ウクライナ蜂起軍
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| ウクライナ蜂起軍 | |
|---|---|
| 独ソ戦に参加 | |
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ウクライナ蜂起軍の戦功十字章 |
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| 活動期間 | 1942年-1954年 |
| 活動目的 | 反独・反ソ・反ポーランドのウクライナ独立 |
| 指導者 | ロマン・シュヘーヴィチ |
| 活動地域 | ウクライナ |
| 関連勢力 | ウクライナ民族主義者組織 ウクライナ国民共和国亡命政府 |
| 敵対勢力 | ナチス ソ連 ポーランド国内軍 ポーランド軍 赤軍パルチザン |
ウクライナ蜂起軍(ウクライナ語: Українська повстанська армія, УПА;英語: Ukrainian Insurgent Army、UPA とも)は、ウクライナに存在した反体制武装組織。独ソ戦中の1942年10月に結成され、おもに西ウクライナにおいて、赤軍・ドイツ軍双方へのパルチザン活動を行い、戦後もソ連と戦った。
[編集] 概要
ドイツ軍の暴虐にウクライナ人農民は各地で抵抗していたが、やがて1942年10月、ヴォルイニでウクライナ蜂起軍を結成し、ウクライナ民族主義者組織(OUN)の軍事組織と合体しロマン・シュヘーヴィチが司令官となった。ドイツ軍や赤軍パルチザンと戦いポーランドでも活動した。1943年には4万の勢力を有していたが外国からの援助はほとんど得られなかった。翌年、ドイツが敗走して再びソ連軍がやってくると、今度はソ連軍に対するゲリラ活動を開始し、西ウクライナのかなりの部分を掌握する。しかし、ベルリン陥落後、ソ連はUPA撲滅に全力を注ぎ、支持層の地域住民の追放、ポーランドやチェコスロヴァキアと共同軍事行動を起こし、ポーランドでは国内のウクライナ人を強制退去させる「ヴィスワ作戦」が行われた。また、農業集団化によって食糧を得にくくなり戦略ミスによって支持者が離れ、1950年に司令官のシュヘーヴィチが戦死すると活動停止状態になる。数年間にわたって散発的に戦い続けたが、活動を終息した残党は西ヨーロッパ、特に西ドイツや、支援者の移民がいるアメリカ合衆国に逃亡した。
[編集] 参考文献
- 黒川祐次著 『物語ウクライナの歴史 : ヨーロッパ最後の大国』 (中公新書; 1655)-東京 : 中央公論新社, 2002年. ISBN 4121016556
- ウクライナ・ナショナリズム / 中井和夫. — 東京大学出版会, 1998.11
- ポーランド・ウクライナ・バルト史 / 伊東孝之,井内敏夫,中井和夫. — 山川出版社, 1998.12. — (新版世界各国史; 20)