マキシマムザホルモン

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マキシマム ザ ホルモン
マキシマム ザ ホルモン(2008年)
マキシマム ザ ホルモン(2008年)
基本情報
別名 ホルモン
出身地 日本の旗 日本 東京都八王子市
ジャンル ハードコア・パンク[1][2]
ミクスチャー・ロック[1]
オルタナティヴ・ロック[3]

ニュー・メタル
活動期間 1998年 -
レーベル バップ
事務所 ミミカジル
公式サイト マキシマム ザ ホルモン
メンバー
マキシマムザ亮君
ダイスケはん
上ちゃん
ナヲ
旧メンバー
SUGI
KEY

マキシマム ザ ホルモンMAXIMUM THE HORMONE)は、1998年東京都にて結成された日本ロックバンド

概要[編集]

  • マキシマム ザ ホルモンのファンは腹ペコと呼ばれる[4]
  • バンド名の由来はマキシマムザ亮君いわく「脳内分泌物(ホルモン)が最大級(マキシマム)に分泌されるくらいの血沸き肉踊るような音楽をぶちかます!!!」というのは実は後付であって、実際はメンバーが肉好きだったため焼き肉の「ホルモン」の名前を入れ、そこにかっこいい言葉として「MAXIMUM」をつけ加えていった結果の名称である[5]。当初は「Maximum The Hormone」と英語表記であったが、メンバーチェンジ後は現在のカタカナ表記となった(ただしカタカナ表記以降も英語表記が使用されることがある)。よく『マキシマムザホルモン』『マキシマム・ザ・ホルモン』などと表記されることがあるが、正式な表記は単語それぞれに半角スペースが入る『マキシマム ザ ホルモン』である[6]
  • テレビ・ラジオの出演は主に「メディア班」と呼ばれるナヲ、ダイスケはんが担当(雑誌での取材は基本的にすべてマキシマムザ亮君の単独インタビューになる)。
  • 1stアルバム『耳噛じる』より、曲ごとにマキシマムザ亮君による曲解説がついている。
  • 独自の企画として「地獄絵図」という条件付きの限定フリーライブを年に一度おこなう。主な条件として「体重70キロ以上の男子限定」、「入場時に生ニンニクを丸かじり」、「ライブ中長袖ダウンジャケット着用」などがあり、「身長160cm以下限定」や「入場時に牛乳一気飲み」、「ライブ中はおしゃぶりを銜え続け声を発する事ができず、落とせば退場」など、基本的に観客側に過酷な条件が突きつけられる。主にメンバーが普段使用しているスタジオで行われることが多いが、地方に出向いて行うことも有る。
  • リリースアイテムの価格が語呂合わせになっているものがある(2564円→「ぶっ殺し」価格、2259円「夫婦で号泣」、1193円→「いい草」価格、1129円→「いい肉」価格、1157円→「いい粉」価格、3840円→「サバ塩」価格、4890円→「シャクレ」価格、1172円→「E!夏」価格、1182円→「いいヤツ」価格、1292円→「胃痛苦痛」価格など)。
  • 略称は『ホルモン』、『MTH』。

メンバー[編集]

マキシマムザ亮君(マキシマムザりょうくん、本名: 川北 亮(かわきた りょう)、1978年12月13日 - )

ボーカル(クリーンボイス、シャウト)、ギター担当。旧表記は「亮君」、英語表記は「Maximum the ryokun(〜Ryo-kun)」。公式プロフィールの表記は歌と6弦と弟

  • 血液型O型。体重は80kgを超えている。ドラムのナヲの実弟である。ほとんどの楽曲の作詞作曲を担う。他に歌詞カード内での曲の解説や、すべてのホルモンTシャツのデザインプロデュース、公式サイトにてイラストなども描いている。
  • 神奈川県川崎市麻生区生まれ、東京都八王子市育ち。
  • 影響を受けた・好きなアーティストはSYSTEM OF A DOWNTOOLマイク・パットン関連全て、ROLLYうしろゆびさされ組など数多く、パンクロック、ハードコア、メロコア・エモ/スクリーモ、オルタナティヴロック、ヘヴィメタル、ミクスチャー、プログレなど幅広い嗜好がバンドにも反映されている。
  • 既婚者で二児の父。入籍時期などの詳細は不明だが、ナヲのブログには彼の妻子についての記述が度々登場する。
  • 靴を履く事を嫌い、常に便所サンダルを履いている。ちなみにサンダルのブランドにもこだわりがあり、本人は「VIC」というブランドのサンダル以外は敵と発言している[5](株式会社ニシベケミカル製のダンヒルという製品名の便所サンダルだと思われる。製品には、かかとのあたりにVICのロゴが入っている)。
  • 名前の「マキシマムザ亮君」の「君」は敬称ではなく、「暴君」などに用いられる「」である。
  • 歌詞や曲の解説やライブの隅々までを表面ではなく内側まで見聞きして欲しい、という信条ゆえ音楽の違法アップロード等を嫌う。
  • THE MAD CAPSULE MARKETSKYONOのプロジェクト「WAGDUG FUTURISTIC UNITY」の「SYSTEMATIC PEOPLE」という曲でfeaturing マキシマムザ亮君としてコラボ。
  • 雑誌BUBKAにて「マキシマムザ亮君のマキシマムザ合法トリップ」を隔月連載していた(2010年2月27日発売号で最終回を迎える)。

ダイスケはん(本名: 津田 大輔(つだ だいすけ)、1977年9月13日 - )

ボーカルデスヴォイスシャウト)担当。旧表記「DAISUKE」「ダイスケ」、英語表記は「Daisuke(-)han」公式プロフィールの表記はキャーキャーうるさい方(ほう)。

  • 血液型はA型。他のメンバーからは、ダイスケはん、ダイちゃんなどと呼ばれる。
  • メンバーの中で唯一の香川県高松市出身。香川県立高松西高校創価大学卒業。
  • 旧メンバー時(1stアルバム『A.S.A. Crew』)は「DAISUKE」という表記だった。また1stシングル「ブルペン キャッチャーズ ドリーム」では「ダイスケ」と表記されている。
  • アルバム『耳噛じる』収録の「パトカー燃やす」と「ポリスマンファック」では、ドラムを演奏している(「ポリスマンファック」はナヲがボーカルを担当しているため)。ナヲの産休中は、マキシマムザ亮君と上ちゃんと3人でスタジオに入る機会があり、その際にドラムを叩いていたと自身が司会を務める「モンスターロック」(スペースシャワーTV)で発言している。
  • お笑い芸人のダイノジトータルテンボスらと交友がある。
  • 普段は眼鏡を使用している。
  • VOWファンであり、VOW20にコメントを寄稿している。
  • ナヲと2人で「メディア班」と呼ばれ、ラジオやテレビなどのメディアへの出演 ライブなどのMCなども主にこの2人である。ライブのMCなどでは、ツッコミやボケ役も兼ねている。
  • 2008年10月24日、声帯にのう胞があることが発表され[7]12月11日に摘出手術が終わった事が発表された。
  • 兄弟がおらず1人っ子であり、メンバーの中で唯一の未婚者である。
  • 仮性包茎であることをTwitter上で公表した。

上ちゃん(うえちゃん、本名: 上原 太(うえはら ふとし)、1980年4月15日 - )

ベース、一部コーラス・ボーカル担当。英語表記は「Ue(-)chan(g)」。公式プロフィールの表記は4弦

  • 血液型はA型。他のメンバーからは、上ちゃん、上原、太などと呼ばれる。
  • メンバーの中で唯一の東京都日野市出身。
  • 「上原〜FUTOSHI〜」という楽曲がアルバム『ロッキンポ殺し』に収録されている。
  • 介護福祉士の資格を保有。
  • おっとりした性格のためか、イジられ役が多い。
  • 既婚者で、二児の父でもある。結婚日時は不明だが、2009年1月23日付けの今日の亮君で、「上ちゃんの結婚時期はメガラバツアーの後」という発言が見られる。
  • レッド・ホット・チリ・ペッパーズの熱狂的ファンで、メンバーと同じ柄のタトゥーを入れている。
  • 弟はドラマーの上原晃で、BASS MAGAZINE 2009年5月号で兄弟セッションを果たしている。子供のころ、2段ベッドの上から枕や物を投げて泣かすのが日課だった。

ナヲ(本名: 熊本 奈緒(くまもと なお、旧姓:川北)、1975年12月16日 - )

ドラムス、ボーカル担当。英語表記は「Nawo」或いは「Nao」。公式プロフィールの表記はドラムと女声(おんなごえ)と姉

  • 血液型はA型。グループ最年長。マキシマムザ亮君の実姉である。ライブではMCも担当する。ライブのラストで必ず客に強制参加させる「恋のおまじない」の説明も彼女の担当。
  • 神奈川県川崎市麻生区生まれ、東京都八王子市育ち。
  • 普段は眼鏡を使用している。
  • 2008年12月16日、ブログで入籍を発表。夫は親交のあったパンクバンド「REMIND」(既に解散)のベーシスト。2009年11月6日に妊娠を発表。翌年5月6日に、女児を出産。

来歴[編集]

1998年 - 2001年:結成~『A.S.A. Crew』『鳳』[編集]

結成当時のメンバーはナヲ、DAISUKE(現ダイスケはん)、SUGI(ギター)、KEY(ベース)。地元関東を中心に活動中、インディーズレーベル「SkyRecord」と契約。1stアルバム『A.S.A. Crew』をリリースした。この頃は曲タイトル・歌詞のほとんどが英語であった。メインソングライターはダイスケはんであった。曲調も現在とは異なり、"同名の別バンド"と捉えた方がよい。

その後、SUGIとKEYが脱退し、亮君(現マキシマムザ亮君)と上ちゃんが加入して現在のメンバー構成になる。

2000年8月にはフリーウィル傘下のNEW HORIZONよりシングル「ブルペン キャッチャーズ ドリーム」、翌2001年にミニアルバム『』をリリース。

2002年 - 2004年:『耳噛じる』『糞盤』~メジャーデビュー[編集]

2ndシングル『肉コップ』からの音源は、日本テレビ音楽株式会社内に設立されたインディーズレーベル「ミミカジル」より発表。2002年秋、ジャケットのイラストに漫画家の漫☆画太郎を起用したアルバム『耳噛じる』をリリース。

2003年にアニメ化された『エアマスター』のエンディングテーマに「ROLLING1000tOON」(シングル「延髄突き割る」に収録)が使用される(プレイステーション2ソフト&アーケードGuitarFreaks』『DrumManiaV2』にも収録)。2004年、3rdフルアルバム『糞盤』をリリース。その後にメジャーレーベルのVAPと契約。

2004年 - 2005年:『ロッキンポ殺し』~ロッキンポ殺しツアー[編集]

メジャー第1弾シングルとして「ロック番狂わせ/ミノレバ☆ロック」をリリースし、次いでシングルの「包丁ハサミカッターナイフドスキリ/霊霊霊霊霊霊霊霊魔魔魔魔魔魔魔魔」をリリースし、メジャーでの1stフルアルバム『ロッキンポ殺し』をリリース。短期間の間で多くの作品を出すのはこの期間以降あまりない。その後行った「ロッキンポ殺しツアー」では、全国47都道府県を制覇。2005年9月15日には初のDVD作品Debu Vs Debu~デブ対デブ~をリリース。オリコンチャート3位を記録した

2005年 - 2007年:『ぶっ生き返す』~ぶっ生き返すツアー[編集]

2005年10月からbayfmよりラジオ番組『マキシマムザホルモンの『麺かたコッテリ!!』』がスタート。

2005年10月から2006年3月まで放映された、アニメ『闘牌伝説アカギ 〜闇に舞い降りた天才〜』のエンディングテーマにタイアップ曲の「アカギ」(シングル「ざわ…ざわ…ざ‥ざわ……ざわ』に収録」)が起用。

2006年4月にFM OSAKAの「ミッドナイト☆ジャングル」内のコーナーとして、『マキシマム ザ ホルモンの「肉に撃たれて眠りたい」』がスタート。

2006年、メジャー4枚目のシングル「恋のメガラバ」が発売週のウィークリーオリコンチャートで初登場9位を記録。

2007年3月14日に発売されたアルバム『ぶっ生き返す』がオリコンチャート5位を記録。その後も累計売上枚数40万枚以上のロングセラーとなる。

2007年2月から6月まで、『DEATH NOTE』のアニメ主題歌を担当している。3度目のアニメタイアップとなる。オープニングは「What's up, people?!」(シングル「ざわ…ざわ…ざ‥ざわ……ざわ」に収録)、エンディングは「絶望ビリー」(アルバム『ぶっ生き返す』収録曲)。

2007年2月14日に、ラジオ番組の「マキシマムザホルモンの『麺かたコッテリ!!』」に怪奇現象がおきていると東京スポーツに報じられた。日本テレビの「ラジかるッ」でも「タカアンドトシの夕刊太郎」によってニュースを読まれる[8][9]

2007年4月、SPACESHOWERTVの番組【WORLDRIDE】の企画にて、punkspring07で共演したNOFXのメンバーとマキシマムザ亮君、ナヲが対談。

2008年 - 2013年:『予襲復讐』[編集]

2008年3月、ドロップキック・マーフィーズの前座として初アメリカツアーに出る。

2008年4月、ZEPP東京にてRANCIDの前座を務める。

2008年5月、味の素スタジアムにてX JAPANhideの十周忌追悼ライブhide memorial summitに参戦。その際、記者会見にも参加した。

2008年7月、メジャー5枚目のシングル「爪爪爪/「F」」をリリース。2008年7月21日付のオリコンウィークリーチャートで初登場2位を記録。

2008年10月27日 - 11月9日、イギリス・ドイツ・フランス・スペインと自身初の「EURO TOUR」を開催。全会場soldout(イギリス公演のみENTER SHIKARIの前座)。その模様がスペースシャワーTVにて一時間番組として放送。

2008年10月、ダイスケはんの喉にのう胞ができていることが判明。手術及び予後のリハビリのため、12月から3ヶ月間のライブ活動休止を発表した。

2008年12月16日ナヲが入籍を自身のブログで発表。自身によるブログ「ナヲちゃんのときめき乙女日記」は入籍を機に最終回を迎え、別タイトルの「ナヲちゃんのときめき人妻日記」と別ページに移行及び始動した。

2009年8月13日、マキシマムザ亮君が新型インフルエンザに感染したことがバンドの公式サイトで発表され、 本人の体調不良及び観客、関係者への感染を防ぐため、医師の判断により同月14日に出演予定だった夏フェス、RISING SUN ROCK FESTIVALの出演を辞退、同月18日、20日に行なう予定だった、自身のライブ「地獄絵図」を延期した。

2009年11月6日、ナヲが妊娠したと発表。妊娠は9月初旬に発覚したが、メンバーとスタッフに相談し、「今決まっているライブはキャンセルせずなんとかやり遂げたい」という本人の意思で、体調を見ながらライブ活動を継続していたが、11月3日の「地獄絵図2009」の公演後に体調を崩し、医師の診断により、切迫流産のためこれ以上の公演を行うことは母子ともに危険と判断され、これを受けて滋賀県の滋賀B-FLATで11月9日11月10日に行う予定だった「地獄絵図2009」は無期延期、2010年2月20日3月1日に出演予定だった「Soundwave Festival 2010」は出演辞退となった。

2010年5月6日、ナヲが女の子を出産。余談だが、この出産の際にを患った事を自身のブログで明かしている。

2010年、松竹映画BECK』に出演。自身初の映画デビューとなる。尚『BECK』の舞台挨拶時に、監督の堤幸彦がロケ地にたまたま練習に来ていたメンバーに強引に頼み込み、出演してもらったというエピソードが語られた。

2010年10月、幕張メッセにてKen Yokoyamaの前座を務める。

2011年2月3日、新曲をリリースすることを公式サイトにてアナウンスし、新曲のPVも合わせて公開される。[10]

2011年3月23日、メジャー6枚目のシングル「グレイテスト・ザ・ヒッツ 2011〜2011」をリリース。4月4日付オリコンウィークリーチャートで初登場1位を記録。これはシングル・アルバムを通して自身最高記録である。

2011年9月18日AIR JAM 2011に出演。11年ぶりに再始動したHi-STANDARDとの共演を果たす。

2012年2月25日 Devilock the night final幕張メッセでの大型フェスに出演。

2013年7月31日、6年ぶりのアルバム「予襲復讐」を発売。オリコンチャート3週連続1位を獲得した。これはシングル・アルバムを通じて自身最高記録である。

作品[編集]

シングル[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 概要
1st 2000年8月30日 ブルペン キャッチャーズ ドリーム nhi-005 マキシマムザ亮君、上ちゃんが加入後初のシングル
2nd 2002年5月29日 肉コップ MCJL-00002 現在は廃盤になっている。 オリコン初登場291位
3rd 2003年9月3日 延髄突き割る MCJL-00004 初のアニメタイアップ作品。オリコン初登場53位
4th 2004年6月23日 ロック番狂わせ/ミノレバ☆ロック VPCC-82180 メジャーデビュー作品。オリコン初登場33位
5th 2004年11月25日 包丁ハサミカッターナイフドスキリ/霊霊霊霊霊霊霊霊魔魔魔魔魔魔魔魔 VPCC-82187 2枚組での発売。オリコン初登場50位
6th 2005年11月16日 ざわ…ざわ…ざ‥ざわ……ざわ VPCC-82207 オリコン初登場14位
7th 2006年7月5日 恋のメガラバ VPCC-82212 オリコンチャート初のTOP10に入る。初登場9位
8th 2008年7月9日 爪爪爪/「F」 VPCC-82258 オリコン初登場2位
9th 2011年3月23日 グレイテスト・ザ・ヒッツ 2011〜2011 VPCC-82298 トリプルA面シングル。オリコン2週連続1位。現在は廃盤。

ミニアルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 概要
1st 2001年2月14日 SKYR-0041

アルバム[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 概要
- 1999年8月29日 A.S.A. Crew SKYR-0022 初期メンバーによる作品。
1st 2002年10月23日 耳噛じる MCJL-00003 オリコン初登場291位
2nd 2004年1月21日 糞盤 MCJL-00005 オリコン初登場72位
3rd 2005年3月2日 ロッキンポ殺し VPCC-81507 オリコン初登場27位
4th 2007年3月14日 ぶっ生き返す VPCC-81558 オリコン初登場5位
5th 2013年7月31日 予襲復讐 VPCC-81770 オリコン3週連続1位。解説本付き特別パッケージ

DVD[編集]

  発売日 タイトル 規格品番 備考
1st 2005年9月15日 「Debu Vs Debu~デブ対デブ~」 VPBQ-19027 「ロッキンポ殺しツアー」の渋谷AXでのライブ映像を中心に収録。オリコン初登場3位。デイリーでは3日間連続で1位を記録。
¥3840(“サバ塩”価格)
2nd 2008年3月19日 Deco Vs Deco 〜デコ対デコ〜 VPBQ-19050 「ぶっ生き返すツアー」のZEPP東京でのライブ映像を中心に収録。バンド初のオリコン1位を獲得した。
¥4890(“シャクレ”価格)

バンドスコア[編集]

参加作品[編集]

  1. オムニバス「PUNKER SHOT 2」(1998年10月15日)
    DISC1-12.THE CLAIM OF YOUTH II
    DISC2-14.FAKE
  2. オムニバス「PUNKER SHOT 3」(2001年12月12日)
    DISC1-12.マキシマム・ザ・21世紀
  3. オムニバス「LOUD-HYBRID SAM」(2003年3月15日)
    11. メタルちゃん
  4. THE SORRY ON PARADE「3本マッチは燃えているんだ」(2003年6月25日)
    3. ナンシー
    ダイスケはんとナヲが小芝居で参加(ナヲがナンシー役、ダイスケはんがその彼氏役)
    4. 風来坊
    ダイスケはんがゲストVocalとして参加、ナヲ以外のメンバーがコーラスとして参加
  5. サントラ「エアマスター オリジナル・サウンドトラック」(2003年7月24日)
    26. ROLLING1000tOON(TV size)
  6. locofrank「ripple」(2004年6月2日)
    ナヲがコーラスとして参加
  7. オムニバス「STREET ROCK FILE THE BEST 2」(2004年7月22日)
    14. セフィーロ・レディオ・カムバック 〜青春最下位〜
  8. ロットングラフティー「えきさぴこ」(2005年3月9日)
    3. RATMAN
    ナヲがコーラスとして参加
  9. オムニバス「TOYOTA BIG AIR 10th Anniversary」(2005年12月21日)
    6. 包丁・ハサミ・カッター・ナイフ・ドス・キリ
  10. サントラ「闘牌伝説アカギ オリジナル・サウンドトラック」(2006年1月25日)
    34. アカギ(TV size)
  11. 10-FEET「OVERCOME」(2006年6月14日)
    3. ビタミン7(10-FEET&マキシマム ザ ホルモン)
  12. サントラ「DEATH NOTE オリジナル・サウンドトラックII」
    29. What's up, people?!(TV size)
    30. 絶望ビリー(TV size)
  13. WAGDUG FUTURISTIC UNITY「HAKAI」(2008年7月23日)
    3. SYSTEMATIC PEOPLE featuring マキシマムザ亮君

出演[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

  • マキシマム ザ ホルモンの麺カタこってり!(bayfm、木曜深夜24:30-25:00)bayfmHPでのストリーミング配信あり。2009年3月26日で終了。
  • マキシマム ザ ホルモンの「肉に撃たれて眠りたい」(FM OSAKA、火曜21:30-22:00)podcastあり。
    • 2007年12月30日の放送を最後にミッドナイト☆ジャングルから独立、2008年1月より毎週日曜日深夜24:30-25:00の番組としスタート。2008年4月より毎週土曜日土曜20:30-21:00に移動。2010年1月から、日曜夜の枠に再び移動。その後2011年4月から毎週火曜日21:30-22:00に移動。

映画[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b キューブミュージック
  2. ^ マキシマムザホルモン 「http://www.maximumthehormone.jp/band.html株式会社バップ(参照: 2010年3月24日)
  3. ^ アレクセイ・エレメンコ 「allmusic ((( Maximum the Hormone > Biography )))」 ロヴィ・コーポレーション、2007年(参照: 2012年7月27日)
  4. ^ 公式サイト内「今日の亮君」 2006年11月18日
  5. ^ a b 公式サイト内「ホルモンQ&A」より
  6. ^ ダイスケはんの『正しいツーコンマイクの使い方講座☆』 2010年4月13日
  7. ^ ※マキシマム ザ ホルモンより重要なお知らせ※
  8. ^ 「ミミカジルスタッフ日記」 2007年2月15日
  9. ^ 「ダイスケはんの『正しいツーコンマイクの使い方講座☆』」 2007年2月14日
  10. ^ マキシマムザ亮君からのメッセージ

外部リンク[編集]