KO-D無差別級王座

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KO-D無差別級王座
詳細
現王者 KUDO
獲得日 2014年3月21日
管理団体 DDTプロレスリング
創立 2000年4月19日

KO-D無差別級王座(ケーオー-ディーむさべつきゅうおうざ)は、DDTプロレスリングが管理する王座。

概要[編集]

2000年に創設されたシングル王座で、ベルトの色は黒。「KO-D」は「King Of DDT」の略で、DDTにおける最高峰に位置づけられている。

選手権試合は時間無制限1本勝負で行われるが、対戦者間の合意があればルールが変わる場合もある。

独自のシステムとして「いつでもどこでも挑戦権」がある(後述)。

また、2010年より年に1回「DDT48総選挙」と呼ばれる「AKB48選抜総選挙」をモデルにしたイベントが開かれ、1位となった選手に挑戦権が与えられる。

いつでもどこでも挑戦権[編集]

「いつでもどこでも挑戦権」を獲得した選手は定められた期間内に行使すると、選手権試合をセッティングできる状況下であれば時間及び場所を問わずタイトルに挑戦することができる(ただし、既に決定した選手権試合が組まれている場合はそちらが優先される)。この挑戦権は適宜ロイヤルランブル形式で争われる。過去にはタッグ王座でも導入されたことがあった。

2013年3月20日より「いつでもどこでも挑戦権」のリニューアルが図られ、DDT内外における試合で敗北[1]した際に挑戦権移動が起こる仕組みが導入されている。例えば挑戦権を持つA選手が新日本プロレスに参戦してB選手とのタッグで同団体所属C・D選手と対戦、AがCからフォールを奪われた場合、AからCに挑戦権が移動し、その後、同団体内で移動が繰り返される可能性もある。また、ミックスファイトで女子選手が挑戦権を得るケースもありうる。

3月24日、エル・パーク仙台大会での高木三四郎大鷲透 vs KUDOヤス・ウラノ戦でヤスが高木をフォールして初めて移動[2]。5月11日、プロレスリング我闘雲舞市ヶ谷大会でさくらえみDJニラに勝利して団体外かつ女子として初めて獲得[3]。その後、帯広さやかを経て、6月2日のDDT新木場1stRING大会で平田一喜が奪取して一度は取り戻したが、6月15日の大日本プロレス横浜にぎわい座大会で岡林裕二に再び流出し、そのまま行使されてしまった[4]

歴代王者[編集]

レスラー 戴冠回数 防衛回数 獲得日付 獲得した場所(対戦相手・その他)
初代 折原昌夫(メビウス) 1 0 2000年4月19日 北沢タウンホール、高木三四郎
第2代 木村浩一郎 1 1 2000年7月26日 北沢タウンホール
第3代 ポイズン澤田JULIE 1 1 2000年10月11日 北沢タウンホール
第4代 高木三四郎 1 2 2000年12月14日 ジオポリス
第5代 エキサイティング吉田 1 2 2001年3月28日 北沢タウンホール
第6代 NOSAWA 1 0 2001年6月29日 ジオポリス
第7代 スーパー宇宙パワー 1 1 2001年11月30日 東京
第8代 MIKAMI 1 0 2002年1月26日 北沢タウンホール
第9代 スーパー宇宙パワー 2 0 2002年2月6日 東京
第10代 高木三四郎 2 0 2002年5月3日 後楽園ホール
第11代 金村キンタローWEW 1 1 2002年5月31日 ジオポリス
第12代 高木三四郎 3 0 2002年9月7日 ららぽーとTOKYO-BAY
第13代 GENTARO 1 0 2002年11月29日 ジオポリス
第14代 MIKAMI 2 2 2002年12月22日 後楽園ホール
第15代 佐々木貴 1 2 2003年7月17日 後楽園ホール
第16代 一宮章一 1 0 2003年10月26日 スタジオドリームメーカー
第17代 ポイズン澤田JULIE 2 4 2004年2月11日 赤レンガホール
第18代 MIKAMI 3 1 2004年11月2日 後楽園ホール
第19代 ディック東郷 1 2 2005年1月30日 後楽園ホール
第20代 高木三四郎 4 1 2005年5月4日 後楽園ホール
第21代 男色ディーノ 1 1 2005年10月23日 後楽園ホール
第22代 大鷲透dragondoor 1 2 2006年4月2日 後楽園ホール
第23代 HARASHIMA 1 3 2006年12月29日 後楽園ホール
第24代 Koo(石川修司)ユニオン 1 2 2007年6月3日 後楽園ホール
第25代 HARASHIMA 2 2 2007年10月21日 後楽園ホール
第26代 ディック東郷 2 2 2008年5月6日 後楽園ホール
第27代 高木三四郎 5 5 2008年9月28日 後楽園ホール
第28代 HARASHIMA 3 2 2009年5月4日 後楽園ホール
第29代 飯伏幸太 1 2 2009年8月23日 両国国技館
第30代 石川修司(ユニオン) 2 4 2009年11月29日 後楽園ホール
第31代 関本大介大日本プロレス 1 4 2010年2月28日 新木場1stRING
第32代 HARASHIMA 4 2 2010年7月25日 両国国技館
第33代 佐藤光留パンクラスMISSION 1 0 2010年11月14日 大阪府立体育会館第二競技場
第34代 ディック東郷 3 0 2010年11月28日 後楽園ホール
暫定 アントーニオ本多 1 0 2010年12月26日 後楽園ホール、GENTARO
第35代 ディック東郷 4 2 2011年1月30日 後楽園ホール
第36代 石川修司(ユニオン) 3 2 2011年5月4日 後楽園ホール
第37代 KUDO 1 5 2011年7月24日 両国国技館
第38代 男色ディーノ 2 2 2012年1月29日 後楽園ホール
第39代 高木三四郎 6 0 2012年4月1日 後楽園ホール
第40代 マサ高梨 1 0 2012年4月1日 後楽園ホール
第41代 火野裕士K-DOJO 1 1 2012年5月4日 後楽園ホール
第42代 飯伏幸太 2 2 2012年6月24日 後楽園ホール
第43代 エル・ジェネリコ 1 2 2012年9月30日 後楽園ホール
第44代 ケニー・オメガ 1 3 2012年12月23日 後楽園ホール
第45代 入江茂弘 1 8 2013年3月20日 後楽園ホール
第46代 HARASHIMA 5 6 2013年8月18日 両国国技館
第47代 KUDO 2 2014年3月21日 後楽園ホール

主な記録[編集]

  • 最多戴冠回数:6回 - 高木三四郎(第4,10,12,20,27,39代)
  • 最多連続防衛回数:8回 - 入江茂弘(第45代)
  • 最多通算防衛回数:15回 - HARASHIMA
  • 最年少戴冠記録:24歳6ヶ月 - NOSAWA(第6代王者時代)
  • 最年長戴冠記録:42歳2ヶ月 - 高木三四郎(第39代王者時代)

脚注[編集]

  1. ^ フォール・KO・レフェリーストップ等。ただし反則負けは除外。また、アイアンマンヘビーメタル級王座とは違い試合以外でフォールしても移動しない。
  2. ^ 2013年03月24日(日) 【3・24リポート】いつでもどこでも挑戦権は高木からヤスに移動 - DDTプロレスリング 2013年5月12日閲覧。
  3. ^ 2013年05月11日(土)【甲田リポート】いつでもどこでも挑戦権が流出しました - DDTプロレスリング 2013年5月12日閲覧。
  4. ^ 【本日のいつどこ権】平田が敗北し岡林に“流出” - DDTプロレスリング 2013年06月17日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]