マイケル・パリス

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ジーマ・アイオン
ジーマ・アイオンの画像
プロフィール
リングネーム DJ Z
ジーマ・アイオン
シーマ・ザイオン
本名 マイケル・パリス
ニックネーム エル・マトーダー
フィリピンフレックス・ファクトリー
フューチャー・オブ・ファッション
バージンスレイヤー
身長 173cm
体重 77kg
誕生日 1986年10月5日(28歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス
所属 TNA
トレーナー スーパー・ヘンタイ
シャーリー・ドゥ
タズ・エル・フェロッゾ
グラン・アパッチ
デビュー 2004年
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ジーマ・アイオンZema Ion)のリングネームで知られるマイケル・パリスMichael Paris1986年10月6日 - )は、フィリピン系アメリカ人プロレスラーカリフォルニア州ロサンゼルス出身。

インディー団体で活動していた頃はシーマ・ザイオン(Shiima Xion)と言うリングネームで活動していた。現在はTNA、アメリカとメキシコのインディー団体で活躍している。奇抜なヘアースタイルが特徴とも言える。

来歴[編集]

キャリア初期、IWC(2004-2008)[編集]

子どもの頃からプロレスラーかロックスターになりたいと言っており、16歳の時にギターがうまく弾けないと気付くとプロレスラーになるべく養成所を探すようになった。

2003年ペンシルバニア州ピッツバーグでスーパー・ヘンタイ、ジャーリー・ドゥエ、グリーン・スペクターと言ったトレーナーの下でトレーニングを開始した。"初めてのフィリピン人男性レスラー"としてシーマ・ザイオンShiima Xion)の名前で14ヶ月トレーニングを積み、2004年にウェストバージニア州ホイーリングジェイソン・ゴーリー相手にデビューする。ペンシルバニア州ではあまり活動ができなかったため、オハイオ州ウェストバージニア州の団体にも進出するようになった。18歳になるとインターナショナル・レスリング・カルテットInternational Wrestling Cartel)に参戦するようになる。IWC以外にもチカラファー・ノース・レスリングFar North Wrestling)、プロレスリング・アンプラグドPro Wrestling Unplugged)にも参戦するようになった。IWCで04年から08年にかけてタッグとシングルで活躍し、何度もベルトを獲得している。

メキシコ(2008-2012)[編集]

08年の5月3日にメキシコシティジョー・リダーとタッグを組み、エル・ジェネリコクレイジー・ボーイを相手にディザスター・トータル・ウルトラバイオレット(DTU)に初参戦し、ジェネリコのブレーンバスターで敗北。一時的に離脱後2009年の7月にトゥランシンゴクレイジー・ボーイエクストリーム・タイガーとの3wayマッチで復帰するもエクストリーム・タイガーにより敗北。その後DTUのイベントに出場、DTU王座を賭けてアレロ・ボーイラゲデと3wayマッチを行なうもアレラ・ボーイにフォール負けしてしまう。その後離脱し2009年の夏頃からAAAへ参戦。テディ・ハートとエレクトリック・ショックと組み、ラ・パーカージャック・エヴァンス、エクストリーム・タイガーとの6人タッグマッチに出場するも、エクストリーム・タイガーのダブル・フットスタンプでピンフォール負けしてしまう。

TNA(2011-現在)[編集]

2011年6月23日ジーマ・アイオンとして初登場。登場早々に7月のPPVであるDestination Xで優勝すると契約できる予選トーナメントに出場、ダコタ・ダーソウフェデリコ・パラシオスの3wayマッチに勝利する。そしてDestination Xの決勝で、予選を勝ち抜いてきたジャック・エバンスロウ・キーオースチン・エイリースの4wayマッチに出場するも負けてしまい、惜しくも契約には至らなかった。しかし、近日後にTNAとの契約が発表された。

8月にバックステージに登場。バックステージに登場した翌週にはXディヴィジョン・ランキングのガントレットマッチに出場。マーク・ハスキンスを落としたあとジェシー・ソーレンセンに落とされてしまう。その後、9月28日のImpact Wrestling!で行われた5人形式のラダーマッチに登場するがブライアン・ケンドリックに負けてしまう。

12月からアイオンは2012年のGenesisでXディヴィジョン王座の挑戦者を決めるために、アンソニー・ニースと3連戦を行い、2勝したため挑戦者と選ばれた。また、この頃からヒール色を強くしていく。

2012年1月8日のGenesisで王者のオースチン・エイリース、挑戦者のキッド・カッシュジェシー・ソーレンセンとの4wayマッチに挑むも、2番目に脱落してしまう。脱落したあとソーレンセンを妨害し、エイリーズを助けた。ソーレンセンを妨害し、抗争が始まるかと思えた。しかし、2月のAgainst All OddsでXディヴィジョン王座への挑戦権を賭けソーレンセンと戦いでアイオンのコーナーからのムーンサルトアタックの際に膝がソーレンセンの顔面に入ってしまい、負傷させてしまう。(試合はリングアウト勝ち)

3月にオースチン・エイリースのXディヴィジョン王座へ正式に挑戦を表明、18日のVictory Roadでエイリースと対戦するがサブミッションにより負けてしまう。翌週に別の形式で再び挑戦するも失敗、5月にもう1度挑戦するも再度失敗する。

エイリースの王座返上により、7月のDestination Xで行われたワンデイ・トーナメントで初戦でフリップ・カサノヴァを破り決勝へ進出。決勝でケニー・キングメイソン・アンドリュースサンジェイ・ダットとアルティメットXマッチ方式で4wayマッチを行い勝利、Xディヴィジョン王座を初獲得する。26日にケニー・キングと防衛戦を行い、ボビー・ルードの介入をはさみ勝利。8月のHardcore Justiceで再びケニー・キングと、9月のNo Surrenderでサンジェイ・ダットから防衛している。その後ダグラス・ウィリアムズから変形サブミッションで防衛するが、10月のBound of Gloryでロブ・ヴァン・ダムに負け、タイトルを失ってしまう。すぐに再戦権を行使するが負けてしまう

得意技[編集]

450°スプラッシュ
630°セントーン
ゴリー・ボム
バイブル・ブラック
ランニング・ダブル・ニー・アタックの体勢で相手をフォールする。
フロム・ラスト・トゥ・ダスト
スタナーの体勢から前方に倒れこみ、相手の頭をDDTの要領で突き刺す。スナップメアドライバーと同型。ネックブリーカーの体勢からだとフィリピン・デストロイヤーになる。
サブミッション・インポッシブル
リストクラッチ式リバース・クロス・アームバー
ホスタイル・メイク・オーバー
バックドロップの要領で持ち上げた相手の顔面に右膝を突き刺す。
メアリー・ルー・レットン・スプラッシュ
きりもみ式スプラッシュ
ワンナイト・スタンド
ランニング式リバースDDT

獲得タイトル[編集]

TNA(Total Nonstop Action Wrestling)
  • TNA Xディヴィジョン王座:1回
AIW(Absolute Intense Wrestling)
  • AIWアブソルート王座:1回
  • AIWインテンス王座:1回
  • AIWタッグチーム王座:1回(w/ショーン・ブレイズ)
CWE(Championship Wrestling Experience)
  • CWEアンディスプッド王座:1回
Far(Far North Wrestling)
  • FNWクルーザー級王座:2回
IWC(International Wrestling Cartel)
  • IWCスーパーインディ王座:2回
  • IWCタッグチーム王座:2回 (w/ジェイソン・ゴーリー)
  • IWC世界へビー級王座:2回
IPW(International Pro Wrestling)
  • IPWテキサスヘビー級王座:3回
NEPW(New Era Pro Wrestling)
  • NEPWユナイテッドステイツ・タッグチーム王座:1回 (w/ジェイソン・ゴーリー)

その他[編集]

  • フィリピン人レスラーと説明されているが、実際はフィリピンとフランス人のハーフである。
  • ウェスト・バージニア大学ではジャーナリズムを専攻していた。
  • 最初は初めてのフィリピン人レスラーギミックだったが、06年あたりからロック・スターギミックになっている。ロック・スターギミックになってからはリングの上でマイクアップしたり、髪の毛を黒から赤とブロンドにしている
  • 2006年と09年にDDTに参戦している。