オーランド・コロン

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フェルナンド
プロフィール
リングネーム フェルナンド
エピコ
ティト・コロン
ドス・エクイズ
ティト・ニエベス
ファイア・ブレイズ
本名 オーランド・コロン
ニックネーム ラ・ペサディージャ
身長 188cm
体重 98kg
誕生日 1982年3月24日(32歳)
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ
サンフアン
所属 WWE
トレーナー カルロス・コロン
ダン・スバーン
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オーランド・コロンOrlando Colón1982年3月24日 - )は、プエルトリコサンフアン出身のプロレスラーフェルナンドFernando)のリングネームWWERAWに所属。

叔父は「プエルトリコの帝王」ことカルロス・コロン。親戚にはWWEで活躍したカリート、WWEに所属しているディエゴ

来歴[編集]

2005年ハイブリッド・プロレスリングにてトレーニングを開始。同年、IWAミッドサウスにてプロレスラーとしてデビューを果たす。

2006年に叔父のカルロス・コロンが主宰するWWCに入団。リングネームをファイア・ブレイズFire Blaze)に変更し、覆面レスラーとなる。WWCプエルトリコヘビー級王座を6度獲得するなど、団体のトップレスラーとして活躍した。

2009年ZERO1にヒール・ユニットのワールド・プレミアム・フェデレーションWPF)の一員として参戦。大谷晋二郎と世界ヘビー級王座を賭けて対戦したが敗退した。

2010年WWEと契約。FCWにて本名のオーランド・コロン名義でデビュー。以後、ティト・ニエベスTito Nieves)、ドス・エクイズDos Equis)など度々の改名を経て、現在はエピコEpico)、ティト・コロンTito Colon)とリングネームを分けて活動。フニコタッグチームを結成し、ドス・エクイズと名乗っていた頃はロス・アマードスLos Amardos)、エピコに改名後はロス・アヴィアドアースLos Aviadores )にチーム名を変更してFCWフロリダタッグチーム王座を2度獲得した。

王座陥落後はティト・コロンとエピコの両ギミックで活動。2011年9月から大型ユニット、ジ・アセンションThe Ascension)の一員となり、11月にはWWEに昇格。4日に放送されたSmackDown!にて素顔で登場。シン・カラと勝負し、ピンチになったところをフニコの介入で反則負けになるも、シン・カラをフニコとのコンビネーションで叩きのめした。11日のSmackDown!ではフニコとタッグを組み、ウーソズから勝利。この時は従兄弟であるプリモがセコンドについた。17日のSuperstarsではプリモとタッグを組んでウーソズと再戦し、返り討ちにしてみせた。その後プリモと本格的にタッグチームを組むことになり、ローザ・メンデスがマネージャーとして帯同。

2012年1月、WWEタッグ王座を保持していたエア・ブーンエヴァン・ボーンがウェルネスポリシーに違反したことにより60日間の試合出場停止処分が下されたため、緊急措置として15日にカリフォルニア州オークランドにて行われたハウスショーでタッグ王座を奪取した。数ヶ月間王座を守っていたが、R・トゥルース & コフィ・キングストン組に王座を奪取され、再戦権もマネージャーのAWの裏切りによって手放すこととなってしまった。

2013年9月、ディエゴ(プリモ)と闘牛のような全身タイツを着用したミニ・エストレージャであるエル・トリートと共に闘牛士ギミックであるロス・マタドールズとして再出発。リングネームもフェルナンドFernando)へと改名し、プロモーションを展開。9月30日のRAWにてデビューし、3MBを相手に快勝した。

得意技[編集]

  • バック・スタバー
変形バックブリーカー。相手の背中に両膝を押し当ててから後ろに倒れこむことによって背中に衝撃を与える技。従兄弟のカリート、プリモのものと同型。
  • オーランド・マジック
変形ファイヤーマンズキャリー

獲得タイトル[編集]

WWE

w / プリモ

FCW

w / フニコ : 2回

WWC

  • WWCプエルトリコヘビー級王座 : 6回
  • WWCカリビアンヘビー級王座 : 1回

入場曲[編集]

  • Wrong Time
  • Barcode
  • Olē Olē - 現在使用中。

外部リンク[編集]