンは放送されていない)、荷台に載せて走行したが、本放送から7年経った2007年7月、日本海テレビでの放送を見た視聴者から、この砂採取は自然公園法に反する行為ではないかとの指摘が鳥取市に寄せられ問題化した。同年8月8日、HTBは公式サイトで謝罪、ネット局へのこの企画含む数企画の番組販売中止(ただし「原付西日本」については「四国八十八ヶ所2」の後半部分である「京都の旅」のみ放送)を決めた。また「水曜どうでしょう」の公式サイトで藤村・嬉野両ディレクター、「CREATIVE OFFICE CUE」の公式サイト内で社長鈴井・大泉よりの謝罪があり、さらに同月12日にはHBCラジオの「大泉洋のサンサンサンデー」内でも大泉より直接の謝罪があった。
鳥取市から報告を受けた環境省は、当該レストハウスがすでになく行為の特定ができないことなどから砂採取については特に処分を下さなかったが、同企画内で鳥取砂丘に足跡で「水曜どうでしょう」と大書した行為が自然公園法で禁止されている広告などの掲出に当たるとして同月23日文書で厳重注意、HTBは改めて謝罪した。一部報道ではHTBは同企画をDVD化も再放送もしないとコメントしたというが、D陣は番組公式サイトで“今後もDVDは「すべての企画を網羅する」ことを目指して編集を続ける”と述べている。
- 1日目 - 京都市北区金閣寺スタート、兵庫県城崎町(現豊岡市)で宿泊
- 経由ルート:国道162号・国道27号・京都府道8号・国道9号・国道426号
- 2日目 - 島根県玉湯町(現松江市)で宿泊
- 経由ルート:国道178号・国道9号
- 宿先にて鈴井が「中国地方だけを走破して中国横断」と言い出すが却下される。結局翌日行けるだけ行き、後日再挑戦が決定。
- 途中、鈴井対藤村Dによる甘い物早食い対決を行う。この際に「魔神」という呼称が生まれる。
- 萩市で時間切れ。カブを現地の宿に置かせてもらい、2週間後に再スタートとした。
- 前述の萩市より再出発。ここから「だるまの嫁取り」をテーマとすることにし、大泉に高崎のだるま、鈴井に秋田のなまはげ(共に東日本編で使用したもの)が積まれる。
- 大分県竹田市の『後藤姫だるま工房』にて、高崎のだるまと姫だるまのお見合いが行われ、だるまの親代わりを大泉・仲人を鈴井が務めた。なお、後藤姫だるま工房へは後に『プチ復活!思い出のロケ地を訪ねる小さな旅』の企画で訪れている。
- なお、宿泊先において藤村Dが大隅半島の対岸にある指宿温泉に注目したため、ゴールをフェリー経由で指宿に変更する旨を出演陣に申し入れたところ話がまとまり、急遽初日の金閣寺駐車場でのシーンについてセリフ入れ換えを行った。
- 6日目 - 鹿児島県ゴール(完走)
(注・・・県道レベルは特定が難しいためにはっきりとしている物を除いては掲載していない)
[編集] onちゃんカレンダー
「2000年のカレンダー用写真の撮影会」として、onちゃん(安田)・鈴井がモデル、大泉が撮影係となり、HTBの制作スタジオを用いて撮影を行う。「写真家・大泉洋」の初登場企画(外観の基本スタイルは「登山家」と共通だが、こちらは北海道弁の訛りがない)。また、一瞬ではあるがオクラホマの河野真也がセットを運ぶ係で出演している。
企画の開始時間である午前6時32分から、午前10時に開始される社内広報番組『TVぴかぼん』の収録までに撮影を終わらせなければならず(制作スタジオを『TVぴかぼん』が使用するため)、準備を含めて一月あたり10分弱のペースで撮影を行う計算となり、ロケ企画ではないもののハードスケジュールの中で進行していった。一部写真を撮影する際には超望遠レンズ(愛称:バズーカ)が使われたが、これは金子のりとしアナウンサー(当時)の私物で、写真撮影に関する全ての機材を金子アナウンサーの私物から借りている(前出の超望遠レンズは、後に「中米・コスタリカで幻の鳥を激写する!」でも使用された)。
しかし、この撮影会の実際の目的は"安田を海外に拉致する(「アメリカ 生き地獄体験ツアー」の一環として、ラスベガスで開催されたトークショーにゲストとして招く)ための前哨戦"で、11月をハワイ、12月をラスベガスで撮影(前述のトークショーのついでに撮影されたもので、11月のハワイは乗継ぎで立ち寄った際に撮影)し、大泉が拉致を実行する側に回る形になった。大泉が(完全な意味で)拉致の仕掛人となったのは、レギュラー版ではこれが唯一のケースである。安田はこのときが初の海外旅行であり、局預かりのパスポートは真っ白だった。
このロケで大泉が撮影したカレンダー写真は実際に販売され(カレンダーの期間は、企画が1月から2月の初頭に放送されたために2000年2月 - 2001年1月の間となった)、さらに2004年には『復刻版』として販売された。ちなみに発売されたカレンダーでは、4月のメイン写真がスタイリスト小松が写されたものになっている(後述)。
[編集] 各月のテーマ
| 月 | テーマ | 注釈 |
|---|---|---|
| 1月 | 正月 | 鈴井が鏡餅に扮装。 |
| 2月 | 節分 | onちゃんが鬼に扮装し、袴姿の鈴井が豆を投げる役回り。 |
| 3月 | 雛祭り | onちゃんが男雛、鈴井が女雛に扮装。 スタジオ内は早朝のためエアコンが作動していない上に、照明設備などの熱がこもって約30度の灼熱状態となり、あまりの暑さにモデル2名はこの時点で「やられ」た状態に。大泉もフィルムの交換でさえ躊躇を見せ、エアコンが完備された自らの控え室に早々と引き返していった。 |
| 4月 | 入学式 | onちゃんが新入生、鈴井がonちゃんの母親に扮装。 大泉が1枚目に「桜吹雪を用意するスタイリスト小松」を撮影し、4月のメイン写真となった。 |
| 5月 | こいのぼり | 鈴井がこいのぼりに扮装(脚立に上り、垂直にこいのぼりを着る形)。 大泉がonちゃんに向かって「バカみたいに膨らんでないでたまには動き付けろよバカ」と発言し、憤慨したonちゃんが大泉に蹴りを入れる。 |
| 6月 | 梅雨 | 鈴井がカエルに扮装し、傘を持ったonちゃんに飛びつく。大泉はカメラの連写機能を使い、onちゃんに飛びつく鈴井を撮影。史上最速の撮影時間で終了する。 |
| 7月 | 七夕 | 超望遠(バズーカ)登場。スタジオの端から撮影してもonちゃん・鈴井にピントが合わず、両者ともに体の一部が映ったのみ。 |
| 8月 | 海水浴 | onちゃんはサングラスを装着、鈴井は水着姿に浮き輪を装着。 「スタジオ側の雰囲気が悪い」というD陣の情報から、大泉がモデルの2人を途端に持ち上げ始める。 |
| 9月 | 月見 | 鈴井は月に扮装(ムーン)。 8月に続いてモデル2人のテンションを上げようとする大泉だが、2人は一切喋らず。 |
| 10月 | 運動会 | 2人が体操着姿(onちゃんは紅白帽のみ装着)で玉入れを行う。この時、「6秒間に36枚」もの連写をできる特殊なフィルムを用いて玉入れの様子を撮影した。 この撮影が終了した時点で「拉致」計画の遂行段階に入る(安田が着ぐるみを脱ぎ、「11月の扮装」と称して腰みの・ハイビスカスを装着させる。安田の気分が"乗った"ところで本来の企画目的を発表)。前述のように、安田はこの企画が生まれて初めての海外旅行となったため、新千歳空港へ移動中の車内では、「旅のプロ」・どうでしょう班(大泉・藤村D)による安田イビリ(恫喝風の旅程説明・大泉による「やられ」経験談)が行われた。 なお、onちゃんの着ぐるみは小さくまとめられ、飛行機の機内には手荷物として持ち込まれた。 |
| 11月 | ハワイでバカンス | ワイキキビーチで写真撮影。onちゃんは腰みのを装着。 午前7時30分の到着後、9時25分の出発までに写真を撮影しなければならず、実質の撮影時間は「12、3分」という強行スケジュールになった。ここからの2ヶ月はコンパクトカメラでの撮影。 |
| 12月 | ラスベガスでクリスマス | 鈴井がサンタに扮装(帽子・プレゼント袋のみを装着)。 安田はラスベガスへの到着について「感動もへったくれもない」との感想を残す。onちゃんの着ぐるみを着ていたせいか人が集まってきた。 |
[編集] 30時間テレビの裏側全部見せます!
「サイコロ6 〜ゴールデン・スペシャル〜」の放送記念として1999年12月14日から16日にかけて放送された、24時間+6時間の生CMに密着したドキュメント。「四国八十八ヵ所」の収録中に大泉によって立案された企画だが、元々の大泉による「北海道版の24時間テレビのようなものをやりたい」という希望をD陣が脚色し、CMごとに鈴井・大泉が扮装して「これまでのどうでしょうのキャラクター(主に鈴井・大泉による物真似)が総出演する」というものになった。
年末の繁忙期のためスタッフが少なく、生放送であるにもかかわらず、藤村D・嬉野D・技術スタッフ2名(カメラ・音声)・北海道共立の大道具1名・スタイリスト小松の6名のスタッフのみで運営された(その他、土井プロデューサーや杉山ディレクターなど、制作部のスタッフも一部協力している)。ちなみに、待合と衣装の着替えはHTBの第3応接室で行い、副調整室は儲けず「定刻になると、HTBの駐車場にあるカメラの映像をマスターから自動的に送出する」ように設定された。その為、万が一の「カラ画」になっても大丈夫なように、カメラ前には鈴井と大泉の等身大パネルが用意された。セットは屋外に設営され、背後には「ゴールデン・スペシャル」放送までの時間が表示されるSEIKOの時計(主に陸上競技等で使われるもの)が設置された。
なお、30時間生CMが行われた14日の夜に大泉は劇団イナダ組の舞台「ホットロード」の本番を、15日の午後には鈴井がAIR-G'で『GO・I・S』の生放送を控えていたため、該当する時間帯のCMはどちらか1人が担当した。ちなみに「Classic」でこの企画が放送された際には、第3応接室のテレビ画面に「水」と書かれたテロップ処理が施された[17]ほか、生CMの前後部分に流された企業・番宣CM、HTBの製作ではない番組の部分がカットされるなどの編集が施された。
| 時間(JST) | テーマ | 尺 | 詳細 | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 18:55:30 | サンバ | 1分 | 『情報ワイド 夕方Don!Don!』直後。この番組終了の数秒前から、お天気カメラで背後を生中継される。大泉が舞台の本番直前、鈴井が『GO・I・S』の放送直後だったため、大通公園のさっぽろテレビ塔前から生中継。大泉は芝居のメイクで登場。 大泉が芝居の公演に向かったため、「花瓶」までは鈴井単独で出演。 |
| 2 | 19:57:55 | ミスタームーンライト | 5秒 | 『onちゃんカレンダー』の9月で登場。『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』直後で視聴率を大きく上げる。 鈴井はリハーサルでやらなかった台詞をアドリブで追加。 |
| 3 | 20:52:30 | クリスマスツリー | 30秒 | 『たけしの万物創世紀』直後。次の花瓶との間隔が4分弱と短いが、両方とも顔は緑色にペイントされている。 |
| 4 | 20:56:40 | 花瓶 | 15秒 | 『HTBニュース』直後。『東北生き地獄ツアー』で登場。テロップが入ることを忘れた画角となってしまい、数秒間鈴井にテロップがかぶってしまう。ここで公演が終わった大泉が合流。 |
| 5 | 21:52:45 | チャトラン・ムツゴロウ | 15秒 | ムツゴロウは『過去のマル秘映像一挙公開!』で登場。チャトラン(鈴井)がムツゴロウの顔を何度もなめるシーンが放送された。 |
| 6 | 23:16:55 | 雪ん子・なまはげ | 15秒 | 『ニュースステーション』直後。なまはげは『原付東日本』で登場。 藤村Dが入りカウントを間違えるミスを犯したため、告知に失敗する。本企画では未放送。 |
| 時間(JST) | テーマ | 尺 | 詳細 | |
|---|---|---|---|---|
| 7 | 0:22:45 | 雪ん子・なまはげ(2回目) | 15秒 | 前回のリテイク版。本企画では23:16:55として放送。 |
| 8 | 1:18:40 | タイガーマスクとダブル猪木 | 5秒 | 『原付東日本』前・後枠で登場。この回はタイガー(鈴井)単独で、猪木(大泉・安田)はタイガーを呼ぶ声のみ。 通称「タイガーのダブル猪木」(大泉曰く「まるで新しいジャーのよう」)。このシリーズのために大泉が安田を携帯電話で呼び出したが、家の前にタクシーを無理やり配車された安田は「雪ん子」放送後の0時35分頃、HTBにホロ酔い状態で到着する。 |
| 9 | 1:20:15 | タイガーマスクとダブル猪木 | 15秒 | ダブル猪木(大泉・安田)出演。最後に一瞬だけ鈴井が見切れる。この時に鈴井は「タイガー!」と言ったものの、マイクを持っていなかったため放送には音声が入らなかった。 |
| 10 | 1:50:00 | タイガーマスクとダブル猪木 | 15秒 | 『リングの魂』放送内のCM。大泉に安田が腕挫十字固を掛けるといったもの。 本企画では未放送。 |
| 11 | 2:22:45 | 陽気な外国人 | 15秒 | 通販番組『テレコンワールド』直前。大泉扮する司会者(ケント・デリカット)は『合衆国横断』の前・後枠「アメリカの有名人 私は誰でSHOW」で登場。 |
| 12 | 3:17:00 | クロージング | 3分 | 『テレコンワールド』直後。鈴井・大泉・安田の3ショット。視聴率調査速報では0%(ビデオリサーチ調べ。ただし視聴率調査の特性上、視聴者が存在しなかった訳ではない)。若干のフリートークの後、大泉がコールサイン「JOHH-TV」を送出。本企画では最後のコールサイン部分(クロージング)のみ放送。 ここでHTBは放送休止。局内の人間からドリンク剤や焼き鳥などが差し入れされる。安田は帰宅し、どうでしょう班は楽屋で2時間弱の仮眠を取る。 |
| 13 | 5:25:00 | オープニング | 3分 | 大泉がコールサイン「JOHH-TV」を送出後、後方で小さく映っていた鈴井が合流し、若干のフリートークを行う。本企画では最初のコールサイン部分(オープニング)のみを放送。 |
| 14 | 5:48:45 | (起床予報士 大泉洋) | 15秒 | 大泉のみ。鈴井は仮眠中のため等身大パネルで出演。大泉の扮装はこの後からの「起床予報士」と同様。 |
| 15 | 5:51:40 | 起床予報士 大泉洋 | 1分11秒 | 『情報ワイド 早起きDon!Don!』に気象予報士ならぬ「起床予報士」として出演。藤村Dの指示が遅れたため、時間ぎりぎりであった。大泉、「今朝の気温が-50度」と報じる。 本企画では一部のみ放送。未放送の部分では、司会の吉田みどりアナウンサー(当時)が中学生からの応援FAXを読んだ。 |
| 16 | 5:57:40 | 起床予報士 大泉洋 | 39秒 | 大泉「現在の気温は48度上昇し-2度。全道的にごきげんな一日になるでしょう」と報じる。吉田アナウンサーに「急な上昇ですね」とつっこまれ、本物の気象予報士・石川たけおに軽くあしらわれる。 |
| - | 6:08:01 | - | 1分 | 大泉・鈴井が共に不在となりパネルのみが映される中、吉田アナウンサーが番組を宣伝。深く「サイコロ6」の企画内容に触れたのはこれが初めてであった。 本企画では未放送。 |
| - | 6:40:21 | 女性レポーター鈴井貴之 | 12秒 | 中継直前までD陣やスタイリスト小松が準備に追われたが、台詞は「ごめんなさい、テレビに出てごめんなさい」の一言のみで終了。氷点下の中でミニスカート姿だったために、石川予報士から「寒そうでしたね」と心配される。 |
| - | 6:42:12 | - | 37秒 | 6:08と同じく、大泉・鈴井のパネルのみが映る中で吉田アナウンサーが番組を宣伝。 本企画では未放送。 |
| 17 | 7:56:45 | お兄さん | 15秒 | 『やじうまワイド』終了直前。『サイコロ6』の前・後枠に登場。「7時台のCMがなければ大幅に休みが増える」ことから大泉・鈴井のどちらか1人だけが出演することになり、大泉が選ばれる。ディレクターと鈴井は控え室で放送されるCMを見ながら休憩し、「もう大泉だけでいいじゃない」と投げやりな発言をする。 |
| 18 | 9:53:15 | 西部警察 | 15秒 | 『スーパーモーニング』直後。9時55分から放送される『西部警察』の再放送にちなんで。木暮捜査課長(鈴井)・大門刑事部長(大泉)の扮装で登場。『西部警察』の予告も行ったが、途中で切れる(藤村Dがテロップに気をとられ、カウントを出し遅れたため)。 |
| 19 | 10:26:05 | 西部警察 | 30秒 | CMの直前に放送されたシーンを物真似で再現。 |
| 20 | 10:50:15 | 大泉洋 おかずのクッキング | 15秒 | 大泉扮する土井善晴が、鈴井扮するゲストにCM中の短時間で料理を振る舞う。ゲストは大門刑事。この回は料理はしておらず料理紹介とゲスト紹介のみ。 |
| 21 | 10:57:00 | 大泉洋 おかずのクッキング | 15秒 | 社内広報番組『TVぴかぽん』直後。ゲストは引き続き大門刑事。料理を作ろうとするが、またも藤村Dが終了カウントを出し忘れる。 |
| 22 | 11:00:00 | 大泉洋 おかずのクッキング | 30秒 | ゲストは引き続き大門刑事。卵をスクランブルエッグに仕上げ、鈴井が試食し「うまい!」と感想を述べたが、放送時間が終了する。 |
| 23 | 11:27:55 | 大泉洋 おかずのクッキング | 1分5秒 | ゲストのミスター長嶋は『2周年記念!秘蔵VTR一挙公開!!』で登場。長尺なこともあり、オムレツを調理する。前2回の不調を受けて本来予定された扮装を変更して出演。そのため字幕は前3回とは違い通常の宣伝の字幕になっている。 |
| 24 | 11:40:00 | ムーミン・お兄さん | 15秒 | 『ワイド!スクランブル』放送内のCM。ムーミンは『ヨーロッパ・リベンジ』で登場。 本企画では未放送。 |
| 25 | 11:58:30 | ムーミン・登山家 | 15秒 | 登山家は『サイコロ4』で登場。あまり意図が伝わらず。 本企画では11:40:00として放送。 |
| 26 | 13:03:30 | 牛 | 30秒 | 『ワイド!スクランブル』直後。『東北生き地獄ツアー』で登場。着ぐるみを被っているため、もちろん2人の姿は見えない。 これ以降はD陣の提案で番組内容の説明を行うことになる。 |
| 27 | 13:18:45 | 黒柳徹子&ミスター長嶋 | 15秒 | 『HTBニュース』直後。『徹子の部屋』を模した『洋の部屋』のゲストという設定。 |
| 28 | 13:53:00 | 黒柳徹子&ミスタースポック | 15秒 | 『徹子の部屋』直後。ミスタースポックは『2周年記念!秘蔵VTR一挙公開!!』で登場。大泉、ゲストの名前を「ミスタースポーク」と言い間違える。 |
| 29 | 13:59:00 | 黒柳徹子&ミスターマリック | 30秒 | ミスターマリックは『2周年記念!秘蔵VTR一挙公開!!』で登場。この回において藤村Dのカンペが見切れる。 これ以降は鈴井がラジオ出演のため大泉のみになる。 |
| 30 | 15:48:45 | はぐれ刑事純情派(土井善晴) | 45秒 | タイトル上は『はぐれ刑事-』だが、実際には再び土井善晴で登場し、純粋な企画説明を行う。 本企画では未放送。 |
| 31 | 16:17:20 | 安浦刑事 | 30秒 | 『はぐれ刑事純情派』(再放送)放送内のCM。途中でかんでしまい、最後の方ではものまねを放棄している。 |
| 32 | 18:55:30 | 『サイコロ6 〜ゴールデン・スペシャル〜』直前 | 1分 | 生CM1回目と同じく『情報ワイド 夕方Don!Don!』直後。ここから鈴井が再合流。 本企画では最後の数秒のみを放送。 |
| - | 19:00:00 | 『サイコロ6 〜ゴールデン・スペシャル〜』放送 | - | 放送と共に出演者・D陣が休憩入り。 大泉・D陣が揃って力尽き、控え室で横になってしまったため助っ人として『夕方Don!Don!』のディレクターが撮影を担当する。画面向かって大泉の右隣に藤村D、左隣に嬉野Dが寝ていることから、このシーンは両端をカット(黒ベタ)して放送された。また、藤村Dが大泉に『夕方Don!Don!』年末スペシャルで行うはずだった「極秘企画(HTB社屋に大泉が壁画を描くというドッキリ。当日まで内緒の予定だった)」の内容を、「撮影前」に「(撮影を担当している)企画を立案したディレクターの前で」誤って話してしまった。 |
| 33 | 21:45:45 | キュー☆レンジャー | 30秒 | 時計に書かれた「ゴールデン・スペシャル」の上に目張りがされ、「完結編」の番宣へ移行する。「キュー☆レンジャー」は『サイコロ6』の前・後枠で登場。動きを演じているのは鈴井だが、声は大泉が担当。 本企画では未放送。 |
| 34 | 21:51:30 | ムンクさん | 15秒 | 『ヨーロッパ・リベンジ』で登場。大泉がエドヴァルド・ムンクの『叫び』に描かれている人物を模した空気人形を操演。 本企画では未放送。 |
| 35 | 23:16:55 | キュー☆レンジャー | 15秒 | テレビに向かって安田を「グランドフィナーレまでに走ってここに来なさい」と呼び出す。またも大泉のしゃべりが放送時間内に間に合わず、切れてしまった。 |
| 時間(JST) | テーマ | 尺 | 詳細 | |
|---|---|---|---|---|
| 36 | 0:22:15 | 土井善晴・ミスタースポック・マラソンランナー | 15秒 | 30時間生CMのグランドフィナーレ。前回呼び出された安田が「マラソンランナー」としてゴールまで走ってくるが、ゴールの直前でCMが終了するという設定。 |
| - | 0:25:00 | 『サイコロ6 完結編』放送 | - | 通常編成より1時間10分繰り下がって放送。 |
- この企画の中では、HTBの放送終了アナウンス(クロージング)と放送開始アナウンス(オープニング)を大泉・鈴井(クロージングでは安田も参加)が生出演して行った。この際、大泉が北海道テレビ放送のコールサインのアナウンス「JOHH-TV、JOHH-TV、こちらは北海道テレビです」を送出している。
[編集] 一致団結!リヤカーで喜界島一周
この企画は鈴井が初の映画監督作品「man-hole」を撮るために半年以上番組を休んだ後、正式に全員が復帰した第一弾の旅企画である。「団結の輪」を描くために鹿児島県の奄美群島にある喜界島を3日間かけて反時計回りに歩いて一周する事が目的。なお、出演者並びにD陣が怪我や病気などのアクシデントに見舞われた際にも大丈夫なように、リヤカー(ムラマツ車輌の商品名『山田君』)を引っ張って歩くことになった。
なお、この企画は一部地域の「Classic」では未放送である。
- スタート前
- 企画発表後、当時の羽田東急ホテルでのベッド争奪戦があり、「寝心地の悪い二つのベッド」と「寝心地のよい二つのベッド」を巡って話し合った結果、「寝心地のよいベッド」に出演者である鈴井・大泉が、「寝心地の悪いベッド」にD陣が寝ることになったが、藤村Dの歯磨きの最中に嬉野Dが「このベッドはおかしい」「大泉君寝てごらん」などと発言して、大泉を結果的に寝させた。また、その後に嬉野Dが更に交代してくれと言ったため、更にその寝心地の悪いベッドの中のランクの一番下のベッドに大泉が寝ることになった。ちなみに、羽田東急ホテルは羽田空港ターミナル[19]に近いことから朝早くの飛行機に乗るときによく使われ、部屋には「ツインルームにエクストラベッドを2個搬入」し、急増の4人部屋として使用している。大泉は、この扱いに「六本木プリンスのツインをシングル利用する男」「テレビ朝日[20]よりも貢献してるであろうHTB」などと不満を漏らした。
- 初日
- 14時55分に喜界島へ到着後から順調に進んでいたが、歩き始めて1時間が経過したのち、藤村Dが目標としていた荒木地区には「宿がない」という理由からUターンし、距離的にはほとんど進むことがなかった。
- 2日目
- 先日決めたリヤカーを引く方法(藤村D案と鈴井案の2案)を実行。藤村D案は「1人がリヤカーを引き、もう1人が並走、あとの2人がリヤカーに乗る」、鈴井案は「2人がリヤカーに乗り、2人が縄を付けて思いっきり走る」という方法である。なお、鈴井案は嬉野Dからの提案で、藤村Dが中に入り操縦をする役をやった。藤村Dは休憩中に足をくじいたと嘘をつき、鈴井の引くリヤカーの上に乗った。
- 藤村Dと鈴井が、鹿児島県名物のかき氷、「白熊」の早食い対決をして藤村Dが負け、藤村Dがキャンプ地のムチャカナ公園付近までリヤカーを引いた。この白熊対決は、後に対決列島に繋がる。
- キャンプ場でテントを張り、出演者とディレクターの計4人が、同じテントで就寝。大泉などが「俺の隣(藤村D)はデブ」などと発言してのD陣・出演者間での一悶着が起こった。また喜界島とはいえ、屋外のためテント内は寒かった。ディレクター2人は寝袋があったが、鈴井大泉の2人は初日のホテルで借りた毛布で寝る。大泉は寝袋が2つと毛布2枚があること気づいたが、この際鈴井は自分達が毛布であるとすでに悟っていた。
- 3日目
- この日も山田君を朝から引き続けた大泉が、朝食後に引き手から解放された直後にリヤカー症候群(リヤカーを引き過ぎて歩き方がおかしくなってしまう状態)に陥り、初めて乗り手に回る(この時に藤村Dが大泉を背負う珍しいシーンがある)。
- 最後の最後で大泉が他の3人を山田君に乗せて引っ張り、下り坂であやうく交通事故になりそうな事態があったが、どうにか無事一周を達成した。
[編集] 対決列島 〜the battle of sweets〜
別名「甘いもの国盗合戦」。“魔神”こと藤村Dと安田の「チームびっくり人間」と、鈴井と大泉の「ミスターチーム」が日本各地を移動し、名物の早食いで対決して行く企画。全10回とレギュラー放送最長企画である(但し、「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」が「オリジナル版」は第1,2夜が45分に拡大して全9夜、「Classic」では全10夜として放送されるため規模的にほぼ同じと見做せる)。なお、HTBからこの企画を基にしたタイピングゲーム『水曜どうでしょう対決列島タイピングゲーム』が発売されている。企画で使用されたレンタカーはトヨタ・エスティマ(2代目)。当番組の企画と言えば、何も知らない大泉を騙すのが通例だが、今回は本来の企画者である鈴井も企画内容を知らなかった。
2001年後半はこの企画とこの企画の罰ゲーム、そして5周年記念に行われた「札幌〜博多 三夜連続深夜バスだけの旅」の3本のみであるため、第1夜の前枠で大泉が「今年後半のどうでしょうは、今日の企画発表を見ないとついてこれません」と発言している。
この企画の前枠・後枠で、TEAM NACSのメンバー全員と鈴井が出演している(第1夜は音尾と鈴井が出演、その後第4夜から安田、第6夜から戸次重幸(当時は佐藤姓を名乗っていた)、第8夜から森崎と徐々に増えていく)。
[編集] チーム
- ミスターチーム
- 大将 鈴井貴之 - すっぱい系は最強クラス(梅干しなら1壷は食べられる)、アイス・フルーツ系に強い、甘い物(和菓子)に滅法弱い。
- 副将 大泉洋 - 桜前線捕獲大作戦でわんこそば105杯を食べている。嫌いなものはないが、強いものもない一般人。
- 魔神チーム(※チームびっくり人間)
- 大将 藤村忠寿ディレクター - 甘いもの全般、特にもち系・アンコ系は最強クラス。すっぱい系は滅法弱い。
- 副将 安田顕 - 牛乳早飲みでは他の追随を許さない。大泉曰くその昔は早食いで名を馳せた。
- しかし、岩手県では牛乳を飲み過ぎてリバースしたり、近畿大会では飲み過ぎによって腹の調子を悪くしトイレに駆け込むことに。また初戦の函館では買ったソフトクリームを途中で落として買い直しによる大幅なタイムロスを招き、九州大会では大きさが不均等なスイカを選んで対決することになるが何故か大きいスイカを選ぶなどしてしまう。それ以外にも安田のせいで危うく負けそうになるなどしたため、途中から藤村があまり戦力として見ていなかったり「何もするな」と言われてしまう。
- ※元々は『魔神チーム』であったが、大泉が『チーム奇人変人』⇒『チームびっくり人間』の流れで名称し、『チームびっくり人間』が定着した。
[編集] ルール
- 日本全国、各地の名物・名産を早食いし、早く食べ終わった方の勝ち。
- 勝利した都道府県の面積がポイント[21]となる。
- 通過しない都道府県は、最終白熊決戦で勝った方が総取りとなる。
- より広い領土を獲得した方が勝者となる。敗者は地獄へと旅立つ。
- (後に事実上追加されたルールとして)関東、近畿、四国、九州では地方大会を実施し、各地方で通過した都道府県を総取りできる。
- ミスターチームが勝った場合、次の企画は「ハワイでバカンス」。鈴井の称号がミスターからエンペラーに昇格。
- 魔神チームが勝った場合、次の企画は「ユーコン川・1週間テント生活で川下り」。藤村Dの称号が魔神から大魔神に昇格。
[編集] 対戦結果
| 主な対戦地 | 対戦した場所と使用した食べ物 | 勝者 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 函館市でソフトクリーム3本勝負 | ミスターチーム | 83,000 |
| 青森県 | アップルクーヘン&気になるりんご対決 | 魔神チーム | 10,000 |
| 秋田県 | 鹿角市内の道の駅「あんとらあ」できりたんぽ1本勝負 | 魔神チーム | 12,000 |
| 岩手県 | 小岩井農場で牛乳早飲み&牛乳まんじゅう対決 | ミスターチーム | 15,000 |
| 宮城県 | 青葉城跡でずんだもちハンデ戦 | 魔神チーム | 7,000 |
| 山形県 | ラ・フランス羊羹+フルーツゼリー | 魔神チーム | 9,000 |
| 栃木県 | 宿の夕食で出されたデザートのずんだもちにて急遽開催 | 魔神チーム | 6,000 |
| 福島県 | 前日通過したものの未開催のため、早朝{奇襲}ゆべし対決 *2 | 魔神チーム | 14,000 |
| 関東大会 *1 | 川越市内の菓子屋横町で駄菓子対決 | ミスターチーム | 18,000 |
| 長野県 | 宿泊先の下呂温泉の旅館でおやき対決 | 魔神チーム | 14,000 |
| 岐阜県 | 早朝{奇襲}羊羹対決 *2 | 魔神チーム | 11,000 |
| 愛知県 | 藤村Dの実家の喫茶店で小倉トースト対決 | 魔神チーム | 5,000 |
| 近畿大会 *1 | 三木市で明石焼き+牛乳対決 *3 | 魔神チーム | 19,000 |
| 岡山県 | 深夜{奇襲}サンフルーツ対決 *4 | ミスターチーム | 7,000 |
| 四国大会 *1 | 讃岐うどん対決 | 魔神チーム | 19,000 |
| 九州大会(除鹿児島県) *1 | 熊本市のサービスエリアでスイカ対決 | ミスターチーム | 28,000 |
| 鹿児島県+未通過県 | 最終白熊対決 | 魔神チーム | 97,000 |
- 通算成績
- ミスターチーム 5勝12敗 151,000ポイント
- チームびっくり人間 12勝5敗 223,000ポイント
結果、罰ゲーム(ユーコン行き)が決定。
- *1 関東大会は群馬県+埼玉県+東京都+神奈川県+山梨県、近畿大会は滋賀県+京都府+大阪府+兵庫県、四国大会は香川県+愛媛県+高知県+徳島県(ただし徳島県と高知県は通過していないがなぜか加算された)、九州大会は大分県+福岡県+佐賀県+熊本県+宮崎県を合わせた分のポイントとなっている。
- *2 夜明け前の早朝に藤村Dが鈴井に奇襲。
- *3 この対決のみ大泉と安田の副将戦。
- *4 深夜に鈴井と大泉が藤村Dに奇襲。
[編集] その他
- 安田のミスによって初戦から窮地に追い込まれたチームびっくり人間は、深夜に鈴井の部屋へ「奇襲攻撃」を仕掛け、鈴井が苦手な甘いもので対決をする(この際の号令は大泉によるもの)。岐阜の奇襲では、朝早くから“ものすごいスピード”で水羊羹1本を食べ切った藤村Dに鈴井は「朝っぱらからこんなもの食えるなんておかしいよ」と訴えかけ、安田は「(藤村の)親の顔を見てみたい」とぼやいたが、数時間経たないうちに本当に見る事になった。ちなみに、岡山では同様の方法できびだんご対決を予定していたが、逆にミスターチーム側からの奇襲に遭い、藤村Dの苦手な酸味の強い食材で対決。その結果敗北を喫している。
- 愛知県の対決では場所が藤村Dの実家だった為、完食後に「おいしかったよ、お母さん」と言う台詞付でのハンデ戦?となった。
- 長野のおやき対決は藤村Dの説明では「4つのうち2つはあんこ、2つは野沢菜入り」だったが、実はすべてあんこ入りであり鈴井はまんまとだまされた。
- 最終日の早朝、前夜大泉が寝ぼけて「九州、宮崎対決決勝戦。レディーgo」と手の振りつきで発言したとばらされた。
- 最終日の白熊対決は鹿児島空港内に750mlのものが売っておらず、急遽鹿児島市内まで買いに行くこととなり、飛行機に乗り遅れそうになる(鹿児島空港は鹿児島市内より宮崎県よりにあるため、当初の予定では余裕で間に合うはずだった)。
[編集] 5周年記念! 3夜連続深夜バスだけの旅
レギュラー放送時としては最後となった、鈴井考案の国内オリジナル企画。タイトルの通り「深夜バスに3日間ひたすら乗る」(+バスの停車休憩地点で鈴井・大泉の「やられっぷり」を報告する)という企画であるが、サブテーマとして「鈴井自身が『己の限界』に挑戦する」という趣旨も含まれている。
- セレモニー
- 第1夜前半では同局の吉田みどりアナウンサーが司会、来賓をonちゃん(安田)として「水曜どうでしょう5周年記念セレモニー」が行われ、番組テーマソング「How do you like Wednesday?」を斉唱し、テープカットの後桜の木を植樹した(その後「どうでしょう桜」という愛称が付けられ、現在でも桜の季節になると公式サイト上に開花の模様が掲載される)。ちなみに、2005年開催の「どうでしょう祭」初日では、最初のトークショーでこのセレモニーをそのまま踏襲した『開催記念式典』が執り行なわれている。
- セレモニー終了直後、バスに乗車。
- 「サイコロの旅」シリーズと違い、出演陣のみがバスに乗車した為、1日目に限り安田が追走車に乗車。「オーロラ号さん」に後頭部を「えぐられ」「吹っ飛ばされ」ながらも健闘した大泉だったが、最後の休憩地点・森でバスから降りることが出来ずに、そのまま「KO」となる。
- なお、現在のオーロラ号は札幌〜根室間の路線名称となっており、札幌〜函館間の深夜バスは「高速はこだて号」である。
- また、番組内では中山峠を通る全区間一般道のルートになっているが、現在は道央自動車道の森IC〜札幌南ICを経由するルートになっている。
- 函館から青森までは東日本フェリーに乗船。
- 区間 - 青森駅 - (東北自動車道・首都高速川口線・中央環状線・6号向島線経由) - 東京駅八重洲南口
- 停車地(運転手交代のみなので、客から見れば休憩ではない) - 東北道紫波SA・国見SA・佐野SA
- 大泉が前日に「敗退」したため鈴井が1人で乗車し、大泉は追走車へ。D陣の事前の調査では「約3時間ごとに休憩がある」と聞いていたが、実際には乗務員の休憩で停車するのみだったことから乗客は降りることが出来ず、東京まで鈴井の生の状況は聞けなかった。紫波SAではバスの外から状況の確認を試みたが、声が大き過ぎたためか「他の乗客が起きた」として鈴井を怒らせてしまい、それ以降は追走車内からの報告となった。
- 区間 - 新宿高速バスターミナル - (首都高速4号新宿線・中央自動車道・東名高速道路・名神高速道路・中国自動車道・山陽自動車道・中国自動車道・関門橋・九州自動車道・福岡高速4号線・1号線・2号線経由) - 博多駅交通センター
- 停車休憩地 - 中央道諏訪湖SA・山陽道佐波川SA
- 最終的にバカな企画を立案した鈴井1人のみをバスに乗せる予定だったが、大泉が前日の追走車で「たいしておもしろいことを言わずにすぐに寝てしまった」ため、罰として鈴井と共に乗車させられた。
- なお、はかた号を含む中央道方面の高速バスは首都高速4号新宿線初台入口から進入するが、追走車はカーナビの指示(距離を優先する東名高速を経由するルートを選択した[22])に従った結果、間違って新宿入口から都心方面に進んでしまったためにはかた号を見失ってしまい、東京から100km以上も離れた山梨県甲府市内[23]でようやく発見した。
- ちなみに、追走車はレンタカーの使用限界のために諏訪湖SAで追走を終了し、名古屋空港付近のホテルへ宿泊後(前述のように鈴井のみが乗車する予定だったため、大泉の分のホテルも予約されていた)、翌日に飛行機で福岡へ先回りするというルートを取った。その為、諏訪湖SA以降の追走車からの映像はない(但し、鈴井がバス車内と佐波川SA、博多駅交通センターの入口で、嬉野Dがホテルと飛行機内、交通センター内の降車場でそれぞれカメラを回している)。
[編集] 脚注
- ^ 過去には同様の理由で「宮崎リゾート満喫の旅」を行っている。
- ^ 2009年4月現在、札幌市は粗大ごみのステーション収集を廃止し、申し込みによる戸別収集を行っているので注意されたい。札幌市清掃(環境局環境事業部)を参照のこと。
- ^ この関係で、本企画のレギュラー放送時の前枠・後枠には堂島が出演している。この前枠・後枠はDVD第2弾の特典画像で見ることが出来る。
- ^ 着ぐるみの中は安田ではない(「十勝二十番勝負」も参照)。
- ^ 企画の性質上多数の一般人が出演したことから、肖像権に関する交渉が困難だったのが理由と思われるが、同様に多数の一般人が出演している「東北2泊3日生き地獄ツアー」はDVD化されている。
- ^ 北海道においても大型書店や空港などで購入可能。
- ^ 『QuickJapan』Vol.52(太田出版)p.87
- ^ DVD版ではモザイク処理のされていない安田が一瞬だけ見切れるシーンがある。
- ^ 『QuickJapan』Vol.52 p.89
- ^ 「車内でクリスマス・パーティー」DVD版副音声解説で大泉は「当時は腕は未熟だった」と振り返っている。
- ^ いずれもエビチリを食してむせ、土井Pに至っては吐いてしまった。
- ^ 新人のディレクターが食べさせられた上、DVD版特典映像によればカメラマンと録音担当も同様の目に遭わされている。
- ^ 海老アレルギー。「夏野菜スペシャル」第1夜冒頭より。
- ^ a b DVD13弾の第一夜副音声解説によれば、ツアー客に随伴していた。なお、安田、土井Pの他、音効の工藤哲也も「手伝い」としてツアー客に同行している。
- ^ 大泉による「集中講義」の言い間違いだが、実際に相撲やドロップキックを交えた暴力的な指導が行われた。なおこの時の安田のノートは、後半が鈴井・大泉への愚痴で埋められ、挙句「どうでしょうゼミナールには入らない方がいい」という暴言で締められていたため、安田はまたもドロップキックを食らった。
- ^ 皮肉な事に国内2つは「積荷」が『Classic』での放送停止の原因となっている。
- ^ テロップ処理されたのは応接室のテレビとの距離が近いテーブルに据え付けられたカメラからの映像のみ。応接室全体を映すカメラからはテロップ処理はされていない。
- ^ 正式には制定当時の組織である電波監理委員会の規則。
- ^ 当時は現在の第1ターミナルのみが稼働していた。
- ^ 当時、同局の『パパパパパフィー』に準レギュラーとして出演していたため。
- ^ 面積は千の位までの概数
- ^ 実際は中央道高井戸IC - 小牧JCT間と東名高速東京IC - 小牧JCT間は殆ど同距離であり、前出の入口からの距離で見ると中央道経由の方が距離が短い。
- ^ 道路脇に昭和町のカントリーサインが見えることから甲府南IC - 甲府昭和IC間と思われる。
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