ザ・スターリン
| ザ・スターリン | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | ビデオ・スターリン スターリン |
| 出身地 | |
| ジャンル | ハードコア・パンク パンク |
| 活動期間 | 1980年 – 1985年 (ザ・スターリン) 1987年 – 1988年 (ビデオ・スターリン) 1989年 - 1992年 (スターリン) |
| レーベル | ポリティカルレコード (1980年 – 1981年) 徳間音楽工業 (1982年 – 1983年) B.Q. レコード (1984年、1988年) アルファレコード (1989年 – 1992年) |
| 事務所 | BQ |
| 影響 | ボブ・ディラン 三上寛 セックス・ピストルズ パティ・スミス |
| 公式サイト | 遠藤ミチロウ公式ホームページ |
| メンバー | |
| 遠藤ミチロウ (ボーカル) 斉藤律(ギター) 安達親生(ベース) 三原重夫(ドラムス) |
|
| 旧メンバー | |
| ザ・スターリン 金子あつし(ギター) タム(ギター) 良次郎(ギター) JUNE-BLEED(ギター) 北田昌宏(ギター) 小野昌之(ギター) 杉山晋太郎(ベース) 尾形テルヤ(ベース) 肥後宏(ベース) 乾純(ドラムス) 小田ヒトシ(ドラムス) 中田ケイゴ(ドラムス) 中村達也(ドラムス) ビデオスターリン KUBOTA(ギター) MAY(ベース) SHOKO(ドラムス) スターリン 山盛愛彦(ギター) 西村雄介(ベース) |
|
ザ・スターリン (THE STALIN) は、日本のパンクバンド。
目次 |
[編集] メンバー
[編集] ザ・スターリン
[編集] ギター
- 金子あつし (1980年 - 1981年) - 初代ギター
- タム (1981年 - 1982年) - 2代目ギター
- 1958年、東京都浅草に生まれる。本名は田村和男。ザ・スターリン加入前はや元あぶらだこのイズミやGAUZEのシンらと「チフス」というバンドで活動していた。また、彼の実家は靴屋で、そこで靴職人として働いていた経歴も持つ。ザ・スターリン脱退後はADKレコードというインディーズレーベルを設立し、あぶらだこ、LSD、GAUZE、MASTURBATION、奇形児、アックスボンバー、リアクション、モルグなど多数のバンドのプロデュースを担当し、タム本人も「G-ZET」や「ブラッドベリ」というバンドを結成。自主制作ソロアルバムも2枚ほど発表するが、1985年7月某日、大阪エッグブラントでのライブ後に失踪。消息不明となり、その後音楽活動から完全に身を引いた。2011年1月16日に肝障害で死去。享年52。
- 藤岡良次雄 (1983年) - 3代目ギター
- 原爆オナニーズから参加。脱退後は中村達也らとTHE GODを結成。
- JUNE-BLEED (THE WILLARDのJUN)(1984年) - 4代目ギター
- 北田昌宏 (1984年) - 5代目ギター、元INUのメンバー
- 小野昌之 (ex ALLERGY) (1984年 - 1985年) - 6代目ギター
- ザ・スターリン解散後も遠藤と精力的な活動を続けていたが、Michiro,Get the Help!解散後、音楽業界から引退。現在は電気工事関係の会社で働いているらしい。
[編集] ベース
- 杉山晋太郎 (1980年 - 1983年) - 初代ベース
- 1960年、福岡市博多区生まれ。ステージ上では他のメンバー同様攻撃的なルックスで演奏しているが、普段は温厚な青年。元々は乾と同じく美大生だった。最初は全くベースを弾けなかったがスターリン加入のためにミチロウや金子あつしと2か月ほど練習した。その後遠藤に「お互い、顔見飽きちゃったね」と言ってスターリンを脱退。彼は脱退後、泥の川、吉野大作&プロスティテュートや、非常階段(在籍時にソロアルバム「Newton's Oblige」をアルケミーレコードから発表)、ソロ活動等を経て、音楽業界から引退。日本アルプス近く(八ヶ岳)の山小屋の経営を始める。1995年、ザ・スターリン解散10周年イベントへの出演をミチロウが誘ったところ、「オレもうできないよ。こんなに太っちゃったし。今はただの山小屋の主人だ」と出演を断った。この頃既にアルコールへの依存はかなりのものだったらしい。その後(1996年4月24日)、自宅の階段を泥酔状態で滑り落ちて死亡。享年36。
- 柴田亜美の漫画作品の南国少年パプワくん、自由人HEROなどに登場するシンタローの名前の由来である。
- 尾形テルヤ (1983年) - 2代目ベース
- 遠藤がザ・スターリン結成前に組んでいたバンド「自閉隊」の元メンバー。自閉体脱退後からスターリン加入前まではトラックの運転手をしていた。
- 肥後宏(ヒゴヒロシ)(元3/3、ミラーズ、チャンス・オペレーション 、渋さ知らズ)(1984年 - 1985年) - 3代目ベース
- サポートメンバーであり、正式なメンバーではない。
[編集] ドラムス
- 乾純 (1980年 - 1982年、1984年 - 1985年) - 初代+5代目ドラムス
- 小田ヒトシ(元ソドム) (1982年) - 2代目ドラムス
- K5 (1982年-1983年) - 3代目ドラムス
- 中村達也(元THE STAR CLUB、BLANKEY JET CITY他)(1983年) - 4代目ドラムス
- ツアー中のドラマーとして加入。当時高校生だった彼はスターリンのオーディションを受けるために髪型をモヒカンにして挑んだ。しかし、後に学校で先生にこっ酷く叱られることになる。脱退後はTHE GOD、MASTURBATION、ROAD WRRIORS等で活躍。
[編集] ビデオスターリン
- KUBOTA - ギター
- MAY - ベース
- SHOKO - ドラムス
[編集] スターリン
- 山盛愛彦 - 初代ギター
- 斉藤律 - 2代目ギター
- 現在、ALLERGYの宙也らとLOOPUSで活動している。また、T4R、Minimum Rocketsでも活動している。
- 西村雄介 - 初代ベース
- 安達親生 - 2代目ベース
- 三原重夫(元ルースターズ・元ローザ・ルクセンブルグ ) - ドラムス
- 三原はかつてスターリンのライブを観て、こんな危ないバンドにだけは絶対入りたくない、と思っていた。
[編集] 概要
ボーカルの遠藤ミチロウを中心に1979年に結成されたバンド、「自閉体」を母体として1980年結成。同年9月5日にファーストシングル「電動こけし/肉」をインディーズレーベルからリリース。その後1982年にアルバム『STOP JAP』で徳間音楽工業よりメジャーデビュー。3枚のアルバムをリリースした後に1985年解散。その後もビデオのみをリリースするというコンセプトの「ビデオスターリン」や、定冠詞の付かない「スターリン」というバンド名で復活している。
バンド名の由来はソ連の独裁者、ヨシフ・スターリンからとっており、ボーカルの遠藤曰く「世界で最も嫌われている男の名前をつけたらすぐに覚えてもらえる」、「外国(東ヨーロッパ)に行くつもりだった」[1]という理由で付けられた。また、遠藤によると「スターリンとはバンド名ではない。俺の活動そのものの事だ」とも語っている。
同時期にデビューしたじゃがたら、INUなどと並んで日本のパンク・ハードコアシーンで活動していた。ラモーンズ直系の攻撃的なハードコア・サウンドに、言葉遊びを織り交ぜた皮肉を込めた表現の歌詞が特徴となっていた。ライブ会場では豚の頭や臓物を客席に投げつけ、爆竹や花火を投げ込み、全裸でステージから放尿するといったパフォーマンスで話題性を呼んだ。東京のライブハウス「屋根裏」を破壊し出入り禁止になったことや、文化祭ライブで全裸になり逮捕された事もある。
そうした行為が評判となり、81年9月に週刊誌「女性自身」にザ・スターリンの記事が掲載され、マスコミに取り上げられるようになる。ザ・スターリンが他のバンドと違ったのは自ら積極的に雑誌やテレビなどのメディアを利用し、活動をアピールしてきた所であり、音楽、芸能問わず数々のメディアに登場していた。その一方で、一部の暴力的なハードコアパンクス達からは知的なパンクを演奏するスターリンは異端児の様な扱いを受け、嫌われるという事もあった。
メジャーデビュー後は、アルバムがオリコンチャートの上位に食い込むなど売上においても一定の成功を収める。しかし、結成当初よりメンバーが固定せず、メンバーチェンジを繰り返しながら活動していたが、主要メンバーが脱退した事を受け、1985年2月21日の大映スタジオでのライブを最後に解散する。
その後、遠藤はソロ活動を行っていたが、1987年にビデオのみをリリースするというコンセプトで、遠藤以外のメンバーを一新したビデオスターリンを結成。オーディションにより選出された3名のメンバーにより、ザ・スターリンの曲をカバーし2本のビデオ作品を発表したが、その後はリリースが続かず、アルバムを1枚リリースし、1年ほどで解散する。
1989年には再びザ・スターリンを結成するため、遠藤はドラムスの乾純に声を掛けようとしたが連絡が取れなかったため、元ルースターズ、ローザ・ルクセンブルグに所属していた三原重夫を中心に元THE LIPSの山盛愛彦やパラノイア・スターに参加していた西村雄介を新たなメンバーとして迎え、定冠詞なしのスターリンとして復活し、シングル「包丁とマンジュウ」、アルバム『JOY』にてアルファレコードよりデビューする。再結成に伴い、レコード会社やファンの間ではかつての過激なパフォーマンスが望まれていたが、遠藤やその他のメンバーはそれには応じず、独自のスタイルで活動していた。しかし、話題性、売上ともにザ・スターリン時代には及ばず、6枚のシングル・アルバム、2本のビデオをリリースするも、1992年12月14日の原宿ルイードでのライブを最後に活動停止し、翌1993年に解散した。
その後は、遠藤主催のライブイベントなどで、都度異なるメンバーで一夜限りの再結成をしている。
[編集] 逸話
- 遠藤はライブ中は過激なパフォーマンスを見せるが、インタビューなどを見ると実際は物静かで知的な男で、冷静に自分や周囲の事を見ていた。
- テレビの音楽番組への出演は、1982年に『ミュージック・ニューウェーブ』(テレビ埼玉)に出演(『ザ・スターリン伝説』付属DVD収録)した他、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系列)への出演依頼があったが、RCサクセションが出演した際に、忌野清志郎がテレビカメラに向けてガムを吐き捨てたことが問題となり、ザ・スターリンはさらに危険な行動をするのではと思われ、出演は中止となってしまった[2]。
- メジャーデビューアルバム『STOP JAP』は、レコード倫理審査会による歌詞の検閲が入り、最初に録音した音源はほぼ全曲指摘され、歌詞の書き直しを要求されている。また、カラオケを録音していなかったため、演奏から全て再録音を余儀なくされる事態に陥り、発売日が6月25日から7月1日に変更されている[3]。
- 『STOP JAP』は、オリコンチャートで初登場48位、最高順位3位を記録し、最終的に約12万枚を売り上げるヒット作品となった。しかし、当時の徳間ジャパンからは歓迎されておらず、徳間ジャパン内のヒット賞において本来金賞であるところが銀賞にされてしまい(金賞は五木ひろしのベストアルバムになった)、また授賞式の参加を拒否された[3]。
- 映画『爆裂都市 BURST CITY』(1982年)に役者として参加した際、打ち上げにパンクバンドアナーキーのボーカル仲野茂が何故自分達を起用しなかったのかと殴りこんできた。このこともあってか、暫くバンド同士でいがみ合っていたが、映画で共演した泉谷しげるの仲裁もあって、現在は和解している。またスターリン結成15周年イベントには仲野茂が参加している。
- アメリカのパンクバンドデッド・ケネディーズのボーカルジェロ・ビアフラもザ・スターリンに目をつけており、それが縁となってアメリカで発売されたパンクオムニバス『Welcome to 1984』にザ・スターリンは日本代表として一曲、収録されることになった。
- 2001年に元頭脳警察のパンタや大槻ケンヂ、犬神サーカス団、BRAWLS(BRAHMAN)、Loopusなどが参加したトリビュート盤『365:A TRIBUTE TO THE STALIN』がリリースされ、それに合わせて21世紀最初で最後となるザ・スターリン復活ライブが行われた。トリビュート盤には最初BUCK-TICKも参加し、タイトルでもある「365」をカバーする筈だったが、事情により実現出来なかった。
- 2003年には過去の作品がデジタルリマスタリングを施して再リリースされ、また完全コピーバンドである「コケシドール」の発足(ヴォーカルは日本のアングラ・パンクなどを旨とするインディ・レーベル「いぬん堂」の牛戸圭一)など再評価されている向きもある。
- 2005年2月にリリースされた、ザ・スターリン名義の「電動コケシ/肉」は、日本で発売された最後のソノシート盤となった。
- 遠藤が60歳の誕生日を迎える2010年11月15日、渋谷O-WESTにて記念ライブ「遠藤ミチロウ生誕祭『Roll Over 60th』?還暦なんかブッとばせ!?」が開催された。 出演バンドは「M.J.Q」「TOUCH-ME」「NOTALIN'S」「THE STALINISM」。
[編集] 略歴
[編集] ザ・スターリン
- 6月6日 - 遠藤ミチロウ、金子あつし、乾純の3人で「THE STALIN」結成。
- 6月26日 - 渋谷のライブハウス「屋根裏」で初ライブを行う。自閉体からの繋がりでトラとして尾形テルヤがベースを弾いた。同時期に自主制作レーベル「ポリティカル」を設立する。
- 8月8日 - ベーシストとして杉山晋太郎が加入。杉山は元々ベースを弾いた事が無かったが、高円寺DOLLで出会った乾・金子の説得により加入した。当時、杉山は楽器も無かった。加入の礼として高円寺ニューバーグでの豪華ディナーが約束されたのであるが、もちろん一日だけの事である。
- 9月5日 - 自主制作ソノシート『電動こけし/肉』をリリース。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ギター - 金子あつし
- ベース - 遠藤ミチロウ→杉山晋太郎
- ドラムス - 乾純
- 4月7日 - 2枚目の作品としてEP『スターリニズム』リリース。
- 金子に代わり、前座などを務めていたチフスのTAM(タム)がギターとして加入する。
- 9月10日 - 週刊誌『女性自身』において、【変態バンド、スターリン】として初めてスクープされる。
- 10月31日 - 法政大学にてライブ。trashのB面としてレコーディングされた。
- 11月4日 - 関東学院高校にてゲリラ的に乱入ライブを行う。この時ライブ中に遠藤が全裸になった事を警察に通報され、遠藤は公然わいせつ罪で逮捕される。
- 11月7日 - 京都燦燦にてライブ。trashのB面としてレコーディングされた。
- 12月24日 - 初のフルアルバム『trash』リリース。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ギター - 金子あつし→タム
- ベース - 杉山晋太郎
- ドラムス - 乾純
- 3月13日 - マッド・スターリンとして出演した映画『爆裂都市 BURST CITY』公開。
- 3月24日 - 新宿ロフトにて『爆裂都市』の打ち上げ。この時、アナーキーとの騒動が勃発した。
- 6月24日 - 上馬ガソリンアレイにてライブ。これを最後にドラムスの乾純に代わって小田ヒトシが参加する。
- 7月1日 - アルバム『STOP JAP』、シングル「ロマンチスト」で徳間ジャパンよりメジャーデビューを果たす。
- 8月2日 - 神戸国際会館にてライブ。客として居た神戸ハードコアは、ロボ(MP、ボディスナッチャー等)、ケンジ(後のモブス)、シン(後のモブス、シティインディアン)、ミンミン(後のフリーダム)その他大勢。前座であったフォーク歌手の友部正人へ空き缶を投げつけ野次の嵐であり、スターリンの登場からかなり険悪な雰囲気が漂っていた。この時のライブにおいて、興奮した観客が椅子やエレベーターを破壊。詰まれたPAに鉄パイプを突き刺し暴力と破壊の限りを尽くす。客の多くが鉄パイプ、ビール瓶、金属バット、スラッパー、三段棒等を持参しており、まさに映画『爆裂都市 BURST CITY』そのままであった。観客とミチローの喧嘩が続く間、演奏だけが延々と続いた。ちなみにこの時の被害額は約120万円。スターリンの関係者が損害賠償を巡り加害者を探しまわっていたという。この出来事を機に神戸では「スターリンに公共施設は貸さない」という市条例が制定されてしまう。また、全国ホール協会のブラックリストに載ってしまい、あらゆるライブ、コンサート会場でライブが困難となる。ライブを円滑に行う為、関係者が行ったのはハードコアパンクスを取り込む事であった。
- 8月25日 - 3枚目のシングル「アレルギー」リリース。A面曲がわずか51秒しかないという、音楽史上でも稀に見る短いシングル曲として話題になる。
- 9月27日 - 前橋ガルシアにてライブ。これを最後にドラムスの小田ヒトシに代わってK5が参加する。
- 12月 - 雑誌『音楽専科』に遠藤と明石家さんまの対談が掲載される。かねてより2人が似ていると言われていたため実現した。
- 12月25日 - ボーカルの遠藤による初のエッセイ集『嫌ダッと言っても愛してやるさ!』発売。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ギター - タム
- ベース - 杉山晋太郎
- ドラムス - 乾純→小田ヒトシ→K5
- 2月10日 - マキシシングル「GO GO スターリン」リリース。
- 3月5日、6日 - 千葉ダンシングマザースでライブ。これを最後にギターのタム、ドラムスのK5が脱退。代わりにギターとして良次郎、ドラムスとして中村達也が加入する。
- 4月25日 - 3枚目のアルバム『虫』、4枚目のシングル「NOTHING」リリース。ドラムスにはじゃがたらの中村貞裕が参加した。
- 6月11日 - 明治学院大学にてライブ。これを最後にギターの良次郎、ドラムスの中村達也が脱退する。
- 8月1日 - 遠藤ミチロウ責任編集のソノシート付きマガジン、『ING'O』創刊。ソノシートはザ・ウィラード。
- 9月17日 - 京都大学西部講堂にてライブ。この時のライブは非常階段とのユニット「スター階段」として公演。ドラムスとして乾純、ギターとして尾形テルヤが参加。
- 12月 - ベースの杉山晋太郎が脱退。ギターとしてJUNE-BLEED、ベースとして尾形テルヤ、ドラムスとして乾純が加入する。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ギター - タム→良次郎→JUNE-BLEED
- ベース - 杉山晋太郎→尾形テルヤ
- ドラムス - K5→中村達也→乾純
- 3月17日 - 清水BOWIEにてライブ。これを最後にギターのJUNE-BLEEDが脱退。代わりに北田昌宏(元INU)がギターとして加入する。
- 4月10日 - 遠藤ミチロウの初ソロ作品でもあるカセットブック『ベトナム伝説』リリース。
- 5月 - 自身の楽曲「Chicken Farm」で参加したオムニバスアルバム『Welcome to 1984』がアメリカ合衆国でリリースされる。
- 6月3日 - 横浜国立大学にてライブ。これを最後にギターの北田昌宏、ベースの尾形テルヤが脱退。代わりにギターとして小野昌之が加入。また、ベースにはヒゴ・ヒロシが参加するようになる。
- 7月1日 - 遠藤のソロシングル「仰げば尊し」が自主レーベルB.Q.レコードよりリリース。
- 11月20日 - アルバム『Fish Inn』リリース。それまでのパンクロックサウンドとは違い、サイケデリックな路線で制作された。
- 12月25日 - 遠藤ミチロウ対談集『バターになりたい』発売。
- 12月29日 - 31日 - 新宿ロフトにてライブ。最終日の遠藤のMCで「スターリンはこれで終わりだ」との解散宣言ともとれる発言がなされた。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ギター - JUNE-BLEED→北田昌宏→小野昌之
- ベース - 尾形テルヤ→ヒゴ・ヒロシ(正式加入ではない)
- ドラムス - 乾純
- 1月15日 - バンド解散。
- 2月1日 - 遠藤のソロシングル『仰げば尊し』が東芝EMIよりリリース。
- 2月21日 - 調布大映撮影所にてラストライブ。
- 3月30日 - 遠藤のソロミニアルバム『THE END』が東芝EMIよりリリース。
- 5月25日 - ラストライブの模様を収録したアルバム『FOR NEVER』、ビデオ『絶賛解散中!!』がリリースされる。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ギター - 小野昌之
- ドラムス - 乾純
- ベース - 肥後宏(演奏はラストライブのみで、正式加入ではない)
- 10月25日 - アルバム『STOP JAP』と『虫』を収録した2枚組の初のベストアルバム『Best sellection』がリリースされる。
- 12月21日 - ビル・ラズウェルプロデュースによるリミックス・アルバム『Fish Inn (リミックス盤)』がリリースされる。
[編集] ビデオ・スターリン
- ビデオ・スターリン結成。
- 5月3日 - 新宿ロフトにてデビューライブを行う。
- 6月25日 - 1981年から1985年までのザ・スターリン時代のPVやライブ映像を収録したヒストリー・ビデオ『YOUR ORDER!』リリース。
- 7月25日 - 徳間ジャパンより「GOLD SERIES」として、ザ・スターリンのベストアルバム『BESTESTS!』がリリースされる。
- 9月1日 - 書籍『ビデオスターリンのチャンネル大戦争』(JICC出版)リリース。
- 9月20日 - ファーストビデオ『DEBUT!』リリース。
メンバー
- ボーカル - MICHIRO
- ベース - MAY
- ドラムス - SHOKO
- ギター - KUBOTA
- 4月15日 - 2本目のビデオ『LOVE TERRORIST』リリース。
- 8月4日 - ビデオ・スターリン解散。
- 9月20日 - 唯一のアルバム『-1 (MINUS ONE)』リリース。
[編集] スターリン
- スターリン(新生スターリン)結成。
- 1月28日 - 和光大学にてデビューライブを行う。このライブは「スターリンのライブを見てレポート書く」という人文学部の期末試験として企画され、テレビでも報道された。
- 2月25日 - アルバム『JOY』、シングル「包丁とマンジュウ」にてデビュー。
- 7月 - ファーストビデオ『P.』リリース。
- 9月25日 - シングル「勉強ができない」リリース。
- 10月25日 - アルバム『STALIN』リリース。
- 12月21日 - シングル「90'sセンチメンタルおせち」リリース。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ドラムス - 三原重夫
- ギター - 山盛愛彦
- ベース - 西村雄介
- ギターの山盛が脱退し、代わりにギターとして斉藤律が正式加入する。また、アルバム『殺菌バリケード』制作中にベースの西村が脱退し、サポートメンバーとして安達親生が加入、後に正式メンバーとなる。
- 7月よりベルリンの壁崩壊後の東欧でツアーを実施する。
- 9月25日 - アルバム『殺菌バリケード』、シングル「真夜中のオモチャ箱」リリース。
- 10月25日 - 東欧ツアーを収録した2本目のビデオ『最後の赤い夏』リリース。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ドラムス - 三原重夫
- ギター - 山盛愛彦→斉藤律
- ベース - 西村雄介→安達親生
- 7月21日 - アルバム『STREET VALUE』、シングル「WILD GHETTO」リリース。
- 12月21日 - ライブ・アルバム『行方不明 〜LIVE TO BE STALIN〜』リリース。
- 11月21日 - アルバム『奇跡の人』、シングル「ライド・オン・タイム」リリース。
- 12月14日 - 原宿ルイードにてライブ。このライブがスターリンとしての最後のライブとなった。
- スターリン(新生スターリン)解散。以降、遠藤はバンドの結成を止め、アコースティックなサウンドを軸にしたソロ活動へと転換することとなる。
[編集] 解散後
- 8月15日 - 終戦50年忌念イベント「愛と死を見つめて」において、THE STALIN 15という名義で渋谷ON AIR EASTにて一度限りの復活ライブを行う。参加メンバーはTHE NEWS、伊藤秀孝、安達親生、HIROKI(叫ぶ詩人の会)、今井寿 (BUCK-TICK)、平野勇(マリア観音)。
- 12月1日 - 上記イベントのライブ・アルバム『死んだものほど愛してやるさ』リリース。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ドラムス - 内山朋子、HIROKI、平野勇
- ギター - 青木陽子、伊藤秀孝、今井寿
- ベース - 竹山奈穂子、安達親生
- 12月21日 - 未CD化であったシングル音源を追加し、ベストアルバム『Best sellection』が再リリースされる。
- 1月24日 - 犬神サーカス団、大槻ケンヂ、パンタ等が参加したトリビュートアルバム『365:A TRIBUTE TO THE STALIN』がリリースされる。
- 2月28日 - 渋谷ON AIR EASTでのトリビュートアルバム発売記念ライブ「THE STALINに捧ぐ」において、21世紀最初で最後のTHE STALIN復活ライブが行われる。参加メンバーは中田ケイゴ、SUZUKI (PULLING TEETH)、KATSUYA(鉄アレイ)。
- 6月30日 - 上記イベントのライブ・ビデオ『吐き気がするほどロマンチックだぜ』リリース。
メンバー
- ボーカル - 遠藤ミチロウ
- ドラムス - 中田ケイゴ
- ギター - SUZUKI
- ベース - KATSUYA
- 1月22日 - ベストアルバム『THE STALIN BEST』リリース。
- 8月 - ライブ写真集『吐き気がするほどロマンチックだぜ』(マガジン・ファイブ)リリース。
- 10月22日 - アルバム『STOP JAP』、『虫』、『FISH INN』が24ビット・デジタルリマスタリングされ紙ジャケットにて再リリース。
- 11月 - DVD付きスクラップ集『ザ・スターリン伝説』(マガジン・ファイブ)リリース。
- 12月5日 - 1983年の後楽園ホールでのライブを収録したライブ・アルバム『絶望大快楽 LIVE at 後楽園ホール'83』リリース。
- 2月21日 - 遠藤のデビュー25周年を記念したボックス・セット『飢餓々々帰郷』リリース。遠藤のソロのほかにザ・スターリン、ビデオ・スターリン、新生スターリンの曲、映像も収録されている。
- 10月24日 - アルバム『STOP JAP』の再録音前のお蔵入り音源を収録したアルバム『STOP JAP NAKED』リリース。
- 12月1日 - 遠藤のソロも含めたトリビュートアルバム『ロマンチスト〜THE STALIN・遠藤ミチロウTribute Album〜』、『青鬼赤鬼』がリリースされる。
[編集] 神戸市条例制定の謎
1982年8月2日での神戸市民小劇場ライブにおいて、観客が施設を破壊。この出来事を機に神戸では「スターリンに公共施設は貸さない」という市条例が制定されてしまう。また、全国ホール協会のブラックリストに載ってしまい、あらゆるライブ、コンサート会場でライブが出来なくなる。
ほぼ全ての略歴では上記の事項が記述されているが、過去を遡っても「神戸市民小劇場」と言うスペースは神戸市公営施設に存在しない。また、神戸市の各種条例を検索しても、現在では、スターリンに関する条項は見当たらない。なお、神戸市の各種公営ホールについての条例について、一例を挙げると1973年制定の「神戸文化ホール条例」には、制定時から以下の項目が存在している。
(施設) 第2条の2 神戸文化ホールの本館に大ホール、中ホール、リハーサル室、多目的室、特別控室及び ロビーその他の便益施設を、練習場に練習室1, 練習室2, 練習室3, 練習室4, 練習室5及び ロビーその他の便益施設を置く。 (使用の許可) 第3条 前条の施設(ロビーその他の便益施設を除く。以下単に「施設」という。)を使用しようと する者は、規則で定めるところにより、市長の許可を受けなければならない。 (許可基準) 第4条 市長は、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、前条の許可をしてはならない。 (1) 公の秩序又は善良な風俗を乱すおそれがあるとき。 (2) 建物その他附属設備を汚損し、損傷し、又は滅失するおそれがあるとき。 (3) 管理上支障があるとき。 (4) 公益に反するとき。
神戸市の他の公営施設の条例も、ほとんどがこれに準じており、施設設立当初から「善良な風俗を乱す」「設備を汚損・損傷させるおそれのある者」」には使用を禁止するようになっている。仮に、スターリンが問題を起こしたとしても、その対策は上記程度の内容で充分であり、スターリンを出入り禁止にするために、わざわざバンド名を名指しにする必要はまったく無い。そして、「あらゆるライブ、コンサート会場でライブが出来なく」なってしまった、当該ライヴ後もスターリンは大学祭・ライヴハウス等で演奏を行っている。なおかつ、スターリンの数年後、さらに凶悪なライヴを各所で敢行し、その度に各所でトラブルを起こしたハナタラシのライヴ履歴から傍証しても「全国ホール協会のブラックリスト」なるものが存在しないのは、ほぼ確実である(中野サンプラザ内にあった「全国ホール協会」は「全国ホール名鑑」という出版物を発行していたが、これはホールの施設概要についてのデータベースである)。
このため、この事項は、兵庫県・神戸市・神戸市民文化財団が主催する各種施設(「市民小劇場」に類似した施設名が複数存在する)でトラブルを起こしたスターリンの噂に尾ひれが付いた、一種の都市伝説であると想像できる。また、過去のインタビュ−等では、遠藤ミチロウ自身も、このエピソードに触れており[4]、あえて楽しんでこの「都市伝説」の流布に加担した可能性も否定できない。
[編集] 作品
[編集] シングル
[編集] ザ・スターリン
- 電動こけし/肉(1980年9月5日)
- ロマンチスト(1982年7月1日)
- アレルギー(1982年8月25日)
- GO GO スターリン(1983年2月10日)
- NOTHING(1983年4月25日)
[編集] スターリン
- 包丁とマンジュウ(1989年2月25日)
- 勉強ができない(1989年9月25日)
- 90'sセンチメンタルおせち(1989年)
- 真夜中のオモチャ箱(1990年9月25日)
- WILD GHETTO(1991年7月21日)
- ライド・オン・タイム(1992年11月21日)
[編集] アルバム
[編集] ザ・スターリン
- スターリニズム(1981年4月7日)
- trash(1981年10月24日)
- STOP JAP(1982年7月1日)
- 虫(1983年4月25日)
- Fish Inn(1984年11月20日)
- FOR NEVER(1985年5月25日)
- Best sellection(1986年10月25日)
- Fish Inn (リミックス盤)(1986年12月21日)
- STALINISM(1987年1月21日)
- BESTESTS!(1987年7月25日)
- 死んだものほど愛してやるさ(1995年12月1日)
- THE STALIN BEST(2003年1月22日)
- 絶望大快楽 LIVE at 後楽園ホール'83(2005年12月5日)
- STOP JAP NAKED(2007年10月24日)
[編集] ビデオスターリン
- -1 (MINUS ONE)(1988年9月20日)
[編集] スターリン
- JOY(1989年2月25日)
- STALIN(1989年10月25日)
- 殺菌バリケード(1990年9月25日)
- STREET VALUE(1991年7月21日)
- 行方不明 〜LIVE TO BE STALIN〜(1991年12月21日)
- 奇跡の人(1992年11月21日)
[編集] トリビュート・アルバム
- 365:A TRIBUTE TO THE STALIN(2001年1月24日)
- ロマンチスト〜THE STALIN・遠藤ミチロウTribute Album〜(2010年12月1日)
- 青鬼赤鬼(2010年12月1日)
[編集] ビデオ
[編集] ザ・スターリン
- 絶賛解散中!!(1985年5月25日)
- YOUR ORDER!(1987年6月25日)
- 吐き気がするほどロマンチックだぜ(2001年6月30日)
[編集] ビデオスターリン
- DEBUT!(1987年9月20日)
- LOVE TERRORIST(1988年4月15日)
[編集] スターリン
- P.(1989年7月)
- 最後の赤い夏(1990年10月25日)
[編集] 未発表曲
[編集] ザ・スターリン
自閉体(遠藤の前バンド)時代からの曲
- ブタのケツ
- 愛してやるよ
- ハンマーロック
- いやだ
- トリック
- 記憶
ザ・スターリン時代
- TOKY(先天性労働者の原曲)
- 原発メニュー(アレルギーの原曲)
- 白日夢(MISERの原曲)
- メシ喰うな!
- INUのカバー曲ではなく、「メシ食わせろ」のコンセプトになった曲。
[編集] 出演
[編集] 映画
- 朝日のようにさわやかに(1981年、自主制作映画)
- 爆裂都市 BURST CITY(1982年、東映)
[編集] 書籍
[編集] 関連書籍
- 嫌ダッと言っても愛してやるさ
- ビデオスターリンのチャンネル大戦争(1987年、JICC出版社)
- ザ・スターリン伝説(2004年、マガジン・ファイブ)ISBN 4434047906
[編集] 関連項目
- ALLERGY
- 石井聰亙
- 糸井重里
- ガガガSP
- 筋肉少女帯
- THE BLUE HEARTS
- THE MAD CAPSULE MARKETS
- じゃがたら
- 頭脳警察
- BUCK-TICK
- パンク・ロック
- 非常階段
- 平沢進
- 町田康
- 吉本隆明
[編集] 脚注・参照
- ^ 『ザ・スターリン伝説』 マガジン・ファイブ、2004年、103頁。ISBN 4434047906。
- ^ 『ザ・スターリン伝説』 マガジン・ファイブ、2004年、120頁。ISBN 4434047906。
- ^ a b アルバム『STOP JAP NAKED』ライナーノーツより
- ^ 『ザ・スターリン伝説』 マガジン・ファイブ、2004年、97頁。ISBN 4434047906。
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||||||||||||||