白石市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
しろいしし
白石市
Shiroishi Castle.JPG
Flag of Shiroishi Miyagi.JPG
白石市旗
Shiroishi Miyagi chapter.JPG
白石市章
昭和29年(1954年10月制定[1]
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
団体コード 04206-4
面積 286.47km²
総人口 36,885
推計人口、2011年12月1日)
人口密度 129人/km²
隣接自治体 宮城県:角田市
刈田郡七ヶ宿町蔵王町
柴田郡大河原町
伊具郡丸森町
福島県福島市伊達市
伊達郡国見町桑折町
市の木 ブナ
市の花 ヤマブキ
市の鳥 ウグイス
白石市役所
所在地 〒989-0292
宮城県白石市大手町1番1号
外部リンク 白石市ホームページ

白石市位置図(宮城県)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

白石市(しろいしし)は、宮城県南部、蔵王連峰のふもとに位置するである。

目次

[編集] 地理

宮城県の南部に位置し、県内の市としては最南端にあたる。市域の西南から北東に向けて白石川が流れる。

[編集] 人口

Demography04206.svg
白石市と全国の年齢別人口分布(2005年) 白石市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 白石市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
白石市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 40,886人
1975年 40,862人
1980年 41,275人
1985年 42,262人
1990年 42,030人
1995年 41,852人
2000年 40,793人
2005年 39,492人
2010年 37,425人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 歴史

1976年度(昭和51年度)撮影の国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。
当時の白石市の市街地は、白石城がある丘陵(写真中央)の東から北にかけて広がっていた。

古代より、関東から奥羽東北地方)へと続く東街道の入り口に位置し、交通の要衝であった。鎌倉時代から室町時代まで、刈田郡を治める豪族、白石氏が支配していた。室町時代後期(戦国時代)になると、陸奥国の戦国大名・伊達氏の支配下に置かれた。南下政策をとる伊達政宗と北上政策をとる常陸国の戦国大名佐竹義重は、現在の福島県で衝突した。佐竹義重は豊臣秀吉に服属し政宗に対抗した。しかし政宗は秀吉の停戦命令を無視し、佐竹義重の次男が当主を務める会津地方の蘆名氏を攻め滅ぼすなど、戦いを続けた。政宗は須賀川の二階堂氏をも攻め滅ぼし、東北地方の南半分を征服した。こうして政宗の奥羽征服戦争で伊達成実(だてしげざね)と共に特に功績が大きかった白石宗実は、政宗の領土仕置によって白石を離れ宮森城(福島県安達郡岩代町)へと移った(こののち宗実の子・白石宗直は政宗から“伊達の姓”を賜り登米伊達家の祖となる)。1590年、伊達政宗が豊臣秀吉に服属して秀吉の“日本統一”が成ると、秀吉は政宗への押さえとして会津に懐刀(ふところがたな)の蒲生氏郷を入れた。蒲生氏郷の死後その領地を上杉景勝が引き継ぎ、白石は上杉120万石の一部となった。豊臣秀吉の死後、伊達政宗は徳川家康の政権奪取に協力し、関ヶ原の戦いでは家康の東軍の重鎮として戦った。政宗は上杉景勝から白石城を奪い取り、白石に側近である片倉景綱(小十郎)を入れた。こうして白石は仙台藩の一部となった。戦後、家康は一国一城令を発令し日本全国の城を破却させた。しかし白石城は例外的に城として認められ、白石は明治維新までの260余年間、片倉氏城下町として栄えた。戊辰戦争の際、仙台藩が奥羽越列藩同盟の盟主になると、白石城に列藩同盟公議府が置かれた。しかし、戊辰戦争の敗北により同盟政府は崩壊した。片倉家主従は、亘理伊達家主従や岩出山伊達家主従、角田石川家主従らと共に北海道へ移住し、片倉家主従は幌別郡(現在の登別市)および白石村(現在の札幌市白石区)・月寒村(現在の札幌市豊平区)を開拓した。札幌市には現在も「白石」の地名が残る。戊辰戦争の敗北により、白石をはじめとする仙台藩南部の5郡は一時南部氏の所領となる。その後「白石県」「角田県」となった後、「宮城県」となる。このとき明治政府が旧仙台領を「仙台県」とせず「宮城県」という県名に改めたのは、「仙台県」という県名がもつ雄藩のイメージを抹殺するためであったといわれる。

[編集] 行政

  • 歴代町長
氏名 就任 退任 備考
1 斎藤吉弥 明治22年(1889年)4月21日 明治23年(1890年)3月10日
2 鈴木味右ェ門 明治23年(1890年)3月11日 明治24年(1891年)2月1日
3 斎藤吉弥 明治24年(1891年)2月2日 明治25年(1892年)5月13日 再任
4 今泉杏庵 明治25年(1892年)5月14日 明治26年(1893年)4月6日
5~7 渡辺儀蔵 明治26年(1893年)4月7日 明治28年(1895年)7月9日
8~9 斎藤吉弥 明治28年(1895年)7月10日 明治34年(1901年)5月6日 三任
10 水野健治 明治34年(1901年)5月7日 昭和34年(1901年)10月16日
11 村上伊佐治 明治34年(1901年)10月17日 明治34年(1901年)11月25日
12 十二村辰五郎 明治34年(1901年)11月26日 明治38年(1905年)12月14日
13~14 水野健治 明治38年(1905年)12月11日 大正3年(1914年)2月9日 再任
15~17 鈴木惣四郎 大正3年(1914年)2月10日 大正12年(1923年)8月19日
18 菅野円蔵 大正12年(1923年)10月15日 昭和15年(1926年)5月30日
19 鈴木富太郎 大正15年(1926年)6月5日 昭和2年(1927年)2月24日
20~22 鈴木俊一郎 昭和2年(1927年)3月11日 昭和11年(1936年)2月10日
23 和泉辰治 昭和11年(1936年)4月9日 昭和12年(1937年)8月10日
24 鈴木俊一郎 昭和12年(1937年)10月28日 昭和15年(1940年)10月12日 再任
25 朝倉松吉 昭和15年(1940年)11月7日 昭和21年(1946年)4月15日
26 阿子島俊治 昭和21年(1946年)5月7日 昭和22年(1947年)1月5日
27~28 麻生寛道 昭和22年(1947年)4月6日 昭和29年(1954年)3月31日
  • 歴代市長
氏名 就任 退任 備考
1~6 麻生寛道 昭和29年(1954年)5月12日 昭和51年(1976年)9月27日
7 鈴木孝一郎 昭和51年(1976年)11月14日 昭和55年(1980年)11月13日
8 関谷宗一 昭和55年(1980年)11月14日 昭和59年(1984年)11月13日
9~13 川井貞一 昭和59年(1984年)11月14日 平成16年(2004年)11月13日
14~15 風間康静 平成16年(2004年)11月14日 現職
  • 副市長:平成19年(2007年)から設置。助役の太斎義勝が初代副市長に就任した。
  • 市議会:現在の市議会議員の定数は21名。

[編集] 姉妹都市・友好都市

[編集] 姉妹都市

[編集] 友好都市

[編集] 経済

[編集] 産業

[編集] 郵便

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

  • なし

[編集] 高等学校

[編集] 中学校

  • 白石市立白石中学校
  • 白石市立南中学校
  • 白石市立白川中学校
  • 白石市立福岡中学校
  • 白石市立小原中学校
  • 白石市立東中学校

[編集] 小学校

  • 白石市立白石第一小学校
  • 白石市立白石第二小学校
  • 白石市立越河小学校
  • 白石市立斎川小学校
  • 白石市立大平小学校
  • 白石市立大鷹沢小学校
  • 白石市立白川小学校
  • 白石市立福岡小学校
    • 白石市立福岡小学校八宮分校
    • 白石市立福岡小学校長峰分校
    • 白石市立福岡小学校不忘分校
  • 白石市立深谷小学校
    • 白石市立深谷小学校三住分校
  • 白石市立小原小学校

[編集] 交通

白石蔵王駅
白石駅

[編集] 鉄道

白石市民バス(きゃっするくん)

[編集] バス

[編集] 道路

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

[編集] 観光

白石城

[編集] レジャー

[編集] 祭り

[編集] 名産

  • 白石温麺
  • 白石和紙
  • 白石葛
  • 弥治郎こけし
  • 枯露柿
    • このうち白石うーめん、白石和紙、白石葛の3品目を合わせて「白石三白(さんぱく)」と呼ぶ場合がある。

[編集] その他

[編集] 白石市が舞台となっている作品

人形浄瑠璃・歌舞伎などの演目として長い間上演されている。

[編集] 白石市出身の有名人

[編集] 白石市に縁のある有名人

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 『図典 日本の市町村章』p36

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語