ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン
| University College London | |
|---|---|
| 校訓 |
Cuncti adsint meritaeque expectent praemia palmae |
| 創立 | 1826年 |
| 学校種別 | 公立 |
| 学長 | Malcolm Grant |
| 学部生 | 11,920[1] |
| 大学院生 | 9,070[1] |
| 所在地 |
イギリス |
| キャンパス | 都市 |
| ウェブサイト | http://www.ucl.ac.uk/ |
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London, UCL)は、イギリスのロンドン市中心部ブルームズベリーに本部を置く、1826年設立の大学である。UCLはロンドン大学最初のカレッジであるが、ロンドン大学を構成する他の教育・研究機関同様、独立した大学として通常扱われる。イギリスの大規模研究型大学連盟ラッセル・グループおよびヨーロッパ研究大学連盟 (LERU) に加盟している。
目次 |
[編集] 概要
UCLは、イギリスを代表する研究志向の総合大学である。ロンドン・タイムズ紙の高等教育専門誌による世界大学ランキングThe Times Higher Education Supplementにおいて、2007年・2008年と世界のトップ10にランクインし、2009年には世界ランク4位となった[2]。現在までUCLは卒業生、教員、創立者から計21人のノーベル賞受賞者を輩出している。
2003年8月、マルコルム・グラント が学長に就任後、それまでイギリスの大学では稀だった、大学献金 (Fund Raising) のキャンペーンを行い、8,100万ポンド(約170億円)を拠出し、大学の財政状態を大きく好転させた。また、同学長は、就任以来UCLの研究志向型大 学への転換を推進し、学部教育よりも大学院教育を重視するようになった。Thomson ISIが2008年7月に発表したScience Citation Index では、自然科学分野の教員1人当たり論文の引用回数が、世界で13位とイギリスの大学でトップとなった。さらにGrantは、"London's Global University" を合言葉に、UCLのグローバル化を推進した。現在、世界140ヶ国以上の国から留学生を受け入れ、アメリカコロンビア大学・エール大学・ニューヨーク大学・テキサス大学、フランスのエコール・ノルマル・シュペリウール、日本の東京大学・一橋大学・早稲田大学・大阪大学など、世界中の大学との提携を実現させている。2006年1月には、UCLはヨーロッパ研究大学連盟 (LERU) の加盟校として招待されUCLはこれに合意した。イギリスでLERUに加盟を許可されている大学としては、オックスフォード大学・ケンブリッジ大学・エディンバラ大学に続く4校目である。
UCLは日本の近代化に大きな影響を与えた。幕末から明治維新にかけて、松下村塾出身者を中心とする、多くの日本留学生がUCLで学び、明治政府の設立・発展に貢献した。現在の日本が、イギリスと同じ議会制民主主義を採用しているのは、彼らがUCLに留学し学んだことの影響が大きい。UCLのメインキャンパス内の中庭には、当時の留学生の氏名を日本語で記した記念碑があり、その筆頭に伊藤博文の名前がある。さらに、夏目漱石が明治政府から派遣されてきたのもUCLであった。元首相の小泉純一郎もUCLに留学し、学位未取得のまま帰国したが、後年名誉学位を授与された。
[編集] 歴史
UCLは1826年「ロンドン ユニヴァーシティ」(London University) の名称で設立された。哲学者ジェレミ・ベンサムがUCLの建学の父であり、UCLの発展に大きな影響を与えた。ベンサムは、高等教育の大衆化を強く唱え「すべての人に開かれた大学を」と、UCLを開学した。当時のオックスフォード大学・ケンブリッジ大学が、男性・イギリス国教徒・貴族出身者という差別的な入学条件を設けていたのに対して、UCLはイギリスで初めて平等な基準によって女性を受け入れ、宗教・政治的思想・人種による入学差別を撤廃した。このような歴史から、UCLは自由主義・平等主義の大学として知られている。
UCLは当初からユニヴァーシティ(カレッジとは区別される)として設立された。これに対して、既得権益を失うことを恐れたオックスフォード大学・ケンブリッジ大学は、様々な圧力をUCLにかけ、大学としての地位を剥奪しようとし、また、イングランド国教会は、その無宗教にもとづく設立を理由に、学位を授与するのに必要な王立憲章 (Royal Charter) を認可することに反対した。しかし、UCLは1836年に王立憲章を獲得し、ユニヴァーシティ・オブ・ロンドン (University of London) として、大学の法的資格を得た。
このUCLの無宗教性は、イギリスと大学と学問の発展にも大きな影響を与えている。例えば、チャールズ・ダーウィンの『進化論』は、当時のキリスト教思想を真っ向から否定するこのとになるため、キリスト教研究を目的として設立された、オックスフォード大学・ケンブリッジ大学で発表することは許されなかった。したがってダーウィンは、当時唯一の無宗教大学のUCLで『進化論』を発表することになった。
このUCLの無宗教性は、現在でもUCLのキャンパス内の建築様式にも見て取ることができる。イギリス国内の多くの伝統校の建物が、教会建築に多く用いられる荘厳なゴシック様式であるのに対し、UCLの建物はモダンな様式であったり、一般の民家を改装したものが多く、非常に質素で経済的なものである。それはベンサムの大学の大衆化という思想を、キャンパスに反映させたものとされている。このような一種型破りなUCLの発展の歴史は、伝統校から多くの批判をうけ、現在でもイギリスでは、ある種独特な大学として認識されている。古くからUCLが、「ガウアー通りの無神論者」(Godless Scum of Gower Street) という有名な形容句で揶揄されてきたのも、こうした歴史背景からである。
また、UCLの平等主義は、イギリスで初めて学生自治会 (Students' Union) 生んだ。現在でも自治会の活動は非常に盛んで、多大な影響力をもっている。例えば2002年のUCLとインペリアル・カレッジ・ロンドンとの合併提案は、学生自治会の拒否権の発動により阻止された。
さらにUCLの自由主義は、新たな学問領域を広げる原動力になった。地理学、動物学、化学、応用化学、エジプト学、応用電気工学、英文学、フランス語、ドイツ語、イタリア語、パピルス古文書学、音声学は、UCLがイギリスで初めて大学教育を始めた分野である。このように、UCLの無宗教性・自由・平等主義は、イギリスの大学教育に多大な影響を与えた。
その後UCLは、キングス・カレッジ・ロンドン (King's College London, KCL) とともにロンドン大学 (University of London) を構成することになり、最初に設置されたカレッジを意味するユニヴァーシティ・カレッジ (University College London) という名称に改めた。今日までに、多くのカレッジがロンドン大学に加盟し、現在では19のカレッジ・スクール・インスティトゥートからなる、巨大な大学連合となった。2005年9月に、UCLはロンドン大学連合から独立して学位を授与する権限を枢密院から認可された。現在UCLは、ロンドン大学連合の一員としての地位を維持しつつ、UCLの学位を授与している。
[編集] 組織
- 人文学部
- 社会科学・歴史科学部
- 法学部
- 生命科学部
- 建築環境学部
- 基礎工学部
- 化学工学
- 生物化学工学
- コンピューターサイエンス
- UCL Department of Civil, Environmental and Geomatic Engineering
- UCL Department of Electronic and Electrical Engineering
- UCL Department of Management Science and Innovation
- UCL Department of Mechanical Engineering
- UCL Department of Medical Physics and Bioengineering
- Jill Dando Institute|UCL Jill Dando Institute of Security and Crime Science
- UCL School of Energy and Resources, Australia (SERAus)
- 数理科学・物理科学部
- 医学部
[編集] 校風
UCLの自由主義の影響は、周辺地域にも及んでいる。特に有名なのは、ブルームズベリー・グループである。このブルームズベリーグループは、そのメンバーの多くがケンブリッジ大学内の「使徒会」「真夜中会」の会員から構成され、メンバーの住居は、UCL本校舎の裏にあるゴードンスクウェア周辺にあった。代表的なメンバーには、経済学者ジョン・メイナード・ケインズや文学者のリットン・ストレイチー、ヴァージニア・ウルフ、E・M・フォースター、芸術家のダンカン・グラント (Duncan Grant) 等がおり、彼らは大衆文化を幅広く支持し、宗教的な見方に囚われない、自由な生き方を共有した。
さらに、大学構内は一般市民に対してオープンにしており、大学構内のパブでは市民によるサッカー観戦が盛んで、ブルームズベリー劇場では定期的に演劇が上演され、多くの市民が鑑賞にやってくる。また、学生寮にも週末限定のパブがあり、学生によるバンド演奏も催されている。こうした、UCLの大衆文化の受け入れは、『グラディエーター』、『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』、『バットマン ビギンズ』、『アイズ ワイド シャット』、『インセプション』等の多くのハリウッド映画の撮影をキャンパスに呼び込み(Filming at UCLを参照)、UCLの学生で結成された、ロックバンド"コールドプレイ"を育む土壌になった。
[編集] 評価
| 2010 | 2009 | 2008 | 2007 | 2006 | 2005 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| THES - QS World University Rankings | 4位[3] | 4位[4] | 7 位[5] | 9 位[6] | 25位[7] | 28位[8] |
| THE World University Rankings | 22位[9] | |||||
| Academic Ranking of World Universities | 21位[10] | 21位[11] | 22位[12] | 25位[13] | 26位[14] | 26位[15] |
| HEEACT – Performance Ranking of Scientific Papers for World Universities | 17位[16] | 20位[17] | 20位[18] | 24位[19] |
| 2010 | 2009 | 2008 | 2007 | 2006 | 2005 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Times Good University Guide | 5位[20] | 7位[21] | 6位[22] | 5位[23] | 6位[24] | |
| Guardian University Guide | 6位[25] | 7位[25] | 5位[25] | 4位[26] | 7位[27] | |
| The Independent | 8位[28] | 8位[29] | ||||
| Sunday Times University Guide | 4位[30] | 6位[30] | 5位[30] | 5位[31] | ||
| Daily Telegraph | 6位[32] |
[編集] キャンパス
大学の大部分はロンドン中心部のブルームズベリー地区、ガウアー・ストリート沿いに位置している。ブルームズベリー地区周辺は有名な研究施設が集積しており、代表的なものとして大英博物館、大英図書館、英国医師会がある。また、ロンドン大学群に所属する学校・研究施設も多数あり、スクール・オブ・オリエンタル・アンド・アフリカン・スタディーズ (SOAS)、バークベック・カレッジなどがある。地下鉄の最寄駅は、ユーストン駅、ユーストン・スクエア駅、ウォーレン・ストリート駅である。
[編集] 写真
[編集] ネットワーク設備
教員および学生は、UCLキャンパス内の各所でRoamNetと呼ばれている有線および無線によるインターネットサービスを利用することができる。RoamNetを利用するためには、Cisco社製のVPNクライアントソフトが必要となるので、Windows、Macintosh、インテル CPU向けLinux以外では利用できない。
RoamNetでのユーザアカウント名は、"ucxxxxx"のようにランダムに割り当てられている。UCL Education and Information Support Divisionによると、学生はIRC、オンラインゲーム、チェーンメール、ホストサービス(HTTP、E-mail、FTP、NNTP、telnetなど)、IPマルチキャスト、PC以外の接続などのネット利用が禁止されている。
[編集] ノーベル賞受賞者
- 1904 ウィリアム・ラムゼー(化学賞)
- 1913 ラビンドラナート・タゴール(文学賞)
- 1915 ヘンリー・ブラッグ(物理学賞)
- 1921 フレデリック・ソディ(化学賞)
- 1922 アーチボルド・ヒル(医学生理学賞)
- 1928 オーエン・リチャードソン(物理学賞)
- 1929 フレデリック・ホプキンズ(医学生理学賞)
- 1936 ヘンリー・ハレット・デール(医学生理学賞)
- 1944 オットー・ハーン(化学賞)
- 1947 ロバート・ロビンソン(化学賞)
- 1955 ヴィンセント・デュ・ヴィニョー(化学賞)
- 1959 ヤロスラフ・ヘイロフスキー(化学賞)
- 1960 ピーター・メダワー(医学生理学賞)
- 1962 フランシス・クリック(医学生理学賞)
- 1963 アンドリュー・フィールディング・ハクスリー(医学生理学賞)
- 1970 ベルンハルト・カッツ(医学生理学賞)
- 1970 ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー(医学生理学賞)
- 1988 ジェームス・ブラック(医学生理学賞)
- 1991 ベルト・ザクマン(医学生理学賞)
- 2007 マーティン・エヴァンズ(医学生理学賞)
- 2009 チャールズ・カオ(物理学賞)
[編集] 主な関係者
[編集] 自然科学
- チャールズ・ロバート・ダーウィン (1809年 - 1882年、イギリス自然科学者、進化論の提唱者)
- フランシス・ゴルトン (1822年 - 1911年、イギリスの遺伝学者、人類学者、統計学者、探検家)
- アレキサンダー・ウィリアムソン (1824年 - 1904年、イギリスの化学者、元UCL教授)
- アレクサンダー・グラハム・ベル(1847年 - 1922年、科学者、発明家)
- ジョン・アンブローズ・フレミング (1849年 - 1945年、イギリス電気技術者、物理学者、フレミングの法則考案者)
- ユージン・ラビノウィッチ (1901年 - 1973年、アメリカの化学・生物物理学者、マンハッタン計画における原子爆弾開発)
- エドワード・テラー (1908年 - 2003年、アメリカの物理学者、アメリカの「水爆の父」)
- ピーター・ヒッグス (1929年 -、イギリスの理論物理学者、2004年ウルフ賞)
- オーガスタス・ド・モルガン (1806年 - 1871年、インド生まれのイギリスの数学者、ド・モルガンの法則発案者)
- ジェームス・ジョセフ・シルベスター (1814年 - 1897年、イギリスの数学者、元UCL教授)
- アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド (1861年 - 1947年、イギリスの数学者、哲学者、元UCL物理学部教授)
- クラウス・フリードリッヒ・ロス (1925年 -、イギリスの数学者、1958年フィールズ賞)
- アラン・ベイカー (1939年 -、イギリスの数学者、フィールズ賞受賞)
- ウィリアム・ティモシー・ガワーズ (1963年 -、イギリスの数学者、元UCL数学講師)
- ジョスリン・ベル・バーネル (1943年 -、イギリスの天文学者)
[編集] 人文科学
- アントニオ・パニッツィ (1797年 - 1879年、大英博物館図書館の司書、大英博物館第6代館長、元UCLイタリア語教授)
- ハーマン・ゴランツ (1852年 - 1930年、元UCLヘブライ語教授)
- アルナルド・モミリアーノ (1908年 - 1987年、イタリアの歴史学者)
[編集] 社会科学
- ジョン・オースティン (1790年 - 1859年、イギリスの法哲学者)
- ジョン・スチュアート・ミル (1806年 - 1873年、イギリスの哲学者、経済学者)
- エゴン・ピアソン (1895年 - 1980年、イギリスの数理統計学者)
- カール・ピアソン (1857年 - 1936年、イギリスの数理統計学者、優生学者、記述統計学の大成者)
- バーナード・クリック (1929年 - 2008年、イギリスの政治学者)
- ロナルド・ドウォーキン (1931年 -、アメリカの法哲学者、現UCL法学部教授)
- ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ (1835年 - 1882年、イギリスの経済学者、論理学者)
- ウォルター・バジョット (1826年 - 1877年、イギリスのジャーナリスト、評論家、経済学者、思想家、『エコノミスト』紙の元編集長)
- メアリー・ダグラス (1921年 - 2007年、イギリスの社会人類学、文化人類学者)
[編集] 政治家・官僚
- 伊藤博文(1841年 - 1909年、初代・第5代・7代・10代大日本帝国内閣総理大臣)
- 井上馨 (1836年 - 1915年、日本の武士、政治家、実業家、長州五傑の一人)
- 寺島宗則 (1832年 - 1893年、明治時代の政治家)
- 遠藤謹助 (1836年 - 1893年、明治時代の官僚、長州五傑の一人)
- 山尾庸三 (1837年 - 1917年、長州五傑の一人、東京大学工学部の前身となる工学寮を創設)
- アーネスト・サトウ(1843年 - 1929年、イギリス外交官)
- 森有礼 (1847年 - 1889年、日本の武士、外交官、政治家、一橋大学創設者、初代文部大臣)
- 伍廷芳 (1842年 - 1922年、清末の外交官、政治家)
- トマーシュ・マサリク (1850年 - 1937年、チェコの社会学者、哲学者、政治家、チェコスロヴァキア共和国の初代大統領)
- マハトマ・ガンディー(1869年 - 1948年、宗教家、政治家、法律)
- ジョモ・ケニヤッタ (1893年 - 1978年、ケニアの初代首相)
- ヒュー・ゲイツケル (1906年 - 1963年、イギリスの政治家)
- ハイム・ヘルツォーグ (1918年 - 1997年、元イスラエル大統領)
- ネルソン・マンデラ(1918年 - 、政治家、元南アフリカ大統領、通信教育により、獄中で学位を取得)
- 小泉純一郎(1942年 - 、第87・88・89代日本国内閣総理大臣)
- ジョン・リード (1947年 -、イギリスの政治家、セルティックFCの会長)
[編集] 文学・芸術
- 夏目漱石(1867年 - 1916年、文学者・作家)
- ダン・ジェイコブソン (1929年 -、南アフリカの作家、小説家)
- A・S・バイアット (1938年 -、イギリスの小説家)
- アラン・ホリングハースト (1954年 -、イギリスの小説家)
- ラビンドラナート・タゴール(1861年 - 1941年、詩人、思想家、ノーベル文学賞を受賞)
- ロバート・ブラウニング (1812年 - 1889年、イギリスの詩人)
- ロジャー・フライ (1866年 - 1934年、イギリスの画家、芸術批評家)
- ギルバート・ケイス・チェスタートン (1874年 - 1936年、イギリスの作家、評論家)
- ベン・ニコルソン (1894年 - 1982年、イギリスの画家)
- ルシアン・フロイド (1922年 -、イギリスの画家)
- エドゥアルド・パオロッツィ (1924年 - 2005年、イギリスの彫刻家、美術家)
- レイモンド・ブリッグズ (1934年 -、イギリスのイラストレーター、漫画家、作家)
- アントニー・ゴームリー (1950年 -、イギリスの彫刻家)
[編集] 映画・音楽
- リッキー・ジャーヴェイス (1961年 -、イギリスの俳優、コメディアン、脚本家)
- クリストファー・ノーラン(1970年 -、映画監督)
- グスターヴ・ホルスト (1874年 - 1934年、イギリスの作曲家)
- コールドプレイのメンバー(クリス・マーティン、ジョニー・バックランド、ガイ・ベリーマン)
[編集] その他
- オーレル・スタイン(1862年 - 1943年、探検家)
- コーリン・チャップマン (1928年 - 1982年、イギリスのデザイナー、発明家、ロータス・カーズの設立者)
- パトリック・ヘッド (1945年 -、ウィリアムズF1チーム共同創設者)
[編集] 日本国内の交換留学提携校
[編集] 日本国内の学術交流協定校
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ a b “大学別学生数2007-2008”. Higher Education Statistics Agency online statistics. 2009年9月17日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings”. 2009年10月12日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings”. 2010年12月23日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings”. 2009年10月12日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings”. 2008年10月9日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings”. 2007年12月24日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings 2006”. THES. 2007年11月3日閲覧。
- ^ “THES - QS World University Rankings 2005”. THES. 2007年11月3日閲覧。
- ^ “THE World University Rankings”. 2011年6月3日閲覧。
- ^ Academic Ranking of World Universities by Shanghai Jiao Tong University 2010
- ^ Academic Ranking of World Universities by Shanghai Jiao Tong University 2009
- ^ Academic Ranking of World Universities by Shanghai Jiao Tong University 2008
- ^ Academic Ranking of World Universities by Shanghai Jiao Tong University 2007
- ^ Academic Ranking of World Universities by Shanghai Jiao Tong University 2006
- ^ Academic Ranking of World Universities by Shanghai Jiao Tong University 2005
- ^ “2010 Top 100”. 2010年10月9日閲覧。
- ^ “2009 Top 100”. 2010年10月9日閲覧。
- ^ “2008 Top 100”. 2010年10月9日閲覧。
- ^ “2007 Top 100”. 2010年10月9日閲覧。
- ^ http://extras.timesonline.co.uk/tol_gug/gooduniversityguide.php
- ^ http://extras.timesonline.co.uk/tol_gug/gooduniversityguide.php
- ^ “The Times Good University Guide 2008”. The Times. 2007年11月3日閲覧。
- ^ “The Times Good University Guide 2007 - Top Universities 2007 League Table”. The Times. 2007年11月3日閲覧。
- ^ “The Times Top Universities”. The Times. 2007年11月3日閲覧。
- ^ a b c “University ranking by institution”. The Guardian. 2007年10月29日閲覧。
- ^ “University ranking by institution”. The Guardian. 2007年10月29日閲覧。
- ^ “University ranking by institution”. The Guardian. 2007年10月29日閲覧。
- ^ University League Table 2010
- ^ The main league table 2009
- ^ a b c “The Sunday Times University League Table”. The Sunday Times. 2008年10月8日閲覧。
- ^ “The Sunday Times University League Table”. The Sunday Times. 2007年11月3日閲覧。
- ^ “University league table”. The Daily Telegraph. 2007年10月29日閲覧。
[編集] 外部リンク
- ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン公式サイト
- ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の写真
- ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の紹介ビデオ(YouTube.com)
- ヴァーチャルUCL
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