アルフレッド・ミルナー

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アルフレッド・ミルナー(1906年)

アルフレッド・ミルナー(Alfred Milner、1854年3月23日 - 1925年5月13日)はイギリスの政治家。

ドイツギーセンで生まれ、イギリスに渡り、オックスフォード大学で学んだ。大蔵大臣ジョージ・ゴーシェンの個人秘書となった。1897年、植民地大臣ジョセフ・チェンバレンによりケープ植民地の長官に任命される。南アフリカのイギリス代表として、ボーア政府と対立、ボーア戦争を起こした。第1次世界大戦時にロイド・ジョージの戦時内閣で活躍、フェルディナン・フォッシュ元帥と連合軍司令官に任命した。1891年、アスター卿、ロスチャイルド卿の出資により「帝国評論」(のちに「ラウンド・テーブル」)を発行する。王室とオックスフォード大学から表彰されている。

1925年、オックスフォード大学の総長に選ばれたが、就任前に亡くなる。

ミルナー幼稚園[編集]

ボーア戦争に際し、ミルナーはオックスフォード大学で優秀な若者をスカウトし、アフリカ征服のためのエリートとして養成した。これが「ミルナー幼稚園(ミルナー・キンダーガーデン)」である。メンバーは諸説あるが、下記の人物である。

参考文献[編集]

  • 広瀬隆『赤い楯―ロスチャイルドの謎』
  • A.J.P.テイラー「ミルナー―運のない男」