ドリュー・ハンキンソン

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ドリュー・ハンキンソン
ドリュー・ハンキンソンの画像
プロフィール
リングネーム ドク・ギャローズ
DOC
ルーク・ギャローズ
イザヤ・キャッシュ
キース・ハンソン
フェスタス
インポスター・ケイン
フェスタス・ダルトン
ディーコン・デビル
フリーキン・ディーコン
本名 アンドリュー・ウィリアム・ハンキンソン
ニックネーム ジ・アウトロー
メリーランドの殺人鬼
罪なき戦士
身長 203cm
体重 138kg
誕生日 1983年12月22日(30歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
メリーランド州カンバーランド
トレーナー ビル・デモット
デビュー 2005年
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ドリュー・ハンキンソンAndrew William "Drew" Hankinson1983年12月22日 - )は、アメリカ合衆国の男性プロレスラーメリーランド州カンバーランド出身。WWEインポスターケイン(偽ケイン)のリングネームでデビューし、フェスタスルーク・ギャローズとしてSmackDownで活動していた。また、TNAではDOCDirector of Chaos)のリングネームで所属していた。日本のプロレス団体に参戦していた時期にはIGFにてキース・ハンソン新日本プロレスではドク・ギャローズとしてリングに上がっている。

プロフィール[編集]

ペンシルベニア州や地元メリーランド州のインディ団体で活動後、2005年4月にWWEの下部組織DSWに参戦。

2006年5月にケイン心理戦で苦しめ、同年7月頃にかつてのケインの姿でバックステージに登場。ケインを急襲した。そして、PPVヴェンジェンスで本物のケインと対決。チョークスラムで勝利した。翌日のRAWでケインとランディ・オートンの試合に乱入するが、ケインの逆襲に遭いチョークスラムを3発喰らわされバックステージに連れ込まれ、マスクをはずされて会場から追放された。その際スキンヘッドであったことが確認できた。それ以降は登場していない。

フェスタス時代

2007年5月に、フェスタスとしてジェシータッグチームを組みスマックダウンに登場。一度ギミック調整のためOVWに送り返されるも、9月にスマックダウンに再登場した。フェスタスは、平常時はだらしなく舌を出した木偶の坊だが、ゴングがなると凶暴な性格に一変し、巨躯を活かした圧倒的なパワーで大暴れするというギミック。試合が終了し、ゴングが鳴らされると、平常時のうつろな様相に再び戻る。ちなみにリング外でもうつろな表情も売り物であり、ジェシーが彼の顔を指差して「これが…(バリエーションは様々)の顔だぜ!」と言って観客に紹介する場面も、彼らタッグの見せ場の一つである。

2009年の追加ドラフトによりRAWへの移籍が決定し、ジェシーとのタッグを解散する。移籍後はほとんど出演することがなかったが同年11月にルーク・ギャローズと名を変えスマックダウンに再登場。これまでのギミックは処方薬の副作用で、中毒から更生させたCMパンクに心酔しているという設定でパンクのタッグパートナーとして活動している。その後、セリーナジョーイ・マーキュリーも同じ設定で仲間に入り、ストレート・エッジ・ソサエティとして活動する。

しかし8月15日のサマースラムではストレート・エッジ・ソサエティ対ビッグ・ショーの3対1のハンディキャップ・マッチに臨むが敗北。その後から弟子たちのことを考えないパンクの自己中心的な態度が目立つようになる。9月3日では汚名返上を図った対ビッグ・ショー戦でも敗北、これでビッグ・ショーを倒せないパンクの怒りが爆発して、GTSで沈められてしまう。これによりストレート・エッジ・ソサエティは壊滅状態となり、共に行動することはほとんどなくなり、あっても仲間割れが生じるようになる。

9月24日放送のSmackdown!においてパンクに対して「お前を倒してビールで祝杯をあげてやる」とブレイクエッジを宣言し、清算試合に挑むもGTSで敗戦。その後パンクがRAWにエッジとのトレードで移籍したためストレート・エッジ・ソサエティは完全に消滅した。その後、しばらく試合が組まれなかったが、11月4日放送のWWE・スーパースターズヴァンス・アーチャーと対戦し勝利。勝利後笑顔で観客の歓声に応え、ベビーフェイスに転向した。その矢先、11月19日に解雇が発表された。

ルーク・ギャローズ時代

その後フリーとして活動することになり、12月3日、IGFのイベントであるINOKI BOM-BA-YE 2010にてスタン・ハンセンを連想させるカウボーイスタイルのコスチュームの出で立ちでキース・ハンソンのリングネームで登場。ザ・プレデターに勝利した。以降、IGFに定期参戦を続け、2011年4月28日に行われたGENOME15でのIGFチャンピオンシップトーナメント1回戦においてボビー・ラシュリーとの元WWE出身の対決が実現。しかし約5分という短い時間でフォール負けを喫した。

2012年6月3日NOAH名古屋国際会議場大会に「ルーク・ギャローズ」として参戦した。10月にはTNAと契約。覆面集団であるエイシズ・アンド・エイツ(Aces & Eights)の一員であり、覆面を剥されてからは素顔で「DOCDirector of Chaos)」のリングネームで活動。2013年7月12日にTNAとの契約が切れてフリーとなった。11月より、新日本プロレスのリングに拠点を移し「ドク・ギャローズ」の名義で参戦。「BULLET CLUB」の一員となり、同ユニットに所属しているカール・アンダーソンとのタッグで、WORLD TAG LEAGUEにエントリー。予選リーグ戦を1位で通過し、決勝戦でテンコジ天山広吉&小島聡組)を下して、同リーグ戦を優勝した。

2014年1月4日、新日本主催のレッスルキングダム8にて、アンダーソンとのタッグで、K.E.S.ランス・アーチャー & デイビーボーイ・スミスJr.)と対戦。勝利を収め、IWGPタッグ王座を奪取した。

得意技[編集]

チョークスラム
インポスターケイン時代及び、現在使われているフィニッシャー。
ブロックバスター
キース・ハンソン時代のフィニッシャー
ギャロウズ・ポール(12ステップ)
ルーク・ギャロウズと改名してからのフィニッシャー。正面からフルネルソンのように相手を抱えて持ち上げ、背中から叩きつける技。技名は絞首刑で縄を吊るすポールのこと。
パイルドライバー
サイドバスター
ビッグブート
ダイビング・ラリアット
アッパーカット
インポスターケインを演じていただけあってキレの良さが持ち味
ハイキック
大柄な体格でありながら、安定したフォームでの上段蹴りを見せる。主に背面から延髄、後頭部を狙う。

獲得タイトル[編集]

入場曲[編集]

外部リンク[編集]