秋山成勲
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 柔道 | ||
| アジア大会 | ||
| 金 | 2002 | 81kg級 |
| アジア柔道選手権 | ||
| 金 | 2001 | 81kg級 |
| 秋山 成勲 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 本名 | 秋山 成勲(秋成勲) |
| 通称 | 反骨の柔道王 魔王 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1975年7月29日(33歳) |
| 出身地 | 大阪府大阪市生野区 |
| 所属 | フリー |
| 身長 | 177cm |
| 体重 | 84kg |
| 階級 | ミドル級(DREAM) ライトヘビー級(HERO'S) |
| スタイル | 柔道 |
| テーマ曲 | Time To Say Good Bye (サラ・ブライトマン) |
秋山 成勲(あきやま よしひろ、旧名:秋成勲、チュ・ソンフン、추성훈、男性、1975年7月29日 - )は、総合格闘家。元柔道家(三段)。大阪府大阪市生野区に在日韓国人四世として生まれ、後に日本国籍を取得した。ニックネームは「反骨の柔道王」、「魔王」。
目次 |
来歴
出生から柔道家時代まで
父親の影響で、3歳より柔道を始める。清風高校から近畿大学へ入学。
大学卒業後、韓国へと渡り、市役所に勤務しながら韓国代表としてオリンピック出場を目指した。しかし、僑胞への差別は激しく、韓国代表となることを断念して2001年9月、日本へ帰国、日本国籍を取得した。平成管財へ入社し、柔道81kg級で活動した。
日本に帰化し、釜山アジア大会に出場・優勝した際、韓国のマスコミに対し「柔道のために日本国籍を取りはしたが、私は永遠に韓国人だ。私を声援してくれた同胞たちに感謝する」とインタビューに答え、かえって韓国のマスコミの批判・バッシングを受ける結果となった。
2004年4月4日、全日本選抜柔道体重別選手権大会(兼アテネ五輪代表最終選考会)男子81kg級の準決勝で塘内将彦に優勢負けし、アテネ五輪代表を逃した。これがきっかけとなり、5月には平成管財を退社、7月には全日本柔道連盟の強化選手指定を辞退した。
プロ格闘家への転身
2004年7月からフリーのプロ格闘家として活動。
2004年12月31日、K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!でプロ格闘技デビュー。1R、腕ひしぎ十字固めでフランソワ・"ザ・ホワイトバッファロー"・ボタに勝利。
2005年3月26日、HERO'Sに初参戦し、K-1ファイターのジェロム・レ・バンナと対戦。左膝蹴りでKO負け。試合後、「あまりにも体重差がありすぎた。体幹の太さが違う」と振り返った。
2005年10月12日、K-1 WORLD MAX 2005のスペシャルマッチ(総合格闘技ルール)でマイケル・ラーマと対戦、パウンド攻撃のラッシュで1R2分47秒、TKO勝利。
2005年12月31日、K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!でホイス・グレイシーと対戦予定であったが、12月上旬にぎっくり腰およびヘルニアを発症し欠場となった。
2005年11月5日、HERO'S 2005 in SEOULに参戦。「韓国軍 vs. 世界連合軍」をテーマに開催された同大会に韓国軍の大将としてメーンに登場し、奥田正勝と対戦。1R、バスターからのパウンドで失神KO勝ち。なお、フィニッシュとなったパウンドで奥田の前歯を折った。
2006年8月5日、HERO'Sライトヘビー級トーナメントに参戦。1回戦で総合ルールデビューとなる元K-1戦士金泰泳と対戦。腕ひしぎ十字固めでレフェリーストップ勝ちを収めるも、金から「タップしていない」というクレームがついた。試合後、「ファンからのブーイングをもらったのは仕方ない。(腕ひしぎ十字固めを)自分がやっていた時は音がなっていたんで、正しいレフェリングだったと思います。もちろん完全燃焼はしていない」と語った。しかし後日、協議の結果、レフェリングミスが認められ、レフェリーストップまでの判定による判定勝ちに変更された[1]。
2006年10月9日、HERO'Sライトヘビー級決勝トーナメント準決勝でケスタティス・スミルノヴァスをハイキックからのパウンドでKO勝ち、決勝ではメルヴィン・マヌーフを腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。HERO'Sライトヘビー級王座に就いた。試合後のマイクアピールで、「チャンピオンになってしまいました。桜庭さん、じっくり治して、大みそか。このHERO'S、柔道最高!」と発言した。
2006年12月31日、K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!のメインイベントで桜庭和志と対戦。レフェリーストップで1R TKO勝利。試合後はセコンドについた清原和博と抱き合い勝利を喜んだ。後日、秋山の悪質な反則行為(本稿#不正および疑惑参照)が発覚し、2007年1月11日付けで試合結果はノーコンテスト扱いとなり[2]、FEG主催大会への無期限出場停止の処分を受けた[3](後述)。
2007年10月1日、HERO'Sの記者会見が韓国で開かれ、出場停止処分の解除が発表された。
2007年10月28日、HERO'S KOREA 2007でデニス・カーンと対戦し、右アッパーでKO勝ち。試合後、マイクを持った秋山は韓国語で「いろいろありましたけど、国民一人一人の力によって戻ってこれることができました。我が国、大韓民国、最高!」とアピールし、観客の拍手を浴びた。
2007年12月31日、「やれんのか! 大晦日! 2007」で三崎和雄と対戦。大会前日に新宿で行われた公開記者会見でも大ブーイングを浴びたが、入場時にも大ブーイングを浴びた。右ストレートで三崎からダウンを奪うも、持ち直した三崎の左フックで倒され、起き上がろうとしたところに右キックを受け1R8分12秒KO負け。三崎は試合後のマイクアピールで「オレはお前を許さない」「お前の心が俺にも届いた」と批判とエールを込めた発言をし、マットに正座をして秋山に礼をした。試合後に直行した病院での検査で、鼻骨骨折と左膝の内側側副靭帯損傷と診断された。なお、桜庭戦以降、秋山のショーツに広告は付いていなかったが、NIKE・週刊TVガイドなどの広告があった。
「やれんのか!」でのフィニッシュとなったキックが4点ポジション時に受けたものだとして、2008年1月9日付けで主催者に抗議文を提出した。1月22日、三崎のキックがルールに抵触していると判断され、試合結果はノーコンテストに変更となった[4]。
2008年2月13日、DREAMの記者会見に参戦予定選手として出席。同会見で流された佐藤大輔作成の煽りVの中では「秋山"SATAN"成勲」と紹介された。DREAMミドル級GPに参戦予定であったが、大晦日に骨折した鼻骨を再度骨折し、欠場となった。
2008年4月17日に韓国で発売されたオムニバスアルバム『08恋のソナタ』に歌手として参加し、パク・サンミンの『一つの愛』を収録した。6月7日にはソウル蚕室メイン競技場で開催された「2008ドリームコンサート」に出演した。また、KIAやHITEビールなどのCMに起用されるなど韓国で芸能活動を行っており、日本のマスコミからのインタビューで「(気分は)韓国のマイケル・ジャクソン」と発言した。
2008年7月21日、DREAM初参戦となったDREAM.5で柴田勝頼と対戦し、袖車絞めで柴田を絞め落とし一本勝ち。この試合が地上波放送の瞬間最高視聴率13.7%を獲得(平均10.0%)[5]。9月23日のDREAM.6では外岡真徳に一本勝ちし、試合後のマイクでは「年末、吉田秀彦さんとやりたいです。自分の夢であり、越えなきゃいけない壁だと思っています。そのためにはいろんな方の力が必要です」とアピール。なお、青木真也の対戦要求については「リスペクトされるのは選手冥利に尽きますが、自分は今は吉田先輩しか見えていないです」とコメント。この試合が地上波放送の瞬間最高視聴率13.4%を獲得(平均9.0%)[6]。
2008年12月31日に開催される「Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜」にはオファーを受けていたものの、「今年の大晦日は辞めておきます」として欠場を表明した[7]。
また、ファイトマネーを秋山はK-1最高水準を希望したことにより、FEGサイドとの関係も悪化[8]。11月をもって契約が切れた。
2009年2月24日、UFC公式サイトにて秋山と契約したことが発表された。3月3日には日本で記者会見を開かれUFCと6試合契約をしたことが本人より発表された。翌4日には韓国でも記者会見が開かれた。
2009年3月10日、自身のサイトでSHIHOとの入籍を発表した(入籍時期は同年1月)。
2009年5月、東京都渋谷区広尾に自身の道場「クラウド秋山道場」が完成し、5月30日に道場内覧会が行われた。
総合格闘技の戦績
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 15 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 12 勝 | 5 | 6 | 1 | 0 | 0 | 2 |
| 1 敗 | 1 | 0 | 0 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| ○ | 外岡真徳 | 1R 6:26 腕ひしぎ十字固め | DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦 【ミドル級ワンマッチ】 |
2008年9月23日 |
| ○ | 柴田勝頼 | 1R 6:34 袖車絞め | DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦 | 2008年7月21日 |
| - | 三崎和雄 | 1R 8:12 ノーコンテスト(三崎の反則行為) | やれんのか! 大晦日! 2007 | 2007年12月31日 |
| ○ | デニス・カーン | 1R 4:45 KO(右アッパー) | HERO'S KOREA 2007 | 2007年10月28日 |
| - | 桜庭和志 | ノーコンテスト(秋山の反則行為) | K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!! | 2006年12月31日 |
| ○ | メルヴィン・マヌーフ | 1R 1:58 腕ひしぎ十字固め | HERO'S 2006 ミドル級&ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦 【ライトヘビー級 決勝】 |
2006年10月9日 |
| ○ | ケスタティス・スミルノヴァス | 1R 3:01 TKO(レフェリーストップ:パウンド) | HERO'S 2006 ミドル級&ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦 【ライトヘビー級 準決勝】 |
2006年10月9日 |
| ○ | 金泰泳 | 1R 2:01 判定3-0 | HERO'S 2006 ミドル&ライトヘビー級 世界最強王者決定トーナメント準々決勝 【ライトヘビー級 準々決勝】 |
2006年8月5日 |
| ○ | 永田克彦 | 2R 2:25 KO(右後ろ回し蹴り) | HERO'S 2006 | 2006年5月3日 |
| ○ | 石澤常光 | 2R 1:41 袖車絞め | HERO'S 2006 | 2006年3月15日 |
| ○ | 奥田正勝 | 1R 3:31 TKO(レフェリーストップ:パウンド) | HERO'S 2005 in SEOUL | 2005年11月5日 |
| ○ | マイケル・ラーマ | 1R 2:47 TKO(レフェリーストップ:パウンド) | K-1 WORLD MAX 2005 〜世界王者対抗戦〜 【スペシャルマッチ(総合格闘技ルール)】 |
2005年10月12日 |
| ○ | カール"トゥームストーン"トゥーミィ | 1R 0:59 腕ひしぎ十字固め | HERO'S 2005 ミドル級世界最強王者決定トーナメント 【スーパーファイト】 |
2005年7月6日 |
| × | ジェロム・レ・バンナ | 1R 2:24 KO(左膝蹴り) | HERO'S | 2005年3月26日 |
| ○ | フランソワ・"ザ・ホワイトバッファロー"・ボタ | 1R 1:54 腕ひしぎ十字固め | K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!! (各Rエスケープ1回可能) |
2004年12月31日 |
獲得タイトル
柔道
- 1996年 全日本選抜柔道体重別学生選手権大会 2位
- 1999年 USオープン柔道大会81kg級 優勝
- 1999年 韓国国際柔道大会81kg級 3位
- 2000年 韓国国際柔道大会81kg級 優勝
- 2001年 アジア柔道選手権大会81kg級 優勝
- 2001年 東アジア大会柔道81kg級 優勝
- 2001年 全日本実業柔道個人選手権大会81kg級 優勝
- 2001年 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会81kg級 優勝
- 2002年 日本国際柔道大会81kg級 優勝
- 2002年 パリ国際柔道大会81kg級 優勝
- 2002年 アジア大会柔道81kg級 優勝
- 2002年 全日本選抜柔道体重別選手権大会81kg級 優勝
- 2002年 世界柔道選手権大会81kg級 5位
総合格闘技
- HERO'Sライトヘビー級王座(2006年)
不正および疑惑
柔道
2003年2月4日放送のフジテレビ『ジャンクSPORTS』に柔道家として出演した秋山は、番組中に「胴着を滑りやすくして有利に試合をすすめる」、「母親が柔軟剤のハミングを使って洗っている」といったコメントを残している。
同年、世界柔道選手権大会の日本代表決定戦となる全日本選抜柔道体重別選手権大会に優勝。しかし、この決勝戦において対戦相手の中村兼三に「柔道着が滑る」と抗議された(また、髪を脱色して出場した点においても物議を醸している[要出典])。
同年10月の世界柔道選手権で2回戦から4回戦の対戦相手であるフランス、モンゴル、トルコの3カ国から「柔道着が滑る」という抗議を受けた[9]。なお、1回戦は不戦勝であり、すべての対戦相手から抗議を受けるのは史上初の珍事。国際柔道連盟のチェックでは大きな問題なしとされたが、「疑われるようなことが問題」という山下泰裕理事の指示で柔道着が交換させられた[10]。本人は「洗ったばかりで石鹸が少し残っていた」と弁明。柔道着を交換した後は準決勝、敗者復活戦で2連敗して5位。この世界選手権で優勝すればアテネオリンピックにおける柔道81kg級の五輪代表が決まるともされていたが、この後の最終予選権を兼ねた全日本選抜柔道体重別選手権大会でも準決勝で敗れて落選した。
総合格闘技
身体へのオイル(ワセリン)の塗布
2006年12月31日、K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!で桜庭和志と対戦。タックルから足を取ろうとした桜庭が異常を感じて行った、桜庭の試合中断要求(秋山の足が「滑る」と格闘技戦では異例の「タイム」を要求し、猛アピール)をレフェリーを務めた梅木良則、および秋山は、受け入れずに試合を続行させた。桜庭はその後も数度、足を取ろうと試みるが失敗(その際も桜庭は試合を行いながら「滑る」と抗議のアピール)。秋山はそのままパンチのラッシュからオープンガードの上を取り、桜庭に百発を超えるパウンドのラッシュを続けた。その最中も殴られながら、桜庭は「滑るよ!」「反則だろ!(反則だ!)」と繰り返し抗議したが試合は続行された[11]。その後、レフェリーストップ(平直行審判長と前田SVの判断)のゴングが鳴り、秋山が勝利。試合後も「全身が滑る」と訴えていた桜庭の抗議を受け、秋山の体をレフェリーがチェックしたとのことだが、実際は秋山の背中を2度、左肩を1度、胸を1度なでた程度だった。しかも、そのチェックの前に秋山は、Tシャツを着ているセコンドのトレーナーと2度(2度目に抱き合う直前にカメラのアングルが桜庭に変わっている)抱き合い、その次に清原と、がっしりと体をなすりつけるように抱き合っている。結局、桜庭の片足タックルをすり抜けた足、秋山の試合着については一切チェックしなかった。桜庭は既に決着が付き、リングを降りた試合直後も控え室に向かう廊下で「思いっきりオイル塗ってる」「汗とオイルの滑りの違いくらい判りますよ」と憤慨を隠さず、「信じられんわ。抗議しますよ僕は」と強い口調で遺憾の念を表明した。その様子は主催者側が用意していたカメラにも収められている。やっと実現した夢のカードは、疑惑・疑念を残す後味の悪い試合となった。また試合後は、お互いを讃え合うこともせず、秋山は桜庭と目も合わせていない[12]。この試合についてイベントプロデューサーの谷川貞治は「最後に試合を止めたのは、レフェリーと前田SVの判断。秋山の体から油らしきものは出なかった。金的(急所への攻撃)やサミングがあったなら試合は止めるべきだが、あれは桜庭の主張なので止めるべきではない。しかし、あんなに桜庭が怒りを露わにするのを見たのは初めてだ」とコメントした[13]。この件に関して秋山は、2007年1月1日の記者会見で「多汗症なんですよ」と弁解した(後述の、後日の会見では「乾燥肌」と弁明している)。また、試合出場時にはボディーチェックがなされるが、この時はスタッフがイベントの流れをスムーズにするよう指示されていたことや、チェック時に本人がなぜか走ってリングに入ったことから、ほとんどチェックできなかったことが後になって判明した。
2007年1月11日、都内ホテルにおいて、主催者による秋山VS桜庭戦に関する記者会見が行われ、秋山が試合前、全身にアメリカ製のスキンクリームを塗っていた事実が明らかにされた。しかも、成分にワセリンやグリセリンも含まれているものだった。クリームは、秋山が乾燥肌で、それを防ぐために普段から使用しているものとした。この点でも、前述の多汗症という弁明とは相反しており、疑問である。秋山は、直接ワセリンやタイオイルを謳った類いのものではないので、塗っても大丈夫という認識だったとしている。またFEG側は、テレビカメラの前で堂々と塗っている事から、秋山サイドに悪意はなく、過失と判断した。しかし、HERO'Sルールは、試合前に体に何かを塗る事自体を禁止しているため、試合はノーコンテスト(無効試合)、秋山のファイトマネーは全額没収となった。その後1月17日、FEGが主催する大会への無期限出場停止(事実上の永久追放)の追加処分が下された。また、この件に伴い、レフェリーを務めた梅木良則や他の審判員も処分を受けている。総合格闘技で身体に何かを塗布する行為は、通常主催者側から厳重な注意・監視がなされており[14]、本来綿密にすべきルールミーティングを怠ったとしてFEG側を糾弾する動きも一部で見られた。また、秋山サイドに好意的な実況を行う番組作りを行ったTBSも、格闘技ファン、K-1ファンから、多くの反感を買うことになった。[要出典]
ちなみに、ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦で試合をしたメルヴィン・マヌーフも秋山の体が滑ったことを証言している。
不正グローブ使用疑惑
当該試合において、秋山のオープンフィンガーグローブに異物が入っているような膨らみがあり、手の平の部分にもなんらかの(桜庭および他選手の手のひらにはない)異物が確認できる写真が存在している[15]。これらに関し「メリケンサックを着用していたのではないか?」との疑惑が持たれた。2007年1月19日放送のFIGHTING TV サムライにおいて、サブレフェリーを務めた和田良覚は「(メリケンサックの使用は)ないと思う。バンテージチェックが行われ、確認される、そして実際チェックが行われた。」、熊久保英幸は「メリケンサックを付けて殴ったら、まずは頭蓋骨が陥没する。状況から鑑みてまずあり得ない。」というような旨の、それぞれの意見を表明した。なお、この点に関する公式な見解は発表されていない。なお、秋山が使用したグローブに、本来あるはずのロゴが確認できない事も指摘され、合わせて「不正なグローブが使用された」とする疑惑が挙げられた。これに対しては、「ロゴがはがれやすいもの」だったため、ウォーミングアップ中に剥がれ落ちたと判断され、試合後回収されたグローブも試合前に渡したものであり、バンテージにも問題がなかった事が確認されている。と説明。また、これを受け1月17日、グローブを製作したメーカーであるイサミは公式にFEG、秋山の主張を認める形で原因の検証を行うとし、その後、3月16日にネットを通じ、製造過程に問題があったとするオフィシャルコメントを発表した[16]。一方で、ファンの問い合わせに応じた関係者は「簡単にロゴが剥がれるような物は作っていない」とも言っている。その他、ロゴが剥がれた状態で試合を行う事自体がルール違反である事や、スポンサーとの契約に違反しているとする等、指摘が相次いだ。
人物、エピソード
- 桜庭戦での一連の騒動は、ネットでも大きく話題に上り、日本では秋山に対する批判や失望の声が多く挙がっている。一方、韓国では主催側の秋山への処分に対する不満が発生した。
- 復帰後の韓国大会で勝利した後のリングインタビューで「韓国に帰ってくることができました」といった趣旨の発言や、「わが大韓民国最高」などと発言した。秋山は以前から「柔道をするために日本国籍を取得した」と発言するなど、韓国を意識した発言をすることが多い。
- みのもんたと懇意にしていて、2006年5月の試合では勝利した後、リング上で抱擁した。
- 漫画『TOUGH』に、秋山をモチーフとしたキャラが登場している。
- 桜庭戦での反則行為による謹慎中にフライデー2007年3月16日号で、ファッションモデルSHIHOとの交際をスクープされ、2人はその後、2009年に入籍した。
- 2009年4月、ベストセラーズ社より自伝「ふたつの魂 HEEL or HERO」を出版。
関連項目
外部リンク
- オフィシャルサイト
- オフィシャルブログ
- UFC 選手データ(日本語)
- UFC 選手データ(英語)
- DREAM 選手データ
- HERO'S 選手データ
- K-1 選手データ
- SHERDOG 選手データ
- JudoInside.com 選手データ(秋山成勲)
- JudoInside.com 選手データ(秋成勲)
- すっごい滑るよ! - 桜庭戦における不正・疑惑に関するまとめサイト
脚注
- ^ 秋山成勲vs金泰泳戦の結果に関するお知らせ HERO'S公式サイト
- ^ 秋山成勲vs桜庭和志戦の裁定に関する結果報告 FEG公式サイト 2007年1月11日
- ^ 桜庭和志が納得するも、秋山成勲は無期限出場停止 FEG公式サイト 2007年1月17日
- ^ 三崎×秋山は無効試合に。「疑わしきは罰す」裁定 BOUTREVIEW 2008年1月22日
- ^ 【DREAM】7・21有言実行!瞬間最高視聴率は秋山成勲 GBR 2008年7月22日
- ^ 【DREAM】初代ミドル級王者ムサシも秋山成勲に対戦表明!「それが皆さんが見たい試合」 GBR 2008年9月24日
- ^ 【Dynamite!!】12・31秋山成勲の参戦は消滅!「これ以上、交渉しない」(谷川代表) GBR 2008年12月11日
- ^ 風雲児・秋山成勲、またさまようのか 中央日報 2008年12月23日
- ^ 国際柔道連盟理事・山下泰裕氏インタビュー「発祥国の過信捨て、柔道の心世界に」
- ^ 「Dynamite!!」不正疑惑の秋山成勲選手が失格、無効試合に。 narinari.com 2007年1月11日
- ^ この時解説席にいた船木誠勝は異常な状況であると察したのか、「桜庭選手が何か言ってますね」「一度止めてチェックした方がいいと思います」と進言している。
- ^ ターザン山本「桜庭VS秋山戦について。」 プロ格コラム 2007年1月1日
- ^ 桜庭VS秋山疑惑?試合 レフェリーのブログ大炎上 J-CAST 2007年1月5日
- ^ 小野寺力が後述のFIGHTING TV サムライ放送内で、アメリカでの徹底的な対応の例として、飲み物一つの持ち込みも制限され、主催者が用意したものを口にするのであって、先輩の格闘家が、アメリカで試合を行った際、ゼリー飲料を持ち込もうとして、主催者側に取り上げられたというエピソードを紹介している。
- ^ K-1 Korean Official Web Site(キャッシュ)
- ^ 年末ダイナマイトにおけるオープンフィンガーグローブのご報告 その2(キャッシュ)
| 前優勝者 N/A |
HERO'S 2006 ライトヘビー級最強王者決定トーナメント優勝 2006年10月9日 |
次優勝者 N/A |

