溶接

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アーク溶接
建設機械のフレームの溶接

溶接(ようせつ、英語:welding)とは、2個以上の部材の接合部に、又は圧力もしくはその両者を加え、必要があれば適当な溶加材を加えて、接合部が連続性を持つ一体化された1つの部材とする接合方法[1]。更に細かく分類すると、融接圧接、ろう接に分けられる[1]。かつては、現在に至るまで一般的な溶接[2]のほかに鎔接熔接の文字も並んで利用されていたが、「鎔」「熔」ともに当用漢字に入らず、「溶」に統一された。

溶接は青銅器時代(ろう付、メソポタミアのレリーフ)からも見出され、日本では弥生時代銅鐸にも溶接の跡が発見されている。現代では、建設業、自動車産業、宇宙工学、造船などの先端技術だけでなく生活をささえる基本的な古くて新しい技術である。

溶接とは[編集]

前述の通り溶接(ようせつ)とは、2つ以上の部材を溶融・一体化させる作業である。接着と異なる点は、母材(接合したい材料のこと)を物理的に溶かすことである。母材を溶融する方法としては、、圧力などがある。接合箇所が結晶レベルでは連続性を持つのが溶接の特徴である。しかし、ここで詳述に入る前に、機械設計者の通念として母材より強度が圧倒的に低下する懸念に留意することが基礎となっている。つまり素材メーカーが精密に金属組織設計をした母材を変質させる行為ともいえるからである。歴史的には、第二次世界大戦中、米国がナチスドイツに対抗するため、輸送船の大量生産計画によって世に知られることとなった。伝統的にリベットで継ぎあわせる工法の船体を、溶接で行うことで効率性を高めた計画が裏目に出た。この溶接船(リバティー船)は北大西洋上で物資を積んだまま相次いで人命とともに沈没した。これは溶接部位が低温脆性が起こりやすいことが認識されていなかったせいで、この失敗を反動にして破壊力学という工学理論が作り出された。このように溶接作業者の腕に強く依存しているケースを如実に示した事例であったので「溶接は設計の外道」と言われることもある。つまり、溶接部は元々の金属の機械的強度が劣化した状態にあることを多くの設計者が認識していなかったためであり、溶融金属が凝固した状態は一種の鋳物になっており、塑性加工を経た金属よりもかなり劣悪な強度特性を持っているという自覚が必要であり、逆に溶接工の産業社会上の技能の上の地位が外科医に例えられたりするのはそのためである。

溶接を行なうには母材を溶かさなければならない。摩擦接合や圧接では母材が融点に達するほどは加熱されない。母材は通常金属である。つまり、一般的に言えば溶接とは複数の金属部品を一体化することを指すが、プラスチックを溶かして接合することをプラスチック溶接と言ったり、最先端の技術ではセラミックスを溶接することも可能になっている。

アルミニウムのように構造材になるような金属を溶かすにはかなりの高温が必要になる。しかも接合部分だけを溶かさなければならない。そのため狭い部分を集中して加熱できる方法が必要となる。一方で経済性も重要であり、なるべく少ないエネルギーで効率的に溶かすことができなければならない。

主な加熱方法としては電気(電気抵抗)、アーク放電がある。また、ガスプラズマ、電子ビーム(電子線)、レーザーなどで加熱することもあるが、コストや使い勝手の面から用途が限られている。溶接の古代技法である鋳掛けでは、湯(溶けた金属のこと)を注ぐことで母材の縁を溶かしている。

現在主流なのは、アーク溶接スポット溶接(抵抗溶接)である[3]。特に、単に溶接と言った場合はアーク溶接を指す場合が多い。スポット溶接は自動車や薄板板金の分野でよく使われている。

母材と母材の間に隙間がある場合は、その空間を補填するために溶加材が用いられる。また、隙間を埋める必要が無くても、強度的に肉厚を増す場合には溶加材が使われる。アーク溶接には通常、溶加材が用いられる。いわゆる溶接棒のことである。スポット溶接は溶加材を使用しない。

沿革[編集]

古代[編集]

インド 4世紀に建てられた鉄柱。

古くは青銅器の接合に溶接が用いられた。中国の三星堆遺跡(さんせいたいいせき)から大量の青銅器が見つかっているが、これらは紀元前2500年の最古級の青銅器を含み、これらには既に溶接が用いられていた。母材と母材の間に溶かした溶加材を流し込む鋳掛けという方法だとみられている。

鋳掛けは金属製品のひびや穴の補修技術だが、接合にもよく使われていた。鋳掛けでは母材の縁が溶けるまで溶加材を流し込むので、完全な接合が行なわれる。現代のアーク溶接に通ずる技術である。日本の高岡短期大学で三星堆縦目仮面の復元のために、この古代技法が再現された。日本には青銅器そのものの技術と共にこの鋳掛けの方法が伝わったと思われる。弥生時代銅鐸からも鋳掛けの跡が大量に見つかっている。

またヨーロッパでも紀元前3000年頃から青銅器の遺物から鍛接、リベット、ろう付けなどの加工の痕が見つかりはじめる。

紀元前15世紀ごろ小アジアが発明される。鉄は展延性に富むため、鍛造に向いた金属である。鍛造は金属を整形するとともに鍛えて強度を増す方法だが、熱した金属を重ねて鍛えると金属を接合することが出来た。これを鍛接という。

鉄の接合には鋳掛けとともに鍛接が良く行われた。青銅器でも鍛接は行われたが、鍛接は特に鉄に向いた接合方法である。鍛接は現代のスポット溶接に通じるところが多い。

紀元前10世紀頃、鉄の技術は他の地域に伝わる。鍛接の技術は鉄とともに伝わっていった。日本では紀元前3世紀ころから鉄器が見つかる。鉄器とともに鉄の接合技術が伝わったと思われる。河内には古くから鋳物師(いものし、いもじ)の氏族がおり、代々天皇鋳造したと伝えられている。おそらく紀元前3世紀頃、朝鮮から来た渡来人と思われる。後年、この氏族の流れを汲む鋳物師や鋳掛け屋(後述)の技術集団が日本各地で活躍することになる。

インドデリーの郊外に錆びないことで有名な鉄柱の遺跡がある。この鉄柱はグプタ朝チャンドラグプタ二世によって建立されたインドの最古のイスラム寺院の中に建っており、紀元310年のもので鍛接が使われていることがわかっている。ちなみに、この鉄柱にはヒンディー語で「デリー」(不安定なもの)という名前が付いており、この呼称が現在のインドの首都デリーの由来になった。

中世・近世[編集]

鋳鐵師。「守貞漫稿」より
16世紀のドイツの鍛冶屋。手前に商品が並べられているが、鍛接によって付けられたと思われる部品がある。
鋳掛けの跡 18世紀 アルザス地方

弥生時代、青銅器の伝播とともに鋳掛けの技術が日本に伝わったが、この技術が発達し大仏などの巨大青銅器を生むに至った。これらの大仏は鋳物師によって製作された(奈良の大仏は当時の現物が失われているので何とも言えないが、細部の補修に鋳掛けが利用された可能性はある。鎌倉の大仏からは鋳掛けの形跡が見つかっている)。

日本では鉄は貴重品であったが、たたら製鉄が中国地方で盛んになると、鉄が一般にも普及していった。平安時代末期、鉄が普及してくると田畑の開墾が進んでいく。また鉄製の農具によって面積当たりの米の生産高も飛躍的に向上した。

武士の誕生は武器の需要を生み、それがさらに鉄の加工技術の向上をもたらした。刀剣鉄砲の発達とともに鉄の加工技法はよく発達した。日本は豊富な砂鉄とそれを精錬するための木材資源にも恵まれており、鉄の加工技術では東アジアでは抜きん出た存在だった。農具にも、当時の中国では見られない高度な鉄の加工技術が使われていたとされる。普及したとはいえ鉄製品は貴重品であるため、壊れた鉄製品を修復する需要があり、鉄の接合技術は日本各地に広まった。鍛接・鋳掛けのほかにも、金属の接合にはろう付け・リベットが使われた。

日本の江戸時代には鋳掛屋という行商人がいたという。各地を渡り歩き、鍋釜の類を鋳掛けで補修し日銭を稼いでいた。鋳掛けによる溶接も行われた。彼らは溶けた鋳鉄に鞴(ふいご)で空気を吹き付けることで、鉄を流動化する技術を持っていた。吹き付けた空気により、鉄が燃焼し、その熱で鉄を完全な液体にすることが出来た。同時に脱炭が行われただろう。この方法は山下吹きと言い、16世紀兵庫県の山下村の鋳物師銅屋新左衛門が発明したとされている。この鋳物師は河内の鋳物師の流れをくむ鋳物師である。転炉を連想させる高度な技術である。やや時代が下るが幕末から長州で製鉄技術が急速に発達したのは山下吹きの技術があったからだと言われている。鋳掛け屋は昭和初期の頃まで各地で見られたらしい。

前述の高岡短期大学のある富山県にも鋳物師の伝統があり、この地域には古い技術がよく伝承されている。現在でもコマツYKK新日軽といった金属加工関係の大企業の工場が富山県に多くあるのはこの伝統と無縁ではない。

ヨーロッパでも中世の頃から金属の接合技術が発達する。1540年イタリアの高名な冶金学者ヴァンノッチョ・ビリングッチ冶金学に関する最初の本を発表した。この本を元にルネッサンス時代の技術者は鍛接の技術を発達させていき、やがて近代以降の溶接技術の発展につながっていく。

ヨーロッパにもドイツゾーリンゲンなど伝統的に金属加工を得意とする地域がある。英語では鍛冶屋のことをblacksmith、鍛冶のことをsmithingと書き、ドイツ語ではSchmiedと書く。そのためか、溶接関連の功労者にはSmithや、Schmiedeから派生したSchmidtを姓に持つものが多い。(ドイツ姓のシュミットにはSchmidtのほか、SchmidやSchmittなどバリエーションあり) また、今でも欧米の溶接関連企業にはスミスやシュミットの発音の付く会社が多く、これも溶接と鍛冶屋の強い関連をうかがわせる(例えば GE Schmidt 社、UA Fort Smith 社など)。

鉄を溶かすには高温が必要である。母材を直接溶かして鉄を溶接することができるようになるのは、近代に入って電気やガスが使えるようになってからであった。

近代[編集]

近代に入ると、電気やガスで集中的に加熱することが可能になる。様々な溶接が次々に開発されるが、主流はアーク溶接と抵抗溶接(スポット溶接)である。アーク溶接は鋳掛けの代替技術として急速に普及していく。薄板板金にスポット溶接が使われるようになると、鍛接の用途は特殊な用途に限られるようになる。

アーク溶接[編集]

アーク溶接の様子

1800年イタリアの物理学者ボルタ電池を発明したのと同時に電極間に火花が散る現象が認識されるようになった。この発光現象を研究したイギリスハンフリー・デービー1807年にボルタ電池を2000個つなげたものを電源とし、水銀に浸した木炭を電極として用いる事で放電を安定的に継続させる事に成功する。デービーはこの放電現象をエレクトリック・アーク (Electric Arc) と名付け、当初は照明用に研究が続けられた。1865年、英国のウェルド (Welde) がアーク溶接についての特許を取得する。1885年、炭素アーク溶接の特許が英国で認可され、この後アーク溶接が普及していく。1907年、被覆溶接棒が発明され、被覆アーク溶接が可能になる。以後アーク溶接は普及の度合いを速めていく。

第一次世界大戦に入ると溶接能力の大幅な向上が強く求められるようになった。溶接技術の優劣が軍事力の優劣に直接結びついたためである。この時期、イギリスでは全ての外板を溶接で建造した船が作られた。アメリカでは溶接の普及が遅れていたが、ドイツ軍のニューヨーク港攻撃で破損した船舶の修復にアーク溶接が用いられ、その威力が認められるようになる。ドイツでは航空機の建造にも既に溶接が用いられていた。

ロボットによるアーク溶接のビード

1920年代、溶接ワイヤーが連続的に供給される半自動アーク溶接が登場する。当初はブローホールが発生し品質の確保が困難だったが、溶接を大気から保護するシールドガスが開発され、この問題は大きく改善された。品質に問題がなくなると、半自動溶接は急速に広まっていく。1930年代に入るとフラックスが開発されアルミニウムやマグネシウム合金などのアーク溶接も可能になる。

日本では1930年に作られた駆逐艦夕霧の一部に初めてアーク溶接が用いられた。本格的にアーク溶接が用いられたのは1931年に作られた海軍の敷設艦八重山である。溶接が用いられることにより、艦船が軽量化し工期が大幅に短くなった。このとき、逆歪みや対称溶接など現代では常識となっている手法が溶接に用いられている。海軍の手により、これらの溶接に関する技術が規格化され、これを境に日本でも急速にアーク溶接が普及していく。

抵抗溶接[編集]

1840年代に電流をスパークさせると金属が接合する現象が発見される。加圧しつつ電流をスパークさせると接合力が飛躍的に高まることが判り、1887年アメリカでフラッシュバット溶接として特許が申請される。同じ年、似たような同じような仕組みのスポット溶接の特許も申請される。特許論争が起きるがスポット溶接はフラッシュバット溶接の一部とみなされ、フラッシュバット溶接の特許が認められることになった。抵抗溶接は鍛接やリベット止めの代替技術として薄板板金の対象に広まっていく。スポット溶接は自動車、シーム溶接は缶詰などに使われた。

現代[編集]

レーザーセンサ内蔵タンデムアーク溶接ロボット 2005年 ドイツ
ロボット用レーザー溶接トーチ 2005年 ドイツ

1960年以降から、溶接には産業用ロボットが使われるようになる。特にスポット溶接では、その90%以上の作業をロボットが担っていると言われている。日本では一年間に約3万5千台の産業用ロボットが新しく導入されているが、このうち6千台がスポット溶接、5千台がアーク溶接に使われると見られる。溶接ロボットは比較的大きなロボットであり、産業用ロボットでは最大の市場となっている。日本では現在約35万台のロボットが稼動中で、溶接ロボットはそのうち10万台程度とみられている。溶接ロボットのほかに、バリ取りロボット、仕上げロボット、溶断ロボット、塗装ロボットなど溶接の周辺工程で働くロボットがあるが、これはこの10万台には含まれていない。大量生産の現場では溶接の主役は既にロボットであるが、難易度の高い溶接は人が仕上げるほか無く、高い技能を持つ溶接技能者への需要はむしろ増している。

2000年度の国勢調査によると日本の溶接・溶断工の就業人口は24万人弱となっている。これは溶接作業をじかに行っている技能者の数で、2次的に関係している就業者は含まない。産業としてみると、溶接の関わる産業の代表といえばやはり自動車産業があげられる。日本の自動車産業の出荷額は43.2兆円。これは全製造業の出荷額の16%におよぶ。就業人口は直接的に自動車に関わる人だけでも72.6万人。2次的に関わる人も含めると507万人で全就業者数の8.7%に達し、さらに造船や建設機械、建設といった業種が、溶接関係の産業としてこれに加わる。

溶接は巨大な産業に関わるだけに先端技術が惜しみなく投入される。アーク溶接の次世代技術として、電子ビーム溶接、レーザー溶接などが研究開発されている。最新型のスキャニングレーザー溶接装置ではレーザーが遠隔照射され、何も触れることなく鉄板が正確に溶かされていく。スポット溶接の次世代技術としては摩擦攪拌接合などが実用化されている。溶接ロボットには視覚センサ、力制御、人工知能の搭載が実現されている。溶接ビードの形状をレーザーで三次元的に計測し、ロボットの制御情報と溶接機の情報をネットワークで集め、溶接品質を集中的に監視、フィードバックするシステムも実現している。

溶接の分類[編集]

ここでは冶金学的な分類を揚げる。

融接
圧接
ろう接

ろう付けはんだ付け

溶接の分類には加熱方法で分類したもの、装置の仕組みで分類したもの、物理現象に注目したもの、冶金学的なもの、法令に拠るものなど多数の分類方法がある。これらの分類法はいささか観念的なもので、用途に応じて発明された様々な溶接方法に対して、後から当てはめたものなので、あまり厳密に考えなくてもいいだろう。一般には、溶接の主流はアーク溶接とスポット溶接で、それらから専用機として特化したものがあり、さらに非常に特殊なものや実験的なものが少しある、程度の区別が判りやすいだろう。

上記の問題のほかに、どこまでを溶接とするかという定義上の問題も残っている。ろう接や鍛接は溶接ではない、という学者もいる一方で、機械設計者から見ればろう接や鍛接はもちろん、ボルトやリベットも金属の接合方法として重要である。設計者らにとってはこれら(ボルトとか)と溶接を切分けて扱うことはそれほど意味のあることではない。

また、圧力をかけて接合することを圧接(あっせつ)といい、特に加熱してから圧力を加えて接合することを鍛接(たんせつ)という。また母材と違う素材を溶融して接合することをろう付け(ろうづけ)という(接合法を参照)。冶金学には融接という言葉があり、これは液相による接合を厳密に定義する言葉である。冶金学による溶接の定義は融接、圧接(鍛接)、ろう付けが含まれる。

代表的な溶接[編集]

被覆アーク溶接
アーク溶接の基本。いわゆる溶接棒を使う溶接のこと。半自動溶接と区別するために手棒溶接や手溶接と言うこともある。風に強いので屋外でのアーク溶接には大体この溶接が使われる。また溶接に必要な機材が簡単で安価であるが、ホームセンターなどで売っているもので一次入力電圧が100Vのタイプは工芸趣味用途以外にほとんど使い物にならない[要出典]。使用する溶接棒は太く、比較的大電流のアーク放電で行うため薄板溶接は不可能。他の溶接方法と比べて最も難しい。
半自動アーク溶接
アーク溶接の一種。溶接ワイヤとシールドガスが自動的に供給されるので、被覆アーク溶接より作業性が良い。風に弱いので屋内でのアーク溶接に使われることが多い。ガスの種類によりMIG溶接、MAG溶接、炭酸ガス溶接に分類される。最近ホームセンターなどにノンガス半自動溶接機が出回り始めたが、一次入力電圧が100Vのタイプはほとんど使い物にならない。[要出典]溶接ワイヤが細く、インバータ制御でパルスや極性を適切に調整する機種では比較的容易に溶接が出来る。
サブマージアーク溶接
サブマージアーク溶接
アーク溶接の一種。半自動溶接と同じように溶接ワイヤが自動的に供給されるが、シールドガスではなく、特殊な砂のような粒状フラックスで溶接部を覆い、その中でアークを発生させ溶接を行う(従って、溶接中には溶接部の状態を見ることができない。また溶接姿勢は下向きに限定される)。フラックスはアークを大気から保護したあと、固まって溶接ビードを保護する。3.2mm以上の太い溶接ワイヤが使われることが多い。そのため極めて高能率で品質の高い溶接になるが、設備が大型化するので、船や建物の鉄骨、パイプラインなど大きな構造物や、圧力容器等溶接部の品質を特に要求する場合の溶接に使われる。
ティグ溶接(TIG溶接
アーク溶接の一種。融点の非常に高いタングステン棒からアークを出し、その熱で母材を溶かす。半自動溶接と同じようにシールドガスを用いる。溶加材を足すことも可能。精密な溶接に向く。高圧パイプや精密機器の溶接などに使われる。高融点のタングステンを電極にしているため電極自体は減りづらいが、アーク熱を発生させるだけで溶着金属を付加するために、左手で溶接棒を添加しなければならない。両手を使うため熟練が必要であり、比較的難易度は高いが、非鉄金属に対する溶接に適応力が広い。実際にアルミやステンレスの溶接を行うと、アークがプラズマ状になりガス溶接やハンダ付けのような溶け込みをするので、基本的な突合せ溶接であれば最も簡単な方法である。唯一、溶接作業時火花が散らない特徴がある。
スポット溶接
抵抗溶接の一種。薄い板金を両側から抑えつつ電気を流し、その抵抗熱で板金を溶かし接合する。主に自動車のボディの接合に使われている溶接。溶接時間が短く生産性が高い。大きなものを人が扱うのは大変なので、産業用ロボットが使われる。
シーム溶接
抵抗溶接の一種。ローラーの形をした電極で複数の板金を抑えると同時に、抵抗熱で溶接を行う。スポット溶接と違い、線状の溶接が可能。薄い板金を連続的に接合する。主に水密や気密を要する箇所に使用され[4]、缶詰やジュースの缶などに使われている。
鍛接(たんせつ)
圧接の一種。圧接は固相溶接とも言う。真っ赤に焼いた金属を重ねて、ハンマーで叩いて接合する。古い技法で青銅器時代から見られる。現代でも鋼管などの製造に普通に使われる。
ろう接(ろうせつ)
母材より融点の低い金属で接合する方法。ろう付け(融点が450度以上の硬ろう)、はんだ付け(融点が450度以下の軟ろう)貴金属アクセサリーでは部品同士の固定にろう付(ろうづけ)・ろう接(ろうせつ)を用いることが多い。古い技法で、古代エジプトの装飾品からも見つかる。加熱する方法により、アークろう付、抵抗ろう付、炉内ろう付、トーチろう付などがある。

その他の溶接[編集]

ガス溶接
可燃性ガスを燃焼させて溶接部を加熱する。普通はアセチレンガス酸素を使う。溶接速度が遅く、アーク光が発生せず溶接部が見やすいので、溶接不良が発生しにくいと言われている。そのため高圧力のかかる油圧、空圧の配管などに使われる。溶接速度が遅く、機材の取り扱いにも免許が要るなどの短所があるため、あまり一般的な溶接とは言えない。関連資格に(ガス溶接作業者)などがある。またガスの燃焼熱により溶融接合をするわけであるが、添加盛り上げする溶着金属は左手で供給しつつ進行せねばならず、両手を使うためアーク溶接より熟練を要するが、発生温度が比較的低く温度調整も容易で薄板の接合に適している。
テルミット溶接
テルミット法とも言う。アルミニウム粉末と金属酸化物を混ぜて溶接部に詰める。そこで還元反応を生じさせ、その反応熱で母材を溶かし、還元された金属が溶加材になるという仕組み。
エレクトロスラグ溶接
溶接部を銅金で囲いながら連続的に溶接を行う。厚板の突合せの縦なみ溶接に用いることが多い。設備は大掛りで、どうしても溶接部を水平に出来ない大型の化学プラントやタンク、大型船の溶接に用いる。
鋳掛け
溶接部を鋳砂で囲い、母材の縁が溶けるまで湯(溶けた溶加材)を流し込む。古い技法のひとつで青銅器時代の遺物からも鋳掛けの跡が見つかる。今ではほとんど見ることはないが、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接にこの古代技法の面影がある。
電子ビーム溶接
電子ビームを溶接部に当てて加熱する溶接。入熱量が少なく、非常に深い溶け込み深さが得られるので精密な溶接に向く。異種金属の接合も可能。ただし真空中でしか溶接できないので、コストは非常に高い。かつてはコストを無視できるような特殊な製品でないと使うことは出来なかった。人工衛星や深海探査艇、高エネルギー加速器の部品などに使用例がある。しかし近年、自動車のオートマチック化に伴い、トランスミッションギアの溶接に使用されるようになり、日本ではほとんどの自動車メーカー及び系列の部品メーカーが採用している。米国の自動車メーカーは、制動X線が発生することから採用せず、レーザー溶接を採用している。
レーザー溶接
レーザーで溶接部を加熱する溶接。レーザービーム溶接とも言う。入熱量が少なく、非常に深い溶け込み深さが得られる。電子ビーム溶接と違って、シールドガスを使えば大気中でも溶接可能。現在はレーザー光源にYAGレーザーCO2レーザーを使うものがある。YAGレーザーは光ファイバーが使えるので、産業用ロボットに取り付けて使うことができる。CO2レーザーは光ファイバーを使うことが出来ないが、大きな出力が得られている。既にシーム溶接やスポット溶接の代替技術として導入が進んでいる。さらに、中厚板の溶接が出来るようにレーザー光源の大出力化の開発が進んでいる。自動車部品、航空部品などで応用が進みつつある。
ホットジェット溶接
熱風を当てて母材を溶かして溶接する。プラスチックの溶接に使われるので、プラスチック溶接ともいう。
プラズマアーク溶接
アーク溶接の一種。タングステン棒からアークを出し、水冷ノズルの穴を通してアークを細くしぼり、プラズマジェットとして溶接部にあててその熱で母材を溶かす。半自動溶接と同じようにシールドガスを用いる。溶加材を足すことも可能。精密な溶接に向く。TIG溶接と似ているが、タングステン電極がノズルより奥にあり、プラズマがノズルにより密度が高く安定しているという利点がある。使い勝手と経済性の問題から、肉盛溶接などに用途が限られている。
摩擦攪拌接合 (FSW)
圧接の一種。回転する円筒状の工具を強い圧力で板金に押し当てて、その摩擦熱と攪拌力で接合する。現在の主な溶接が母材や溶接棒を溶融しながら接合する液相接合であるのに対し、FSWは母材を溶融せずに塑性流動を利用した固相接合である。固相溶接ともいう。異種金属接合が可能。FSWは広義の溶接に数えられる場合もあるが、伝統的な溶接の概念とは異なる接合法であるため、溶接とは別のものと一般的には考えられている。スポット溶接の代替技術として開発、導入が進んでいる。
摩擦圧接
圧接の一種。摩擦攪拌接合と似るが、母材自体を回転させる。異種金属接合が可能、母材への熱影響が少なく、使用エネルギーが少ないなどのメリットがある。しかし、母材の形が少なくとも片方は円形をしている必要があり、断面形状の制約が厳しい。
超音波溶接
圧接の一種。溶接部に超音波で振動する工具を押し当てて、母材が互いに摩擦することにより接合を行なう。断面形状の制約はないが薄いものしか接合できない。

溶接の品質管理[編集]

特に建築物・船舶の鉄骨などの大規模構造物の溶接欠陥は、そのまま構造面での致命的脆弱性となりうる。実際に船舶の沈没・橋梁の崩落・原子力発電所の配管破損などで、原因として溶接不良が指摘されたケースも多く、シビアな品質管理が要求されている。

検査技術[編集]

溶接欠陥には、目視で確認できないケースが多い。表面に現れないひび割れなどは何らかの方法で内部構造を探らなければ発見できない。以下に、実用化されている溶接検査技術を挙げる。

超音波検査
超音波が金属内部や表面において伝播・反射する様子から探傷を行う。主に内部欠陥に有効な非破壊検査である。
放射線検査
X線ガンマ線などの透過を利用して内部の欠陥を探る非破壊検査である。
磁気検査
電磁石等で金属に磁気を与え、検体外に漏洩する磁束を測定して探傷する。非破壊検査。
電磁誘導検査
表面に交流磁場を与え、検体にて生じた渦電流を測定することで探傷するという非破壊検査。
浸透探傷検査
目視で確認できないような微細な傷に、色のついた浸透材を染み込ませて検査する。毛細管現象を利用した表面のみに有効な非破壊検査である。
磁粉探傷検査
強磁性体の検体表面に電磁石等で磁気を与え、検体外に漏洩する磁束に磁粉を均一に散布し、現れた磁粉模様から表面付近の探傷を行うという非破壊検査。
外観検査
人間の目視による検査である。表面に出た欠陥しか発見できず、また微細な傷は見逃すことがあるが、所定の寸法を満たしているか否かを測定するなど基本的なチェックは人の目で行う。
シャルピー衝撃試験
金属に切り欠きを作り、ハンマーを振り落として靱性を調べる試験方法である。溶接部分の靱性検査にも用いられる。

溶接欠陥が原因となった事故[編集]

建築物・橋梁・船舶・貯蔵塔などが突然大きな破壊を起こすというケースでは、しばしば溶接不良が原因となっている。構造上重要な部分の溶接不良から、構造物全体が倒壊するということもある。また、低温時に特に起こりやすくなる脆性破壊では、一箇所で起こった破損が、連続する溶接部分全体に瞬時に走るため、船体・巨大タンクなどが突如折れるように崩壊するという事故が発生している。以下に、広く知られた事例を挙げる。

第四艦隊事件
1936年大日本帝国海軍の艦隊が台風に遭遇し、複数の艦艇が破壊された海難事故である。電気溶接の接合部の不良が原因のひとつとして指摘された。(→第四艦隊事件に詳述。)
リバティ船沈没事故
第二次世界大戦中にアメリカで量産された貨物船・リバティ船が脆性破壊を起こすという事故が1,031件(建造されたリバティ船の総数は2,708)報告されている。溶接不良と、冬季の海の冷たさから起こった脆性破壊が原因であった。この事故を契機に、靭性に優れた金属の開発などが進み、溶接技術の安全性は向上した。この事例は、失敗の検証を通じて技術を改良した事例として、技術史・失敗学においてしばしば言及される[5]
ソウル聖水大橋崩落事故
1994年大韓民国ソウル市内の漢江にかかる道路橋・聖水大橋が突然崩落し、通行中の車両が落下、死者32名の惨事となった。吊り桁の鉄骨トラスに溶接不良があったが、検査が不十分であり見逃されていた。過剰な予算削減や品質管理の杜撰さなどが指摘され、ソウル市の道路施設関係者の一部は業務上過失致死等で逮捕されている。この事故がきっかけで韓国ではインフラ施工技術への不安が高まり、金泳三大統領は全国の土木構造物の一斉点検を命じた[6]
貨物船フレア号沈没事故
1998年、大西洋航海中の貨物船フレア号が嵐に遭遇し、船体が真っ二つに割れて沈没し、死者21名の海難事故となった。船体の溶接不良があり、さらに低温という環境の悪さもあいまって脆性破壊を起こしたことが判明した。


脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 朝倉健二・橋本文雄、2002、『機械工作法Ⅰ』改訂版、 共立出版 ISBN 4-320-08105-6

関連項目[編集]

外部リンク[編集]