大量虐殺
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大量虐殺(たいりょうぎゃくさつ)とは、人間を意図的に大量に虐殺すること。「虐殺」は国際法で規定されているが、一般報道ではきわめて曖昧に使われている。
詳細は「虐殺」を参照
一般的に、1つの人種・民族・国家・宗教などの構成員に対する計画的大量虐殺等の行為は、ジェノサイドと言い、その一部はジェノサイド条約において集団殺害罪(国際法違反)として規定されている。
詳細は「ジェノサイド」を参照
目次 |
[編集] 事件の有無についての論争
大量虐殺事件は以下の点から被害者側と加害者側との間で認識に差が出るため当事者間で深刻な政治的対立が発生することが多い。
- 事件の存否
- 事件の詳細
- 虐殺の規模(虐殺がおこなわれた範囲・被害者の実数など)
- 殺害に用いられた手段(加害者が被害者におこなった具体的行為について)
- 計画性の有無(計画的か偶発的か。特にこれが争点になる事が多い)
また当事者以外の第三者による事件の存否、詳細に関する認知についても類似した政治的対立を生みやすい。
これらの背景に加えて、他国でおきた事件や古い年代の事件については関心が薄いものも多く、事件の存否も含めて社会的に見解の相違が生じる場合がある。
[編集] 歴史上の大量虐殺
米比戦争時のニューヨークジャーナルの風刺画。フィリピン人を銃殺しようとするアメリカ兵の背後には「10歳以上の者は皆殺し」と書かれている。
古来、戦争・征服においては大量虐殺は付き物である。以下は歴史上注目されているもの。なお、ジェノサイドの項目と一部重複するが、同項目の分類方法とは別に、いわゆる「大量虐殺」と呼ばれている事件である。中でも歴史的な大量虐殺と見られるものを列挙する。[要出典][誰?]
斜体は犠牲者100万人以上、太字は犠牲者1000万人以上のもの。
- ユダヤ人による占領地カナンでの先住民虐殺
- 秦による長平の戦いにおける事後処理
- 秦の始皇帝による坑儒
- 項羽による新安での降伏した秦兵の虐殺
- 共和制ローマによるカルタゴ殲滅(第三次ポエニ戦争)
- 唐の安史の乱における虐殺
- 中国における京観[要出典]
- 十字軍におけるキリスト、イスラムおよびユダヤ各教徒の被害
- 南フランスにおけるアルビジョア十字軍
- ヨーロッパ、アメリカ合衆国における魔女狩り
- モンゴル帝国によるユーラシア大陸の征服
- レコンキスタ達成後、イスラム教徒、ユダヤ教徒に対する虐殺(スペイン異端審問)
- イギリスのクロムウェルによるアイルランド侵攻
- ドイツにおける三十年戦争
- 張献忠による四川住民虐殺
- 清による中国の征服
- ヨーロッパ人によるアメリカ大陸先住民・オーストラリア州先住民の殲滅・征服
- スペインのインカ帝国における虐殺
- インディアン戦争(サンドクリークの虐殺、ウンデット・ニーの虐殺など)、南米インディアンの虐殺
- イギリスのタスマニア人虐殺(オーストラリア)
- アメリカ合衆国の南北戦争における焦土作戦(海への進軍など)
- アメリカ合衆国南部諸州(旧アメリカ連合国構成州)におけるクー・クラックス・クランによる黒人虐殺。
- ヨーロッパ・ロシアにおけるポグロム(古代~ホロコースト前)
- ナポレオン戦争
- 太平天国の乱
- パラグアイにおけるブラジル軍による虐殺(三国同盟戦争)
- トルコのアルメニア人虐殺
- カヌードス戦争での、ブラジル軍によるカヌードスの住民25,000人から30,000人の絶滅作戦[1]
- 米比戦争でのアメリカ人によるフィリピン人の虐殺
- 第一次世界大戦
- ロシア革命でレーニンによる反体制派の粛清や帝政派関係者の虐殺
- ソビエト連邦におけるスターリン治世下での大粛清
- ソビエト連邦によるホロドモール
- 日中戦争
- 第二次世界大戦
- 中国によるウイグル・チベット(チベット動乱など)・東トルキスタン・南モンゴル・広西チワン族自治区での迫害・虐殺・民族浄化
- 国共内戦
- 二・二八事件(台湾の国民党政府による台湾人虐殺)
- 長春包囲戦
- 反右派闘争、文化大革命
- イスラエルによるパレスチナ人虐殺(en:Killings and massacres during the 1948 Palestine War)
- 済州島四・三事件(韓国への帰属を望まない済州島民への虐殺[3])
- 聞慶虐殺事件
- 朝鮮戦争
- 北朝鮮政府(満州派)によるマグチャビ(甲山派や知識人の一斉摘発・処刑・一族郎党縁戚者の強制収容所送り)[要出典]
- ベトナム戦争
- カンボジア内戦
- 文化大革命
- アンゴラ内戦
- ソ連侵攻によるアフガニスタン紛争 (1978年-1989年)
- イラクによるクルド人虐殺(ハラブジャ事件など)
- ルワンダ紛争における虐殺
- ユーゴスラビアにおけるユーゴスラビア紛争
- ダルフール紛争における虐殺
- 第二次コンゴ戦争とそれに続く内乱
[編集] 脚注
- ^ シッコ・アレンカール、マルクス・ヴェニシオ・リベイロ、ルシア・カルピ/東明彦、鈴木茂、アンジェロ・イシ:訳『ブラジルの歴史 ブラジル高校歴史教科書』明石書店、2003/01 pp.414-419
- ^ 宮崎正弘 『出身地でわかる中国人』 PHP研究所、2006年、185頁。ISBN 4569646204。
- ^ “Ghosts Of Cheju A Korean Island's Bloody Rebellion Sheds New Light On The Origin Of The War” (英語). ニューズウィーク. (2000年6月19日) 2011年2月18日閲覧。