水曜どうでしょうの企画 (2003年以降)
水曜どうでしょうの企画 (2003年以降)では、北海道テレビ放送制作のバラエティ深夜番組『水曜どうでしょう』で放送された企画の中から、レギュラー放送終了後の2003年以降に「新作」として放送された企画について述べる。企画名については番組内で多数の呼び方がある企画もあるが、本記事においては正式タイトルはDVD版のものとし、未DVD化企画については暫定的に放送時のタイトルを用いるものとする。なお、表記されている放送日時はHTBでの放送日時となる。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
目次 |
[編集] レギュラー終了後の企画について
2002年9月の「原付ベトナム縦断」でレギュラー放送は終了。2003年はDVD宣伝特番として2本短編が放送され、2004年には本格的復活作が放送された。その後は1年に1本のペースで制作されていたが、2008年は開局40周年記念ドラマ『歓喜の歌』の制作(藤村が演出、嬉野がプロデューサー、大泉が主演)に充てたため新作はなかった。以降はD陣の気分が乗った時に行くというスタイルになっている。
「6年間の事件簿」、「プチ復活」、「ジャングル・リベンジ」の三作品は2005年9月21日に発売されたDVD第6弾に、「激闘! 西表島」はDVD第8弾に収録。尚HTB以外でも「どうでしょうリターンズ」または「水曜どうでしょうClassic」を放送されているテレビ局でも随時新作を放送している。
[編集] 6年間の事件簿!今語る!あの日!あの時!
DVD第1弾発売記念として放送された総集編。1時間特番であり「-リターンズ」「-Classic」での放送は無い。どうでしょう6年間の放送から特に面白かったサイコロ3「ヘリ事件」、ヨーロッパ・リベンジ「ドイツ・テント事件」、シェフ大泉・夏野菜スペシャル「パイ事件」の各シーンを再編集して放送。それぞれに対して感想などを語っていることから、現在のDVD副音声の雰囲気に近い。また、DVD第1弾である「原付ベトナム縦断1800km」の見所も紹介。
CM明けごとにタレント陣の衣装が変わっている。大泉洋は扮装に対して多少の戸惑いがあったが、鈴井貴之が張り切って扮装する姿を見てその気持ちを口にできなかった。
[編集] プチ復活!思い出のロケ地を訪ねる小さな旅
DVD・写真集など発売記念特番として放送の1時間スペシャル。CMごとにDVDと写真集についての宣伝が繰り返されている。
「原付西日本」の際に訪れた姫だるま工房から「姫だるまの赤ちゃんができたので送ります」という連絡を受け、「それならこちらから迎えに行きます」と、きついスケジュールにいきなり穴をあけられ不満の二人を連れて大分県竹田市まで旅をする企画(大泉は朝から『ドラバラ鈴井の巣』のロケ、『GOLGOLGO』生放送直後の上に『おにぎりあたためますか』のロケをどけられ、鈴井はオーディションの最中であった)。車中では主に思い出話に花が咲き、ここでの大泉の発言から「ミスターのいいじゃないか!運動」が誕生した。
約1年ぶりのロケのため、鈴井・大泉は番組の感覚を忘れており、藤村Dはカーナビの設定を間違え、嬉野Dはカメラ固定用の一脚を忘れてロケに来ていた。なお、D陣は旅の途中、機材やロケのセッティングが余りにも鈴井に頼りっきりだったため、それを見た大泉から「ミスターはアズビー(ロケコーディネート会社)じゃねえんだぞ!」と突っ込まれている。ただし、その頼りにされていた鈴井も移動する狭い車中では大泉にダルマを無責任気味に預け、大泉は困惑していた。
竹田市が大分県という事から行き帰りとも大分空港を利用したが、訪れた姫だるま工房からは「(熊本県の)熊本空港の方が大分空港より近いんですけど…」と言われ、藤村Dは案の定、大泉から「なんで事前によく確認しないんだ」とお説教された。しかし帰りの便も大分空港発の便を予約済であり、レンタカーの返却もあるために予定変更はできなかった。片道2時間もかけて現場に入ったこともあり、カーナビの設定を間違えて山道を走らされた大泉は、言うまでもなく車に酔った。
大分まで日帰りでロケを行うという強行軍での撮影だったが、飛行機のフライトスケジュールの都合上どうしても行きか帰りのどちらかで都内に一泊する必要があったため、ロケ前日に『一致団結!リヤカーで喜界島一周』でも宿泊した当時の羽田東急ホテルに一泊した。『水曜どうでしょうDVD全集』第1巻の発売後で番組予算も潤沢になったはずなのに、D陣は『喜界島』同様に「4人部屋」(ツインルームの4人使用)でホテルを予約したため、大泉はその点についても不満を顕にした。
[編集] ジャングル・リベンジ
藤村Dが企画会議において「もう一回ジャングルは嫌だよね」と発言したことをきっかけとした企画。建前として1998年に行われた「マレーシア・ジャングル探検」で起きた事件の真相を知るために、再びマレーシアのジャングル奥地へと潜入する、という名目だったが、本当のところは「ただ大泉くんのビックリした顔が見たかっただけ」とのことだった。全7回。ロケ終了段階での仮称は「激痛」だった。
- 大泉ドッキリ
冒頭、大泉には「シンガポールでサッカー観戦をした後に、陸路でアンコールワットに行く」という騙しの企画が伝えられる。大泉はサッカーについてはサッカーファンである鈴井がいつか海外でのW杯予選を観たいと希望していたことを知っていたため、全く疑わなかった。そして実際に2004年3月31日、ジャラン・バサールスタジアムにてW杯1次予選・シンガポール対日本戦を観戦した。試合の風景は映っていないが、高原直泰の前半のゴール・藤田俊哉の後半決勝ゴールで歓喜する様子、シンガポール代表・インドラの後半同点ゴールのありえないという様子など、どうでしょう陣の応援する姿が第1夜で放送された。
一行は列車でクアラルンプールに移動し、「マレーシア・ジャングル探検」の際に泊まったホテルに「偶然」を装って宿泊、そこで「マレーシア・ジャングル探検」の思い出を語るうち、鈴井と藤村Dが「シカ事件」についてのケンカを始め、「予定を変えて真相を確認しに行こう」という流れで大泉に旅の本当の目的地が告げられる(視聴者もここで知らされる格好)。
- ブンブン1回目
前回の度で本来泊まりたかった、人気のある“ブンブンクンバン”に宿泊した。
大泉には「今まで過酷な旅をしてきたから、最近忙しい君を労わって今回はリラックスした旅をしよう」という趣旨をメールで伝えたところ、大泉が大変感激したとされている。しかし、結局誕生日にブンブン滞在の為にジャングルを11キロ歩かされる羽目となり「君たちは喜んだ僕を見て心の中では笑っていたのか」と大変憤慨した。藤村Dは、最初の3日間はゆっくり休んだじゃないかと思いながらも、この旅の最中に31歳の誕生日を迎えていた大泉には、少し悪いことをしたと思っているそうである。
- ブンブン2回目
どうでしょう班だけで6年ぶりの“ブンブンブラウ”滞在を果たす。前回訪れた際には、一行がげんなりするほど老朽化の進んでいたこのブンブンだが、6年の間に改修が施されて、比べ物にならないほど快適なものへと変わっており、一行は驚いていた。
大泉は腹痛を患うが、トイレと観察場所が離れているために一人で用を足すことが出来ず、藤村・嬉野に付いてきてもらうという事態に。
- 謝罪会見
前枠・後枠でジャングルで大泉が要求していた「謝罪会見」を行った。大泉記者の質問に対して鈴井(たっくんやタコ星人に扮装)が不真面目に応える、という流れ。最終夜の後枠において藤村Dから次回作の行方を占う「ある報告」がある。
[編集] 激闘!西表島
西表島で「むし追い祭り」をしようという企画。
前年、ジャングルリベンジのロケ中での大泉の「俺は闘牛をやってみたい」「牛追い祭りなんて良いね」との発言を受け、ディレクター陣はスペインの「牛追い祭り」(サン・フェルミン祭)を視察し、ディレクター陣はこの道中をどうでしょう本として書籍化した。視察の結果、全てを見たD陣は満足してしまい興味が無くなってしまったこと、また牛追いを撮影するにはカメラの台数が足りない、カメラポジションを確保するための交渉が難しいなどの規模の面での問題が分かり企画を変更。今回こそリラックスした旅をしようと遊び前提の企画へ方針を定めた。
大泉には「今回は牛追い祭りである」と思い込ませ続け、旅立ちの日を迎える。2005年7月11日にHTB駐車場で行われた企画発表では、牛追いを彷彿とさせる鈴井の扮装やセットを用意するが、発表された企画は「うし追い祭り」ではなく「むし追い祭り」であった。見事に大泉は完全に騙され、放送を見ていたほとんどの視聴者までもが1年間騙されるという、番組史上最大規模の騙しが成功した。放送では触れられていないが安田も騙されている(大泉同様パスポートを持ってきた)。
西表島では、現地コーディネーターのロビンソンの「虫はつまらない」という一言で「むし追い祭り」という当初の企画は頓挫し、藤村Dはロビンソンが紹介する西表島の魅力をたっぷりと紹介する企画に変更。西表の自然を、そしてロビンソンの人柄に思いっきり「お見舞い」される結果となった。これは、そもそもが遊び目的であったため企画が定まっていなかったことによる。対決内容は順に砂浜で魚獲り・ヤシガニ獲り・大うなぎ獲り(と、大うなぎを釣るための餌となるカエル獲り)・テナガエビ釣り・港で魚釣り。
この企画ではどうでしょう班と安田以外にスタッフも同行、最終対決では「ハナタレの福屋キャップ」が普通に釣りをしている。エンディングのクレジット表示でスタッフ各人が西表に行ったか行かなかったかが判る。
- ルール
鈴井・大泉・安田の個人戦で「釣りバカシリーズ」同様のルール。特に主審を設けた点が2002年放送「24時間耐久屋久島釣りバカ グランドチャンピオン大会」に近い(屋久島の主審は藤村D、西表島の主審はロビンソン)。今までの釣りバカシリーズと違うのは、事前に計画していたことが頓挫した事。
前述の通り計画が破綻したため厳密にルールが存在するわけではないが、各ラウンド共通のルール(暗黙のものも含む)を列挙すると
- 優勝者には「ムシオイキング(ムシキングのパロディーと思われる)」の称号が与えられる。これまでの優勝特典のようなものは存在しない。
- ラウンド会場、試合時間、各ラウンドの得点はロビンソンと藤村Dが決めるが、ロビンソンの判断が優先される。
- 食す目的のもの以外の獲れたものは基本的にリリースをする(特に天然記念物は許可なく持ち帰る事自体が法律違反となるため、必ず)。
上原港を舞台にした最終対決。ロビンソンの「照明を落とした方が釣れやすい」というアドバイスにより、終始真っ暗の映像しか流れない事になる。ここでどうでしょう班は「寝釣り」という釣りのスタイルを考案。
- トリオ・ザ・タイツ
前枠・後枠は青タイツ(鈴井)・茶タイツ(大泉)・黄タイツ(安田)によるトリオ漫才。また、企画の後半になってくると大泉のやる気がまったく見られない事がわかる。収録はいつもどおり平岸高台公園で撮っているが、第3夜は2005年10月に開催された『水曜どうでしょう祭り』会場、第5夜、第6夜はスケジュールの都合上ハナタレナックスの沖縄ロケに同行しそこで撮った。沖縄では鈴井と安田は酒を飲み過ぎたため、非常に残念なことをしてしまい、それぞれ前枠・後枠でネタにされた。
[編集] 放送まで
2005年7月11日早朝に番組公式ウェブサイトの日記、「CUE FAN MOBILE」(鈴井)、オフィスキューの公式ページ(大泉)などでそれぞれが旅に出ることを告知。なお、ロケ期間中はTEAM-NACSの全国公演「COMPOSER -響き続ける旋律の調べ-」が行われていたが、大泉と安田のスケジュールがロケのために押さえられていたため、丸一ヶ月の休演期間が設けられた。
「サン・フェルミン祭」は例年通り7月6日-14日に開催されており、今回の企画が「牛追い祭り」であると見ていた視聴者は多かった。しかし、「もしかしたら牛追い祭りさえも嘘で、どこか違うところへいくのかもしれない」、「意外とカントリーサインでもやってるんじゃないか」と猜疑心たっぷりに見るファンも少なくなかった。[要出典]
9月に全8夜というヨーロッパ・リベンジや合衆国横断と並ぶ長期間の放送が決定し、10月5日にHTBでの「水曜どうでしょうClassic」放送直後に新作の予告CMが初OAされた。CMは「牛追い祭り」の映像と驚愕する大泉の映像が使われていたが、企画の内容は一切わからなかった。
10月14日 - 10月16日に実施した「水曜どうでしょう祭」において第1夜と第2夜を先行上映。内容は藤村Dにより緘口令が下された。内容については他の都府県各局での放送が順次行われるため番組公式ウェブサイト上では公表されていなかったが、 2006年2月2日に愛媛朝日テレビ(eat)での新作放送決定を日記で告知する際に嬉野Dがうっかり行き先をばらしてしまった。正式な企画名と内容を公表は同年7月10日に藤村Dが公式ウェブサイト上で行った。
[編集] むし追い祭り激闘録
- ロケ移動は1日ではできず、まず、石垣島に宿泊することとなった。
- 石垣島の宿では大泉が泥酔した挙句、社長の鈴井を含めたCUE3人での相部屋であることに対してボヤいている。しかし、西表島では全員相部屋。
- 大泉と藤村Dはいつも以上に酒を飲んでおり、特に藤村Dは10時間以上飲み続けて現地の人をちゃん付けで呼ぶほど意気投合をしてしまう。
第1ラウンド 海での魚獲り
- まずは西表島の海の魅力を紹介しようと、ファインディング・ニモで有名なクマノミが獲れるということで、海で魚獲りを行った。この時点で最初の企画だったむし追いは完全に破綻した。
- ルールは、海の中に入り、魚を獲る。小さい魚1点、クマノミ5点、大きいクマノミ10点、ヒトデは0点。
- D陣は水中カメラを持ってきていないため、水槽の中にカメラを入れて撮影をするという原始的手法を採った。
- このラウンド終了時の獲得ポイントは、鈴井6点、大泉1点、安田12点。
第2ラウンド ヤシガニ獲り
- 罠を仕掛けてヤシガニを獲ったり、オオオカヤドカリなどの生物を発見する。ヤシガニ15点、ヤシガニを手で捕まえると5点、オオオカヤドカリ5点など。虫は0点、おめでとうの一言だけ。
- このラウンドは山の中に入るため、ハブにかまれる危険性があるので長靴が必須であるが、準備していなかったためにスタイリスト小松が急遽買いに行った。
- 鈴井はオオオカヤドカリを見つけて手に獲ってポイントを稼いだが、ヤドカリが中に入ってしまうために動いている映像が撮れず5点減点されてしまった。
- さらに鈴井は大きいヤシガニをゲットし、藤村Dはロビンソンに20点ぐらいあげても良いかと聞いたが、ロビンソンは18ぐらいだろう言ったため、暗黙のルールで18点になってしまった。
- 大泉はクイナの雛を発見し、藤村Dは5点としたが、ロビンソンが10点としたため、また暗黙のルールで10点獲得する。
- このラウンド終了時の獲得ポイントは、鈴井34点、大泉26点、安田12点。
第3ラウンド 大うなぎ獲り
- ロビンソンが藤村Dに「でっかいうなぎがいる」ということで、それを獲ることに。
- まず餌となる蛙を捕まえ、蛙の仕掛けを作り、翌日の朝にかかっているかどうかを見に行く。得点はロビンソンの裁量によって決まり、餌自体は得点にはならない。
- 蛙を探すがなかなか見つからず、深夜2時まで西表島中を車で駆けずり回ることになってしまう。蛙が6匹必要だったが、2匹(もう1匹いたが小さいため餌としては使えず)とあまりに取れないため、餌は蛙2匹と蛙の代わりにテナガエビ2匹を代用して挑むことになった。
- やる気のない出演者は、ロビンソンの車の荷台に乗せられることになってしまった。最初は大泉が乗ることになり、その後ロビンソンの車の中で寝ていた安田が荷台に乗せられた(その後大泉はゲスト解説者としてD陣の車に乗った)。2人とも荷台では完全にやられてしまった。大泉はこの状況から完全にボヤキ始めてしまい、「ロビンソン、もう帰ろうよ」などの言葉が出てきた。
- 蛙を使った鈴井、安田は見事大うなぎを釣り上げた。大きさから鈴井100点、安田120点。テナガエビを使った大泉はホシマダラハゼ(ロビンソン談・日本最大のハゼ)を釣り上げた。得点は50点だったが、大泉が珍しさを押したため85点に上がる。
- このラウンド終了時の獲得ポイントは、鈴井134点、大泉111点、安田132点
第4ラウンド テナガエビ釣りなど4種
- ルールは、テナガエビなどを釣り上げ、大きさ、雄雌、釣り上げた数などを基準にロビンソンの裁量によって決まる。よって、明確な基準はない。
- 会場に行く前にロビンソンはオオタニワタリの新芽を探すが見つからず、一同は前日の蛙探しの二の舞を危惧する。藤村Dはこの状況をすでに楽しんでおり、ロビンソンを煽り立てた。
- 会場へはカヌーで上流へ向かう。カヌーの後方(舵取り役)は鈴井が、前方(エンジン役)は安田が担当。大泉はカヌーの真ん中(役目は無し)。藤村Dは役に立たないボンクラ、大泉は中盤の司令塔と称した。
- この時大泉はロビンソンの物真似を完全に習得し、物真似の実力がさらに増していることを証明した。
- 今までの釣りバカシリーズでは、スタートの合図をプレイボールとしていたが、ロビンソンはプレイボーイと駄洒落を言い、それ以降はすべて「プレイボーイ」に。
- 最初は釣竿釣りを行い、3人が1匹ずつ釣り上げた。大きさなどの差異によって大泉3点、安田15点、鈴井10点。
- 小型の網と寄せ餌を使った釣りは、時間内に釣り上げた数をまとめて得点とすることとなり、数の多い大泉が50点、鈴井が35点、安田が15点。この後テナガエビは油で揚げて食した。
- 釣竿を使ってオオグチユゴイを釣る。入れ食いが予想されたが、30分の間に誰も釣り上げることなく終了。
- カヌーに帰る途中、クロダイを発見したため、クロダイ釣りを行うことに。ロビンソンの一言で誰かが釣らないと帰れないことになる。大泉が周りに促される形で釣り上げ30点ゲット。
- このラウンド終了時の獲得ポイントは、鈴井179点、大泉194点、安田162点。
- なお、このラウンドにてロビンソンが過去に阿寒町に住んでいたことが判明。
最終ラウンド 夜釣りよ今夜もありがとう
- クロダイ釣り後、藤村Dが夜釣りポイントを聞き、上原港で夜釣りをすることとなった。
- ルールは、ゴマフエダイなどを釣り上げ、得点、競技時間は藤村Dの裁量によって決まる。ゴマフエダイで20~30点。
- 大泉がいきなりヒットしたがバレてしまう。その引きから「釣りが怖い」と言い出す。
- ロビンソンは当初来なかったが、途中心配になり上原港にやってきて指導をした。「ゴマフエダイは警戒心が強く、ライトを照らすと釣れない」の指導を受け、D陣は照明を消し、ヒット時以外は真っ暗な画面で番組が進行した。
- 全員疲労困憊で、椅子も用意されていない状況から「寝釣り」という方法を編み出す。竿を持って横になり、釣れるのをひたすら待つ。そのうち本当に寝てしまい「マジ寝釣り」という変則技から、上原港一泊をしてしまう。安田は竿ではなく懐中電灯を握るという荒技「寝ボケ釣り(要は単なるミス)」を考案。スタッフでも寝る者が現れ、スタイリスト小松、嬉野Dが上原港一泊となった。
- 福屋キャップはこのラウンドに特別参加をしているが1人寝ず、「静かにしてくれ、集中してるんだ、来てるぞ」など出演陣よりもやる気に満ちていた。しかしキャップの浮きは微動だにしなかった。
- 大泉は毒性のあるハナミノカサゴを釣り上げてしまう。珍しいので40点を獲得。
- そのうち流れ星が流れ始め、大泉は1度目は「金が欲しい」と願い、2度目は「布団で寝たい」と願えばよかったと流れた後で後悔。
- そのうち大泉は、あまりに長時間の真っ暗な画を盛り上げるために、抗議の電話、FAXが殺到していると言い始め、「深夜です。おかけ間違えのないように」などの名言が出てきた。福屋キャップには、激励のFAX・メールが送られる。
- 鈴井は半袖で寝ていたため、寝冷えをしてしまう。
- 出演者・スタッフは上原港で夜を明かすこととなった。競技時間は午前5時を周り、藤村Dは午前6時までと設定する。その後、日の出までと変更。
- 全ラウンド終了し、獲得ポイントは、鈴井239点、大泉314点、安田162点で、むし追いキングは大泉が獲得した。安田はこのラウンド魚を1匹も釣れなかった。
- 終了後、ロビンソンと船を使って貝殻の一杯の島に行き、そこでエンディングとなった。
[編集] 企画と視聴者
今回も前作「ジャングル・リベンジ」に続き、前半は緊迫せずに「見たかったものとは違う」「ダラダラしすぎ」「ゆるすぎる」(大泉も企画が始まる前にそう発言)などの企画に対する意見や、企画中に大泉・安田がトラックの荷台に乗って移動したシーン(道路交通法第55条違反なのか議論が起きた)を放送するなどしたことに対する批判などがでた。藤村Dも「今年はつまらないと思った人もいたかもしれない」と例年よりも弱気な発言をしながらも「でも自分としては面白かったし、視聴率も取れたからOK。荒々しいものはまた来年にご期待を。」と締めた。
そのとおり今回も前半はダラダラとしていたどうでしょう班は最終夜に行くにつれ相変わらず緊迫し、視聴者を引きずり込むような企画となった。
[編集] 同行者
このロケにはどうでしょう班に加えて、対決企画に必ず呼ばれる安田顕、スタイリスト小松、沖縄ロケ経験が多く西表島ロケも経験しているハナタレナックスの福屋プロデューサー(通称キャップ)などもロケに同行した。また、ドライバーとして松倉くんが参加している。
[編集] ロビンソン
この企画の中心となったロビンソンは現地の観光コーディネーターをしており、このロケの一部であるカヌーとテナガエビ釣りのツアーを「どうでしょうロケ地巡りツアー」としてどうでしょうファン向けに提供している。放送直後からロビンソンを訪れるファンが多くおり、新たな聖地となっている。なおロビンソンはフジテレビ『晴れたらイイねッ!』を始めとして数々の西表島を紹介する番組に出演している。また、かつて北海道の阿寒町に住んでいたことがある。
[編集] ヨーロッパ20ヵ国完全制覇 〜完結編〜
1997年『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇』および1999年『ヨーロッパ・リベンジ ~美しき国々の人間破壊~』において周り切れなかったバチカン市国、サン・マリノ、ポルトガルを周りきる企画。訪れていない国のうち地理的に離れすぎているアイルランドは除外され、タイトルも21ヵ国から20ヵ国へと変更された。仮タイトルは「2007年新春スペシャル! 2006年最新作! 真冬に見る! 夏の思い出!」。
1997年の「ヨーロッパ21ヵ国完全制覇」の開始日からちょうど9年経った2006年8月22日に札幌HTB前から出発。これまでの「ヨーロッパ」シリーズはフランス凱旋門前からのスタートであったが、バチカン市国への入国を果たすべくイタリア・ローマからのスタートとなった。
バチカン市国への入国後、ローマでレンタカーを借りサン・マリノ、フランス・スペインを横断してポルトガルにあるユーラシア大陸最西端のロカ岬を目指す。
2006年2月6日、CREATIVE OFFICE CUE社内にて鈴井、嬉野、藤村による2006年の最新作についての会議が行われ、企画が決まる。D陣は大泉に対し「スケジュール以外の企画に対する質疑」を行うことを禁止すると宣言。これに対し、大泉はCREATIVE OFFICE CUEのサイト内において「企画会議に参加させて欲しい」と申し出たものの、「大泉のビックリした顔」を期待するD陣に拒否されている。
また、この2006年新作に合わせ藤村ディレクターはフジテレビジョン系ドラマ『小早川伸木の恋』出演の為に役作りとして髪型をストレートに変えていた大泉を元のパーマをかけたもじゃもじゃの髪形にロケ実施までに戻せと命令。藤村ディレクター曰く「戻さなければカツラをかぶってロケを行う」と言っている。
- 書き込み
- 今回、出発後に以下の時間(日本時間)に出演者による書き込みが行われている。ちなみに前回の西表島では藤村Dの「しばらく旅に出ます」のみであった。当然ながら、書き込みには企画内容や場所はあまり記載されていない。しかし、旅を終えて初めての公式サイトの日記の更新は、藤村Dは「海外へ行ってきた」と記したが、これ以上の情報は一切不明である。
- 8月22日4:59(藤村)「しばらく旅にでます。留守をよろしく」
- 8月22日12:00(鈴井)「しばらく社長室を空けます。」
- 8月23日8:05(大泉)「只今久しぶりの旅をしております」「けっこうな長旅になりそうです。」などと記載。
- 8月25日14:52(鈴井)「元気です。」
- 8月25日15:51(大泉)安田のドラマについて言及。
- 8月31日9:43(大泉)東京タワーの再撮の内容や未だにどうでしょうの企画を行っていること、さらには音尾琢真の日記に対するコメントなどを書き添える。
- 9月1日17:41(大泉)ロケ中に確認される最後の書き込み。森崎の長台詞について「旅の途中もその話題で持ち切りでしたよ。」と記載、ロケ自体は終了し帰札途中とも受け取れる。
- 9月4日1:43(鈴井)「休日でした。」「今日(9月3日と推測される)自宅から一歩も出ずに、旅の疲れを癒し、日常へのリハビリに努めておりました。」
- 9月4日18:29(藤村)「海外に行っておりました。」と2006年の新作は海外で行ったことを公表。「不本意ながら疲れしまった。」「みっちり旅をしてまいりました。」
- 9月5日16:59(嬉野)ミスターが9月2日の夜に千歳空港に降り立ったときに北海道の温度差で風邪を引くと語ったこと、藤村Dが旅初日の出発前に自業自得の怪我をしたことが書かれていた。
- なお、(鈴井)とあるのはオフィスキューホームページ内の「社長室」、(大泉)はオフィスキューホームページ内の「CUEダイアリー」に書き込まれたものである。また、(藤村)、(嬉野)とあるのは水曜どうでしょう official websiteトップページに書き込まれたものである。
[編集] 旅での主な出来事
注意:以下の事は内容に言及している。
- バチカン市国のサン・ピエトロ広場に向かい、バチカン美術館(システィーナ礼拝堂の絵画『最後の審判』などが見学コースに含まれる)を見学するため列に並ぶが、それはサン・ピエトロ大聖堂に並ぶ列で、見たくもない歴代法王の墳墓を参拝することとなった。大泉は「(大泉の家は神道なのに)何で法王の墳墓で祈らなきゃいけないの」とこぼす。また、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂でもドーム天井の絵画『最後の審判』を見るつもりで列に並ぶものの、わざわざ一人6ユーロを払って、塔の頂上へ登ってしまった(そもそも、大聖堂は無料で拝観することが可能で、6ユーロは塔へ登るための拝観料)。
- 出発の朝、藤村Dが日課のジョギングの途中で足をくじき、捻挫。大泉に批判され以後時々「捻挫」と呼ばれる。
- 大泉が酒を飲み自ら「酩酊した」といったときに悪路を通った事を怒り、ミスターを告発すると公言。
- 『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇』でホテルの確保に失敗したエクス=アン=プロヴァンスで、ホテルの確保に成功。
- ドラマ(日本テレビ系『ハケンの品格』)撮影を控える大泉は日焼けをすることができないため、70(SPF値)と箱に書いてあった日焼け止めクリームを購入したが、塗りこんでもその白い色が消えず、日焼け止め使用後は常に大泉の顔は白粉をつけたように白く、藤村Dが大泉と顔を合わせるたびに爆笑する。
- 地図を読むのに必死であったミスターが、疲労のあまり宿泊先のホテルで夕食後に、嘔吐した。
- 宿泊したレストランで海老たっぷりの料理を食べた大泉が、アレルギーでじんましんを起こし、顔が変形。藤村Dも企画前に足を捻挫をしたため、唯一最年長の嬉野Dだけが何事も無かった。
- 最終的にポルトガルに着くが、ロカ岬が分からず、さらに藤村Dが渋ったため、ロカ岬の前にある岬をゴールとした。
[編集] ゴールについて
- 放送ではロカ岬にたどり着けずラソ岬でゴールしたことになっているが、実際は地獄の口という観光地である。
- ゴール地点で「あっちのが明らかに出てねぇか?」と言っていたのはロカ岬でもラソ岬でもなくただの海岸線である。
- 映像に出てくる灯台は確かにロカ岬の灯台なので、実際にはロカ岬に行っている。
- 一度岬を通り越したことになっているが、ロカ岬は一本道の突き当たりであるため通り越せない。
- ミスターは「灯台は岬からかなり離れている」と発言しているが、実際はロカ岬にある。
- リスボンで藤村Dが、ラソ岬とロカ岬を間違わないようにという趣旨の前振りを入れている。
[編集] 枠での出来事
枠の構成は、前枠で大泉の衣装より鈴井の衣装の方が派手なため、大泉がスタイリストの小松にもっと派手なものを要求したが、後枠でも結局鈴井の方が派手、というオチが続いた。しかし中盤(第5夜)、前枠で鈴井がカメラの前で止まるよう木に紐を結んだソリで登場した。これが後枠では急に止まるソリから勢い余ってダイブするといういわばハプニングを起こし、これが好評だったことから、以降シリーズ化する一方、衣装を競い合うオチは消滅し、渡哲也(こちらを参照)や大泉自身が出演した『ハケンの品格』のパロディに変わった。
[編集] (2011年最新作)
[編集] 脚注
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