青木真也

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青木 真也
Shinya Aoki at Evolve MMA in Singapore.jpg
基本情報
本名 青木 真也
通称 バカサバイバー
跳関十段
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1983年5月9日(31歳)
出身地 静岡県静岡市
所属 フリーランス
→RJJ
→Team ROKEN
パラエストラ東京/Evolve MMA
身長 180cm
体重 70kg
リーチ 183cm
階級 ウェルター級
ライト級フェザー級
スタイル 柔道
ブラジリアン柔術
テーマ曲 バカサバイバーウルフルズ
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青木 真也(あおき しんや、男性、1983年5月9日 - )は、日本総合格闘家柔術家静岡県静岡市出身。パラエストラ東京/Evolve MMA所属。現ONE FC世界ライト級王者。元DREAMライト級王者。柔道参段。ブラジリアン柔術黒帯。

寝技の極めの技術に非常に長け、数々の試合で一本勝ちを収め、日本の軽量級最高峰の寝業師として評価され、「跳関十段」(とびかんじゅうだん)、「バカサバイバー」の異名を持つ。

来歴

小学3年生から柔道を始め、東海大第一中学静岡学園高校早稲田大学人間科学部のそれぞれで柔道部に在籍[1]。この当時から既にさまざまな格闘技に通じ、跳びつき腕ひしぎ十字固め脇固めスピニングチョークフットチョークなど、柔道においては特異な技の数々で勝利をものにしてきた。その結果全日本ジュニア強化選手となったが、競技柔道(講道館柔道)では投げ技による一本勝ちを重視する傾向があるため、ともすれば高専柔道七帝柔道とも見なされかねない青木のスタイルは講道館柔道の世界からは異端扱いをされ、結果青木はその格闘技観の違いから、「極」を重視した格闘技へと活躍の場を移すことを決意。サンボ柔術コンバットレスリング総合格闘技などでその実力を顕している。デビュー当初は練習場所のRJJ(Real Japan Judo)[2]やTeam ROKEN[3]を所属先としていたが、2004年10月のDEEP 16th IMPACTから中井祐樹パラエストラ東京所属となった。なお、青木は中井からブラジリアン柔術黒帯を授けられている。

2003年11月24日、club DEEP 4thで行なわれたフューチャーキングトーナメント82kg以下級で優勝[4]

2004年10月30日、DEEP 16th IMPACTで行われたウェルター級トーナメント準決勝で中尾受太郎と対戦。寝技を駆使し試合を優位に進めるも、スタンドの打ち合いで左ストレートを喰らい、KO負け。

2004年11月28日、COPA reversal 2004で弘中邦佳と柔術マッチで対戦し、跳びつき腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。フィニッシュの腕ひしぎ十字固めで弘中は右肘を脱臼した[5]

修斗時代

2005年1月29日、初参戦となった修斗でキース・ウィスニエフスキーにスタンド状態から腕ひしぎ脇固めで一本勝ち。フィニッシュの腕ひしぎ脇固めでウィスニエフスキーは左腕を骨折した[6]

2005年5月4日、修斗で岩瀬茂俊と対戦予定であったが、眼底検査で網膜裂孔と診断され、インターナショナル修斗コミッションよりライセンスが発行されず、欠場となった[7]

2005年5月28日、ADCC 2005では77kg未満級の2回戦でマルセロ・ガッシアと対戦、バックを許し、チョークスリーパーで一本負け。翌日5月29日には無差別級の1回戦でホジャー・グレイシーと対戦し、アキレス腱固めで一本負け。

2005年6月11日、プロ柔術関西「大阪夏の陣」で渡辺直由へのリベンジに成功。試合後、セコンドについていた渡辺の師である早川光由に「次はお前だ!」と対戦要求した[8]

2005年7月30日、網膜裂孔が完治し修斗よりライセンスが発行され、5月に中止となった岩瀬茂俊と対戦[9]。開始35秒右ローキックを股間に受けてしまい、反則勝ちとなった[10]

2005年8月20日、修斗で桜井"マッハ"速人と対戦し、判定負け。

2005年10月19日、カリフォルニア州で行なわれたヒクソン・グレイシー主催のブドーチャレンジ77kg未満級トーナメントに参戦。決勝でキャメロン・アールに一本勝ちし優勝を果たした。

2005年11月6日、1年前に柔術マッチで対戦した弘中と修斗で再戦し、三角絞めで固めた上での鉄槌で左眉付近をカットさせ、TKO勝ち。

2005年11月20日、カンペオナート・ジャポネーズ・ジュウジュツ・アベルトのアダルト黒帯アブソルート級1回戦で、階級が下の小野瀬龍也のスパイダーガードを攻略出来ずに敗北。

2006年2月17日、修斗世界ミドル級王者菊地昭に判定勝ち、史上最短の5戦目にして第5代世界ミドル級王者となる。試合直後にリング上でマイクを握った青木は号泣しながら修斗への感謝を語り、「俺は一生修斗しかやりません」と宣言した[11]。また、直後のインタビューでは「PRIDEさんからも声がかかったけど、PRIDEは競技ではない。あれはイベントであり、エンターテイメントだから僕の目指す競技ではない」と発言していた(後述)。

2006年3月に大学卒業後、警察官(静岡県警)となり警察学校に入るが2か月で退職し、プロ格闘家一本へ。そして雑誌にてPRIDEへの参戦を仄めかし、後にPRIDE参戦が決定。

PRIDE時代

2006年8月26日、PRIDE武士道に初参戦、ジェイソン・ブラックを相手に三角絞めで一本勝ち。試合後、マイクを持つと「修斗第8代世界ミドル級王者の青木真也です。修斗もPRIDEも皆さんの応援がある限り、まだまだ頑張ります」とコメントした[12]

2006年10月14日、修斗でジョージ・ソテロポロスと対戦し、足関節技を狙い続けグラウンドを支配するも、2R開始直後に相手が放った金的攻撃による反則勝ちとなった。

2006年11月5日、PRIDE 武士道 -其の十三-ギルバート・メレンデスと対戦予定だったが、メレンデスが負傷欠場。代役のクレイ・フレンチと対戦し、三角絞めで一本勝ち。試合後、リング上でマイクを握った青木は、リングサイドで腕をギプスで固定しながら観戦していたメレンデスに対して、大晦日に試合をすることを呼びかけ、メレンデスもこれに賛同したものの[13]、結局同年の大晦日は青木はヨアキム・ハンセンと、メレンデスは川尻達也と対戦したため両者の対戦は実現しなかった。

2006年12月31日、PRIDE 男祭り 2006ヨアキム・ハンセンと対戦。レインボーカラーのスパッツ&マウスピースといういでたちで登場、開始早々にグラウンドに引きずり込みフットチョーク(PRIDEの公式記録はトライアングルチョーク)で一本勝ち。

2007年2月17日、修斗・横浜大会で修斗世界ミドル級王座の初防衛戦で前王者・菊地昭と再戦し、三角絞めやオモプラッタを交えた絞め技(糸通し)、関節技でグラウンドを支配するも、菊池のパウンドで若干ポイントを取られ、2-1のスプリットデシジョンで王座防衛を果たした。

2007年3月、DEEP GYMで自らが指導するクラスを開始させた。

2007年4月8日、PRIDE.34ブライアン・ローアンユーと対戦。ローアンユーのパウンドや膝蹴りでダメージを負うも、冷静に下から腕ひしぎ十字固めを極め一本勝ち。

2007年6月17日、グラップリング大会『DEEP X』のメインイベントでペドロ・アキーラと対戦。開始38秒、チョークスリーパーで一本勝ち。

2007年12月31日、やれんのか! 大晦日! 2007J.Z.カルバンと対戦予定であったが、カルバンの負傷による欠場により、代わりに参戦となった総合格闘技デビュー戦のチョン・ブギョンとメインイベントで対戦。腕ひしぎ十字固めを2度極めかけられるなど苦戦するも、パウンドで流れを引き寄せ3-0の判定勝ち。

DREAM設立後

2008年

2008年3月15日、DREAM.1のライト級グランプリ1回戦でJ.Z.カルバンと対戦。1R序盤、カルバンがガブッた体勢から振り下ろした肘が青木の首に当たってしまう。反則行為である延髄への打撃と見なされ、ダメージの残る青木に3分間のインターバルが与えられるも回復せず、偶発的なアクシデントによりノーコンテストとなった[14]。トーナメントの勝ち上がりは主催者預かりとなったが、4月4日の記者会見で没収試合に裁定変更のうえDREAM.2で再戦することが発表された[15]

2008年4月29日、DREAM.2J.Z.カルバンと再戦。1Rにカルバンのパウンドを受けるもバックを奪い、2Rにも再三跳び関節を仕掛け、3-0の判定で勝利。前年の大晦日から続いた因縁に決着をつけた。

2008年6月15日、DREAM.4の2回戦で永田克彦と対戦し、マウントからのフットチョーク(アオキプラッタ)で一本勝ち。

2008年7月21日、DREAM.5のライト級グランプリ準決勝で宇野薫と対戦。終始ペースを握って次々と関節技を仕掛け、宇野の粘りに一本は奪えなかったものの3-0の判定勝ち。決勝ではリザーブから上がってきたヨアキム・ハンセンにパウンドでTKO負け。準優勝となった。

2008年9月23日、DREAM.6ではトッド・ムーアに裸絞めで一本勝ちを収めた。試合後にマイクを持つと、「僕が大黒柱です」「僕の前に試合をした秋山“マイケル・ジャクソン”成勲先輩!青木真也と大晦日にネバーランドでワオワオしませんか?」と秋山成勲に対戦を要求した[16](秋山の「韓国での自分の人気の高さはマイケル・ジャクソンに匹敵する」という発言への皮肉を込めた挑発である)。

2008年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜でライト級グランプリ決勝で対戦するはずであったエディ・アルバレスと対戦し、踵固めで一本勝ち。試合後のマイクでは「UFCよく聞け、日本がトップだコノヤロー!」と絶叫した[17]。この勝利により、初代WAMMA世界ライト級王者に認定された[18]

2009年

2009年3月8日、ウェルター級グランプリへの参戦を見据えてライト級の体重から増量し、74kg契約でDREAM.7デイビッド・ガードナーと対戦。ガードナーが「ハロージャパン」と発声したスキを突きチョークスリーパーを極め一本勝ちを収めた。試合後のコメントでウェルター級GPへの参戦を表明した。

2009年4月5日、DREAM.8のウェルター級グランプリ1回戦で桜井"マッハ"速人と対戦し、開始直後にテイクダウンを奪ったもののバタフライ・スイープで体位の逆転を許し、開始27秒パウンドでKO負けを喫した。桜井からは「青木はチョン・ブギョンに2回も腕十字をとられかけている。寝技のレベルでいったらブギョンの方が上。俺はチョン・ブギョンと一緒に練習したが、全然寝技が強いとは思わなかった。青木程度の寝技は研究されると使えなくなる。結局技術が均衡したところで青木には無い体力がものをいう」と痛烈な批判を浴びた。

2009年4月29日、「DEEP M-1 CHALLENGE 3rd EDITION in JAPAN」でエメリヤーエンコ・ヒョードルとサンボ衣着用・打撃ありのスーパーエキシビションファイトを行なった。お互いに見せ場を作った後、終了間際に青木がヒョードルのアキレス腱固めにタップアウト[19]

2009年7月20日、DREAM.10ビトー・"シャオリン"・ヒベイロと対戦。シャオリンとの対戦が決定した際に「(柔術世界王者シャオリン相手に)思いっきり寝技で勝負します!」と宣言していた[20]にもかかわらず、試合では寝技を避けて終始スタンドでのミドルキックや膝蹴りで攻勢となり、判定勝ち。試合後のリング上で「いやー、ムエタイって面白いでしょ?」(友人である藤原あらしの発言のオマージュ)と発言すると、会場からブーイングが起こった。また、試合後の会見では「最初から“判定上等!”でした」と発言した。

2009年10月6日、DREAM.11のライト級タイトルマッチで3度目となったヨアキム・ハンセンと対戦し、試合終了残り4秒となったところで腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。ライト級王座を獲得し、DREAM初の日本人王者となった。

2009年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜のDREAM vs SRC(戦極)対抗戦でSRCライト級王者・廣田瑞人との王者対決を戦い、アームロックを極めるが廣田がタップアウトしなかったため、技を極め続けて廣田の右上腕を骨折させ勝利[21]。勝利後のリング上で横になったままの廣田に対し、舌を出しながら中指を立てるファックサインで侮辱し、さらに会場中に向かってファックサインをして観客を侮辱するなど[22]など物議を醸す結末となった(その時セコンド陣から「止めろ!」と即静止させられた)。試合後の記者会見[23]や試合翌日の記者会見[21]でフィニッシュした極め技のことを「笹原圭一プロデューサーから刺しにいけと言われたので刺したので『笹原圭一2010』です」と発言した。廣田を試合後に侮辱したことに関して笹原プロデューサーから厳重注意が与えられたことが発表された[21]。試合翌日の会見で青木は廣田を侮辱したことについて謝罪した。

2010年

2010年1月7日、Dynamite!!での試合後の不道徳行為について、パラエストラ東京から厳重注意が与えられ、パラエストラ東京の指導スタッフから解任されたことが発表された[24]

同日に行なわれたSRCの記者会見では、「試合後のインタビュー等においても形式的に謝罪の弁は述べているが、フィニッシュした極め技のことを「笹原さんが『刺しに行け』と言って、しっかり刺してきたので『笹原圭一2010』です」とコメントしたり、廣田選手の腕を「確実に折りにいきました」と述べるなど、誠意と謝意は微塵も感じられない言葉を重ねている。青木自身はもとより、彼をその影響下におき、煽り立て、結果としてかかる振る舞いに至らしめたと推測される関係者に対して心からの猛省を促すと共に然るべき処罰を強く求めます。少なくとも「厳重注意」「反省」といった、お手盛りの言葉とやりとりで許される類いのものでは決してない」と処罰を要求する意見書を発表した[25]

2010年4月17日、アメリカ合州国テネシー州にて開催されたStrikeforce: Nashvilleにてケージデビューし、Strikeforce世界ライト級王者ギルバート・メレンデスの王座に挑戦するも、終始圧倒され、18度のテイクダウンを試みるが1度も成功せず寝技でもパウンドを受け続けるなど全くいいところなくフルマークの0-3の判定負け。試合後は、メレンデスの所属チームであるシーザー・グレイシー柔術アカデミーに弟子入りを申し出、主席コーチであるシーザー・グレイシーより承諾を受けた[26]

2010年5月21日付けで2006年2月17日から保持していた(2007年2月17日以降、防衛戦を行なっていなかった)修斗世界ミドル級王座を返上した[27]

2010年7月10日、DREAM.15のライト級タイトルマッチで川尻達也と対戦し、1R1分53秒、アキレス腱固めで一本勝ち。ライト級王座を防衛した。試合後のリング上で「私事ですが、僕は結婚します!」と結婚することを宣言した[28]

2010年9月25日、DREAM.16マーカス・アウレリオと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。試合前の煽りVTRでは結婚&父親となったことが発表された[29]

2010年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜長島☆自演乙☆雄一郎と対戦。試合はミックスルール(1Rが3分の特別キックルール(フリーノックダウン制)、2Rが5分の総合格闘技ルール。2Rで決着がつかない場合は判定なし)で行なわれたが、2R開始直後に青木がタックルを仕掛けた瞬間、長嶋の右跳び膝蹴りが直撃し、倒れ込んだところを鉄槌で追撃され、4秒で失神KO負け[30]。この試合では、1Rに明らかに時間稼ぎのクリンチドロップキックなどで逃げ回り、反則であるロープに掴む行為も行ない、会場からはブーイングが浴びせられており、この試合の解説を行った須藤元気には「バチが当たった」、魔裟斗には「逃げてちゃ勝てないですよ」と酷評された。一方で、北岡悟菊野克紀など、「(ああしたルールである以上)勝つための手段としてならば責められるものではない」といった旨の評価もあり、興行論や競技性などを問う議論ともなった。

2011年

2011年4月9日、Strikeforce: Diaz vs. Daleyライル・ビアボームと対戦し、開始1分33秒、ネッククランクで一本勝ち。2戦目にして全米初勝利を挙げた。

2011年5月29日、DREAM JAPAN GPのライト級ワンマッチでリッチ・クレメンティと対戦。終始グラウンドを支配し、2R2分14秒、フェイスロックで一本勝ち。当初はヴィラミー・シケリムと対戦する予定だったが、シケリムのパスポート切れで試合は消滅。その後、ジェイミー・ヴァーナーとの対戦見込みが立っていたが消滅。5月16日にアントニオ・マッキーとの対戦が決定したことが発表されるも、5月20日にマッキーの欠場が発表。最終的にクレメンティが選ばれた。非常に対戦相手選びが難航した試合だった。

2011年9月24日、DREAM.17で元WEC世界ライト級王者ロブ・マックローと対戦し、裸絞めで一本勝ち。

2011年12月31日、元気ですか!! 大晦日!! 2011で練習仲間であり度々「戦う事は無い」と共に明言してきた北岡悟を指名してDREAMライト級王座を賭けて対戦[31]。全局面で圧倒し、判定勝ちを収め王座防衛に成功した。

2012年

2012年4月20日、アメリカ合衆国オハイオ州で開催されたBellator 66でエディ・アルバレスと再戦し、アッパーでダウンさせられた後のパウンドで1RTKO負け[32]

2012年7月3日、自身のtwitterで東南アジアを中心に活躍するONE FCと契約を交わしたことを発表した[33]

2012年10月6日、ONE FC 6でアルナウド・ルポンと対戦し、1R三角絞めで一本勝ち。試合後には同大会で勝利しONE FCライト級王者となった朴光哲への挑戦をアピールした。

2012年10月18日、自身のブログでDREAMライト級王座の返上を発表した。

2012年12月7日、DREAM.18アントニオ・マッキーと対戦することが発表。しかし、青木は以前からDREAMの大晦日興業に出場しない意志を表明しており、今回出場するにあたっても「“剥奪”されたベルトですからね。僕がDREAMのチャンピオンだったとか、そういう気持ちはないですね」「DREAM自体は過去のものだったと思っています」などといった発言をし、かつては「親」とさえ呼んでいたDREAMサイドとの溝を示した[34]

2012年12月31日、DREAM.18でアントニオ・マッキーと対戦。2Rに右フックをヒットさせるとマッキーがタップし、マッキーの戦意喪失によるTKO勝ちとなった。試合後のマイクアピールでは「僕とDREAMで親子喧嘩があって見苦しいことがありました。でも、俺は一生懸命やっているからみんな応援してよ!」と言った[35]

2013年

2013年4月5日、ONE FC 8朴光哲の持つ世界ライト級王座に挑戦し、2Rにリアネイキドチョークで一本勝ち。第2代王者となった。試合後に朴が「蛇に睨まれたカエルのように動けなかった」と語ったほど一方的な青木ペースの試合であった[36]

2013年6月9日、ロサンゼルスで開催されたグラップリングの大会「Metamoris 2」でクロン・グレイシーと対戦し、ギロチンチョークで一本負け。

2013年10月18日、フェザー級転向初戦となったONE FC 11でコディ・スティーブンスと対戦し、判定勝ち。

2013年11月、UFCからシンガポールで開催されるUFC Fight Night 34への出場オファーを受けるも金銭面の不満から断念した[37]

2013年12月24日、第2子が誕生。

2013年12月31日、INOKI BOM-BA-YE 2013のMMAライト級ワンマッチにてTOSHIと対戦し、開始49秒で三角絞めで一本勝ち。TOSHIの戦績は11勝9敗で戦績で見れば青木との実力差は明確だったが、TOSHIの師である桜井"マッハ"速人はこの試合が青木の指名による成立であると発言した[38]

2014年

2014年4月27日、「パキスタン・ジャパンフレンドシップフェスティバル」のIGF提供試合にてプロレスラーとして澤田敦士と対戦。試合後には「プロレスでも総合格闘技でも要望のある方で戦う。」と語った。

人物・エピソード

  • 寝技に対する拘りは強く、「今の総合格闘技界は打撃偏重だからこそ、俺は寝技に拘る」と語っており、寝技について(暴力性を感じさせる)打撃によるKOが本人の意思とは関係なく起こるのと比べて、関節技や絞め技による一本勝ちは相手に自らの意思でタップさせることにより怪我のリスクを少なく、屈服させることが出来るので芸術的と語っている。しかし、「相手も僕を殺す気で殴りに来るので僕も躊躇なく骨を折りにいく」とも語っており、実際に相手選手を骨折に追い込んだこともある。自身の(総合格闘技における)寝技の技術は世界一でアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラよりも自分のほうが上である、という発言もしている。
  • 自他共に認める格闘技おたくであり、近代柔道レスリングサンボのテクニック解説本を小学校3年生の時から収集しているなど研究熱心である。小、中学生の頃から地元で開催されるプロレスを観に行っていたという。また、寝技だけでなく、打撃に対してもその研究熱心さは変わらず、マニアックなムエタイ戦士や日本では知名度の低い総合格闘家の名前や試合も数多く覚えており、インタビューなどでも度々その豊富な知識を披露している。打撃は大道塾吉祥寺支部やシンガポールEvolve MMAで練習している。
  • 物欲が全く無く、最近までテレビもパソコンも無い家賃4万8千円の6畳1Kのアパートに住んでいたが、交際していた女性と同棲生活を始めてからは、テレビぐらいは見るようになったとのこと。格闘技の試合を見たり研究する時にはジムのテレビやパソコンを使っている。また、世間の常識にも疎く、「現在の日本の総理大臣の名前は?」と聞かれて即答できずに迷ったりしていた様子がDREAM.7の試合前の煽りVで映されていた。
  • 練習を共にしている北岡悟との関係については「尊敬し合える人で、“盟友”という言葉がしっくりくる。仲は良いけど一緒に飯を食べに行ったこともないし、馴れ合ってるわけじゃない。だから戦うことに関しては全く問題ない」とお互いに語っている。2011年12月31日の元気ですか!! 大晦日!! 2011で青木が北岡を指名する形で対戦している。
  • 今成正和とは親交が深く、学生時代から練習を共にしたり、お互いにセコンドに付くこともある。DREAM JAPAN GP バンタム級トーナメントの今成のVTRに出演し、今成のことを「仲間とかじゃない、本当の身内」と言った。
  • 雑誌で石川直生と対談して以来、交流を深め、現在では一緒に打撃練習をする間柄である。
  • 秋山成勲を激しく嫌っていると見受けられる発言を多くしていたが、DREAM.15の青木vs川尻のPV内では「秋さん」と、さんづけで呼んでいる。体重差を無視して秋山に対戦を要求したが拒否された。
  • かつては「DREAMの大黒柱」を自称し、DREAMと日本の格闘技界への愛着を語っていた。
  • DREAMやONE FCでは連戦連勝であるため、世界最高峰との呼び声が高いUFCと契約して試合をする事をファンから望まれているが、金銭を始め様々な条件と比較してUFCと契約する事を断念している[39][40]。青木はUFCと契約しない事に関して「人と同じキャリアを送りたくない。UFCと契約してしまうと自分のキャリアはUFCの作るキャリアになってしまう。『青木真也』が選択する『青木真也』オリジナルのキャリアを生みたい。」と語っている[41]。また、2013年には「UFCに出ている選手が日本で一番でない事に問題があって、自分以外に日本一の選手が出てきてくれれば自分がこんなに批判される事はない。」といった趣旨の発言をしている[42]
  • 戸井田カツヤと親しく、彼の試合ではセコンドについたことがあり、戸井田が試合後に引退を表明した際には感極まって涙を流した。戸井田からは「ビジネスマン」と呼ばれる事もある[43]

ロングスパッツの着用

近年の総合格闘技では、柔道着の着用が許されるケースが少なくなり、試合時には、選手は上半身裸で、下半身にはハーフパンツや、試合用トランクス等を履いて臨むことを義務付けるのが一般的になってきているが、青木や盟友である北岡悟は、ロングスパッツを着用して試合に臨んでいたため、コスチュームが試合に大きな影響を与えているのでは、として2006年末頃から主にインターネット上で着用の是非が議論の的となった。これについて青木自身は「寝技の時に相手や自分の汗で滑りやすくなることがあるので、それを防ぐために着ている」と語っていた[44][45][46]。 柔術家エディ・ブラボーらもスパッツによりグリップが強まることを指摘しているが[47][48]、必ずしもそれを責める向きではなく、ルールで認められているのだから、それでMMAが強くなるのであれば全員着用すればよい[49]といった肯定的な評価を下している。

2010年7月10日のDREAM.15の川尻戦では、ロングスパッツをはかず普通のトランクスを着用し、一本勝ち。川尻戦後、自身のTwitter上で「スパッツにウダウダ言ってたやつ合掌!」と発言した。

戦績

総合格闘技

総合格闘技 戦績
43 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
36 2 22 9 3 0 1
6 4 0 2 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
TOSHI 1R 0:49 三角絞め INOKI BOM-BA-YE 2013 2013年12月31日
コディ・スティーブンス 5分3R終了 判定3-0 ONE FC 11 2013年10月18日
朴光哲 2R 2:01 リアネイキドチョーク ONE FC 8
【OFC世界ライト級タイトルマッチ】
2013年4月5日
アントニオ・マッキー 2R 0:24 ギブアップ(右フック) DREAM.18 & GLORY 4 〜大晦日 SPECIAL 2012〜 2012年12月31日
アルナウド・ルポン 1R 1:25 三角絞め ONE FC 6 2012年10月6日
× エディ・アルバレス 1R 2:14 TKO(右アッパー→パウンド) Bellator 66 2012年4月20日
北岡悟 5分5R終了 判定3-0 元気ですか!! 大晦日!! 2011
【DREAMライト級タイトルマッチ】
2011年12月31日
ロブ・マックロー 1R 4:57 裸絞め DREAM.17 2011年9月24日
リッチ・クレメンティ 2R 2:17 フェイスロック DREAM JAPAN GP 2011バンタム級日本トーナメント 2011年5月29日
ライル・ビアボーム 1R 1:33 ネッククランク Strikeforce: Diaz vs. Daley 2011年4月9日
ヨックタイ・シスオー 1R 1:00 アームロック DEEP 50 IMPACT 〜10年目の奇跡〜 2010年10月25日
マーカス・アウレリオ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 DREAM.16 2010年9月25日
川尻達也 1R 1:53 アキレス腱固め DREAM.15
【DREAMライト級タイトルマッチ】
2010年7月10日
× ギルバート・メレンデス 5分5R終了 判定0-3 Strikeforce: Nashville
【Strikeforce世界ライト級タイトルマッチ】
2010年4月17日
廣田瑞人 1R 2:17 アームロック Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜 2009年12月31日
ヨアキム・ハンセン 2R 4:56 腕ひしぎ十字固め DREAM.11 フェザー級グランプリ2009 決勝戦
【DREAMライト級タイトルマッチ】
2009年10月6日
ビトー・"シャオリン"・ヒベイロ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 DREAM.10 ウェルター級グランプリ2009 決勝戦 2009年7月20日
× 桜井"マッハ"速人 1R 0:27 KO(パウンド) DREAM.8 ウェルター級グランプリ2009 開幕戦
【ウェルター級グランプリ 1回戦】
2009年4月5日
デイビッド・ガードナー 1R 5:58 チョークスリーパー DREAM.7 フェザー級グランプリ2009 開幕戦 2009年3月8日
エディ・アルバレス 1R 1:32 ヒールホールド Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜 2008年12月31日
トッド・ムーア 1R 1:10 裸絞め DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦 2008年9月23日
× ヨアキム・ハンセン 1R 4:19 TKO(パウンド) DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦
【ライト級トーナメント 決勝】
2008年7月21日
宇野薫 2R(10分/5分)終了 判定3-0 DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦
【ライト級トーナメント 準決勝】
2008年7月21日
永田克彦 1R 5:12 フットチョーク DREAM.4 ミドル級グランプリ2008 2nd Round
【ライト級トーナメント 2回戦】
2008年6月15日
J.Z.カルバン 2R(10分/5分)終了 判定3-0 DREAM.2 ミドル級グランプリ2008 開幕戦
【ライト級トーナメント 1回戦】
2008年4月29日
J.Z.カルバン 1R 3:46 ノーコンテスト(偶発的な反則) DREAM.1 ライト級グランプリ2008 開幕戦
【ライト級トーナメント 1回戦】
2008年3月15日
チョン・ブギョン 2R終了 判定3-0 やれんのか! 大晦日! 2007 2007年12月31日
ブライアン・ローアンユー 1R 1:33 腕ひしぎ十字固め PRIDE.34 2007年4月8日
菊地昭 5分3R終了 判定2-1 修斗 〜BACK TO OUR ROOTS〜
【修斗世界ミドル級チャンピオンシップ】
2007年2月17日
ヨアキム・ハンセン 1R 2:04 フットチョーク PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU- 2006年12月31日
クレイ・フレンチ 1R 3:57 三角絞め PRIDE 武士道 -其の十三- 2006年11月5日
ジョージ・ソテロポロス 2R 0:05 反則失格(ローブロー) 修斗 2006年10月14日
ジェイソン・ブラック 1R 1:58 三角絞め PRIDE 武士道 -其の十二- 2006年8月26日
菊地昭 5分3R終了 判定3-0 修斗 〜SHOOTO The Victory of The Truth〜
【修斗世界ミドル級チャンピオンシップ】
2006年2月17日
弘中邦佳 1R 2:10 TKO(左眉のカット) 修斗 2005年11月6日
× 桜井"マッハ"速人 5分3R終了 判定0-3 修斗 〜ALIVE ROAD〜 2005年8月20日
岩瀬茂俊 1R 0:35 反則失格(ローブロー) 修斗 2005年7月30日
キース・ウィスニエフスキー 1R 2:22 腕ひしぎ脇固め 修斗 2005年1月29日
× 中尾受太郎 1R 4:29 KO(左ストレート) DEEP 16th IMPACT
【ウェルター級トーナメント 準決勝】
2004年10月30日
池本誠知 2R 0:52 腕ひしぎ十字固め DEEP 15th IMPACT
【ウェルター級トーナメント 1回戦】
2004年7月3日
佐藤隆平 不戦勝(棄権) club DEEP 4th in 西調布格闘技アリーナ
【フューチャーキングトーナメント 82kg以下級 決勝】
2003年11月24日
龍保利 1R 0:51 腕ひしぎ十字固め club DEEP 4th in 西調布格闘技アリーナ
【フューチャーキングトーナメント 82kg以下級 準決勝】
2003年11月24日
沖村大 1R 3:14 腕ひしぎ十字固め club DEEP 4th in 西調布格闘技アリーナ
【フューチャーキングトーナメント 82kg以下級 1回戦】
2003年11月24日

ミックスルール

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× 長島☆自演乙☆雄一郎 2R 0:04 KO(右膝蹴り→パウンド) Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜
【DREAM特別ルール(1R キックルール/2R DREAMルール)】
2010年12月31日

グラップリング

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× クロン・グレイシー ギロチンチョーク Metamoris 2 2013年6月9日
ペドロ・アキーラ 1R 0:38 チョークスリーパー DEEP X 2007 2007年6月17日
キャメロン・アール アキレス腱固め ブドーチャレンジ
【77kg未満級 決勝】
2006年5月26日
アリ・アブデルアジズ 跳びつき腕ひしぎ十字固め ブドーチャレンジ
【77kg未満級 1回戦】
2006年5月26日
鶴屋浩 2R 1:04 フットチョーク 修斗 2006年3月24日
× ホジャー・グレイシー アキレス腱固め ADCC 2005
【無差別級 1回戦】
2005年5月29日
× マルセロ・ガッシア チョークスリーパー ADCC 2005
【77kg未満級 準々決勝】
2005年5月28日
マルコス・アヴェラン ポイント ADCC 2005
【77kg未満級 1回戦】
2005年5月28日
藤原正人 腕ひしぎ十字固め ADCC 2005 日本予選
【77kg未満級 決勝】
2005年3月20日
マテウス・イリエ・ネキオ ヒールホールド ADCC 2005 日本予選
【77kg未満級 準決勝】
2005年3月20日
西内太志朗 スピニングチョーク ADCC 2005 日本予選
【77kg未満級 2回戦】
2005年3月20日
チョン・チャニョル ポイント ADCC 2005 日本予選
【77kg未満級 1回戦】
2005年3月20日

柔術

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
渡辺直由 10分終了 ポイント5-0 プロ柔術関西「大阪夏の陣」
【アダルト黒帯メジオ級】
2005年6月11日
弘中邦佳 3:17 跳びつき腕ひしぎ十字固め COPA reversal 2004 〜FESTA DO JIU-JITSU〜 2004年11月28日
× 渡辺直由 8分終了 ポイント0-8 アドバンテージ1-1 プロ柔術GroundImpact 〜Gi-05〜 昼の部 2004年9月19日

獲得タイトル

  • 全日本サンボ選手権大会 男子シニア82kg級 3位(2003年)
  • DEEPフューチャーキングトーナメント 優勝(2003年)
  • 全国体育系学生体重別選手権 81kg級 優勝(2003年)
  • イサミ杯 優勝(2004年)
  • 全日本ブラジリアン柔術オープントーナメント 優勝(2004年)
  • 何気杯 優勝(2004年)
  • 全日本サンボ選手権大会 男子シニア82kg級 優勝(2004年)[50]
  • 全日本ブラジリアン柔術選手権大会 アブソリュート級 優勝(2004年)
  • ブラジリアン柔術コパアクシス紫帯メジオ級 優勝(2004年)
  • ADCC 2005 日本予選 77kg未満級 優勝(2005年)
  • ブドーチャレンジ 77kg未満級 優勝(2005年)
  • 第8代修斗世界ミドル級王座(2006年、防衛回数1回)
  • 初代WAMMA世界ライト級王座(2008年)
  • 第2代DREAMライト級王座(2009年)
  • 第2代ONE FCライト級王座(2013年)

書籍

DVD

  • 跳関十段 青木真也(2006年3月18日)
  • 跳関十段 青木真也 2(2008年2月20日)
  • 跳関十段 青木真也 3(2010年3月20日)

脚注

  1. ^ 青木 真也 バウトレビュー
  2. ^ 名門Axisが大会をボイコット!判定に不満“サンボの女王”フジメグが初戦敗退 スポーツナビ 2004年6月13日
  3. ^ 上山が美濃輪を挑戦者に指名!中尾、必殺の三角絞めでアライを下し優勝宣言 スポーツナビ 2004年7月3日
  4. ^ [club DEEP] 11.24 調布:長南、グラップリングでも殺気満点 BoutReview 2003年11月27日
  5. ^ COPA reversal 2004 〜FESTA DO JIU-JITSU〜 スーパーファイト スポーツナビ 2004年11月28日
  6. ^ [修斗] 1.29 後楽園:朴、初代環太平洋ウェルター級王者に BoutReview 2005年1月29日
  7. ^ [修斗] 5.4 後楽園:青木欠場。中井×ルミナの組技スペシャル戦決定 BoutReview 2005年4月28日
  8. ^ (レポ&写真) [プロ柔術関西] 6.11 大阪 (2):青木、早川に対戦要求 BoutReview 2005年6月11日
  9. ^ [修斗] 7.30 後楽園:秋本×大石の元K'z同門対決決定。全カード揃う BoutReview 2005年7月30日
  10. ^ 【修斗】戸井田が大逆転の一本勝ちをするも、石川はバッティングを主張 格闘技ウェブマガジンGBR 2005年7月30日
  11. ^ (レポ&写真) [修斗] 2.17 代々木:川尻反則防衛。青木&石田が王者に BoutReview 2006年2月24日
  12. ^ (レポ&写真) [PRIDE武士道] 8.26 名古屋:三崎&郷野4強に。五味快勝 BoutReview 2006年8月28日
  13. ^ (レポ&写真) [PRIDE] 11.5 横アリ:五味僅差防衛。三崎敗者復活優勝 BoutReview 2006年11月9日
  14. ^ [DREAM] 3.15 埼玉:カルバンの反則で青木戦は無効に BoutReview 2008年3月15日
  15. ^ 【ドリーム】4・29カルバンとの決着戦が決まった青木「言いたいことは腐るほどある」 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年4月4日
  16. ^ 【DREAM】秋山が吉田秀彦に、青木はその秋山に挑戦状!ミドル級GPはムサシ優勝 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年9月23日
  17. ^ 【Dynamite!!】12・31波乱続出の大晦日、桜庭が田村に判定負け!ハリ、キン肉マンも敗れる 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年12月31日
  18. ^ SHINYA AOKI BECOMES FIRST-EVER WAMMA LIGHTWEIGHT CHAMPION! WAMMA公式サイト 2008年12月31日
  19. ^ [M-1グローバル] ヒョードル×青木エキシは大盛り上がり BoutReview 2009年4月29日
  20. ^ 『DREAM.10』追加3カード発表!!青木真也、菊野克紀が『DREAM.9』で意気込みをコメント!! DREAM公式サイト 2009年5月26日
  21. ^ a b c 青木vs廣田の見解、『DREAM.13』について笹原EPが言及!『FieLDS Dynamite!!〜勇気のチカラ2009〜』一夜明け会見 DREAM公式サイト 2010年1月1日
  22. ^ 【Dynamite!!】魔裟斗が引退試合で激勝! 石井慧は判定負け、対抗戦はDREAM勝利 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年12月31日
  23. ^ FieLDS Dynamite!! -勇気のチカラ 2009-:第16試合 K-1公式サイト 2009年12月31日
  24. ^ 2009年大晦日の青木真也の不道徳行為について パラエストラ東京 公式サイト 2010年1月7日
  25. ^ 日本格闘競技連盟及び『戦極』サイドが青木と関係者に対して処罰を要求!! kamipro 2010年1月7日
  26. ^ Shinya Aoki to train with Cesar Gracie Jiu-Jitsu Bloody Elbow 2010年4月23日
  27. ^ 青木真也、世界ミドル級王座を返上 SHOOTO NEWS 2010年5月21日
  28. ^ 【DREAM】川尻とのエース対決制した青木真也がリング上で結婚宣言! 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年7月10日
  29. ^ 【DREAM】石井慧が国内初勝利、桜庭和志は生涯初の一本負け!(2) 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年9月25日
  30. ^ 【Dynamite!!】 高谷が王座奪取!長島☆自演乙が青木をKO!石井はバンナに辛勝 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年12月31日
  31. ^ 【DREAM】[ニュース 「試合をして2人の関係性が変わるのは当然」 会見&囲みでの北岡悟全コメント] DREAM 2011年11月25日
  32. ^ 【DREAM】[ニュース ショック!!!! 青木、アルバレスに1RTKO負け……] DREAM 2012年4月20日
  33. ^ 【DREAM】[ニュース ショック!!!! ] Twitter 青木真也 | Shinya Aoki 2012年7月3日
  34. ^ 【DREAM】[ニュース 「DREAM自体は過去のものだったと思っています」青木、大晦日参戦決定も、DREAMサイドとは大きな溝…… ] DREAM 2012年12月7日
  35. ^ 【DREAM】日本人頂上対決は川尻の完封勝利、青木とマッハが日本に勝利もたらす イーファイト 2012年12月31日
  36. ^ 【OFC08】青木真也がリアネイキドチョークで完勝、新王座に就く MMAPLANET 2013年4月6日
  37. ^ Evolve MMA’s Leandro Issa signs with the UFC, to debut at UFC Fight Night Singapore The Fight Nation 2013年11月26日
  38. ^ 桜井"マッハ"速人のツイート Twitter 2013年12月16日
  39. ^ シンガポールを拠点とした青木真也。異国の地でも“仲間”のために闘う! NUMBER 843 2013年4月12日
  40. ^ Shinya Aoki tells why he turned down UFC contract Yahoo!sports 2013年12月19日
  41. ^ 格闘技LOVE第三回「青木真也降臨」Youtube 2012年1月19日
  42. ^ [ゴング格闘技]2014年2月号
  43. ^ 戸井田カツヤのツイート twitter 2014年1月17日
  44. ^ kamipro No.105 P.82
  45. ^ kamipro Special 2006 AUTUMN
  46. ^ PRIDE初参戦時のPRIDE公式サイトでのインタビュー
  47. ^ EDDIE BRAVO:"I THINK A LOT OF THESE GUYS CAN BOUNCE BACK" FIGHTHYPE 2009年1月16日
  48. ^ ゴング格闘技2010年4月号
  49. ^ ゴング格闘技2010年7月号
  50. ^ 第30回全日本サンボ選手権大会 日本サンボ連盟公式サイト

関連項目

外部リンク

前王者
菊地昭
第8代修斗世界ミドル級王者

2006年2月17日 - 2010年5月21日(返上)

次王者
ルイス"ベイサォン"ハモス
前王者
王座新設
初代WAMMA世界ライト級王者

2008年12月31日 - 現在

次王者
N/A
前王者
ヨアキム・ハンセン
第2代DREAMライト級王者

2009年10月6日 - 2012年10月18日(返上)

次王者
N/A
前王者
朴光哲
第2代ONE FC世界ライト級王者

2013年4月5日 - 現在

次王者
N/A