HARASHIMA

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HARASHIMA
HARASHIMAの画像
プロフィール
リングネーム HARASHIMA
HERO!
コニカマン
本名 不詳
身長 178cm
体重 86kg
誕生日
出身地 ヒーローシティ
所属 DDT
デビュー 2001年
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HARASHIMA(はらしま、本名および生年月日不詳)は、日本プロレスラーヒーローシティ出身。DDTプロレスリング所属。

目次

[編集] 経歴

1995年度-1998年
  • 帝京大学文学部教育学科卒業。
  • 在学中はプロレス研究会に在籍し、1年次は「阿修羅・原島」、2年次以降は「はやぶちゃ」のリングネームで活躍。3年次には会長を務めた。
2001年
  • 2月15日「コニカマン」としてDDTでリングデビュー。
  • 8月12日の秋葉原大会で「HERO!」としてDDTで正式にデビュー。
2003年
  • 12月29日の後楽園ホール大会においてKUDOとのコンビで第12代のKO-Dタッグチャンピオンに。
2005年
  • 黒マスクのヒール「ダークサイドHERO!」に変身。
2006年
  • 1月、マスクを脱いでリングネームを「HARASHIMA」に改める。
  • 大鷲透高木省吾とヒールユニットDISASTER BOXを結成。しかし突然の大鷲のベビーフェイス宣言によって方向性の違いで対立、軍団を離脱している。
  • GPWAの第1回興行のメインに選ばれるなど、レスラーとして確実に成長している。
  • 12月29日後楽園ホールにおいて大鷲透を破り第23代KO-D無差別級王者に輝いている。
2007年
2008年
2009年
  • 1月24日、新木場1stRINGにて飯伏幸太&ケニー・オメガ組に破れ、KO-Dタッグチャンピオンから陥落。
  • 5月4日、後楽園ホール大会のKO-D無差別級選手権試合にて、高木三四郎から勝利し第28代王者となった。
  • 5月31日、大阪大会にてKUDOの挑戦を退け、初防衛に成功。
  • 7月19日、新宿FACE大会にてKO-D無差別級選手権への「いつでも挑戦権」を持つ矢郷良明からの挑戦を受けるが、これも退け2度目の防衛を果たした。
  • 8月23日、「両国ピーターパン 〜大人になんてなれないよ〜」にてKO-D無差別級のベルトに飯伏幸太の挑戦を受けたが、新技フェニックス・プレックス・ホールドに破れベルトを失った。
2010年

[編集] 得意技

蒼魔刀
尻餅をついて座っている状態の相手へのランニングダブルニーアタック。HARASHIMAのフィニッシュ・ブローである。飯伏や関本とのKO-D選手権試合など、大一番ではスワンダイブ式で使用することもある。HERO!時代は「スーパーHERO!キック」の名称で使用。
山折り
ファイヤーマンズキャリーの状態で肩に担ぎ上げた相手を頭上に跳ね上げ、自分は両膝を立てたまま仰向けに寝ることで腹部を打ち据える変形のストマック・ブロック。蒼魔刀の直前に行うことが多い。
マッドスプラッシュ
HERO!時代は「HERO!スプラッシュ」の名称で使用。
450°スプラッシュ
HERO!時代は「HERO!スプラッシュ」もしくは「HERO!スプラッシュII」の名称で使用。
リバース・フランケンシュタイナー
時折雪崩式も見せる。
スワンダイブ式ボディ・プレス
一試合に一回は見せるお約束技。大鷲が放つレッグドロップに合わせて仕掛ける合体技も存在する。
ファルコンアロー
パイルドライバー
マージャン・スープレックス
パワーボムの体勢で相手を振り上げながら前に落とさず、そのまま後方へ持っていきブリッジする。いわばリバース・ジャーマン・スープレックスであることからこの名が付いた。相手は尻餅状態になるだけだが、綺麗なブリッジ状態にレフェリーが思わず3カウントを叩きそうになってしまう、という学生プロレス時代のネタでしかなかったが、2010年、当時痔ろうを患っていた男色ディーノ相手に解禁。

[編集] 入場曲

[編集] タイトル歴

  • KO-D無差別級王座 : 3回(第23・25・28・32代)
  • CMLL認定KO-Dタッグ王座 : 4回(第12・16・20・27代)

[編集] エピソード

  • 帝京大学プロレス研究会では真壁刀義新日本プロレス)の3年後輩。その真壁を目標とし、2010年3月14日のDDT後楽園大会では、真壁とのシングルマッチが実現した。
  • 試合終了後のマイクアピールの締めをよく任される。今後の目標等を話し、「何でー?」と観客に聞かれ、「なんでかって?それは、鍛えてるからだー!」の一言で締めるのが恒例となっている。
  • KAIENTAI-DOJOを退団後、DDTに継続参戦しているヤス・ウラノとはレスラーになる前一緒にDDTへリング屋のバイトとして出入りしており、10年来の付き合い。ハヤブサの事故の一報も、会場にいたウラノから聞いたという(週刊プロレスインタビューより)。

[編集] 外部リンク

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