野橋太郎

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野橋 太郎
プロフィール
リングネーム 野橋 太郎
野橋 真実
新井 小一郎
本名 野橋 太郎
ニックネーム 日本最小プロレスラー
極悪坊主
大釜の英雄
身長 156cm
体重 68kg
誕生日 1982年8月10日(31歳)
出身地 兵庫県神戸市
所属 みちのくプロレス
トレーナー 新井健一郎
新崎人生
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野橋 太郎(のはし たろう、1982年8月10日 - )みちのくプロレス所属の男子プロレスラーである。本名同じ。旧リングネームは野橋 真実(のはし しんじつ)、新井 小一郎兵庫県神戸市垂水区出身。身長156cm、体重68kgで国内男子プロレスラーとしてはもっとも背が低い。ただし体重は最軽量ではない[1]

2002年5月11日、新井小一郎のリングネームでメキシコシティーアレナ・コリセオにてTARUシート戦でデビュー。

来歴[編集]

新井小一郎[編集]

闘龍門Xにて新井健一郎のミニ版として新井小一郎のリングネームで活躍。アラケンの弟というギミックでアラケンの母親も呼んで闘龍門にも登場した。後に新井注一郎というもう一人の兄弟が登場して兄弟トリオを組んでいた。

野橋真実[編集]

闘龍門X解散後、みちのくプロレスに参戦。今度は新崎人生のミニ版というギミックで登場した。実際に弟子入りし付け人も務めた。人生のムーブを完璧にコピーするのと併せ、小柄な体格ならではの軽快な動きを駆使して人気を博す。人生との直接対決を実現させたが敗戦し、メキシコに再修業に出た後、フジタ"Jr"ハヤトと共にみちのく復帰を果たす。

野橋太郎[編集]

2010年1月、突如ルード軍「九龍」入りを果たしリングネーム「野橋太郎」に改名。コスチュームは特徴色だった白が青く染められ、入場時には青いマスクを着用。必殺技は青く塗られた一斗缶を頭にかぶり無動作による「一斗缶タイビングヘッドバット」。デビューから約9年を経て初めて、他人のコピーではないオリジナルな存在としてのキャリアを歩み始めたが一部プロレスマニアからは飯塚高史のコピーと言われている。

2012年6月に、大釜にてデビュー10周年記念大会を開催。獣神サンダー・ライガーとのシングルマッチを行った。 2012年11月26日正規軍VS九龍の9対9の全面対抗戦がおこなわれ、野橋はグレート・サスケと試合をした。結果は、一斗缶を使っての反則勝ち。それでも九龍に一勝をもたらした。しかし、対抗戦は5対4で正規軍の勝ち。拳王に「九龍終わりにしろ。」といわれた後ハヤトが「俺とお前との決着まだついてないだろ。」その発言がきっかけで野橋とハヤトの関係に亀裂が生じる。 その後、拳王、バラモン兄弟、日向寺塁と共に「阿修羅」を結成。結果野橋が九龍を解散に追い込んだことになる[2]

2013年5月17日、闘龍門の同期である石森太二の持つGHC・ジュニアヘビー級王座に挑戦するも敗北。

2014年より、拳王のノア長期参戦とバラモン兄弟の新ユニットの結成などから定期参戦ではないタイガーアリと欠場中の日向寺塁の3人だけになり師匠でもある新崎人生から正規軍復帰を勧められる。

2014年6月15日、地元神戸垂水市で初凱旋興行を行う。

得意技[編集]

  • 逆打ち - 相手の背に飛びついて、そのまま回転十字固めに移行する。その際、通常の回転十字固めよりも勢いよく叩き付けるので、後頭部へのダメージを与えると同時にピンフォールを取れる技である。ムシキング・テリーのストライク・バックと同じ技だが、公開は野橋の方が先である。
  • 一斗缶ダイビングヘッドハッド
  • 新崎人生の得意技各種 ⇒ 新崎人生#得意技
  • 新井健一郎の得意技各種 ⇒ 新井健一郎#得意技

その他[編集]

  • 好きな言葉は「石の上にも三年」。
  • 大釜で行われるOOGAMANIAを定期的に開催している。
  • OOGAMANIAではフランクフルトを売っているが焼き方はプロ級とのこと。
  • 見た目とは違って大釜の活性化に特に全力を尽くしている。
  • 趣味がミニ四駆で盛岡のホビーショップにも行き大釜幼稚園の体育館で野橋主催のレース競技も行っている。これは週刊プロレスのコラム~プロレスラーの休日~にも掲載された。

脚注[編集]

  1. ^ 男子最軽量はストーカー市川の48kg。
  2. ^ ちなみに、ユニットのカラーが赤という理由で、一斗缶の色が青から赤になった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]