平沢進
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| 平沢進 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1954年4月2日(55歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | テクノポップ プログレッシブ・ロック ニュー・ウェイヴ |
| 職業 | シンガーソングライター 編曲家 音楽プロデューサー CGアーティスト |
| 担当楽器 | ボーカル ギター キーボード シンセサイザー プログラミング |
| 活動期間 | 1973年 - |
| 事務所 | ケイオスユニオン |
| 共同作業者 | マンドレイク P-MODEL 旬 |
| 影響 | ザ・ベンチャーズ ピンク・フロイド セックス・ピストルズ |
| 公式サイト | NO ROOM - The official site of Susumu Hirasawa (P-MODEL) |
平沢 進(ひらさわ すすむ、1954年4月2日 - )は日本の音楽家、音楽プロデューサー、CGアーティスト。1979年にテクノポップバンド、P-MODELのメンバーとしてメジャーデビュー。現在はソロとして多彩な活動を行う。東京都葛飾区亀有出身。
目次 |
[編集] 来歴
1965年頃、ザ・ベンチャーズに触発されエレキギターを手に取り音楽活動を始める。
1973年頃、「マンドレイク」結成。プログレッシブ・ロックに傾倒していくが、1978年頃解散。解散前には既にP-MODELへの模索が始まっており、マンドレイクのメンバーであった田中靖美と共に「配線上のアリア」を製作。当時、ペプシコーラの倉庫や青果市場で荷物運びのアルバイトをしていた。
1978年頃から1983年頃までヤマハのシンセサイザー教室の講師としても働いていたことがある。この頃、週刊プレイボーイ紙上で行われたシンセサイザーの多重録音コンテストにおいて、平沢の作品「いりよう蜂の誘惑」が入賞する。これは入賞作品を収録したアルバム『驚異の頭脳集団』に収められメジャーリリースされた。[1]
1979年結成のP-MODELリーダー兼ボーカリストとしてメジャーデビュー。その活動と平行して、ペンネームでの楽曲制作を行う。
プロレスラー・長州力の入場テーマ曲であるオリジナル曲「パワー・ホール」を「異母犯抄」というペンネームで作曲した。 また、1986年に同じくプロレスラー・カルガリーハリケーンズのテーマ曲として「ハリケーンズ・バム」をペンネーム「福来良夫」名義で提供。 これらの曲はプロレス・テーマ曲のコンピレーションCDで聴くことができる。
1984年実験的サンプリングユニット「旬」を結成。
1988年12月、P-MODELが「凍結」と呼ぶ所の休止を宣言。
1989年9月、アルバム『時空の水』リリースにてソロデビュー。
1990年代からはソロ活動に平行して、ヤプーズ、島崎和歌子、宮村優子らに楽曲提供し、アニメ作品の音楽製作にも進出。『DETONATORオーガン』、『剣風伝奇ベルセルク』、2000年代には『妄想代理人』や映画『千年女優』、『パプリカ』の音楽を手掛ける。
1991年、P-MODELを「解凍」(活動再開)。
1993年、P-MODELが「待機」として再度一時的な休止を宣言。
1994年、7月8日より翌年の1995年3月31日まで『平沢進のテクノ実験工房』がFM群馬にて放送される。同じくパーソナリティーを務めたのは、上野洋子(元ZABADAK)だった。この番組の内容は後にカセットテープで平沢の当時のファンクラブ(HIRASAWA BYPASS)より限定発売された。
またこの頃よりタイのサオプラペーッソン(saopraphetson:第二の女性/平沢の著書やHPでSP2とも表記されることがある)に深い関心を示し、繰り返し現地を訪れ、レコーディング時にコーラスとして協力を仰いだり、ライブアクトとして招聘などをしたことがある。これらの事から東南アジア方面の楽器や音楽の影響を大きく受け、作風にも大きな変化が表れている。その後2004年に平沢と親交が深かった9人のサオプラペーッソンを追悼するアルバム『SWITCHED-ON LOTUS』が製作される。サオプラペーッソンの存在そのものが、創作意欲に大きな影響を及ぼしていると本人は語っており、彼女たちに対して大きな尊敬を以て接していることがその言動から見て取れる。
P-MODELの「改訂」を終え活動再開。
1995年、平沢進個人HP「Ghost Web」開設。
1996年、11月15日の東京・新宿リキッドルームにおいて、オールナイト・イヴェント“Unfix ♯3 コミュノ・ハイブリディア”が開催された。平沢を含むP-MODELのメンバー4人がそれぞれソロステージを行うというものだったが、平沢は欠席。理由は「風邪のため」と発表されたが、数日後平沢自身がGHOST WEB上において「私は風邪ごときで休むような人間ではない。休んだ本当の理由は言えないが」という発言がなされた。 翌1997年、平沢はそれまで所属していたアイスリープロモーションを離脱し、自ら新事務所ケイオス・ユニオンを設立した。それに伴い上領亘はP-MODELを脱退した。
1999年、プログレッシブ・ロック・バンド、Cluster(クラスター)のメンバーであるRoedelius(レデリウス)および小西健司(4-D・P-MODEL)と、ネット上でのやり取りだけでコラボレーションを行い、「Global Trotters」としてアルバム『Drive』をリリースする。自らが手がける楽曲では独特の裏声を駆使した歌唱法で歌い上げ、歌詞でも「君」を「キミ」と表記するなど特徴的なこだわりが見られる。
2000年、P-MODELが「培養」と呼ばれる所の活動休止を宣言。
2001年7月、「Hirasawa Energy Works」と名付けられたプロジェクトがスタート。これは必要な電気エネルギーの全てを太陽発電に委ねて音楽製作を試みるプロジェクトであった。この際にアルバム『SOLAR RAY』が製作される。その後太陽発電及び、このプロジェクトに賛同するファンの協力による自然からの蓄電(エナジーハンティング)のみを利用したライブ「SOLAR LIVE」を敢行する。
2003年、イラク戦争に際して、これに対する抗議の意思を表すべく「殺戮への抗議配信」と題し、自らの楽曲「高貴な城」「Love Song[2003年バージョン]」の無料配信を行った。これは2009年7月現在でも公式サイト内から無料でダウンロードが可能である。
2003年3月、ペンネーム「坂田四郎」名義としてゆいこのシングル「陸の人よ」(アサヒビール『穣三昧』CMソング)の制作を手掛けている(CM使用部分は平沢が作曲、残りはゆいこ作曲)。
NHK『おかあさんといっしょ』の2003年10月の歌「地球ネコ」を作詞作曲。幼児向けの番組に提供された楽曲ではあるが、平沢の楽曲スタイルは一貫して崩されていない。2006年12月に同番組内で再放送されている。
2008年6月、イタリアのデス・メタル系ヴォーカリストRiccardo Brett (InhVmaN)との共作でマキシ・シングル「Tetragrammaton (テトラグラマトン)」をリリース。
2009年2月、自身の11枚目のオリジナルソロアルバムとなる『点呼する惑星』をリリース。
[編集] インターネット台頭以降の活動
インターネットについてもその可能性に反応しており、「インタラクティブ・ライブ」と題されたスタイルのライブを敢行。会場に仕掛けられた様々なインターフェースによって観客の行動がライブの進行に影響を及ぼす仕組みになっており、それらの現象に応じて演奏される楽曲や展開に変化が起こってゆく、アクトと観客の双方向性を重視した内容となっている。更に、インターネットを通じてライブの進行度や会場の音声をリアルタイムで配信しており、会場に足を運ばなかったリスナーも「在宅オーディエンス」として、単に会場の様子を知るだけの存在ではなく、ライブ用に特設されたWEBサイト上で、ライブの進行に何らかの干渉を可能とするなど様々な試みが行われた。これらが評価され、2001年に「インタラクティブ・ライブ・ショウ 2000 賢者のプロペラ」が、(財)デジタルコンテンツ協会と経済産業省の共催する「デジタルコンテンツグランプリ2001」において、経済産業大臣賞及びエンターテイメント部門最優秀賞を受賞している。
音源のMP3ダウンロード配信(販売)に際し、メジャーレーベルとの契約を1998年頃に自ら終了させた。
[編集] 著作権管理団体および、大手レーベルからの撤退
それまで権利関係に疎かった平沢は、自分の楽曲の権利が出版会社に永久譲渡という形で契約されていることを知る。JASRACによって集金された金から出版会社を介して50%を天引きされた額がアーティストの手元に渡るが、その出版会社に納められた残りの50%の額がどのように運用されるのか説明を求めたところ「プロモーションに努める」との回答のみで、具体的にどのようなプロモーションを行うのか、それによる成果がどれだけあるのか、の納得できる回答がなく「自分の権利が自分の選んだ出版会社と契約できないのは如何なものか」と平沢曰く「一回ゴネる」。
結果としてJASRACとの決別、大手レーベルからの撤退という道を選び、これと共にP-MODEL名義での活動の停止と契約の破棄に伴い商品が流通に乗せられなくなり、以降、CDは上述したように一部の大型小売店舗のみでの限定的な販売を余儀なくされる。このようにJASRACと出版会社が結託した組織構造を平沢は「業界の悪しき構造」と総括。
現在、平沢の新作CDについて販売方法は所属事務所の直売による通販が中心となっており、店頭在庫が存在する店舗は、大都市部などのインディーズレーベルを大々的に扱っているCDショップに限られ、旧盤の個別入手は極めて困難である。ただし、一部映画のサントラ作品はそれには含まれず全国流通している。他にもニューアルバムをリリースする度に、収録曲の中から一曲またはアウトテイク数曲を無料配信している。
[編集] 使用機材
日本製のエレクトリックギターメーカー各社が海外製品のコピー製品量産から脱却し始めた1980年代初頭、メーカー各社の脱コピー・オリジナルデザインブームが起き、数多の国産オリジナルデザインのエレクトリックギターが生産、輸出されていくこととなる。その中で異彩を放っていた東海楽器が製造販売していた金属製ギター「タルボ」の初期(1983年頃)からの使用者としても知られ、その素材の特異性に惹かれ近年まで使用を続けていた。しかし長年の過酷な使用により消耗・改修が必要になってしまった際、製造元の東海楽器は会社として不安定であったため同じ物が手に入らず(改修すらままならなかった)、別のギターメーカーであるフェルナンデス社において「PHOTON」と呼ばれる「TALBO」と同シェイプのギター製作を依頼した(仕様は厳密には「TALBO」とは異なる)。現在はICE-9というオリジナルギターを所有しており、このギターの完成により触発され製作された楽曲を纏めた物が『ICE-9』として発売された。
ヤマハ社製「Miburi」の初期からの愛用者でもある。この「Miburi」は専用トリガーが専用着衣の中に内蔵してあり、それを着た人間の動きによってシンセサイザーが演奏できると言うシステムである。主にライブで使用されていたが、近年はあまり使われていない。
近年のライブでは、自転車の車輪を改造し、そのダイナモ発電機を平沢自身が回すことにより発電した電気でMIDIトリガーを作動させる「graviton」がよく登場する。
Amiga(パソコン)を現在でも音楽製作などで使用している。2005年には新OSである「Amiga OS 4.0」の起動音を手掛けることとなった。インタラクティブライブでの映像オペレーティングにも使用されている。
「白虎野の娘」と「確率の丘」には「アマチュアでも使っているごく普通の廉価なヴォーカルエンジン」を使用していることを公式サイトで明らかにし、具体的にはLOLAであるとユリイカ12月臨時増刊号で明らかにした。また、平沢はこのヴォーカルエンジンを「お姉さん」と呼んでいるという噂があったが、これも同誌の中で本人が否定した。ただし、平沢はヴォーカルエンジンのことを「お姉さんは磨けばプロになる。」と表現している。[2]
初期から自宅録音で製作された作品が多数あり、『賢者のプロペラ』以降のアルバムについては全て自宅で録音されている。先述のHirasawa Energy Worksで使用した太陽発電によるシステム(ソーラースタジオ)は健在で、2007年2月に行われたインタビューによると、少なくとも2007年までは使用されていることが確認できる。[3]Hirasawa Energy Works開始時は、120Wのソーラーパネル2枚を家に取り付けて、残りの2枚は窓際に立てかけているなどしているだけだったが、現在は4枚とも設置が完了している。
エコロジーに目覚めてからは自動車をトヨタのプリウスに変更した。近場であれば、リカンベントに乗って移動することが多い。リカンベントは「RIDE THE BLUE LIMBO」のプロモーションビデオで乗っている姿を確認できる。彼の乗っているリカンベントは米Burley社の「Limbo」である。
[編集] 作品
[編集] アルバム
- 時空の水 (1989年9月)
- サイエンスの幽霊 (1990年5月)
- Virtual Rabbit (1991年5月)
- AURORA (1994年2月)
- Sim City (1995年8月)
- SIREN (1996年8月)
- 救済の技法 (1998年8月)
- 賢者のプロペラ (2000年10月)
- BLUE LIMBO (2003年2月)
- 白虎野 (2006年2月)
- 点呼する惑星 (2009年2月)
[編集] シングル
- 世界タービン / ソーラ・レイ (1990年5月)
- バンディリア旅行団 / ハルディン・ホテル (1991年6月)
- 魂のふる里 / フィッシュ・ソング (1992年4月)
- サイレン〜siren〜/ 電光浴 (default version) (1996年8月)
- BERSERK -Forces- (1997年11月)
[編集] その他のアルバム
- error CD (1990年10月)
- DETONATORオーガン 1、2、3 (1991年7月、10月、1992年3月)
- 魂のふる里 (1992年5月)
- グローリー戦記 (1993年1月)
- 剣風伝奇ベルセルク オリジナルサウンドトラック(1997年11月)
- ロストレジェンド (1999年3月)
- ベルセルク 千年帝国の鷹篇 喪失花の章 オリジナルゲームサウンドトラック(1999年12月)
- SOLAR RAY (2001年10月)
- 千年女優オリジナルサウンドトラック (2002年9月)
- SWITCHED-ON LOTUS(2004年1月)
- ベルセルク 千年帝国の鷹篇 聖魔戦記の章 オリジナルゲームサウンドトラック(2004年1月)
- 妄想代理人オリジナルサウンドトラック (2004年5月)
- ICE-9 (2005年8月)
- パプリカオリジナルサウンドトラック (2006年11月)
- 映像のための音楽〜平沢進サウンドトラックの世界 (2007年6月)
- PHONON2550 LIVE (2008年4月)
- Tetragrammmaton (2008年6月)
- SIREN - 再発HQCD版 (2009年3月)
- 救済の技法 - 再発HQCD版 (2009年3月)
[編集] ビデオ
- Error (1990年9月)
- Making of TOKYO PARANESIAN - FC会員限定販売
- 平沢三幕三時間 - FC会員限定販売
- INTERACTIVE LIVE SHOW 1995「SIM CITY」(1995年12月) - FC会員限定販売、2003年11月にDVDで再発
- INTERACTIVE LIVE SHOW 1997「SIREN 〜架空のソプラノ〜」 (1997年1月) - 2007年10月にDVDで再発
[編集] DVD
- INTERACTIVE LIVE SHOW2000 「賢者のプロペラ」version1.4 (2001年5月)
- LIVE SOLAR RAY (2002年9月)
- INTERACTIVE LIVE SHOW 1995「SIM CITY」 (2003年11月) - FC会員限定発売
- INTERACTIVE LIVE SHOW 2003「LIMBO-54」 (2003年11月)
- 反射の集いは氷の9 (2006年9月)
- INTERACTIVE LIVE SHOW 1997「SIREN 〜架空のソプラノ〜」 (2007年10月) - FC会員限定発売
- INTARACTIVE LIVE SHOW 2006「LIVE白虎野」 (2007年10月)
- 万国点検隊2007『P-0』 (2008年8月)
- LIVE PHONON 2550 DVD「PHONON 2550 VISION」 (2008年10月)
[編集] 書籍
- 音楽産業廃棄物 OPEN SOURCE/卓上のウロボロス (1999年12月)-P-MODEL結成20周年/平沢進ソロ・デビュー10周年記念公式単行本。
- 改訂復刻版 音楽産業廃棄物 (2005年6月)
- SP-2 -タイのニューハーフ?いいえ「第2の女性」です- (2008年10月)
[編集] 脚注
- ^ 後にリリースされたマンドレイク・アンリリースド・マテリアル・パート2 にも収録されている。
- ^ 「HIRASAWA三行log」(オフィシャルサイト内ブログ)
- ^ nikkei BPnet(Hirasawa Energy Worksでの活動や環境に対する取り組みに関するインタビュー全三篇)
[編集] 外部リンク
- NO ROOM-The official site of Susumu Hirasawa(P-MODEL)(日本語 P-MODELオフィシャルサイト)
- TALBO Secret Factory(現在のTALBO取り扱いの楽器店へ寄稿文掲載ページ)
- ITmedia +D LifeStyle(「補償金もDRMも必要ない」平沢進インタビュー)
- MAMMO.TV(「未踏の地にこそあらゆる可能性は開けている」平沢進インタビュー)

