青木真也

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青木 真也
基本情報
本名 青木 真也
通称 バカサバイバー
世界最高のテクニシャン
ミスターやれんのか!
跳関十段
国籍 日本
誕生日 1983年5月9日(26歳)
出身地 日本
静岡県静岡市
所属 フリー
→Team ROKEN
→パラエストラ東京
身長 180cm
体重 70kg
階級 ライト級DREAM
ミドル級修斗
スタイル 柔道
テーマ曲 バカサバイバーウルフルズ

青木 真也(あおき しんや、男性、1983年5月9日 - )は、日本総合格闘家ブラジリアン柔術家。元柔道家で、警察官でもあった。静岡県静岡市出身。パラエストラ東京所属。現WAMMA世界ライト級王者。

組んだ状態からの跳びつき腕ひしぎ十字固め三角絞めスピニングチョークなどの寝技の仕掛けの上手さから、跳関十段(とびかんじゅうだん)の異名を持つなど、現在の総合格闘技の中量級最高峰の寝技師と呼ばれている。なお、通常体重は76〜78kg。

普段はパラエストラ葛西のインストラクターとして働いているが、試合はパラエストラ東京の代表として出場している。

目次

[編集] 来歴

東海大第一中学静岡学園高校早稲田大学人間科学部と柔道部に在籍。柔道時代からさまざまな格闘技に通じ、跳びつき腕ひしぎ十字固め脇固めスピニングチョークフットチョークなど、柔道においては特異な技の数々で勝利をものにしてきた。その結果、全日本ジュニア強化選手となったが、柔道では投げ技による一本勝ちを重視する傾向があるため、青木は異端児扱いされ、その格闘技観の違いから「極」を重視した格闘技へと活躍の場を移すことを決意。サンボ柔術コンバットレスリング総合格闘技などでその実力を表している。

柔術の師である中井祐樹からブラジリアン柔術黒帯を授けられる。

2003年11月24日、club DEEP 4thで行われたフューチャーキングトーナメント82kg以下級で優勝。

2004年10月30日、DEEP 16th IMPACTで中尾受太郎と対戦。寝技を駆使し試合を優位に進めるも、スタンドの打ち合いで左ストレートを食らいKO負け。

[編集] 修斗時代

2005年1月29日、初参戦となった修斗キース・ウィスニエフスキー腕ひしぎ脇固めで一本勝ち。試合後、「次はもっと強い人とやりたいです。チャンピオン目指します」とマイクアピールした。

2005年5月4日、修斗で岩瀬茂俊と対戦予定であったが、眼底検査で網膜裂孔と診断され、インターナショナル修斗コミッションよりライセンスが発行されず、欠場となった。

2005年5月28日アブダビコンバットでは、77kg未満級の2回戦でマルセロ・ガッシアと対戦、バックを許し、チョークスリーパーで一本負け。翌日5月29日には無差別級の1回戦でホジャー・グレイシーと対戦し、アキレス腱固めで一本負け。

2005年6月11日、プロ柔術関西「大阪夏の陣」で渡辺直由へのリベンジに成功。試合後、セコンドについていた渡辺の師である早川光由に「次はお前だ!」と対戦要求した。

2005年7月30日、網膜裂孔が完治し修斗よりライセンスが発行され、5月に中止となった岩瀬茂俊と対戦。開始35秒右ローキックを股間に受けてしまい、反則勝ちとなった。

2005年8月20日、修斗で桜井"マッハ"速人と対戦し、判定負け。

2005年10月19日カリフォルニア州で行われたヒクソン・グレイシー主催のブドーチャレンジ77kg未満級トーナメントに参戦。決勝でキャメロン・アールに一本勝ちし優勝を果たす。

2006年2月17日、修斗世界ミドル級王者菊地昭に判定勝ち、史上最短の5戦目にして第5代世界ミドル級王者となる。試合直後にリング上でマイクを握った青木は号泣しながら修斗への感謝を語り、「俺は一生修斗しかやりません」と宣言した。

2006年3月に大学卒業後、警察官(静岡県警)となり警察学校に入るが2か月で退職し、プロ格闘家一本へ。そして雑誌にてPRIDEへの参戦を仄めかし、後にPRIDE参戦が決定。これが修斗ファンの怒りを買い、自身のブログ炎上し、後に閉鎖に追い込まれた。

[編集] PRIDE武士道時代

2006年8月26日PRIDE武士道に初参戦、ジェイソン・ブラックを相手に三角絞めで一本勝ち。試合後、マイクを持つと「修斗第8代世界ミドル級王者の青木真也です。修斗もPRIDEも皆さんの応援がある限り、まだまだ頑張ります」とコメントした。また、その試合で着用した黄色のロングスパッツもあいまって大きなインパクトを残した。

2006年10月14日、修斗でジョージ・ソテロポロスと対戦し、金的攻撃による反則勝ちとなった。

2006年11月5日PRIDE 武士道 -其の十三-ギルバート・メレンデスと対戦予定だったが、メレンデスが負傷欠場。代役のクレイ・フレンチと対戦し、跳び三角絞めで一本勝ち。試合後、リング上でマイクを握った青木は、リングサイドで腕をギプスで固定しながら観戦していたメレンデスに対して、大晦日に試合をすることを呼びかけ、メレンデスもこれに賛同したものの、結局同年の大晦日は青木はハンセンと、メレンデスは川尻達也と対戦し、その後も両者の対戦には至っていない。

2006年12月31日PRIDE 男祭り 2006ヨアキム・ハンセンと対戦。レインボーカラーのスパッツ&マウスピースといういでたちで登場、開始早々にグラウンドに引きずり込みフットチョークで一本勝ち。強豪のハンセン相手に総合格闘技史上初のフットチョークによるタップアウト勝ちだったため、大きなインパクトを与えた。試合後、マイクを持つと「PRIDEも修斗も、総合格闘技最高です」とアピールした。

2007年2月17日、修斗・横浜大会で修斗世界ミドル級王座の初防衛戦で前王者・菊地昭と再戦し、三角絞めやオモプラッタを交えた絞め技(糸通し)、関節技でグラウンドを支配するも、菊池のパウンドで若干ポイントを取られ、2-1のスプリットデシジョンで王座防衛を果たした。

2007年3月には師である今成正和が所属するDEEP GYMに自らが指導するクラスを開始させた。

2007年4月8日PRIDE.34ブライアン・ローアンユーと対戦。ローアンユーのパウンドや膝蹴りでダメージを負うも、冷静に下から腕ひしぎ十字固めを極め一本勝ち。

2007年6月17日、グラップリング大会『DEEP X』のメインイベントでペドロ・アキーラと対戦。開始38秒、チョークスリーパーで一本勝ち。

2007年12月31日やれんのか! 大晦日! 2007J.Z.カルバンと対戦予定であったが、カルバンの負傷による欠場により、代わりに参戦となったチョン・ブギョンとメインイベントで対戦。腕ひしぎ十字固めを2度極めかけられるなど苦戦するも、パウンドで流れを引き寄せ3-0の判定勝ち。

[編集] DREAM設立後

2008年3月15日DREAM.1のライト級グランプリ1回戦でJ.Z.カルバンと対戦。1R序盤、カルバンがガブッた体勢から放った肘が青木の首に当たってしまい、ダメージの残る青木に3分間のインターバルが与えられるも回復せず、偶発的なアクシデントによりノーコンテストとなった。トーナメントの勝ち上がりは主催者預かりとなったが、4月4日の記者会見で没収試合に裁定変更のうえDREAM.2で再戦することが発表された。

2008年4月29日DREAM.2J.Z.カルバンと再戦。1Rにカルバンのパウンドを受けるもバックを奪い、2Rにも再三跳び関節を仕掛け、3-0の判定で勝利。昨年の大晦日から続いた因縁に決着をつけた。

2008年6月15日DREAM.4の2回戦で永田克彦と対戦し、総合格闘技史上初のフロントからのフットチョークで一本勝ち。後に、海外ではこの衝撃的な技の技名募集がなされ、「アオキプラッタ」が技名として一位に選出された。

2008年7月21日DREAM.5のライト級グランプリ準決勝で宇野薫と対戦。一方的に関節技を仕掛け、判定勝ち。決勝でヨアキム・ハンセンにパウンドでTKO負け。準優勝に終わった。

2008年9月23日DREAM.6ではトッド・ムーアに一本勝ちを収める。試合後、秋山成勲にで対戦要求をする。

2008年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜でライト級グランプリ決勝で対戦するはずであったエディ・アルバレスと対戦し、踵固めで一本勝ちを収めた。試合後、BJペンへの挑戦を示唆する発言をした。この勝利により、初代WAMMA世界ライト級王者に認定された[1]

2009年3月8日、ウェルター級GPへの参戦を見据えてライト級の体重から増量し、74kg契約でDREAM.7デイビッド・ガードナーと対戦し、チョークスリーパーで一本勝ち[2]を収めた。試合後のコメントでウェルター級GPへの参戦を表明した。

2009年4月5日DREAM.8のウェルター級グランプリ1回戦で桜井"マッハ"速人と対戦し、開始27秒パウンドでKO負けを喫した。

2009年4月29日、「DEEP M-1 CHALLENGE 3rd EDITION in JAPAN」でエメリヤーエンコ・ヒョードルとサンボ衣着用・打撃ありのスーパーエキシビションファイトを行なった。試合後、ヒョードルは「青木選手のことを尊敬している」と語った。

[編集] 人物

  • 寝技に対する拘りは強く、「今の総合格闘技界は打撃偏重だからこそ、俺は寝技に拘る!」と豪語しており、寝技について(暴力性を感じさせる)打撃によるKOが本人の意思とは関係なく起こるのと比べて、関節技や絞め技による一本勝ちは相手に自らの意思でタップさせることにより怪我のリスクを少なく、屈服させることが出来るので芸術的と語っている。また、自身の(総合格闘技における)寝技の技術は世界一でアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラよりも自分のほうが上である、という発言もしている。
  • 五味隆典PRIDE 男祭り 2004の試合後のマイクパフォーマンスで「大晦日にね、判定?駄目だよ、KOじゃなきゃ!」とコメントしたのをパロディとして、「判定?駄目だよ、一本じゃなきゃ!」を決め台詞としている。
  • 自他共に認める格闘技おたくであり、近代柔道レスリングサンボのテクニック解説本を小学校3年生の時から収集しているなど研究熱心である。また、寝技だけでなく、打撃に対してもその研究熱心さは変わらず、マニアックなムエタイ戦士や日本では知名度の低い総合格闘家の名前や試合も数多く覚えており、インタビューなどでも度々その豊富な知識を披露している。
  • ロングスパッツの着用については「寝技の時に相手や自分の汗で滑りやすくなる事があるので、それを防ぐために着ている」と語っている。
  • 入場時には胴衣を着て入場曲のバカサバイバーを歌いながら入場してくる。入場ゲートの途中まで歩いてきたところで後ろを振り返って、一旦戻るように歩いてセコンドの面々と短く言葉をかわした後、再びリングに向かって歩くのが恒例となっている。また、この時に今成正和の背中を軽く触るのは本人曰く「験担ぎ」とのこと。
  • 最も尊敬する格闘家として木村政彦桜庭和志を挙げている。木村については「“殺し”に関してはこれ(ニコニコ動画にアップロードされている木村の動画)見なきゃ男はチェストー!(駄目だよ、という意味と思われる)」と語っている。桜庭については「桜庭さんの中で誇りがあると思う。PRIDEで毎大会試合してましたよね?そこが格好いい!今でも。桜庭さんがPRIDEを背負ってた時の責任感が、DREAMの僕にも多少あると思うんですよ」と語っている。
  • 雑誌で全日本キックボクシング連盟石川直生と対談して以来、交流を深め、現在では一緒に打撃練習をする間柄である。
  • 秋山成勲を激しく嫌っていると見受けられる発言を多くしている。事の発端は秋山がK-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!にて、青木が尊敬している桜庭和志を相手に、反則を犯した、いわゆる“ヌルヌル事件”である。また、DREAM参戦後の秋山の度重なる格下との対戦や尊大な言動に対して腹を立てており、DREAM.6では秋山が勝利した際にリング上で(戦極を主戦場とする)吉田秀彦への挑戦を表明した直後に、リング上で秋山に対して対戦要求を突きつけた。同大会の翌日の会見では同じ主戦場としているDREAMに対する秋山の姿勢を激しく非難[3]した。その後、マスコミを通じてDynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜での秋山との対戦を熱望していたが、秋山が大会の欠場を表明したため、青木は自分の不戦勝だとし、秋山がまたお茶を濁すような試合をしにくるのなら来なくてもいいと発言した。と同時に、自らはエディ・アルバレスとの対戦に応じ「ライト級グランプリ幻の決勝戦」といわれた世界トップレベルの試合に臨んでみせた。

[編集] 戦績

[編集] 総合格闘技

総合格闘技 戦績
26 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
21 1 12 5 3 0 1
4 3 0 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× 桜井"マッハ"速人 1R 0:27 KO(パウンド DREAM.8 ウェルター級グランプリ2009 開幕戦
【ウェルター級グランプリ 1回戦】
2009年4月5日
デイビッド・ガードナー 1R 5:58 チョークスリーパー DREAM.7 フェザー級グランプリ2009 開幕戦 2009年3月8日
エディ・アルバレス 1R 1:32 ヒールホールド Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜 2008年12月31日
トッド・ムーア 1R 1:10 チョークスリーパー DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦 2008年9月23日
× ヨアキム・ハンセン 1R 4:19 TKO(レフェリーストップ:パウンド DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦
【ライト級GP 決勝】
2008年7月21日
宇野薫 2R(10分/5分)終了 判定3-0 DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦
【ライト級GP 準決勝】
2008年7月21日
永田克彦 1R 5:12 フットチョーク DREAM.4 ミドル級グランプリ2008 2nd Round
【ライト級GP 2回戦】
2008年6月15日
J.Z.カルバン 2R(10分/5分)終了 判定3-0 DREAM.2 ミドル級グランプリ2008 開幕戦
【ライト級GP 1回戦(再戦)】
2008年4月29日
J.Z.カルバン 1R 3:46 ノーコンテスト(偶発的な反則)
→没収試合
DREAM.1 ライト級グランプリ2008 開幕戦
【ライト級GP 1回戦】
2008年3月15日
チョン・ブギョン 2R終了 判定3-0 やれんのか! 大晦日! 2007 2007年12月31日
ブライアン・ローアンユー 1R 1:33 腕ひしぎ十字固め PRIDE.34 2007年4月8日
菊地昭 5分3R終了 判定2-1 修斗 〜BACK TO OUR ROOTS〜
【世界ミドル級チャンピオンシップ】
2007年2月17日
ヨアキム・ハンセン 1R 2:04 フットチョーク PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU- 2006年12月31日
クレイ・フレンチ 1R 3:57 三角絞め PRIDE 武士道 -其の十三- 2006年11月5日
ジョージ・ソテロポロス 2R 0:05 反則失格(ローブロー) 修斗 2006年10月14日
ジェイソン・ブラック 1R 1:58 三角絞め PRIDE 武士道 -其の十二- 2006年8月26日
菊地昭 5分3R終了 判定3-0 修斗 〜SHOOTO The Victory of The Truth〜
【世界ミドル級チャンピオンシップ】
2006年2月17日
弘中邦佳 1R 2:10 TKO(レフェリーストップ:左眉カット) 修斗 2005年11月6日
× 桜井"マッハ"速人 5分3R終了 判定0-3 修斗 〜ALIVE ROAD〜 2005年8月20日
岩瀬茂俊 1R 0:35 反則失格(ローブロー) 修斗 2005年7月30日
キース・ウィスニエフスキー 1R 2:22 腕ひしぎ脇固め 修斗 2005年1月29日
× 中尾受太郎 1R 4:29 KO(左ストレート) DEEP 16th IMPACT
【DEEPウェルター級トーナメント 準決勝】
2004年10月30日
池本誠知 2R 0:52 腕ひしぎ十字固め DEEP 15th IMPACT
【DEEPウェルター級トーナメント 1回戦】
2004年7月3日
佐藤隆平 不戦勝(棄権) club DEEP 4th in 西調布格闘技アリーナ
【第2回フューチャーキングトーナメント 82kg以下級 決勝】
2003年11月24日
龍保利 1R 0:51 腕ひしぎ十字固め club DEEP 4th in 西調布格闘技アリーナ
【第2回フューチャーキングトーナメント 82kg以下級 準決勝】
2003年11月24日
沖村大 1R 3:14 腕ひしぎ十字固め club DEEP 4th in 西調布格闘技アリーナ
【第2回フューチャーキングトーナメント 82kg以下級 1回戦】
2003年11月24日

[編集] グラップリング

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ペドロ・アキーラ 1R 0:38 チョークスリーパー DEEP X 2007年6月17日
キャメロン・アール 足関節技 ブドーチャレンジ【77kg未満級 決勝】 2006年5月26日
アリ・アブデルアジズ 跳びつき腕ひしぎ十字固め ブドーチャレンジ【77kg未満級 1回戦】 2006年5月26日
鶴屋浩 2R 1:04 フットチョーク 修斗【修斗グラップリングマッチ】 2006年3月24日
× ホジャー・グレイシー アキレス腱固め アブダビコンバット【無差別級 1回戦】 2005年5月29日
× マルセロ・ガッシア チョークスリーパー アブダビコンバット【77kg未満級 準々決勝】 2005年5月28日

[編集] 柔術

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
渡辺直由 10分終了 ポイント5-0 プロ柔術関西「大阪夏の陣」
【アダルト黒帯メジオ級】
2005年6月11日
弘中邦佳 3:17 跳びつき腕ひしぎ十字固め COPA reversal 2004 〜FESTA DO JIU-JITSU〜 2004年11月28日

[編集] 主な獲得タイトル

  • アブダビコンバット 日本予選-77kg未満級 優勝(2005年)
  • 全日本サンボ選手権大会 82kg級 3位(2003年)
  • DEEPフューチャーキングトーナメント 優勝(2003年)
  • 全国体育系学生体重別選手権 81kg級 優勝(2003年)
  • イサミ杯 優勝(2004年)
  • 全日本ブラジリアン柔術オープントーナメント 優勝(2004年)
  • 何気杯 優勝(2004年)
  • 全日本サンボ選手権大会 優勝(2004年)
  • 全日本ブラジリアン柔術選手権大会 アブソリュート級 優勝(2004年)
  • ブラジリアン柔術コパアクシス紫帯メジオ級 優勝(2004年)
  • ブドーチャレンジ -77kg級 優勝(2005年)
  • 第5代修斗世界ミドル級王座(2006年、防衛回数1回)
  • 初代WAMMA世界ライト級王座(2008年)

[編集] DVD

  • 跳関十段 青木真也(2006年3月18日)
  • 跳関十段 青木真也 2(2008年2月20日)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

  1. ^ SHINYA AOKI BECOMES FIRST-EVER WAMMA LIGHTWEIGHT CHAMPION! WAMMA公式サイト 2008年12月31日
  2. ^ 試合後のインタビューで、青木はガードナーが試合中に「ハロージャパン」と発声したことに因んで「すべてはハロージャパンに集約されている」と冗談を交えたコメントを残した。
  3. ^ これは秋山が「吉田との試合が実現するならDREAMのリングでなくても構わない」と発言したことに起因している。
前王者
N/A
初代WAMMA世界ライト級王者

2008年12月31日 - 現在

次王者
N/A
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