マット・コークラン

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エヴァン・ボーン
エヴァン・ボーンの画像
2008年8月
プロフィール
リングネーム エヴァン・ボーン
マット・サイダル
本名 マシュー・ジョセフ・コークラン
ニックネーム エアボーン
身長 175cm
体重 83kg
誕生日 1983年3月19日(31歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミズーリ州セントルイス
デビュー 2000年
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マット・コークランMatt Korklan1983年3月19日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーミズーリ州セントルイス出身。ミズーリ大学コロンビア校卒業。WWERAW所属時はエヴァン・ボーン (Evan Bourne) のリングネームで活動していた。現在はリングネームをインディー時代のマット・サイダル (Matt Sydal)に戻して活動をしている。

経歴[編集]

2000年10月10日地元のセントルイスでプロレスデビューする。

2003年TNAのリングに上がり、クリストファー・ダニエルズエリックス・スキッパーなどと対戦する。

2004年にはROHに初登場。さらにはIWAミッドサウスキング・オブ・ザ・デスマッチに初参戦をしたうえで、ミッキー・ナックルズミスシェフなどの女子プロレスラーらを含む参戦者らと蛍光灯デスマッチを戦った[1]2005年にもこの大会に参戦したが、1回戦敗退という結果に終わった[2]

2002年から2005年にかけてレスラー活動を行いながらミズーリ大学コロンビア校を卒業した(マーケティングを専攻)。WWEではそれにちなんで、日本マットへ上がる前はマーケティング会社の役員だったというギミックが与えられている。2006年の5月にはDRAGON GATEに初登場。やがてBlood Generationと行動するようになった。

2007年2月にはオープン・ザ・ブレイブゲート王座を獲得。(対戦相手は吉野正人)外国人選手がシングルのベルトを獲得したのはDRAGON GATE史上初の出来事である。また自身も日本での初タイトルとなった。 同年8月にWWEと契約する。DRAGON GATEへの参戦は9月14日の後楽園大会が最後となった。

WWE移籍後はファーム団体であるOVWFCWを経て2008年6月3日のECWでデビューする。翌週の放送からリングネームをエヴァン・ボーンと改め、持ち味の空中技を活かしてチャボ・ゲレロマイク・ノックスらと抗争する。同年9月8日、RAWに登場し、レイ・ミステリオとタッグを結成する。

2008年10月のサイバー・サンデーではファン投票でECW王座の挑戦者に抜擢され、マット・ハーディーと対戦する。10月28日のECWでの試合中、着地の際に足首の靭帯損傷の怪我を負い、戦線離脱する。12月のスラミー賞では最優秀フィニッシュムーブ賞を受賞する。

2009年3月に復帰し、復帰後はタイソン・キッドマーク・ヘンリーなどと抗争する。6月のトレードでRAWへ移籍する。移籍後はコフィ・キングストンと共にビッグ・ショーと短い抗争をする。その後はジョバー的な役割での登場が多かったが2010年3月に開催したレッスルマニア26マネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチに初出場する。優勝は逃したものの観客を大いに沸かせた。

その後フェイタル・4ウェイではクリス・ジェリコ、5月31日のRAWではジョン・シナにタッグパートナーとして指名され、シェイマスエッジを破るなどの活躍を見せる。しかしたびたびネクサスの襲撃のターゲットとなってしまう。マーク・ヘンリーとタッグを組んで活動していたが、10月に肩を負傷しRAWに移籍してきたCMパンクに襲撃される形で欠場に入った。

2011年2月28日のRAWにて、トリプルHに襲撃されグロッキーとなったシェイマスと対戦。見事復帰を勝利で飾った。 8月22日のRAWにて、コフィ・キングストンと組んでデビッド・オタンガマイケル・マクギリカティ組を破ってWWE・タッグチーム王座を獲得した。タッグ名をエア・ブーンとし、防衛を重ねるが2011年11月[3]、2012年1月[4]と2度に渡る自身のウェルネス・ポリシー違反により1月15日のハウスショーでエピコ&プリモ組に王座を明け渡すことになった。その後、交通事故に遭い重傷を負うも約一年後にリングに復帰した。しかしながら出場機会がないまま2014年6月、WWEの公式サイトにて退団することが発表された。

WWEを離れるとリングネームを以前のマット・サイダルに戻し、プロレスリング・ゲリラのバトル・オブ・ロサンゼルスに初参加することを発表した。[5]

7月20日にワールド記念ホールで行われたDRAGON GATE15周年記念ドラゴンゲートKOBE プロレスフェスティバル2014に参戦、古巣のDRAGON GATEには約7年ぶりの復帰となった。試合ではCIMAと組み、吉野正人リコシェと対戦している。[6]

得意技[編集]

エア・ボーンを放つエヴァン・ボーン
エア・ボーン(シューティング・スター・プレス
滞空中に両足を触れるように飛ぶ。旧名はシューティング・サイダル・プレス。
サイダル・スペシャル/サイクロラマ
コーナートップからのベリー・トゥ・ベリー・スープレックスの要領で投げ、クラッチを外さずに自らも後方に一回転して相手を押しつぶす。ムーンサルトプレスとスープレックスの融合技。
ヒア・イット・イズ・ドライバー/ヒア・ウィ・ゴー・ドライバー
相手の片腕をハーフネルソン気味にして首の後ろを捉え、もう片方の腕を相手の股下でリストクラッチして持ち上げつつ前方回転させ、自らも尻もちをつきながらマットに叩きつける技。鷹木信悟のMADE IN JAPANとかなり似ているため、ドラゴンゲート参戦時は使用していない。
フランケンシュタイナー
特徴的な使い方として、コーナーポストに腰掛けた相手に対して助走をつけて飛び上がり、ダイレクトに相手を捉えて敢行する。
厳鬼
DRAGON GATE時代の戸澤陽の得意技。ジャンピングダブルニーアタックのまま、両膝で相手の両肩を押すようにのしかかり、戸澤の場合はそのまま倒してフォールを取るが、エヴァンの場合はカウンターやトップロープから放つなど様々なアレンジが加えられている。
スタンディング・ムーンサルト
その場跳びのムーンサルトプレス
スピンキック

タイトル歴[編集]

DRAGON GATE

ROH

WWE

入場曲[編集]

  • Born To Win - WWE & Jim Johnston (feat. Mutiny Within)
  • Axeman

出典[編集]

外部リンク[編集]