中井祐樹

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中井 祐樹
Yukinakai-dougi.jpg
基本情報
本名 中井 祐樹
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1970年8月18日(44歳)[1]
出身地 北海道浜益郡浜益村(現・石狩市[1]
所属 スーパータイガージム横浜
→シューティングジム大宮
パラエストラ東京
身長 170cm
体重 70kg
階級 ウェルター級修斗
スタイル 柔道ブラジリアン柔術
テーマ曲 ヘルター・スケルタービートルズ
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中井 祐樹(なかい ゆうき、男性、1970年8月18日 - )は、日本柔術家、元総合格闘家。現日本修斗協会会長。元日本ブラジリアン柔術連盟会長。北海道浜益郡浜益村(現・石狩市)出身。パラエストラ東京主宰。北海道札幌北高等学校卒業、北海道大学中退。元修斗ウェルター級王者。

来歴[編集]

高校時代にレスリングを学び、北海道大学柔道部で高専柔道の流れを汲む七帝柔道を学ぶ。本人によると最初は大学正門前にあった極真空手高木薫道場に入るつもりだったが、北大柔道部を見学に行って、そのあまりの寝技の多さとテクニックに惹きこまれ、入部したという。

毎年7月に開催される七帝戦で、4年時に無敵の京大の11連覇を阻止し、団体優勝を果たした。中井は、すぐに退学届けを提出し、プロ修斗(当時の名称はプロシューティング)に参戦するために上京し、スーパータイガージム横浜へ入門した。

1994年11月7日、プロ修斗ウェルター級チャンピオンシップで草柳和宏と対戦し、判定勝ち。修斗ウェルター級王者となった。

VALE TUDO JAPAN OPEN 1995でゴルドーの上からのパンチに耐えながら脚関節を狙い続ける中井祐樹

1995年4月20日、修斗ウェルター級王者としてVALE TUDO JAPAN OPEN 1995に参戦。1回戦でジェラルド・ゴルドーと対戦し、4ラウンドにヒールホールドで一本勝ち。この試合中にゴルドーのサミングを受け、右目を失明した[2]。続く2回戦はクレイグ・ピットマンを腕ひしぎ十字固めで下した。決勝戦はヒクソン・グレイシーと対戦し、1ラウンドにスリーパーホールドで一本負けを喫した。大会後、右目失明のため総合格闘技を引退し、決勝戦で対戦したヒクソンの柔術テクニックに魅せられブラジリアン柔術に専念するようになった。

1997年パラエストラ東京(当初の表記はパレストラ東京、2005年11月改称)を設立し、以来、日本人ブラジリアン柔術家の育成に携わっている。それから十年と経たずにパラエストラ支部は全国に広げている。パラエストラ東京からは青木真也北岡悟なども輩出されていて、青木にブラジリアン柔術黒帯を授与したのも中井である。

2002年5月2日、プロ柔術「GI um」のメインイベントでレオナルド・ヴィエイラと対戦し、試合終了残り2秒送り襟絞めで一本負け[3]

2003年2月11日、プロ柔術「GI 02」のアレッシャンドリ・ソッカと対戦し、アドバンテージ0-3で敗北した[4]

2010年6月1日、日本修斗協会会長に就任した[5]

戦績[編集]

総合格闘技[編集]

総合格闘技 戦績
11 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
9 0 7 1 1 0 0
2 0 1 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ヒクソン・グレイシー 1R 6:22 スリーパーホールド VALE TUDO JAPAN OPEN 1995
【決勝】
1995年4月20日
クレイグ・ピットマン 2R 7:30 腕ひしぎ十字固め VALE TUDO JAPAN OPEN 1995
【準決勝】
1995年4月20日
ジェラルド・ゴルドー 4R 2:41 ヒールホールド VALE TUDO JAPAN OPEN 1995
【1回戦】
1995年4月20日
松谷元章 1R 0:20 ヒールホールド 修斗 VALE TUDE ACCESS 3 1995年1月21日
草柳和宏 4分4R終了 判定3-0 修斗 VALE TUDE ACCESS 2
【修斗ウェルター級チャンピオンシップ】
1994年11月7日
アートゥー・カチャー 8分3R終了 ドロー 修斗 VALE TUDE ACCESS 1994年9月26日
九平 5R 0:32 肩固め 修斗 1994年5月6日
木川田潤 1R 0:27 ヒールホールド 新格闘プロレス 1994年3月11日
× 朝日昇 3分5R終了 判定0-2 修斗 1993年11月25日
倉持昌和 2R 1:36 ヒールホールド 修斗 1993年6月24日
則次宏紀 1R 0:53 アームロック 修斗 1993年4月26日

ブラジリアン柔術[編集]

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ヒカルド・デラヒーバ ポイント2-0 プロ柔術 Groundo Impact 05 2004年9月19日
× マリオ・へイス ポイント0-3 プロ柔術 DESAFIO 2 2004年7月29日
× 早川光由 ポイント0-3 プロ柔術 Ground Impact 04 2004年5月26日
アルバート・クレーン ポイント3-0 プロ柔術 Ground Impact 03 2004年3月7日
× アレッシャンドリ・ソッカ アドバンテージ0-3 プロ柔術 Ground Impact 02 2003年2月11日
× レオナルド・ヴィエイラ 9:58 襟絞め プロ柔術 GI um - GROUND IMPACT 2002年5月2日
× ビトー・"シャオリン"・ヒベイロ 10分終了 ポイント0-10 VALE TUDO JAPAN '99 1999年12月11日
藤本勤 8分終了 ポイント21-0 大道塾 THE WARS V 1999年4月8日
藤原正人 8分終了 ポイント13-0 大道塾 THE WARS IV 1997年3月11日
× ジアン・マチャド 5:21 三角絞め 修斗 VALE TUDE PERCEPTION 1995年9月26日

獲得タイトル[編集]

  • 第3代修斗ウェルター級王座(1994年)
  • VALE TUDO JAPAN OPEN 1995 準優勝(1995年)
  • パンアメリカン柔術選手権(パンナム) 茶帯ペナ(-67kg)級 優勝(1998年)
  • ブラジリアン柔術ブラジル選手権(ブラジレイロ) 黒帯ペナ級 3位(1999年)

脚注[編集]

  1. ^ a b SOUL -Vale-Tudo Japan Open 95 中井祐樹・戦いの記録(1) Paraestra Weekly
  2. ^ 「まだマイナーだった総合格闘技に危ないイメージを広げたくなかった」との理由から、失明したことをすぐには公表しなかった。
  3. ^ [プロ柔術GI] 5.2 有明 (レポ&写真):日本プロ柔術に“ジーコ”現る!? BoutReview 2002年5月21日
  4. ^ [柔術] 2.11 有明:レオジーニョ、風邪を引いても早川に圧勝 BoutReview 2003年2月12日
  5. ^ 日本修斗協会 新役員決定 日本修斗協会広報誌 BLOG版 2010年6月1日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]