P-MODEL

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P-MODEL
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル テクノポップニュー・ウェイヴポスト・パンク
職業 バンド
活動期間 1979年 - 1988年
1991年 - 2000年
レーベル ワーナーパイオニア
1979年 - 1981年
ジャパンレコード
1982年 - 1984年
アルファレコード
1985年 - 1986年
ポリドール
1992年 - 1993年
DIW/SYUN
1994年 - 1995年
日本コロムビア
(1995年)
日本コロムビア/TESLAKAITE
1996年 - 1997年
マグネット/TESLAKITE
1999年
ケイオスユニオン/TESLAKITE
2000年 - )
公式サイト [1]
メンバー
平沢進(ボーカル、ギター)
旧メンバー
田中靖美(キーボード)
田井中貞利(ドラムス)
秋山勝彦(ベース)
菊池達也(ベース)
三浦俊一(キーボード)
横川理彦(ベース)
荒木康弘(ドラムス)
中野照夫(ベース)
高橋芳一(システムズ)
ことぶき光(キーボード)
藤井ヤスチカ(ドラムス)
上領亘(アルゴリズム)
福間創(システム1)
小西健司(システム2)
TAINACO(バーチャル・メンバー)

P-MODEL(ピー・モデル)は、日本音楽グループ

1979年プログレッシブ・ロック・バンドの「マンドレイク」を母体に、平沢進がリーダーとなって結成され、シングル『美術館で会った人だろ』でデビュー。その後、民族音楽とテクノを融合させたようなアジアン・テクノ、独自の世界観を持った歌詞表現などで独特の音楽を展開していった。

1988年に「凍結」と称して活動を休止。1991年に「解凍」と称して活動を再開するが、2000年に再び活動を休止している。

目次

[編集] 略歴

[編集] 前期

オリジナル・メンバーは「マンドレイク」から平沢進、田中靖美、田井中貞利、そして彼らのファンだった秋山勝彦。ステージでのデビューは1979年3月下北沢ロフト、アルバムデビュー1979年8月発売の『IN A MODEL ROOM』。当初はリズムボックスやシンセサイザーをラジカルに使ったサウンドで、ヒカシュープラスチックスと共に「テクノ御三家」と俗称され、日本のテクノポップニュー・ウェイヴ・ムーヴメントの一翼を担った。

秋山が脱退した後の3枚目のアルバム『POTPOURRI』以降その音世界は変転を繰り返し、奥行きを持たせた音の空間や、独自のリズム解釈、そして意味と音のバランスを作為的に崩したコトバの組み立てによる歌詞などを生み出していった。その後もオリジナル・メンバーが次々と去り、それに代わって他バンドの経験者やローディーだった者がメンバーとして採用されるにつれて、次第に平沢のワンマン・バンドとしての要素が強くなっていく。特に、平沢の片腕的存在だった田中の脱退は後の活動休止の遠因にもなっている。ライブではテープ・エコーを改造した「ヘヴナイザー」やドラムサウンドのホワイト・ノイズ加工、MIDIギターやフレーズ・サンプリングの多用や、ステージ上から客席に鳥の餌を撒く、突然ヤマトのりをひねり出すなどのパフォーマンスで、個性的なステージングを展開したが、レコード会社との契約交渉が難航してリリースされるはずだったアルバム『モンスター』はお蔵入りし、1988年12月のライブをもって「凍結」すなわち一時的な休止状態に陥った。

[編集] 後期

平沢がソロデビューするなどした後、1991年に平沢はオリジナル・メンバーの秋山、「凍結」直前のメンバーだったことぶき光、R&Rバンド「ザ・グルーヴァーズ」のドラマーの藤井ヤスチカを迎えて「解凍」ライブで活動を再開し、よりテクノ感・サイバー感を高めたサウンドを展開する。2年間限定活動の後、1年間の「改訂」と呼ばれる一時休止期間を経て、1994年に平沢は自分以外のパーソネルを一新して活動を再開、「4-D」の小西健司、小西と親交のあった福間創、元「グラスバレー」のドラマーで平沢のソロのバックバンドも務めた上領亘が加入する。当時まだ黎明期であったインターネットの使用を前提として結成されたパーソネルのもと、ライブでは「Miburi(ミブリ)」「パワー・グローブ」といった機材の使用とともに、観客とのインタラクティブなやりとりや、ステージングひとつひとつに意味を持たせた独自の世界観を構築していった。 1996年11月15日 東京新宿リキッドルームにおいて、オールナイト・イヴェント“Unfix ♯3 コミュノ・ハイブリディア”が開催された。平沢を含むP-MODELのメンバー4人がそれぞれソロステージを行うというものだったが、平沢は欠席。理由は「風邪のため」と発表されたが、数日後平沢自身がGHOST WEB上において「私は風邪ごときで休むような人間ではない。休んだ本当の理由は言えないが」という発言がなされた。翌1997年、平沢はそれまで所属していたアイスリープロモーションを離脱し、自ら新事務所ケイオス・ユニオンを設立した。それに伴い上領亘はP-MODELを脱退した。その後はCGのドラマーをメンバーとし、実質3人体制で活動していくが、2000年に「培養期」と呼ぶところの活動休止状態となったことが宣言された。表向きは活動休止だが、事実上の解散である。

インターネットでの楽曲配信を始めるなどしたが、その後は平行して全音源を網羅したバインダーCDセットや、過去のアルバムの再発なども行われている。

P-MODEL名義の過去のアルバム作品については、2007年7月現在、ワーナー時代・ジャパンレコード時代の5枚(SS RECORDINGSより発売)とアルファ時代の2枚(Sony Music Directより発売)、解凍2作のカップリング『ゴールデン☆ベスト P-Model/Big Body』、現時点の最新&ラスト『音楽産業廃棄物』は一般のCDショップでの購入も可能となっている。

2004年には平沢一人が「核P-MODEL」なる名義でCDをリリース、ライブを行っているが、これはP-MODELとは異なるものと定義されている。

[編集] メンバー

[編集] 過去在籍していたメンバー

  • 田中靖美(キーボード)…
  • 田井中貞利(ドラムス)…
  • 秋山勝彦(ベース)…
  • 菊池達也(ベース)…
  • 三浦俊一(キーボード)…
  • 横川理彦(ベース)…
  • 荒木康弘(ドラムス)… ex.ALLERGY
  • 中野照夫(ベース)…
  • 高橋芳一(システムズ)…
  • ことぶき光(キーボード)…
  • 藤井ヤスチカ(ドラムス)…
  • 上領亘(アルゴリズム)…
  • 福間創(システム1)…
  • 小西健司(システム2)…
  • TAINACO(バーチャル・メンバー)…田井中を模したCGドラマー。AmigaのMIDI信号で作動する。「I」、「II」、実際の田井中の写真がベースとなった「E(エンハンスド)」の3タイプが存在する。

[編集] メンバーの変遷

  • 第I期(1979年1月~1980年11月)
平沢、田井中、田中、秋山
  • 第II期(1980年11月~1983年3月)
平沢、田井中、田中、菊池
  • 第III期(1983年3月~1984年8月)
平沢、田井中、三浦、菊池
  • 第IV期(1984年8月~1984年12月)
平沢、田井中、三浦、横川
  • 第V期(1985年1月~1985年12月)
平沢、荒木、三浦、横川
  • 第VI期(1986年1月~1987年3月)
平沢、荒木、高橋、中野
  • 第VII期(1987年4月~1987年9月)
平沢、田井中、高橋、中野
  • 第VIII期(1987年11月~1988年12月)
平沢、田井中、ことぶき、中野
  • 第IX期(1991年9月~1993年10月)
平沢、秋山、ことぶき、藤井
  • 第X期(1994年12月~1997年5月)
平沢、福間、小西、上領
  • 第XI期(1997年10月~2000年12月)
平沢、福間、小西、TAINACO

[編集] 関連人物

  • 平沢裕一 …平沢進の兄。一部楽曲の作詞作曲、ジャケ絵、舞台デザイン等で活躍。
  • 安部文泰(マンドレイク)
  • 関弘美(マンドレイク/旬)
  • 阿久津徹(マンドレイク)

[編集] 主な出演番組

[編集] テレビ出演

  • パイオニアステレオ音楽館 - ゲスト出演 1979年、テレビ東京(当時、東京12チャンネル)
  • 600こちら情報部 - ヒカシュー・PLASTICSと共にゲスト出演、1980年、NHK教育
  • LIVE-G - ゲスト出演 1986年、TBS
  • ROCKSHOW - ゲスト出演 1992年、フジテレビ
  • ポップジャム'93 - ゲスト出演 1993年、NHK教育
  • 板谷学のほのぼのライブ日記 - インタビュー出演 1996年、中京テレビ

[編集] ラジオ出演

[編集] 作品

[編集] シングル

  • 美術館で会った人だろ(1979年7月25日)
  • KAMEARI POP(1979年12月25日)
  • ミサイル(1980年5月25日)
  • ジャングルベッドII(1981年3月25日)
  • Rocket Shoot(1996年10月19日)
  • ASHURA CLOCK(1997年8月1日)
  • LAYER-GREEN(1997年8月30日)
  • アンチ・ビストロン[MecanoVersion](核P-MODEL 2005年6月30日)ショップメカノ限定販売
  • BigBrother-可逆的分離態様(核P-MODEL 2008年5月20日)ショップメカノ限定販売

[編集] アルバム

※未発表

  • モンスター

[編集] ライブアルバム

  • PAUSE(1994年5月25日)
  • VIRTUAL LIVE1 Live at Roppongi S-KEN Studio 1979(1999年7月6日)
  • VIRTUAL LIVE2 Live at Shibuya Nyron100% 1980(1999年10月25日)
  • VIRTUAL LIVE3 Live at 京大西部講堂 1982(1999年11月25日)

[編集] その他のアルバム

  • PERSPECTIVE II(カセット版:1982年3月1日)(CD版:1991年8月25日)(再発:2007年4月25日)
    アルバム『PERSPECTIVE』別テイク集。カセットテープのみでの発売。あとにCD化。
  • 不許可曲集(:1983年3月25日)(再編集版:1988年春)(再発:1998年10月21日)
    平沢進の自宅録音・ボツ曲集。事務所直販のカセット。
  • SCUBA(1984年10月10日)
    宝島」発行のカセットブック。89年に再発されたCDとはミックスが異なる。
  • LIVEの方法(1994年7月23日)
    ことぶき光が凍結前の楽曲を解凍後のライブ用にアレンジしたスタジオ録音集。
  • Corrective Errors〜remix of 舟(1995年9月30日)
    小西健司と福間創によるリミックス。
  • SCUBA RECYCLE(1995年11月30日)
    『SCUBA』のリ・アレンジ集CD。
  • P-PLANT CD Vol.1(2000年6月1日)
  • 太陽系亞種音(2002年5月10日)
    クロニクル・アルバム集ボックス(バインダー)セット。P-MODELの事実上のベスト・アルバムに該当する。後に発売中止となり、2011年にリニューアル版が発売される予定だったが2012年2月現在不明。
  • ビストロン核P-MODEL 2004年10月7日)

[編集] ダウンロード音源

  • VIRTUAL LIVE1 Live at Roppongi S-KEN Studio 1979(1999年)
  • VIRTUAL LIVE2 Live at Shibuya Nyron100% 1980(1999年)
  • VIRTUAL LIVE3 Live at 京大西部講堂 1982(1999年)
  • 音楽産業廃棄物~P-MODEL OR DIE (1999年9月)
  • 核P-MODELライブ達成記念 (核P-MODEL 2005年2月)

[編集] ビデオ・DVD

  • 三界の人体地図(VHS版:1988年7月1日 再発:1996年12月10日)(DVD版:2005年4月1日)
  • BITMAP 1979-1992(VHS・LD版:1992年9月2日)
  • ENDING ERROR(VHS版:1996年1月)(DVD版:2009年9月15日)どちらもFC会員限定発売
  • 非極性LIVEビデオ(1998年1月)
    P-MODEL特製PHSを購入すれば無料で配布されていたが、カラーでフルなのは最初の一曲のみで後はモノクロで曲の半分で終了する。
  • LIVE VIDEO 音楽産業廃棄物〜P-MODEL OR DIE(VHS版:2000年4月4日)(DVD版:2011年3月15日)
  • LIVE VISTORON核P-MODEL 2005年4月1日)

[編集] 書籍

  • 音楽産業廃棄物 OPEN SOURCE/卓上のウロボロス(1999年12月)
    P-MODEL結成20周年、平沢進ソロ・デビュー10周年記念公式単行本。
  • 改訂復刻版 音楽産業廃棄物(2005年6月)

[編集] 外部リンク

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