飯伏幸太

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飯伏 幸太
プロフィール
リングネーム 飯伏 幸太
本名 飯伏 幸太
ニックネーム ゴールデンスター
身長 181cm
体重 86kg
誕生日 1982年5月21日(27歳)
出身地 鹿児島県姶良郡姶良町
所属 DDT
デビュー 2004年
  

飯伏 幸太(いぶし こうた、男性、1982年5月21日 - )は、DDTプロレスリング所属のプロレスラー鹿児島県姶良郡姶良町出身。身長181cm。体重86kg。血液型O型。

ファンタスティックに華麗なスピード技、バチバチファイトもこなすまさにノンスタイルイケメンプロレスラー。自由自在な空中殺法とルックスで人気上昇中。大の「どインディー」マニアで、まったく知られていない団体も知っていることがある。

非常に変わった性格の持ち主でDDTの公式パンフレットで連載している日記やリング上で独特の世界を作り出しているが、キレると非常に怖い。

以前からインディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級王座の復活を望んでいて、当初は前王者だったTAKAみちのくは復活させないと発言していたが飯伏の大量の電話とメールなどによる説得に折れて復活させた。

目次

[編集] 来歴

小学校を卒業した翌日に西日本プロレスを観戦、全試合終了後に強引に入団テストを受け、バク宙やムーンサルトプレスを披露して合格してしまった(結局「中学を卒業してから」と言われ、帰された)。さらに中学校卒業後に新日本プロレスの入団テストを受けようとした(親に止められたため断念した)。また、同時期の頃に校庭で友人たちと受身を取っていた、普通に校庭でパワーボムなどをしていた、中学生の頃は練習場所として丸太やタイヤのチューブなどで海岸にリングを作った、など凄い過去を持っている。

高校(鹿児島県立加治木工業高等学校)では試合で選手がフロント・スープレックスを出した映像を見てラグビー部に入部、試合では敵の主要選手をジャーマン・スープレックス等で破壊するのが役目だった[要出典]

2005年3月22日フジテレビこたえてちょーだい!」に視聴者からの相談として出演。自分がプロレスラーになったことを報告していない両親を試合へ招待した。試合は負けてしまったが、リング上で父親に向かい報告。父親は「がんばってくれ」と握手を交わすと、会場に感動を呼んだ。

[編集] プロレスラーとしての活動

プロレスでは2004年7月1日、DDT後楽園ホール大会でKUDO相手にデビュー。2005年9月23日にDDTのKO-Dタッグリーグ戦に先輩の柿本大地とのタッグで優勝、1か月後の10月23日後楽園大会でKO-Dタッグチャンピオンに。DDTのみならず、ハッスルプロレスリング・エルドラド、フーテン・プロモーションへも参戦している。中嶋勝彦と並び次世代のプロレス界のホープとして、マスコミ・ファンからの注目度・期待は非常に高い。

プロレス入り前には新空手の大誠塾に所属し、2003年7月21日の新空手道交流大会ではK-2トーナメント(中量級・15人参加)で優勝の経験もある(しかし翌日退団)。2006年2月4日アンディ・オロゴン戦でK-1 MAXデビューが予定されていたがアンディの負傷により試合自体が消滅。

2006年11月14日に第1回GPWA興行に参戦した他、11月22日にはエルドラドでミラノコレクションA.T.とコンビを組んだ。

2007年5月のディファカップではDDT代表としてHARASHIMAと組んで出場し準優勝。なお、ディファカップ初戦のビッグマウス・ラウド(BML)代表との対戦で飯伏が上段回し蹴りで原学をKOした後も攻撃を続けたことからBMLとの間に遺恨が生じ、5月23日新木場大会でBML臼田勝美および原の襲撃を受けた。

5月26日、契約更改の場で参戦を希望していた学生プロレスにも初参戦。東京大学の学園祭(五月祭)にて、東京大学プロレスリングBAKA道場所属の童 As Infini貞(略して童貞、現・DT-YUTAユニオンプロレス))と対戦。「殺すぞ」との発言を咎められて試合中に逮捕される一幕もあったものの、最後はジャーマン・スープレックスで3カウントを奪い、「学プロデビュー戦」を白星で飾った。

7月1日15日プロレスリング・ノアで開催された、日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に、ノアの丸藤正道とのイケメンタッグを結成して参加するも、最終戦でKENTA石森太二組に敗れ、勝ち点6の2位に終わった。しかし試合内容は観客からその興行のベストバウトとも絶賛され、彼の実力がインディーはおろかメジャーマットでも十分通用することが証明された。

8月26日ディファ有明で行われたプロレスサミット in ARIAKEインディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級王座を獲得。

2007年12月31日プロレスサミットinKOURAKUEN高木三四郎からアイアンマンヘビーメタル級王座を奪取し、第735代王者になる。

2009年新日本プロレス主催のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアへ初参戦を果たす。獣神サンダー・ライガーに勝利するなど、リーグ戦を4勝2敗で終え、決勝トーナメントへ出場したがプリンス・デヴィットに敗れ、決勝進出はならなかった。

[編集] 得意技

フェニックス式ローリングセントーン(仮名)
2005年の年末に行われたインディーサミットで披露。フェニックス・スプラッシュから更に180度回転してセントーンを行う。
後から正式名称を募集するとしていたが、結局2006年11月現在でも付けられた形跡は無し。
ゴールデンスタープレス
スプリングボード式のフェニックス・スプラッシュ。
2005年に行われたディファカップで披露。ただしその時は失敗してやや変形したフェニックススプラッシュになってしまった。
2007年のマッスルハウス3でゴージャス松野を相手に披露、技名は「ゴールデンスタープレス2007」とコールされた。
ジャーマン・スープレックス
非常に綺麗な形で投げる、この技で勝利することがある。
タイガー・スープレックス'85
フェニックス・スプラッシュ
ハヤブサ以来随一の使い手であり、自動販売機の上から出したこともある。
ムーンサルトプレス
小学生の時から出来たという飯伏のムーンサルトは、両足がピンと伸びており且つしっかりと足が揃っている。
ムーンサルトムーンサルト
ムーンサルトプレスに対し、相手が後ろに転がって回避するが、足から着地しその場から再びムーンサルトをする技。よって2回ムーンサルトをするのでこのように呼ばれる。
アンクルホールド
その場飛び式シューティングスタープレス
サムライTV実況の村田晴郎はグラウンディング・シューティングスターと命名。
ハーフネルソン・スープレックス・ホールド
ゴールデンシャワー
カナダのプロレスラー「ケニー・オメガ」との合体技。二人とも同じコーナーに上り、二人一緒にファイヤーバードスプラッシュを行う。

[編集] 入場テーマ曲

[編集] タイトル歴

  • CMLL認定KO-Dタッグ…第21代(パートナーは柿本大地)、第28代(パートナーはケニー・オメガ)
  • インディペンデント・ワールド・ジュニアヘビー級…第7代
  • IMGP世界ヘビー級…第4代
  • アイアンマンヘビーメタル級…第735代

[編集] 外部リンク

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