ユニテリアン主義

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ユニテリアン主義ユニタリアン主義ユニタリアニズム、英語:Unitarianism)とは、キリスト教で伝統的に用いられてきた三位一体(父と子と聖霊)の教理を否定し、の唯一性を強調する主義の総称をいう。歴史的には、ユニテリアンはイエス・キリストを宗教指導者としては認めつつも、その神としての超越性は否定する。

概要[編集]

ユニテリアンの思想的先駆者はポーランド王国1556年1月22日に活動を開始しのちにポーランド・リトアニア共和国で広まったポーランド兄弟団である。彼らはユニテリアンの思想を確立していたが、「ユニテリアン」という用語はしばらくの間使用しなかった。これとは別に、1567年トランシルヴァニア(当時はハンガリー王国で現在はルーマニア)で「ユニテリアン」を自称する教団が成立している。ポーランド兄弟団はこのあともしばらく「ユニテリアン」の用語を使用しなかったが、これは世の中にトランシルヴァニアでの宗教運動と自分たちの運動とを内容的に混同されることを避けたものと推測されている。

この宗教思想が流入してきたイギリスではしばらくの間かれらは自由思想家非国教徒として位置付けられ、また合理主義ヒューマニズムの思想を発展させたという説もある。

ユニテリアン主義の諸形式[編集]

ユニテリアン主義には4つの派がある。

聖書的ユニテリアン派(Biblical Unitarianism)
伝統的に用いられてきた三位一体の神学に反し、『神は唯一の位格のみをもつ父なる一体の存在であり、イエスはメシアであり神の子であるが、神その人ではない』と主張するユニテリアン派閥。神の子の解釈は宗派によって異なり、先在する存在(アリウス派)、神のロゴスとイエスという人間の交わりの賜物(セルヴェ派)、イエスが聖霊によって満たされることで神の子となった(ソチニアニスム)などと理解される。聖書的ユニテリアン派はトランシルヴァニアで発生した。ルーマニアトランシルヴァニア地方、ハンガリーフランス、一部のアフリカの国々におけるユニテリアンの主たる神学である。著名な聖書的ユニテリアンにはミシェル・セルヴェファウスト・ソッチニアイザック・ニュートンがいる。1840年代から、キリスト・アデルフィアン派がこの伝統の近代的な相続人となった[要出典]
合理的ユニテリアン派(Rational Unitarianism)
伝統的に用いられてきた三位一体の神学に反し、『神は唯一の位格のみをもつ父なる一体の存在であり、イエスは神の子ではなく、他者をよりよい生を生きることができるように導いた善良で賢明な人に過ぎない』と主張するユニテリアン派閥。合理的ユニテリアン派の思想は、ポーランド兄弟団による自由主義的な神学から発生した。この説を唱えた人々は、宗教に対しても極めて合理的なアプローチを行い、聖書に記される奇跡の多く(処女降誕も含めて)に関し否定的ないし懐疑的立場をとった。彼らは社会の段階的変革を奉じ、性善説を唱え、ローマ・カトリック教会によって定められたキリスト教の教義の多くを捨てた。合理的ユニテリアン派は、神が創造を行う人格的存在である、と考える点において、神を非人格的存在と考える理神論とは一線を画する。著名な合理的ユニテリアンには、聖職者にラルフ・ワルド・エマーソン、科学者にジョゼフ・プリーストリーライナス・ポーリング、人道主義者にスーザン・B・アンソニーフローレンス・ナイチンゲール 、文学にチャールズ・ディケンズ、芸術にフランク・ロイド・ライトなどがいる。ハンガリーのユニテリアン派にも合理的ユニテリアン主義を唱える者がいる。また、世界で唯一のユニテリアン派高校である、ルーマニアコロジュヴァールのヤーノシュ・ジグモンド・ユニテリアン高等学校(ヤーノシュ・ジグモンド・ウニターリウシュ・コッレーギウム János Zsigmond Unitárius Kollégium)は、合理的ユニテリアン主義によって教育を行っている。
ユニテリアン・ユニヴァーサリズム(Unitarian Universalism)
ユニテリアン・ユニヴァーサリズムの組織に入るために要求される公的に定められた信条や信仰規定は存在しない。これはUUが1961年にアメリカ合衆国にてユニテリアン派とユニヴァーサリズム派が合併することで成立しているためである。アメリカ合衆国では、このことをうけて、多くの信徒が「ユニテリアン・ユニヴァーサリスト」(UU)を自認している。今日では、UUの多くは自分がキリスト教徒ではないと考えている(ただし、教義上はキリスト教主流派と重なる部分も少なくない)。[1]キリスト教徒を自認する者についても、どのような教義を信じるかは各信徒の自由に任せられているが、多くの場合、三位一体についてはこれをドグマであるとして拒否されている。UUは彼らを束ねるものとして、教義ではなく、一連の行動原理を奨励するのである。著名なユニテリアン・ユニヴァーサリストにはティム・バーナーズ=リーWWWの開発者)、ピート・シーガーカート・ヴォネガットクリストファー・リーヴがあげられる。
福音ユニテリアン派(Evangelical Unitarians)
19世紀以来、福音主義運動や、信仰復興運動の一部でユニテリアン派の神学が利用された。福音ユニテリアン派の神学はかなり多様であり、ソチニアニスム(イエスは受胎・出産以前には存在していなかった死すべき人間であり、聖霊に満たされることによって、初めて不死となり、神性をもったとする)的な考え方もあれば、サベリウス主義(イエスは神が具現した者であり、神の代弁者であるが、三位一体の位格の一ではないとする)的な考え方もある。しかし福音ユニテリアンはみな「聖書の唯一性」(Sola Scriptura)への強い信念、そして聖書は神の言葉であり、間違っていないという考えにおいては共通している。キリストアデルフィアン派などは福音ユニテリアン派のいくつかの特性を持っている。他の現代の三位一体を否定する教会、例えばフィリピンに本拠をおくイグレシア・ニ・クリスト(Iglesia ni Cristo)も思想的には福音ユニテリアン派に分類しうるが、これらの教会は、混乱を避けるために「ユニテリアン」を称することを拒否している。エホバの証人も、独特の形であるが、ユニテリアン的(非三位一体)な神学をもつ。

ユニテリアン主義のそれぞれの派は、互いに関連しあいながら発展してきている。歴史的にはアリウス派をその先駆とする聖書的ユニテリアン思想が最も古く、次にポーランド兄弟団を先駆とする合理的ユニテリアン思想である。UUは最も新しい。地理的には、ヨーロッパにおける現代のユニテリアン派の多くは聖書的ユニテリアンか、合理的ユニテリアンであり、アメリカ合衆国とカナダではユニテリアン・ユニヴァーサリズムが主流である。福音ユニテリアン派の大半はアメリカ合衆国かイギリスにある。現在、福音ユニテリアン派を除き、世界のユニテリアン主義の組織・団体の多くは、1995年に創設された、国際ユニテリアン・ユニヴァーサリスト協会(ICUU: International Council of Unitarians and Universalists)に所属している。

日本での歴史[編集]

ユニテリアン[編集]

1887年(明治20年)にアメリカ・ユニテリアン協会より最初の宣教師A・M・ナップが来日した。日本では、月刊誌『ゆにてりあん』を発行した。また、「唯一館」を建てて盛んに講演会を開催し盛んに宣伝した。社会主義者村井知至安部磯雄らを通して日本の社会運動に影響を与えた。[2]

ユニヴァーサリスト[編集]

1890年(明治23年)にアメリカ合衆国ユニヴァーサリストの宣教師G・L・ペリンが来日する。ペリンは東京飯田町に中央会堂を建設した。中村正直らの勧告により「宇宙神教」の訳語が採用された。1909年(明治42年)に「日本同仁教会」と改称された。1941年に日本基督教団に合流する。現在は「基督教同仁社団」として活動している。明治時代には星野久成吉村秀蔵赤司繁太郎などが牧師であった。[3]

後にユニテリアン協会とユニヴァーサリスト教会は合同した。

参考文献[編集]

参照[編集]

  1. ^ Dart, John (2011年2月5日). “Surveys: 'Uuism' unique Churchgoers from elsewhere”. Unitarian Universalist Association. 2011年4月16日閲覧。
  2. ^ 中村敏(2009年)182-183ページ
  3. ^ 高橋昌郎(2003年)163ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]