ジョゼフ・チェンバレン
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ジョセフ・チェンバレン(Joseph Chamberlain、1836年7月8日 - 1914年7月2日)は、イギリスの政治家。
[編集] 来歴
ロンドンのくつ製造業者の子として生まれ、バーミンガムで金物業を経営して成功、1873 - 76年バーミンガム市長として多くの改革を行った。1876年下院議員に当選、自由党急進派として活躍し、1880 - 85年、第2次グラッドストン内閣の商務院総裁となり、1886年第3次グラッドストン内閣に地方行政院総裁となったが、アイルランド自治法案に反対して辞職し、自由党を脱党して自由統一党を結成した。1895 - 1903年第3次ソールズベリー内閣に植民地相として入閣し、南アフリカにおける帝国主義政策を推進して南ア戦争を引き起こした。1898年には、加藤高明駐在英国公使に同盟関係を示唆している。辞職後、帝国特恵関税政策を主張して関税改革を唱えたために保守党の分裂を招き、1906年病気引退した。保守党チェンバレンは、関税革命運動を行ったが挫折に終わったのであった。
[編集] 家系
ともに保守党政治家で、蔵相・外相を歴任したオースティン・チェンバレンと首相を務めたネヴィル・チェンバレンはジョセフの子(異母兄弟)である。