龍野市
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龍野市(たつのし)は、兵庫県南西部に存在した市。西播磨県民局管轄地域であった。
龍野藩5万3千石の城下町の面影から「播磨の小京都」と呼ばれ、また童謡「赤とんぼ」の作詞者、三木露風の生誕地として「童謡の里宣言」を行っている。
2005年10月1日、近接する揖保郡新宮町、揖保川町、御津町と合併して「たつの市」が成立、「龍野市」は消滅した。
目次 |
[編集] 歴史
播磨国風土記によれば、龍野の由来は「『野見宿禰がこの地で没し、出雲から多くの人が来て、揖保川の石で墳墓を作るため野に立ち並んだ』という故事から『立野』と呼ばれ、『龍野』に変化した」、とされている。
龍野の地は江戸時代初期、姫路藩池田氏の領地であったが池田利隆の死に伴いこの地に本多政朝が入封、龍野藩が立藩した。以後、諸氏の支配や天領を経て、最終的には脇坂家10代200年の治世の後維新を迎えた。これにより城下町が形成され、龍野藩の城下町となった。現在の市街地にも城下町の町割りが残る。
明治維新における廃藩置県の際には龍野県となり後に姫路県(のち飾磨県と改称)に併合された。1876年8月に飾磨県が兵庫県に編入されて以降は、兵庫県に属している。
(この他の詳細な歴史は、播磨国、龍野藩、龍野城 の各項目も参照のこと。)
- 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行に伴い揖西郡龍野町発足。
- 1909年(明治42年)1月1日 龍野電気鉄道、龍野町駅ほか開業。
- 1909年(明治42年)2月20日 龍野電気鉄道龍野町駅~觜崎駅間開業。
- 1931年(昭和6年)12月23日 国鉄姫津線(現・西日本旅客鉄道姫新線)本竜野駅、東觜崎駅が開業。
- 1934年(昭和9年)12月15日 播電鉄道(旧龍野電気鉄道)線全線廃線。
- 1951年(昭和26年)4月1日 龍野町が周辺4か村と合併して龍野市発足。
- 2005年(平成17年)10月1日 龍野市、新宮町、揖保川町、御津町が合併したつの市発足。
[編集] 行政
[編集] 行政区域の変遷(市町村制施行以後)
- 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行に伴い揖西郡龍野町発足。
- 1896年(明治29年)4月1日 揖東郡、揖西郡が合併し揖保郡に。
- 1948年(昭和23年)4月1日 小宅村を編入。
- 1951年(昭和26年)4月1日 近隣5か町村(揖保郡龍野町、揖西村、揖保村、誉田村、神岡村)が合併して龍野市となる。
- 2003年(平成15年)4月18日 新宮町、揖保川町、御津町、太子町との1市4町で合併協議会を設立。
- 2005年(平成17年)10月1日 1市3町(太子町は脱会)で合併し、「たつの市」となる。
[編集] 歴代市長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|---|
| ?代 | 西田正則 | ?年?月?日 | 2005年10月1日 |
[編集] 経済
[編集] 産業
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
- 高知県安芸市(平成元年4月姉妹都市提携)
- 童謡「浜千鳥」「雀の学校」「春よ来い」などを作曲した弘田龍太郎の出身地
- 東京都三鷹市(平成13年3月友好都市提携)
- 龍野生まれの「赤とんぼ」作詩者三木露風が第二の故郷として後半生を過ごした武蔵野の地
- 滋賀県湖北町(平成13年3月友好都市提携)
- 近江国浅井郡丁野荘脇坂村(現在の湖北町)は旧龍野藩主脇坂氏の始祖である脇坂安治の出身地
[編集] 地域
[編集] 教育
現在、龍野市立の学校は全てたつの市立となっている。
[編集] 小学校
[編集] 中学校
[編集] 高等学校
[編集] マスメディア
[編集] 隣接する自治体
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・博物館・祭事・催事
たつの市#名所・旧跡・博物館・祭事・催事を参照のこと
[編集] 龍野市出身の有名人
- 三木露風 - 詩人
- 三木清 - 哲学者
- 田中静壱 - 陸軍大将、終戦時「宮城事件」を収拾後に自決
- 西田正雄 - 海軍大佐、戦艦比叡艦長
- 小坂忠士 - 日本中央競馬会(JRA)所属の騎手
- 矢野勘治(興安嶺) - 歌人、「嗚呼玉杯に花うけて」の作詞者
- 内海信之(泡沫・青潮) - 詩人
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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