中野ブロードウェイ

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中野ブロードウェイ
Nakano Broadway
中野ブロードウェイ入口(中野サンモール側)
中野ブロードウェイ入口(中野サンモール側)
店舗概要
所在地 東京都中野区中野5-52-15
開業日 1966年
商業施設面積 27,000
延床面積 56,000
店舗数 300
最寄駅 JR中央線中野駅
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中野ブロードウェイ(なかのブロードウェイ、Nakano Broadway、正式総称コープ・ブロードウェイ・センター[1])は、東京都中野区中野五丁目にある複合ビルである。開業は1966年昭和41年)で、低層階はショッピングセンター、中・高層階は集合住宅となっている。

目次

[編集] 概要

1966年昭和41年)、中野駅北口開発の一環として中野サンモール商店街に続くショッピングコンプレックス(商業住宅複合施設)として開業。建物は地下3階、地上10階建て。地下1階から地上4階までは商業施設、5階以上は住宅施設になっている。延べ床面積は約5万6千平方メートル、商業施設面積は約2万7千平方メートル[2]

開発会社は東京コープ株式会社で、同社社長の宮田慶三郎は先に東京・表参道に完成した高級マンション「コープオリンピア」(渋谷区神宮前6)も手掛けている[3]。中野ブロードウェイの建設事業費は、当時としては破格の60億円であった[3]

[編集] 住宅施設

屋上には庭園、屋外プール、ゴルフ練習場、セントラル冷暖房、住民専用エレベーター、守衛の常駐施設などを備えた高級マンション[3]である。1960年代後半より1970年代にかけて、タレントで政治家の青島幸男[3]、歌手の沢田研二[3]渡辺浩弐平山喜堂など数多くの有名人が住居階に自宅を構えた。

開業当時は中野駅周辺で最も高いマンションであったことから注目を集めた。利便性の高さから築40年以上経った現在でも入居需要は高く、物件価格、賃料共に高い。住居総数はおよそ220戸。

1960年昭和35年)に渋谷区桜丘町に完成した高級マンションの渋谷コープ、1963年昭和38年)に新宿区大京町に完成したデラックス・マンションであるエンパイア・コープ、そして1965年昭和40年)には一括払いにも関わらず完売した原宿駅前のコープ・オリンピアの相次ぐ成功で、すっかりデラックス・マンション建設販売の波に乗った東京コープ販売KKは、続くデラックス・マンションとして大規模な商業施設を備えた「コープ・ブロードウェイ・センター」を1966年昭和41年)に完成させるが、東京オリンピック後の不景気が災いして完売まで時間を要したことによりその後のコープ計画を断念した。

[編集] 商業施設

商業施設の正式名称は「中野ブロードウェイセンター」である。開業当初は、1、3階がファッション、地階が生鮮食料品、2階が飲食店という区分けがあったが、店舗区画は全て分譲されてそのテナントの決定権は個々の家主にあるため、構成は次第に無秩序となった[3]

現在、地下1階には駐車場、生鮮食品店、スーパーマーケットの西友(西友中野店:一般的な西友に比べ店舗面積は狭く24時間営業を行っていない)のほか、8段ソフトクリームで有名なスイーツ店などが入店している。地上2階から4階はサブカルチャーを中心として音楽漫画アニメおもちゃレンタルショーケースといったマニアオタク向けの店舗がおよそ半数以上入店する商業店舗街であり、日々多くのマニアたちが世界中から訪れる。

館内パンフレットは4ヶ国語(日本語、英語、中国語、韓国語)で紹介され、手洗い、エレベーター、誘導路などの館内表示も外国語対応になっている。

入居店の一例として、漫画古本などのマニア・おたく向け商品店の「まんだらけ」、高級オーディオ・ビジュアル機器専門店の「フジヤエービック」、大型書店の「明屋書店」、自費出版専門店の「タコシェ」などが入店している。この混沌とした雰囲気から「オタクビル」「魔の巣窟」「日本の九龍城(香港特別行政区九龍地区 旧九龍城砦)」などの異名を持つ。近年「オタクの聖地」としてマスメディアが取り上げる秋葉原とは一味違った独自の文化を形成している[4]

マニア向け専門店のほかに、輸入雑貨店、美容院ネイルサロン、飲食店、洋服店、寝具店、ペットショップなども入店しており、女性客の利用も多く、世代を問わず多くの買い物客、観光客で賑わう。地上4階は医院、調剤薬局などが入店するクリニックモールとして計画されていたが、現在はまんだらけと各店舗倉庫が大部分を占めている。まんだらけ以外には本ビル完成時より天祐会が入居、その他クリニック会計事務所法律事務所なども入居している。

施設内の店舗スペースは300件以上あり現在も入居希望者は多い。

[編集] 地域環境と変遷

中野ブロードウェイのあるJR中央線沿線は、アニメ制作会社大学学校若者といったマニア向け商品の顧客層が多く、サブカルチャー産業の育成に適した土地でもある。1980年にこのビルで開業した小規模古漫画専門店「まんだらけ」は、1987年に株式会社化し、2000年には東証マザーズに株式上場した。それまで入店していた呉服店美容院ブティック、宝石店などの倒産、経営者の高齢化による店舗閉鎖などの理由から空き店舗が増え、まんだらけは資本拡張により店舗を拡大する。この店舗拡大は、中野ブロードウェイ全体の商業活性化に繋がったとの意見もあるが、客層の変化に伴いフロア内の雰囲気も一変したため、治安の悪化、トラブルの発生を危惧する声もある。

[編集] 特徴

本ビルは完成時に分譲形式を取ったために、賃借契約または不動産取引の際は大手不動産デベロッパーによる仲介ではなく個別に持主の指定する地元の小規模な不動産屋等が仲介する形が取られており、各スペースの所有権が分散していることからまとまった店舗スペースを確保することが難しくなっている。まんだらけの店舗が飛び地状態で分散しているのもこの理由による。また、特徴の一つとして狭いスペースの物件が多く築年数も40年以上経っているため、その利便性に対して賃貸料が安い。このため新規に起業する若年層でも低予算で出店しやすく、地下1階から地上4階に空き物件は少ない。急速なオタク・サブカルチャー関係店舗の増加に伴い訪れる客層も大きく変化してきている。また完成後40年を経て、老朽化に伴う改装、耐震工事の必要性の声も挙がってきている。

[編集] 所在地と交通

[編集] その他

  • 防犯・防災のため店舗の営業していない夜間から早朝の通行は禁止され出入り口は閉鎖されている。早稲田通り方面、JR中野駅方面への夜間から早朝の通行は中野通りなどの公道を利用することになる。
  • 館内下層階には空調室、ボイラー室、東京電力中野変電所が設置されている(特別許可を得た工事人以外の一般入場は不可)。
  • 中野区社会福祉会館スマイルなかの)が隣接している。
  • 上り用エスカレータは地上1階から3階への直通運転のみ。地上2階または4階へは階段を利用する。下り用エスカレータは地上1階から地下1階へのみ設置されており、地下から地上への上り用エスカレータは設置されていない。バリアフリー構造の商業施設として設計されており各階止まりのエレベーターが設置されている。
  • サブカルチャー店舗が多い事から、テレビ番組などで芸能人が取材に訪れることも多い。タレントの中川翔子はデビュー前から中野ブロードウェイの常連を自負しており、ブログなどでもよく話題に取り上げている。他にも地元が近いため、大槻ケンヂ柳原可奈子市川由衣などが子供の頃から利用していることを公言している。
  • 毎年2月の第3水曜日は電気施設点検のため、西友を含め、全館休館になる。なお、電気施設が異なる中野サンモール商店街は通常通り営業。
  • 2008年からマスコットキャラクター「PiPi」を採用。館内のPR活動を行っている。

[編集] 関連項目

  • 中野サンモール商店街 - 中野駅北口から中野ブロードウェイへと続くアーケード街。配置的に同一の建物と見られがちだが、中野ブロードウェイとは別の建物であり、入店している店舗の傾向も異なる。

[編集] 脚注

  1. ^ 実業の世界 実業之世界社 1965年5月号 133頁、週刊サンケイ サンケイ新聞出版局 1966年10月3日号 18、20頁。アパートのすべて 金剛出版 1964年8月20日 4、68、152頁。
  2. ^ 『地域商業調査-中野区商店街の現況分析-』pdf 中野区政策研究機構、2009年、p. 60
  3. ^ a b c d e f らんどまあく@東京 中野ブロードウェイ 「マイタウン東京」 asahi.com 『朝日新聞社』 平成23年1月27日掲載、平成23年12月21日閲覧
  4. ^ 秋葉原に比べ、古本・プレミア玩具などレトロ商品の販売店舗が多いのが特色といえる。

[編集] 外部リンク

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