ゾーリンゲン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 紋章 | 地図 |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ノルトライン=ヴェストファーレン州 |
| 行政管区: | デュッセルドルフ行政管区 |
| 地域連合: | ラインラント地域連合 |
| 郡: | 郡独立市 |
| 面積: | 89.45 km² |
| 人口: |
159,699人(2011年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 1,785 人/km² |
| 標高: | 海抜 53-276 m |
| 郵便番号: | 42601-42719 (旧: 5650) |
| 市外局番: | 0212 |
| 緯度経度: | 北緯 51度10分 東経 07度05分 |
| ナンバープレート: | SG |
| 自治体コード: | 05 1 22 000 |
| 市の構成: | 5 市区 |
| 市庁舎の住所: | Cronenberger Str. 59/61 42648 Solingen |
| 公式ウェブサイト: | www.solingen.de |
| E-Mail: | info@solingen.de |
| 行政 | |
| 上級市長: | ノルベルト・ファイト (Norbert Feith) (CDU) |
ゾーリンゲン(Solingen)はドイツ連邦共和国の都市。ノルトライン=ヴェストファーレン州に属する。人口は約16万5千人。(2003年末)
目次 |
地勢・産業[編集]
ブッパー川沿いに位置する。中世より刃物の街として知られており、高い完成度が要求される手術用ナイフなども製造している。約15キロ南にレーヴァークーゼン、20キロ北西にデュッセルドルフ、15キロ北東にヴッパータールが位置している。
著名な企業[編集]
歴史[編集]
中世にはベルク公国に属する。ベルク公国の居城は当初はアルテンベルクのベルゲ城(de)に置かれていたが、1133年にベルク伯アドルフ2世は、ゾーリンゲン南東のヴッパー川沿いの小高い丘にベルク城(en)の建設を開始し、ここに居城を移した。その後、ゾーリンゲンはベルク城膝元にある町として発展し、1374年に都市権を得た。1380年にヴィルヘルム2世により居城がデュッセルドルフに移された後も、ベルク城は式典や防衛のために使用されたが、三十年戦争で町と共に大きな被害を受け、19世紀に入ると城の復興が試みられることとなった。
フランス革命戦争ではゾーリンゲンの町も大きい被害を受けたが、1815年、ウィーン議定書の決定に基づいてプロイセン領に復帰した。第二次世界大戦では甚大な打撃を被ったが、戦後復興を果たした。
交通[編集]
市内の公共交通を担うのは、トロリーバスである。ドイツには他にエスリンゲンとエーベルスヴァルデにもトロリーバスが走っているが、ゾーリンゲンが最も広い路線を有している。
ゾーリンゲンとレムシャイトを結ぶ鉄道路線において、地上から約107メートルに位置するミュングステナー橋(Müngstener Brücke)がある。ドイツ内の鉄橋では最も高い。
有名な出身者[編集]
- エルンスト・オットー・ベックマン - 化学者、ベックマン転位やベックマン温度計に名を残す。
- アルバート・ビアスタット - 画家
- ピナ・バウシュ - 舞踏家
- アドルフ・アイヒマン - 1906年、この地で生まれた。ナチスの政府高官としてユダヤ人虐殺(「ユダヤ人問題についての最終解決」)を指揮した中心人物とされる。
姉妹都市[編集]
- ズウォトリヤ、ポーランド
- ゴーダ、オランダ
- シャロン=シュル=ソーヌ、フランス
- ブライス、ノーサンバーランド州、イングランド
- ヒノテガ、ニカラグア
- ネスジオナ、イスラエル
- ティエス、セネガル
- アウエ、ドイツ
引用[編集]
外部リンク[編集]
- ゾーリンゲンの公式ホームページ(ドイツ語)
- ウニオン・ゾーリンゲン(サッカークラブ、4部所属)(ドイツ語)