マニフェスト・デスティニー

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1872年に描かれた「アメリカの進歩」。女神の右手には書物と電信線が抱えられており、合衆国が西部を「文明化」という名の下に征服しようとする様子を象徴している。背後には1869年に開通した大陸横断鉄道も見える。

マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)とは、アメリカ合衆国西部開拓を正当化する標語。「明白なる使命」や「明白なる運命」などと訳出される。

概要[編集]

1845年、ジョン・オサリヴァンが用いたのが初出である。この際は、合衆国のテキサス共和国の併合を支持する表現として用いられ、のちに合衆国の膨張を「文明化」・「天命」とみなしてインディアン虐殺、西部侵略を正当化する標語となっていった。19世紀末に「フロンティア」が事実上消滅すると、米西戦争米墨戦争ハワイ併合など合衆国の帝国主義的な領土拡大や覇権主義を正当化するための言葉となった。

イギリスの帝国主義政治家ジョゼフ・チェンバレンも「マニフェスト・デスティニー」の語を使用し、「アングロ・サクソン民族は最も植民地経営に適した民族であり、アフリカに文明をもたらす義務を負っている」と語っている[1]

出典[編集]

  1. ^ 坂井(1967) p.173

参考文献[編集]

関連項目[編集]